182: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 14:11:37.45 ID:OGIpmW2P
――魔王城、深部、魔王の居住空間

魔王「けふっ。けふっ。わたしを病人扱いするな」
メイド長「そんなこといたって、まおー様」

勇者「そうだぞ。お前病人だろうが」

魔王「これは怪我だ。病気ではない」
メイド長「はいはい。それは怪我ですけれどね」

女騎士「少しは大人しく、治癒の法術をうけろ」
勇者「そうだそうだ魔王。反省しろ!」

女騎士「お前もだ、勇者!」
勇者「痛っ。ったったった!?」

メイド長「あらあら、まぁまぁ」

女騎士「勇者だから死ななかったようなものを。
 お前だって魔王に負けず劣らずの重傷だ」

魔王「ふっふっふ。のたうち回るが良い」

勇者「ったく。こんなの舐めておけば平気なんだよ。」

女騎士「治癒の通りが悪いな……」

勇者「密度の高い魔術だからな。このクラスになると
 ダメージと呪いとを一緒に撃ち込まれたようなもんだ。
 回復能力や免疫系まで狂わされる」

女騎士「毎回思うが、勇者の身体は人間離れしているぞ」


183: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 14:13:52.31 ID:OGIpmW2P

魔王「そう……なのか?」
勇者「元気だからな、俺」

女騎士「風邪を引かない種類の元気さだ」 ペシンッ!

勇者「~っ!」
女騎士「毎回心配で寿命をすり減らす身にもなれ」

魔王「ふふっ。勇者も包帯でぐるぐるまきだ」
勇者「何で嬉しそうなんだよ」

メイド長「おそろいだからでしょう? 単純ですこと」

魔王「ちがうぞっ!
 わたしはただ単純に、勇者と境遇が似通うことにより、
 しばらく親交を深めることが出来るという現在の状況に
 密やかな愉悦を感じているだけだ」

メイド長「同じ事でしょうに」

女騎士「何か忘れているようだが、二人を救ったのも
 わたしの祈祷のお陰だぞ?」

魔王「感謝しておる。女騎士」
勇者「おお。さんきゅな」

女騎士「二人の治療のために、わたしもしばらくは
 魔王城へとやっかいになる」

勇者「え?」

女騎士「仕方あるまい。まだまだ予後が不安定だ」

184: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 14:15:07.78 ID:OGIpmW2P
メイド長「そうですよ。まおー様。
 いくらなんでも今回は無茶が過ぎましたよ。
 死んだふりするために治癒術を一時的にせよ止めるなんて!」

魔王「すまん……」
勇者「まぁ、今度からそう言う無茶は俺に任せておけ」

メイド長「勇者様もですっ」
女騎士「そうだぞっ!!」

魔王「あやつは……強かったのか?」
勇者「うん。まぁまぁかな」

女騎士(勇者……手加減していたのか? 体調でも悪かったか。
 確かにすさまじい強さだったが、
 勇者の本気ってあんなものだったか?)

魔王「こまったな」
勇者「どうした?」

魔王「これでは、勇者をもふもふ出来ないぞ」
勇者「そうな。まぁしかたないだろ」

女騎士「わたしは出来る」もふもふもふ
魔王「なんだと!?」

メイド長「あらあら。そんな事わたしだって出来ますよ」
 もふもぷぱにょぱにょ

魔王「メイド長までっ! なんていうことをっ!」じたじた

勇者「ちょっ! えっと、すんませんすんませんっ。
 うう、なんか良い匂いするしっ!?」

魔王「は、はなれろーっ!!」

メイド長「ふふふふっ。多少煽った方が
 魔王様は早く完治しそうですからね」もふもふ

193: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 14:44:25.10 ID:OGIpmW2P
――聖王国南部の開拓地、光の子の村

ざわざわ……。

開拓民「何が始まるんだ?」
痩せた農奴「しらねぇ」
小柄な平民「俺たちは、村の司祭様にここにいけって」
少年農民「ここに行けば、とりあえず一日二回は
 パンを食べさせてもらえるって聞いたのです」

開拓民「それは俺も聞いた」
痩せた農奴「ああ。俺はもう、
 パンさえ食えるなら、なんでも良いよ」
小柄な平民「おれもだ。何で麦を育てている俺たちが、
 パンの一つさえ食えないんだ……」

少年農民「ぼくも。僕が家にいたら、小さな二人の妹が、
 飢えて死んでしまうんです」

開拓民「……」

痩せた農奴「……今年の春は、麦はよく実ったけれど、
 値段はちっとも下がる気配がない」

小柄な平民「俺たちは、あれを食べていたよ」
少年農民「……あれ?」

開拓民「ああ……」
痩せた農奴「“悪魔の林檎”だよ」
小柄な平民 こくり

少年農民「だってあれは!」

194: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 14:46:05.98 ID:OGIpmW2P
開拓民「……仕方ないじゃないか」

痩せた農奴「いくら異端の食べ物だって、
 俺たちはこのままじゃ死んでしまうって云うところまで
 追い詰められていたんだ。
 俺の村、いや俺の国で、一度もあれを食べていない農民なんて
 居ないのじゃないかと思うよ」

小柄な平民「そうだよな……」

少年農民「だ、大丈夫なんですか?」

開拓民「なにが?」

少年農民「だって、異端なんですよ?
 身体に悪魔の印が浮かび出るとか、
 手が山羊の蹄に変わるとか、狂い死にするとか」

痩せた農奴「俺の村ではそんなことはなかった」
小柄な平民「こっちでもだ……」

少年農民 ごきゅり

開拓民「馬鈴薯、美味かったよな……」

痩せた農奴「ああ、たっぷりの湯で茹でて、バターをかけてな」
小柄な平民「薄っぺらい土壁の中で食ったけれど、甘かった」

少年農民「そんな……」 ぐぅぅぅっ

開拓民「仕方ないさ。俺たちは結局」

痩せた農奴「ああ、上の云うことに従うしかないんだ」

小柄な平民「そうでなきゃ、なけなしの財産も
 仕事も食い物も、根こそぎ取られちまう」

195: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 14:47:14.12 ID:OGIpmW2P
ざわざわ……。

開拓民「あ」

司教「……静まりなさい」

痩せた農奴「司教様だ……」
小柄な平民「初めてみた」

司教「この地に集った聖なる光の精霊の信徒に祝福を」

 がばっ、がばっ、がばっ

少年農民「し、司教様だっ! 司教様に祝福して頂いたっ!」

開拓民「なんてことだ。俺たちみたいな農民に司教さまがっ」
痩せた農奴「ありがてぇ、ありがてぇ」ぼろぼろ

しーん

司教「汝ら光の子がこの地に集められたのは、
 来るべき邪悪との戦いに備えるため。
 この村には畑があり、汝らを養うだけの
 食糧が備えられておる。
 また、汝ら悪魔との戦いを指導する教え手もある。
 汝らはこれから半年の間、この新しい村で生活し
 光の精霊の子としての奉仕をせねばならぬ」

開拓民「え……戦い?」
痩せた農奴「俺たちには、そんなことは無理だ」
小柄な平民「でも司教さまの言葉なんだし……」

がやがやがや……。

196: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 14:48:46.76 ID:OGIpmW2P
司教「安心するがいい! 光の精霊の子らよ!」

しーん

司教「光の精霊は、汝ら光の子を嘉したもうっ。
 慈悲深き彼の精霊は、決して我が子を見捨てることはない。
 汝らには、汝らを脅かす魔族を倒す武器をお与えになった」

開拓民「……?」
痩せた農奴「武器?」

ガチャ、ガチャリ

司教「その鉄の杖を持つがよい。
 この鉄の杖こそ光の精霊が魔を討つためにお与えになった
 マスケットなる武器。
 この鉄の杖さえあれば、
 汝らであっても歴戦の古強者がごとく、
 戦場をかけることが出来るのだ。――みせよっ!」

精鋭銃兵「はっ!」 ちゃきっ! ジリジリっ!

 ダンッ!! バキンッ!!

小柄な平民「何だ、あれはっ!?」
少年農民「離れた鎧が!」

司教「この武器は50歩離れた鉄の鎧さえ打ち抜く力がある。
 この武器を使えば、相手の爪も牙も、剣も槍も届かない
 距離から敵を打ち倒すことが出来るのだ!
 汝らはこの武器に習熟することにより、この大陸随一の
 精兵となるであろうっ!!」

197: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 14:50:58.11 ID:OGIpmW2P
司教「そして聞くが良い、精霊の子らよ! 祝福の使徒よ。
 大主教殿が今回、汝らに助けを求められたわけを」

痩せた農奴「だっ、大主教様っ!?」
小柄な平民「た、助けってどういうことだ?」

ざわざわ……。

司教「汝らも知るであろう、
 南の果て世界の凍える凍土に作られた監獄を!
 魔界と呼ばれる地は精霊に定められた幽閉の檻でもあるのだ。
 知るが良い。そこは教会の言葉に逆らう背教者が送られる
 凍てつく極寒の流刑地。
 魔族とはかつて精霊に逆らった罪人の裔なのだ」

開拓民「教会で何度も教えてもらってる話だ……」
少年農民「魔族はそれゆえ残虐な心しか持っていないのです」

司教「しかし、事もあろうにその背教者達は
 われらが光の子の宝を盗み、
 今の今まで謀り続けてきたのだっ!」

小柄な平民「へ?」

司教「それは、光の精霊様の聖なる遺骸。つまりは聖骸である!
 やつら教えに背いた者どもめらは、光の信徒の希望、復活の象徴
 聖骸を貶め辱めんがために、我らからそれを奪い、
 押し隠してきたのだっ!」

開拓民たち「っ!?」「せ、精霊様をっ!?」「まさかっ」

司教「大主教様は御自ら仰られた! このような過ちを
 我らは見過ごすわけには行かない。
 たとえ自らの命を掛けてであろうと聖骸を奪還すると!
 これは聖なる任務であるっ!
 光の子らよ! マスケットを持ち立ち上がれっ!!
 光の信徒の力を今こそ結集させるのだっ!!!」

204: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 15:21:24.70 ID:OGIpmW2P
――――鉄の国、新興の開拓村

巡回軍曹「さ、ここだ」

難民一家の父「ここですか!」
難民一家の母「寒いですね……」ぶるぶるっ

難民一家の娘「でも、ひろいよぉ!
 向こうの丘までずーっと道がまっすぐだよ!」

巡回軍曹「寒いのは仕方ない。南の国だからな。
 がんばって働けば汗も噴き出すさ!
 さぁさ、畑の方にいこう。誰かいるはずだ」

難民一家の父「はい!」

ぎぃっ、ぎぃっ
 ざっざっざっざ

難民一家の父「さぁ、馬よ。ボロ馬車だが頑張っておくれ。
 もう少しでたどり着くからね」

ぎぃっ、ぎぃっ

開拓民兵娘「おーうい! 軍曹さんじゃないかぁ」

巡回軍曹「おーうい! 調子はどうだい?」

開拓民兵「ぼちぼちですよ。
 今週中にも、この丘の根っこは全部掘り返せる」

開拓民兵娘「そうすれば、一面の馬鈴薯畑にできるよ」

巡回軍曹「そうかそうか!
 今日はまた新しい家族を案内してきたんだよ」

難民一家の父「川蝉の領地から来ました、よろしくお願いします
難民一家の母 ぺこり
難民一家の娘「よろしくなの!」

205: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 15:22:54.75 ID:OGIpmW2P
開拓民兵「へぇ! 川蝉! あんな遠くからよくぞ」
開拓民兵娘「ねぇねぇ、奥さんかしら? 顔が真っ青だよ」

難民一家の母「いえ、ちょっと寒くて……」

巡回軍曹「ああ。調子が悪そうだから
 わたしが付き添って、ここまで送り届けに来たんだよ」

難民一家の父「出来れば、妻を休ませてやりたいんです。
 わたしが二人分働きますから、どうかお願いしますっ」

難民一家の母「そんな、あなた……」

開拓民兵「そうだなぁ、まずは集会所にでも」

開拓民兵娘「ったく! なに云ってるのよ! 見なさいよ。
 ねぇ、奥さん。もしかして……お子様が生まれるの?」

巡回軍曹「え?」

難民一家の父「そっ、そうなのかおまえ!?」

難民一家の母「ええ……。はっきりとはしないけれど、
 先月あたりからずっと。そんな気もするの、あなた……」

難民一家の娘「えー!? お母さん、ほんとっ!?」

開拓民兵娘「ほら見なさい! そんな時にこんな寒いところに
 立たせておくなんてとんでもない! ましてや集会所だなんて」

開拓民兵「そ、そういうもんなのか?」
開拓民兵娘「だからあんたはいつまでたっても
 嫁の一人も来ないのよっ!」

巡回軍曹「ど、どうすればいいんだ!?」おろおろ
開拓民兵「そうだよ大変じゃないかっ」おろおろ

206: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 15:24:54.93 ID:OGIpmW2P
開拓民兵娘「これだから男なんてのは!」
開拓民兵「お前だって子供なんて産んだこともないくせにっ!」

開拓民兵娘「女には女の口伝、ってもんがあるのっ!
 ほら、奥様。まずこの上っ張りを羽織ってくださいな」

難民一家の母「そんな。……こんなにちゃんとしたものを
 お借りするわけにはいきませんっ」
開拓民兵娘「これだって、軍の支給品なんだよ。
 大丈夫、ちょっと貸すだけ。羊の毛だから暖かいよ?」

難民一家の父「ありがとうございます……」

開拓民兵娘「ね。村長の所までひとっ走りしてきてよ。
 このご家族は、わたしの家の隣を使わせて貰おう。
 薪と泥炭を運んでおくんだ」

開拓民兵「そ、そうだな! 俺はひとっ走り行ってくるよ」
開拓民兵娘「頼んだからね! それから、着るものと
 食べる物もね! 村長の奥さんにも来てもらうんだよっ」

巡回軍曹「任せても大丈夫かな」

開拓民兵娘「もちろん! さぁ、行きましょう。
 あんまり立派じゃないし小さいけれど、家があるんですよ。
 まとめて建てたばっかりだから、
 どれも同じ形で迷ってしまうけれど、
 何だったら後で何か植えて目印にすればいいです」

難民一家の父「い、いいんですか? こんなに良くして頂いて」
難民一家の母 こくこく

開拓民兵娘「何言ってるんですか。これから沢山沢山、
 この国の人も南の人もみんながおなかいっぱいになるまで
 ここで馬鈴薯を作ってもらう仲間じゃないですか」にこっ

巡回軍曹「鉄の国へようこそ! 開拓兵の一家の皆さん。
 我が国も、我が軍も、あなたたちを歓迎しますよっ!」

211: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 15:47:59.24 ID:OGIpmW2P
――――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、仮設会議場

銀虎公「さて」
巨人伯「……集まった」

火竜大公「お集まりの族長方、ご足労に感謝する。
 さて魔王どのから一時でもその全権を預かった以上、
 その信頼に応えるためにも、一つの失敗もなく
 やり遂げなければならん。そうですな、黒騎士殿」

勇者「その件についてだが、
 俺は少数氏族の権利について以外はなるべく
 他の族長達の判断を優先し尊重するように釘を刺されている。
 いってみれば外様だしな」

妖精女王「そのようなことはありませぬが」

紋様の長「魔界の、いや地下世界のことは我らで面倒を見よ、
 と云う魔王殿の意志であろうな」

鬼呼族の姫巫女「うむ」

銀虎公「頼られて撥ね除けるは武人の名折れぞ」

碧鋼大将「今日は、何の話を?」

東の砦将「ふむ」

火竜大公「まず、各々の氏族の中のことは
 今までどおり氏族の中で決めてゆけばよいと思う。
 この会議の目的はあくまで今まで魔王殿が一人でやられて
 いたことの代行。つまり、我らが魔族および地下世界全てに
 関わる問題の解決や、氏族間の利害、意見調整。
 そして一つの氏族では解決できないような問題での協力の
 あり方についてであろう」

212: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 15:49:33.84 ID:OGIpmW2P
妖精女王「ええ、賛成です」
紋様の長「異議はない」

鬼呼族の姫巫女「妥当であろうな」

銀虎公「と、なると」
東の砦将「目下の問題は、蒼魔族についてですな」
巨人伯「……そうだ」

火竜大公「そのとおりだ。蒼魔族はすでにこの会議からも離れ、
 独自行動に移ったようだ。
 物見の報せに寄れば、蒼魔族の領地へと軍を返すために、
 すさまじい速度で進んでいるらしい」

妖精女王「もし仮に蒼魔族が魔族全体を敵に回し
 暴れ回るようなことがあれば、
 我ら妖精族などはひとたまりもありません」

鬼呼族の姫巫女「われら鬼呼族は抗し得るだろうが
 それでも甚大な被害は免れ得ぬであろう」

銀虎公「それは獣人族も同じ事」

勇者「いや、まってくれ」
巨人伯「……なぜ? ……黒騎士?」

火竜大公「何かご意見でも?」

勇者「俺は蒼魔の新王と戦った。あいつの力は半端じゃぁ、無い。
 いまの蒼魔族は強いぞ。おそらく想像以上に、だ」

紋様の長「ふむ……。先の乱世よりも
 その力は上がったと見るべき、ということでしょうな」

213: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 15:50:33.26 ID:OGIpmW2P
鬼呼族の姫巫女「黒騎士殿が云われるのならば、そうなのだろう」

火竜大公「で、あれば、蒼魔族については
 一層この会議で取り扱わなければならぬ問題と云えよう」

銀虎公「そうだな」

碧鋼大将「他にも問題はあるでしょうが、
 目下もっとも急を要するのはこの蒼魔族の問題でしょう」

巨人伯 こくり

紋様の長「ふむ、まずは問題を整理してみます、か」
鬼呼族の姫巫女「それはよい」

紋様の長「ひとつ。蒼魔族は新しい王を迎えた。
 ひとつ、その新王、および彼に率いられた軍は
 魔王に向かって弓を引き、忽鄰塔を離脱した。
 ひとつ、その新王、および彼に率いられた軍は
 現在、彼らが領土に向かっている。
 ひとつ、その数は約1万数千。
 ひとつ、蒼魔族の新王は魔王候補者の刻印を持ち
 その戦闘能力は極めて高い」

鬼呼族の姫巫女「そのような所じゃな」

碧鋼大将「きわめて的確な要約だ」

火竜大公「と、なると問題は」

妖精女王「蒼魔族全体の意志、ですね」

銀虎公「は? 蒼魔族は裏切り者だろうが?」

214: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 15:52:21.41 ID:OGIpmW2P
妖精女王「とはかぎりません。特に蒼魔族新王の即位は
 この忽鄰塔中に行われたきわめて異例かつ、急いだものでした。
 今考えると、何らかの陰謀がなかったとも云えないでしょう?」

紋様の長「うむ」

鬼呼族の姫巫女「ことによると、蒼魔族の本国は、
 新王が魔王を裏切ったことをまったく知らぬ可能性もある」

銀虎公「じゃぁ、いっそ蒼魔族の軍が、
 奴らの都に着く前に攻撃しちまえばどうだ?
 そうすれば、もし蒼魔族の都が白でも黒でも問題はない。
 白なら敵が減るし、黒でも敵軍の合流を避けられる」

碧鋼大将「それは名案だが、蒼魔族の行軍速度が速すぎる。
 今から追いかけてはとても間に合わぬ」

巨人伯「……白か……黒、か……」

火竜大公「それは、わしには明らかなように思われるな」

紋様の長「どういうことです? ご老公」

火竜大公「この行軍速度が語ってくれているであろう。
 つまり、蒼魔の軍は我らには是が非でも
 追いつかれたくはないのだ。
 戦闘になれば自らの領土から援軍が来るということならば
 ここまでがむしゃらに自らの都に急ぐ必要はあるまい。
 つまり、きゃつらも己の都を掌握は出来ていないのだ」

妖精女王「一理ありますね」

215: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 15:54:04.24 ID:OGIpmW2P
鬼呼族の姫巫女「と、なると我らが魔族全軍をもって
 蒼魔族の都を包囲するのも逆効果と云えるでしょうね」

銀虎公「なんでぇ。だめなのか?」

鬼呼族の姫巫女「我らが魔族全軍を率いるとなると、
 その数は5万を超えるだろう。
 そこまでの数をそろえてしまうと、蒼魔の一族には絶望が広がる。
 魔王に反逆をしたのが新王だろうと何だろうと、
 すでに自分たちは魔界を裏切ってしまったのだ、とな。
 となると、これは自暴自棄というか、
 もはや新王に協力するしかないであろう。
 蒼魔族は、全て袋の中に猛り狂った狼となり、血を見ずには済まぬ」

銀虎公「面倒くさいことになって来やがったな……」

碧鋼大将「そもそも蒼魔族は厳格な身分制度を持つ
 軍政を引く一族だ。このような事態もあり得る展開だった」

巨人伯「ふぅ……む……」

東の砦将(また一方、最悪の場合、
 蒼魔の新王が軍人以外の自らの氏族の命さえ人質に取る、
 などという展開もありえるってこったな。
 通常でならばとうてい想像さえ出来ぬような卑劣な手段も、
 毒殺、暗殺さえも決意した連中だ。
 追い詰めたならばあり得るかも知れねぇ。
 こいつはショックすぎて魔族の皆様には言えねぇが……)

火竜大公「まず、蒼魔の軍が自らの領地に帰り着くのは
 避けられまい。これはすでに過ぎたこととしよう」

妖精女王「はい」
紋様の長「そうですね」

221: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 16:17:02.35 ID:OGIpmW2P
火竜大公「そのうえで。で、あればこそ、
 蒼魔の軍から目を離してはならぬ。今もっとも恐ろしく
 こちらがして欲しくないことは、蒼魔の軍が蛇のように、
 この魔界の中を動き回り、哀れな犠牲者に噛みつくことだ」

鬼呼族の姫巫女「そうだな」

火竜大公「蒼魔一族の領域の外には偵察を張り巡らせ、
 蒼魔の軍の動きをいち早く監視する必要があるだろう」

妖精女王「では、その役目は我ら妖精の一族が受けましょう。
 我らは小さく力も弱いですが、夜の闇をも見通し、
 小さな音も聞き逃しません」

紋様の長「もし妖精の一族が何かを見つけたのなら、
 我ら人魔が一族がその情報をここまでとどけましょう。
 人魔一族は氏族の中でもっとも数が多い。
 古来よりこの魔界の中に伝令の“駅”をつくり
 換え馬による情報のやりとりをしてきました」

火竜大公「各々がた宜しいか?」
東の砦長 こくり
紋様の長 こくり

火竜大公「では、この件は妖精の一族と、
 人魔の一族に頼むとしよう。
 手助けできることあれば遠慮無く申し出て欲しい」

妖精女王「承りました」
紋様の長「お任せを」

222: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 16:18:27.41 ID:OGIpmW2P
火竜大公「さて、一方蒼魔族が軍を発してきた場合」

銀虎公「それも決めておかなければ始まらねぇな」

碧鋼大将「どうする?」

銀虎公「先鋒は俺たち獣牙だ」

巨人伯「……むぅ」

銀虎公「俺たちは今回の件では大きな不名誉をおった。
 是非先陣を務めさせて頂きたい」

火竜大公「よろしいか? 姫巫女どの」

鬼呼族の姫巫女「ふっ。……お見通しだな。
 よかろう、先陣はゆずるとしよう。
 しかし、蒼魔と一番長い国境を接しているのは、
 我らが鬼呼族の地。ゆえに我らが第二陣だ。
 また、蒼魔族が我らの地に突っかけてきたら
 先陣を保証することは出来ぬ。その時は諦めてくれ」

銀虎公「承知した」

火竜大公「獣人、鬼呼の二氏族ならばおさおさひけは取るまいが
 蒼魔族はなにやら得体が知れぬ。十分に気を引き締めて
 かかって欲しく思う」

紋様の長「心得た」
銀虎公「任せるが良い」

火竜大公「さて、我ら竜族も相応の義務を果たさねばなるまい。
 お役目をお願いした四氏族には、我ら竜族から食料や
 必需品を運ばせよう」

銀虎公「かたじけないなっ!」

224: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 16:19:59.10 ID:OGIpmW2P
紋様の長「そのようなところ、ですか」

東の砦長「もう2点お願いしたいことがある」

火竜大公「なんだ? 衛門の族長よ」

東の砦長「そいつは流民のことだ。
 いっくら蒼魔族が他と交わらない、
 内部統制で上意下達の氏族だと云ったところで例外はあるだろう。
 あちこちの街に少数暮らしている連中がいるはずだ。
 そいつらの保護をお願いしたい」

銀虎公「何故そのような細々としたことを。
 たいした人数でもないではないか。
 形勢に影響を与えるとも思わん」

東の砦長「戦に関しちゃその通り。
 だが、こいつは戦が終わった後のためだ。
 俺たちの方が蒼魔族をよってたかって滅ぼしたのでは“無い”
 ってことを、誰かに証人になって貰わなきゃ困る」

巨人伯「……ふむ」

東の砦長「今回の戦にしたってそうだ。
 この世界から蒼魔族を一人残らず、女子供も皆殺しにするっ
 ていうのならそんな気を遣わないでも済むが、そうはいくまい?
 俺たちは皆殺しとは行かないが、そんな無法は通らないからな。
 だが残された蒼魔族は恨むぜ? 事と次第によっちゃぁ、
 “何もしていない蒼魔族を恐れた他の氏族が
 よってたかって蒼魔族を攻撃した”って子々孫々まで語り継ぐ」

鬼呼族の姫巫女「そのようなことも、無いとはいえんな」

225: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 16:22:35.33 ID:OGIpmW2P
勇者(……こいつの統治センスってのは、切れ味あるな)

東の砦長「だから、そうではないってあたりを
 今から意識しておかなきゃまずい。
 蒼魔の一族だけなら、全面戦争になれば勝てない
 相手じゃないのだろう? だったらなおさらだ。
 なーに、面倒なことになりそうだったらまとめて開門都市に
 送ってくれてもよい。
 あそこは氏族も人種もごちゃごちゃだから、
 迫害も大きくはないさ」

碧鋼大将 こくり

火竜大公「して、もう一点は?」

東の砦長「こちらの方が、ある意味重要でな。領民の安堵だ」

妖精女王「ふむ」

東の砦長「これも今云った話と関係あるのだろうが、
 いったい今起きていることは何なんだ?
 仲間内の利権沙汰のごたごたなのか、
 それとも戦争なのか、小競り合いなのか。
 どうすればこの状況は解決するんだ? ってな話だよ」

銀虎公「そもそも蒼魔族が不意の裏切りで
 我らを攻撃してきたことから端を発したのだ。
 この戦はその間違いを糾弾するのが目的であり、
 そのようなことは自明であろうがっ」
碧鋼大将「そのとおり、そのような問い自体、
 我らに向けられるべきではない」

鬼呼族の姫巫女「しかし、それでは領民の不安はどうする。
 蒼魔族の責任を問う。それはそれで正論なれど、
 我らが領民のその疑問に、蒼魔族が答えてくれるはずもない」

226: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 16:24:43.40 ID:OGIpmW2P
東の砦長「そう言うことだ」

銀虎公「……っ」

巨人伯「領民に……大きな声で……おしえる」
火竜大公「ふむ」

東の砦長「俺もそれが必要だと思うぜ。
 今回の戦は、忽鄰塔中に乱心した蒼魔族の新王が父親を殺害し
 一族の軍を率いて他の氏族を攻撃した、ってな」

銀虎公「父を殺害!? それは本当なのかっ!?」

東の砦長「いや、事実は知らないが。そのほうがいいだろう?」

火竜大公「……そうだな」
妖精女王「結果的に間違った推測では無いと思います」

紋様の長「それを領民に語って聞かせる、と云うのか」
鬼呼族の姫巫女「面白い考えだ」

東の砦長「俺たちの街は今必死で畑も作っているが、
 度重なる戦で神殿も農地も壊されて、
 すっかり疲れ果てちまっていたんだ。
 戦も辛いが、民にとって一番辛いのは
 何をやっているか判らないことだというな。

 自分たちの国や軍が何をやっているか判らないと、
 自分たち民では何の手も打てない気分がして、
 自分が無力で取るに足りないちっぽけば存在に過ぎないと
 いう気分で、だんだんと腐ってゆく。

 こいつは町も人も産業も腐らせるぜ?
 何せ心の根っこが腐ってゆくんだからな。
 そうなったら、街は酷い有様になる」

227: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 16:27:01.55 ID:OGIpmW2P
鬼呼族の姫巫女「……」
勇者「……」

東の砦長「そいつをどうにかするには、
 何が起きたからこうなって、この状況はどれくらい酷くて、
 またどれくらい希望があって、どういう風になれば
 解決するんだってことを、教えてやらなけりゃならない。
 まぁ、事が戦だ、全部教えるってわけにも
 全部真実って訳にもいくまいが……」

銀虎公「ふむ、つまりはこういう事だろう?
 全ての民も戦場に出ないだけの戦士だと。
 将軍ならば士気を鼓舞するのもその手腕である、と」

東の砦長「そうそう、そういうことだよ。虎の旦那」

銀虎公「だが、ふぅむ」

銀虎公「そうとなると、いよいよ、我らが蒼魔族との一戦に
 どのような決着を望んでいるのかが重要になるだろう」
妖精女王「……決着」

紋様の長「そうだな。蒼魔族が自分の領地から
 出てきたところを叩く。
 それだけでは、永遠に決着などつかぬ。
 何も攻め込んで征服しようと誘うわけではないが、
 最終的にはどのようになればいいのか、と云う話にも通じる」

鬼呼族の姫巫女「そうだな」
 (あるいは魔王殿は、我らが望む未来の我らを
  我ら自身に考えさせたかったのであろうか……)

228: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 16:29:01.42 ID:OGIpmW2P
東の砦長「……それは俺には難しいな。
 新参者の俺には、蒼魔族との戦が、
 様々な氏族にどのような利害関係があるのか
 感情的にはどのようなもつれがあるのかは判らねぇ」

鬼呼族の姫巫女「我ら鬼呼族は先の乱世において
 蒼魔族と長い長い戦闘を続けてきた。
 我ら氏族には蒼魔族とに対する恨み辛みが根付いている。
 だがそれは領土や支配権に関わる問題で、
 当時の魔界では日常的に起きていた抗争なのだ」

銀虎公「俺たちも人魔族との争いが絶えなかった」

紋様の長「当時は大小様々な氏族が入り乱れ、
 この会議の席には来ていない、中氏族や戦闘氏族を
 如何に取り入れるかと云う謀略も日常でした」

勇者「そうだったのか……」

火竜大公「ふむぅ」
巨人伯「まずは、知らせる……」

火竜大公「そうだのぅ。まずは、先のこと。
 “蒼魔族の新王が裏切り、忽鄰塔を襲った”と云う事実を
 領民に告げるとしよう。そして戦に怯える領民のために
 蒼魔族は領地へと戻ったために、当面みんなが住まう場所は
 安全であると云うことを伝えるのだな。
 念のために警備兵の増強なども進めてゆくという、
 いわば根回しを領民にするにはよい機会だろう」

紋様の長「妥当な対応でしょうな」
鬼呼族の姫巫女「戦の決着については、それぞれの氏族が
 よく考えて、その考えを持ち寄る必要がありますね」

230: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 16:30:28.63 ID:OGIpmW2P
銀虎公「では、当面の蒼魔族への対応はそのようで」
東の砦長「おう」

銀虎公「さっそく領地へと戻るとするか」
碧鋼大将「ふむ……。衛門の長どの、後で時間を。
 商取引に関する話がある」

東の砦長「判った」

巨人伯「……かえって、声の大きいモノに、噂を広めさせる」

火竜大公「それで宜しいか? 黒騎士殿」

勇者「おお。見事にまとまったな。
 大公殿、これからもよろしくお願いする」

火竜大公「なんのなんの! はぁっはっはっは」

紋様の長「そういえば、魔王殿の様子は?」

勇者「ベッドからでる事は出来ないが、
 口先だけは元気になってきているよ」
東の砦長「そいつぁ、良かった」

勇者「今日の会議の結果も、早速伝えよう」

銀虎公「お願いいたす、黒騎士殿」

火竜大公「では、今回の会議はこれで終了とする。
 何もなければ次の会議は40日の後、ということに。
 蒼魔の動きは途切れず報告を入れ合うとしよう」

一同「心得ました」

233: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 16:54:09.68 ID:OGIpmW2P
――魔王城、深部、魔王の居住空間

女騎士「ほら。口を開けて」
魔王「……」

女騎士「何で嫌そうな顔?」
魔王「このシーンは、わたしと勇者が行うのが常識だろうに……」

女騎士「勇者は会議に出たり忙しいの」
魔王「だからといって……」

女騎士「あーん」
魔王「くっ」

女騎士「……あーん」
魔王「ううう。……」ぱくっ

女騎士「それでよし」
魔王「……なんだか屈辱的だ」

女騎士「友達だろうに。気にする方がおかしい」
魔王「そうか? そういうものなのか?」

女騎士「うん、そうだ」
魔王「女騎士は……。わたしやメイド姉妹と話す時は
 言葉が少しだけ優しいな」

女騎士「……そうかな?」
魔王「うん、そうだ」

234: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 16:55:15.98 ID:OGIpmW2P
女騎士「これでも一応軍を率いていたりするからな。
 男に舐められないようにしようとすると、
 やっぱり言葉遣いもそうなってしまうんだろうな」

魔王「そういうことか」

女騎士「……やはり女らしくないと好かれないよな」
魔王「そんなことはない。女騎士は女らしいと思うぞ」

女騎士「……」ちらっ
魔王「?」

女騎士「魔王が言っても説得力がない」

魔王「む。そう言うことではない。わたしは……その。
 確かにここのサイズは大きいが、包容力とか、母性とか、
 細やかな気遣いとか……色気とかにかけていると
 よく指摘されるのだ。女らしさでは、女騎士に大きく劣る」

女騎士「そんなことはないと思うけれど」
魔王「そもそも、女らしさとはどういうモノなのかよく判らぬ」

女騎士「うん」

魔王「書物にあるらしい耳かきや添い寝なども試してみたが
 勇者に大きな感銘を与えたようにも思えぬ。
 ……そもそもちょっと隙を見せると、すぐに襲いかかってきて
 場面は暗転、結ばれるのが男女ではなかったのか」

女騎士「わたしも相当に偏っている自覚があるけど
 魔王はその比じゃないな」

魔王「ふむぅ……」

235: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 16:57:33.41 ID:OGIpmW2P
女騎士「……よく判らないけど」
魔王「うん」

女騎士「わたし達は、ある側面では勇者に避けられてるんだ」
魔王「……」

女騎士「……」

魔王「この話は、止めよう」

女騎士「うん」

魔王「ああ。メイド妹の料理が懐かしいな」

女騎士「そうだな。もちろんこの城の料理だって最高だが」
魔王「そうだが、メイド妹の料理には、
 最高の料理にも無いような、特別な味わいを感じるのだ」

女騎士「ああ。その気分は判るぞ」
魔王「パイが食べたいな」

女騎士「あははははっ。気持ちはわかる。
 けど、いまはこれだ。ほら、あーん」
魔王「むぅ……」

女騎士「ふふふっ」
魔王「やはり屈辱的だ」

女騎士「健康になってから復讐すればいいさ」
魔王「もちろんだ。このお礼は勇者にする」

女騎士「え?」
魔王「女騎士にはそれが一番よく効くって判っているからな!」

242: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 17:14:13.25 ID:OGIpmW2P
――聖王国、国境沿いの貿易の街

小麦の卸人「小麦! 小麦~!
 大麦もあるよ、今朝入荷! 早いもん勝ちだ!
 ふっくらパンにも、オートミールにもぴったりだ!
 一袋、新金貨7枚だ」

太った市民「旧金貨じゃ駄目なのかい?」

小麦の卸人「だめだめ。そんな金貨は聖王国じゃもう使えないよ。
 そんなものが使えるのは、南の蛮族の国だけだ」

旅の商人「まだまだ市中には旧金貨が残っているというのに」

小麦の卸人「市の宿舎に行くんだね。そこで旧金貨と
 新金貨を取り替えてくれるよ」

太った市民「だが、取り替えると行ったって旧金貨を350枚
 持っていっても新金貨を100枚だけじゃないか……」

旅の商人「タイミングを逃したからさ」

小麦の卸人「さぁさ、おろしたての小麦! 小麦はどうだい?」

太った市民「……くそっ。そんな小麦、金持ち以外
 食えるわけが無いじゃないかっ」

旅の商人「まったくだ」

がやがや……がやがや……

酒場の店員「そう言えば聞いたことがあるかい? あの噂を」

太った市民「噂?」

243: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 17:15:58.88 ID:OGIpmW2P
旅の商人「ああ、光の子の村の噂かい?」
酒場の店員「ああ、それだ」

太った市民「なんだい、それは?」

酒場の店員「なんでも、この聖王国を中心に、
 大陸のあちこちに新しい村が作られているらしいのさ。
 多くは森の中や山中や古く滅びた村があったような
 戦場らしいんだが。
 それらの村には沢山の小麦が集められていて、
 食うには困らないらしいんだ」

太った市民「なんだいそりゃ、すごい話じゃないか!」

旅の商人「ああ、どうやらその噂は噂じゃないらしい。
 教会が特別な任務のために、農民や開拓民を集めて
 訓練を行っているそうなんだ」

酒場の店員「そいつが最新の話さ。
 どうやら、その話のおおもとの所は『聖骸』にあるらしい」

太った市民「『聖骸』……?」

酒場の店員「そうさ。聞いて驚け。
 なんと、光の精霊様のご遺体だ!」

太った市民「ええっ!?」
旅の商人「なんだって!? そんなものが本当にあるというのか?」

酒場の店員「さぁなぁ。噂だから俺にも本当のところは判らない」

太った市民「俺は精霊様って云うのは、もっとなんか、
 風とか光みたいなものだと思っていたよ」

旅の商人「うーん」


244: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 17:18:19.64 ID:OGIpmW2P
酒場の店員「だが、教会はその『聖骸』は
 魔族に奪われたと云っているんだ。
 魔族から『聖骸』を奪い返すために今までにない
 精鋭兵が沢山必要とされる。
 そのための『光の子の村』で訓練するんだって話だぜ」

太った市民「ふぅむ……。でも、飢えなくて済むんだろう?」

旅の商人「ああ、それはそうらしい。別の街でも聞いた話だ」

酒場の店員「光の精霊の恵みなんだとさ。
 その村では、一日二回のパンの食事と、昼にはこってりした
 にんじんのシチューが出るらしい。しかも夜のパンは
 真っ白いふかふかのパンだって云うじゃないか」

太った市民「白いパンが出るのか!?」

旅の商人「何とも豪勢な話じゃないか」

酒場の店員「ああ」こくり 
 「この話からつまり教会は
  どうやら随分本気なのじゃないかって云われているな」

旅の商人「本気……?」

酒場の店員「ああ、ここだけの話だが、こんなにも小麦が
 値上がりしているのは、教会が買い占めを行って、
 その『光の子の村』へと送っているせいじゃないかと。
 そんな話があるんだ」

太った市民「!!」
旅の商人「そうか、そう言うこともあり得るよな」
酒場の店員「だろう?」

太った市民「でも、だとすれば、本気で戦争をするんだな」
旅の商人「そうだなぁ、だが、光の精霊のためなのだろう?
 ならば、それはそれで仕方がない」

245: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 17:19:31.43 ID:OGIpmW2P
酒場の店員「ああ、まったくだ。精霊の恵みあれ」
太った市民「恵みあれ! 我が暮らしにもせめて黒いパンを」

旅の商人「だがそう言うことになると、見てみたいな。その村を」

太った市民「俺は見るよりも住んでみたいよ。
 だってそうだろう? 光の精霊様のご遺体を取り返す、
 つまり正義の戦いをするだけで、食事がもらえる。
 飢えなくて済むなら俺だってそんな村に行きたいよ」

教会職員「無理な話ではありませんよ」
旅の商人「へ?」

教会職員「すみませんね、耳に入ってしまいました。
 ……その『光の子の村』は増えているんです。
 何せ卑劣な魔族との戦いの時が迫っていますからね。

 教会へ毎晩の懺悔にやっていらっしゃい。
 近いうちにまた『光の子の村』へと送られる優秀な人々への
 祝福が始まると思いますよ。
 最近教会は、この特別の祝福を求める方で
 ごった返しているのです」

酒場の店員「本当ですかい? 司祭様!」
太った市民「本当なんですか!?」

教会職員「わたしはまだ司祭などという身分ではありませんが
 云っていることは嘘偽りはありませんよ。
 今晩にでもまた新しい隊が荷物をまとめてこの街を発つでしょう」

太った市民「俺も行ってみたいぞっ」がたっ
旅の商人「それを言うなら俺だって!」

教会職員「では是非教会へといらっしゃい。
 司祭さまが、あなたたちの献身を待っていらっしゃいますよ」

252: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 18:01:50.54 ID:OGIpmW2P
――開門都市、安い下宿、隣り合った部屋の片方

土木子弟「いやぁ、これは美味いな」
奏楽子弟「ん。ああ……」

土木子弟「羊、って云うのか? 初めて食べるけれど」
奏楽子弟「うん。地上の家畜らしいよ」

土木子弟「へぇ~地上かぁ」
奏楽子弟「うん……」

土木子弟「どうかしたのか?」
奏楽子弟「へっ? ううんっ。何でもないよ」

土木子弟「美味いなぁ。……むっしゃむっしゃ」
奏楽子弟「……もぐ」

土木子弟「よっし、こいつだ」カリカリッ
奏楽子弟「もうっ。食事中くらい、図面をおこうよ」

土木子弟「悪い悪い。だけど、どんどん頭の中に
 新しい工法や工夫がわき上がってきてさ。
 メモを取っておかないと忘れてしまうんだ」

奏楽子弟「もうっ。本当に馬鹿だなぁ」
土木子弟「仕方がないさ。早く作ってくれって橋が云っている」

奏楽子弟「橋が?」
土木子弟「ああ。そうさ」

奏楽子弟「あんたほんとに変わってるよ」

253: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 18:03:02.18 ID:OGIpmW2P
土木子弟「そうかなぁ。お前にも聞こえるもんだと
 ばっかり思っていたけれど」

奏楽子弟「え?」

土木子弟「お前だって憑かれたように歌ったり、
 あふれ出すみたいに戯曲を書いたりするじゃないか」

奏楽子弟「それは、まぁ」

土木子弟「あれは、お前の内側から、そう頼まれてじゃないのか?」
奏楽子弟「……」

土木子弟「頼まれる、と云うと相手が俺たちみたいな言葉を
 話しているみたいだけれど、そうじゃなくさ。
 なんていうのかな。
 迂回路を通ってまとまった水流がため池に注ぎ込んで、
 それが溢れ出しそうと云うか、
 こぼれ落ちそうになって、俺をせき立てるんだ。
 “早く作って! 早く完成したいよ!”ってな。
 だってそうだろう?
 この橋は完成すれば、沢山の人のお腹や、懐や、冒険心を
 満たすためにあらゆるものを運ぶことが出来るんだ。
 早く生まれたがっても不思議じゃないさ」

奏楽子弟「……うん」
土木子弟「ん?」

奏楽子弟「判るよ。それは歌声でしょう?
 生まれ出たい声なき声で歌い上げるハルモニアだ。
 胸の中で、フィドルが、リラが、ツィンクの勇壮な響きが
 なっている、早く生まれたいと懇願の声を立てる」

土木子弟「ちゃんと判っているじゃないか」

254: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 18:04:20.84 ID:OGIpmW2P
奏楽子弟「ねぇ、土木子弟」
土木子弟「なんだい? ……もぎゅ、むしゃ」

奏楽子弟「『聖骸』って聞いたことがある?」
土木子弟「ん。いいや? なんだ、それ」

奏楽子弟「わたしも詳しくは知らない。
 ただ、開門都市の噂にかすかに聞こえるんだ」

土木子弟「ふぅむ」

奏楽子弟「その言葉が、わたしを誘うんだ。
 時にわたしを誘う風が強すぎて、必死に何かにしがみつかないと、
 魂ごと吹き飛ばされそうなくらいなんだ……」

土木子弟「……」

奏楽子弟「わたし、出掛けたい」
土木子弟「うん」

奏楽子弟「でも、一緒にもいたいんだ」
土木子弟「うん」

奏楽子弟「……」
土木子弟「……」

奏楽子弟「……」じわぁ
土木子弟「そんな顔するなよ。馬鹿だなぁ」

奏楽子弟「だってさ」
土木子弟「遠くに行くのか? もしかして、地上か?」

255: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 18:06:07.33 ID:OGIpmW2P
奏楽子弟「うん……。いつ帰れるかも判らないんだ」
土木子弟「でも帰ってくるだろう」
奏楽子弟「そんなの当たり前だっ」

土木子弟「じゃあ、何一つ変わらないじゃないか。行けば良いんだ」
奏楽子弟「でもっ」

土木子弟「はははっ」
奏楽子弟「……?」

土木子弟「じゃぁ、俺の橋は、お前を旅立たせることが
 出来るんだなっ! そして、お前を迎え入れることもっ!」

奏楽子弟「あ……」

土木子弟「行けばいいさ。
 俺の橋はお前の帰りをずっと待っている。もちろん、俺もだ。
 俺の橋はありとあらゆるものが通るんだ。
 地下世界の誇る天才作家! 妖精の歌い手だって通るんだぞ!
 妖精の歌い手は、地上を旅して、新しいお話と
 新しい音楽を見てくるんだ。なんてすごいんだろう!
 俺の橋には音楽だって通るんだ!」

奏楽子弟「う、うんっ」

土木子弟「すごいものを沢山見てこい」
奏楽子弟「すごいおとも沢山聞いてくるよ」

土木子弟「そうして、またこの街で会おう」
奏楽子弟「うん、うんっ。……約束、だっ」

土木子弟「われらは紅の子弟」
奏楽子弟「ああ。わたし達の約束は絶対だっ」

ぎゅうっ

265: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 18:34:13.12 ID:OGIpmW2P

――魔王城、深部、魔王の居住空間

コンコンッ

勇者「……あれれ」

コンコンッ

勇者「寝てるのかな」

カチャ

魔王「……すぅ。……すぅ」

勇者「寝てらぁ」

魔王「むー」くてん

勇者「寝てる時まで賢そうな顔しちゃって、まぁ」
魔王「……すぅ」

勇者「仕方ないなぁ。せっかくなのに」
魔王「……すぅ」

勇者「……」
魔王「……くふぅ」

勇者「髪の毛、細いな」

266: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 18:35:09.04 ID:OGIpmW2P
勇者「相当美人だと思うんだけど、自覚ないんだろうな」
魔王「……むぅ」

勇者 ちょん
魔王「……ふにゅ。……すぅ」

勇者「まおー」
魔王「……? ……んぅ」

勇者「起きたか?」
魔王「……うう」

勇者「……」
魔王 きょろきょろ

勇者「おはよう」
魔王「……おはようだ」

勇者「ぼけぼけ?」
魔王「茶が欲しい」

勇者「判った。メイド長かな、用意してあるみたいだ」
魔王「ありがたい」

とぽとぽとぽ

勇者「ただいま、魔王」
魔王「おかえり、勇者」

勇者「胸は平気か?」
魔王「うん、もう痛みはない。呼吸も正常だ」

270: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 18:36:55.86 ID:OGIpmW2P
勇者「そろそろベッドからは出られるかな」
魔王「いい加減にして欲しい。退屈すぎる」

勇者「よし、んじゃ今日はお土産が沢山あるぞ」
魔王「なんだ?」

勇者「まずは、これだ。できたてだぞ?
 妹新作のカスタードプディングだ」

魔王「?」

勇者「まぁ、食えば判るよ」
魔王「ふむ……。こっ! これは!!」

勇者「すごくないか?」
魔王「甘いではないか! 冷たくと、とろぉりとして、
 初めて食べる味だ。なんだこれは?
 このとろりとしたものは果樹の蜜か? まったく新しい」

勇者「卵と砂糖で作るらしい」
魔王「なんと……。ちょっと目を離した隙に、
 どんどん技術を身につけ、新しい料理をつくりだすな」

勇者「うん、こればっかりは俺もびっくりだ」

魔王「すさまじい美味しさだなっ。メイド長も云っていたぞ。
 “料理はメイドの必須技能の一つですが、あの子のご馳走に
 かける執念は時には上級魔族を越えた気迫を感じる”ってな」

勇者「はははっ! 違いない」
魔王「これは本当に美味しいなぁ」

勇者「他にもあるぞ」
魔王「ん?」

272: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 18:38:46.85 ID:OGIpmW2P
勇者「まずはこいつは、砦将経由で預かったものだ」
魔王「うむ、封書か……。ナイフを」

勇者「ほいよ」

サクッ。ぴぃっ。――がさっ。

魔王「……うむ。青年商人殿からだ。これは、ふむ。
 開門都市に商館を作ったらしい」
勇者「はやいなぁ」

魔王「そう言えば面識があるのだったな」
勇者「腐れ縁でな、あ。そうそう」

魔王「なんだ?」

勇者「結構前の話だったけど、あいつには開門都市の
 交易勅書出しちゃったぞ? 魔王の直轄地だから、
 別に良いかなぁーって」

魔王「ああ、ここにも書いてある。お礼の言葉と共に
 確認をな。今回は問題ないとは思うが、軽はずみなことを。
 そこらの木っ端商人にこんな無制限な交易許可を与えたら
 面倒この上ないことになるぞ」

勇者「面倒って?」

魔王「勅書の転売とかまた貸しとかだ」

勇者「ああ、そっか」
魔王「そっか、ではない。まぁ、青年商人殿ならばそんな
 足下を見られるような、信用を損なう真似はしないだろうが」

勇者「で、あいつなんだって?」

274: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 18:41:51.18 ID:OGIpmW2P
魔王「ふむ、羊、牛など家畜の導入。銀行と貨幣経済の
 導入などを進めたい、としているな」

勇者「何だ、こっちには金貨はないのか? 普通に使ってたけれど」

魔王「使えることは使えるが、
 砂金での取引も通常に行われているな。
 人間の住む地上に手をつける前、つまりは勇者と出会う前には、
 この魔界の改革にも手をつけていたのだが、
 あの頃はまだ試行錯誤もあってな」

勇者「ふぅん」

魔王「魔界は、大地の恵みという意味では、
 地上よりも恵まれている。極端に寒い場所は多くはないしな。
 しかし、領土により荒れ地は多かったから
 激しい戦乱は起きていたんだ。
 魔界には人間界よりも、どちらかというと
 潅漑や治水といった土木技術や、音楽や物語などの文化的
 技術が必要で、だからそう言う意味でも――あ」

勇者「どうした?」

魔王「いや、そういえば……。魔界でも育てかけていた
 弟子がいたのだが」

勇者「はぁ?」
魔王「勇者がやってきたので放置してしまっていた」

勇者「おいおい」
魔王「まぁ、彼らも良い若者だ。
 のたれ死んでいると云うことはあるまいが」

勇者「結構放任主義だなぁ」
魔王「技能は現場でないと最終的には身につかないものだよ」

277: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 19:01:20.50 ID:OGIpmW2P
魔王「まぁ、そんな魔界側の事情もあってな。
 そもそも魔界は氏族による領地の運営が通常で、
 その意味では横断的な土木工事の必要がなかったんだ。
 家と畑が作れれば、それで済む程度には豊かだった。
 金貨による経済や食糧事情を改善は現状で機能している
 地下世界では随分と後回しになっていたのだ」

勇者「そうなのか。では、青年貴族の件はどうする?」

魔王「銀行については、しばらく保留だな。
 まだ時期尚早ということもあるが、両界の銀行を
 一者の手に握らせるのも良くないだろう。
 これについては事情を説明する返事を書こう。
 羊と牛については止めようもないし、有り難いことでもある」

勇者「考えてみたら、あいつ、学士が魔王だって知らないんだ」
魔王「そうなのか?」

勇者「魔族だって云うのは明かしたけれど、魔王だとは思ってない」

魔王「それで魔王宛の丁寧な手紙なのか。
 回りくどい文章だと思ったぞ」

勇者「どうする?」
魔王「まぁ、そのままでもよかろう。いずれ自然に判る。
 後で返事を書いておくとしよう」

勇者「そっか。んじゃ、次だ」
魔王「次は何だ?」

勇者「今度はメイド姉からの手紙だよ。結構重いぜ?」

トサッ

魔王「ほほう」

278: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 19:02:31.18 ID:OGIpmW2P
ガサガサッ

勇者「なんだっていうんだ?」
魔王「これは……。ふむ、馬鈴薯の栽培報告だな。
 それに冬越し村の日誌。
 こちらには冬の国の税収に関する報告書。
 ああ、商人子弟に聞き取りをしたんだな?
 財務諸表もつけてあるではないか!」

勇者「面白いものなのか?」

魔王「ああ、これは面白いぞ。
 すごいな、このGDPの伸びは。予想どおりだ。
 南部諸王国は恒常的な戦争という重しを取りのけてやれば、
 これだけ伸びる自力を持っていたはずだったんだ」

勇者「三ヶ国はここ最近は、流入してくる逃亡農奴や開拓民の
 対応に追われているらしい。商人子弟も軍人子弟も相当に
 煮詰まっているらしいな」

魔王「ああ、メイド姉の手紙にも書いてある。……ふむ」

勇者「どうだ?」

魔王「どちらも国の特徴を生かして対応しているみたいだな。
 どういった成果が出るかはまだまだ判らないが、
 鉄の国の軍の工兵科を大拡充という発想は面白い。
 民兵の発想を逆にしたわけだな。インカムと釣り合えば
 国民公社的組織の礎となるだろうが、最大の問題点は生産性か」

勇者「生産性ってなんだ?」
魔王「経済の用語でな。……うーん、云ってしまえば、
 “ものを作る時どれくらい効率がよいか”ってことだ」

勇者「ふむふむ」

281: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 19:08:46.29 ID:OGIpmW2P



魔王「軍人子弟のアイデアでは、流入してくる難民や
 開拓民をとりあえず全部軍が雇用してしまうわけだ。
 これは、治安維持や当面の問題解決に大きな効果を発揮する。
 また開拓や道路の整備などの公共財の充実にも効果がある」

勇者「ああ、そういう目的らしいな」

魔王「だが、この体制を続けた場合、農業を営む雇用される側にも
 甘えというか油断が生じるんだ。だってそうだろう?
 がんばって馬鈴薯を沢山作っても、少ししか作らなくても
 国からもらえる給料や食料は一緒だ。軍人なんだからな」

勇者「ああ。……云われてみればそうだな」

魔王「そう。だから、こういった環境では『生産性』は
 下がってゆくんだ。腐敗した役人や硬直した組織にも
 見られる問題だな。努力や結果が評価されないから
 どんどん腐ってゆく」

勇者「じゃぁ、これは愚策なのか? 止めさせた方がいいのか?」
魔王「いや、そういうことじゃない。
 さっき云ったように、目の前の問題の特効薬としては
 有用なのも事実だ。
 特に今この瞬間は、これだけの難民が一挙に入ってきても、
 実際耕す地面がない。それではみんなが飢えてしまう。
 耕作するためには開拓しなければならないんだからな。
 この開拓を、軍という集団の力で実行してしまえるのは大きい」

勇者「ふむ……」

魔王「軍人してはその辺も考えて、退役を五年後と
 さだめているみたいだ。工夫のあとが伺える。
 わたし達が上からだめ出ししなくても、
 多少失敗するかも知れないが上手く対応してゆくさ」

283: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 19:10:53.53 ID:OGIpmW2P
勇者「魔王はさ」
魔王「ん?」

勇者「決して先生が向いてない訳じゃないと思うぞ。
 自分では苦手だとか、むしゃくしゃするなんて云っていたけれど」

魔王「そんなことはない。話を聞かない生徒を見ていると
 本当に口の中にブラックパウダーを詰め込んでやりたくなる」

勇者「でも、子弟達の話をする時はすごく楽しそうだ」
魔王「そうかな。そんな事はないだろう」

勇者「いーや、あるって」にやにや
魔王「むぅ」

勇者「おーい」
魔王「ん?」

勇者「ほれ」ちょん
魔王「なんだ? なんだ?」

勇者「カスタードクリームつけっぱなしだ」
魔王「そうだったのか。……うむ、あれは美味しい」

勇者「もう一個食べるか?」
魔王「あるのか? 食べよう」

勇者「即答だな」
魔王「温くなっては味が損なわれる」

284: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 19:12:49.19 ID:OGIpmW2P
勇者「もきゅ……美味いな」
魔王「うん。本当にとろっとしてて最高だ」

勇者「半分こだぞ?」
魔王「そうなのか?」

勇者「女騎士とかメイド長さんの分まで食ったら悪いだろ」
魔王「そうか。……しかし、こんな半分こなら悪くないな」

勇者「……? ああ。うん、そうだな」
魔王「勇者」

勇者「ん?」
魔王「勇者も唇についてるぞ。――ほら」

勇者「魔王だって、端っこについてる。へたくそめ」
魔王「しょうがない。まだ右腕じゃ美味く食べれないんだ」

勇者「しかたないな、ほれ。あーん」
魔王「いいのか? や、やるではないか。偉いぞわたし。
 やれば出来るではないか! 待望のシーンだぞ!?」

勇者「食わないのか?」
魔王「いやっ! 食べる。食べるぞ!
 誰が何と言おうが断固として徹底的に食べる!」

勇者「どんだけいやしんぼなんだよ」

魔王「……食べさせてくれ」
勇者「お、おう」

魔王「……ん。あむっ……、ん」こくん

287: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 19:14:38.45 ID:OGIpmW2P

勇者「あ。ううう……。えっと、その……美味いか?」
魔王「うん、甘いぞ」にこっ

勇者「そ、そか。ほら、ついてる」
魔王「あ、だめだぞ。勇者っ!」
勇者「なんだよ」

魔王「その指ですくったのもわたしの分だ」 ぺろっ
勇者「~っ!?」

魔王「半分こだと行ったら半分にすべきだぞ。
 契約を守らないのは信義に悖る行為だ」

勇者「あ。う、うん」

魔王「美味しいな。今度行ったらまた頼んでくれ」にこっ

勇者「わ、わかった……」
魔王「?」

勇者「なんでもねーよっ!」ばむばむっ
魔王「そうなのか? わたしは満足だ。美味しかった!」

勇者「はいはい」
魔王「やはりあーんは勇者からされるべきだ。
 親友には悪いが、このドキドキにはかえられない」

勇者「ううう」
魔王「どうした勇者?」

勇者「なんでもない。――メイド長にプディング届けてくるっ」

がちゃん!

魔王「変な勇者だなぁ」

294: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 19:35:41.26 ID:OGIpmW2P
にょろろん。蛇足だけど珍しく補足!
本当は物語中で綺麗に解説すべきなんだけど、
随分先までもたれちゃいそうな進行なので。

いま、土木子弟がかけようとしているのは、
アーチ橋の一種なんだけどアーチ橋ってのは紀元前1世紀頃から
あって、この形が堅牢で安定するってのは古代メソポタミアあたり
からすでに知られてたようです。
でも、半円ってのはご存じの通り、長さの半分の高さがないと
作れません。

でも、いま土木技師が挑戦しているような
長くて険しいような場所では長さの半分の高さを得るのは難しい。
(谷間を一発で越えようとするとすさまじい高さが必要になる)
そう言った場所を処理するためには、楕円や懸垂線のような
扁平な形のアーチのアイデアを得る必要があったようです。
この形のものを人類が考えつくのに実に1500年も必要でした。
ルネッサンス期に入ってからですね。
土木の進化ってのは奥が深くて面白いです。

おいらも(´∇`)土木大好きー♪

301: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 19:52:44.57 ID:OGIpmW2P
――開門都市、『同盟』の新商館、大執務室

火竜公女「すまぬ、ありがとう」
同盟職員「いえいえ、おやすいご用で」

火竜公女「帰ったぞよ」

辣腕会計「お帰りなさい。どうでした?」
火竜公女「やはり、大通りの整備は必須という結論になった」
同盟職員「インフラですか」

中年商人「おう! 竜の嬢さんだ!」
火竜公女「お久しぶりでありまする。商人どの」

中年商人「なんだい。ちょっと見ないうちにすっかり、
 板についたじゃないですかい。
 その服もブラウスも、地上のだろう」

火竜公女「こちらの方が活動的で、商談には便利ゆえ。
 竜族の衣装はおちつくが、インクを使うと袖が汚れてしまって
 なんとも困ってしまうのでありまする」

同盟職員「ははは。お似合いですよ、姫様!」
中年商人「おおっ? 姫様なんて呼ばれてるのか?」

辣腕会計「あははは! お帰りなさい、中年商人殿。公女様」

火竜公女「ただいま帰えりました。
 あれは、職員のみんなが冗談半分に口にしているだけゆえ」

辣腕会計「公女様ですからね。姫様と云ったって
 ちっともおかしくはないでしょう?」

303: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 19:55:51.01 ID:OGIpmW2P
火竜公女「ふんっ。からかっておるだけじゃ」
同盟職員「それより、頼まれていたリストが出来ていますよ」

火竜公女「ありがたい。……ふむ」ぺらっ
中年商人「そいつは?」

火竜公女「最近の人夫の人件費と、生活環境の調査でありまする。
 ギルドによる機構がないせいで人材の流動性が高すぎる、
 商人殿の云われるとおりかや……」

コッコッコッ……がちゃん

青年商人「おお。お二人ともお帰りなさい」
辣腕会計「委員もお疲れ様です」
火竜公女「良いところに来た」
中年商人「こっちもだ」

青年商人「早速話ですか。せっかちですね」
中年商人「はははっ。せっかちなのは商人にとっては美徳だ」

青年商人「お茶を頼みます」
同盟職員「はいっ」

火竜公女「では、商人殿からどうぞ」
中年商人「うん。まずは報告だな。大空洞の橋の初期工事の方は
 工期を短縮して進行中だ。具体的には、人夫を増やして対応する
 ことにより今週いっぱいで、木造の橋は全て建築を終える」

青年商人「良かった。これで時間に多少の余裕が出来る」
中年商人「で、その後の相談なんだがね」

青年商人「ええ、話にあがっていた大規模のしっかりとした
 ルートの敷設、と云う話ですよね」

304: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 19:57:27.18 ID:OGIpmW2P
中年商人「ああ、どうだ?」
青年商人「もちろん行いたい気持ちはあります。
 しかし、8年という歳月と総工費を考えた時、
 『同盟』だけで負担すべきかどうかと云いますと、
 これは難しいですね」

中年商人「それについて新しい提案があってやってきたんだ」
青年商人「提案?」

中年商人「こいつを見てくれ。
 これは、今あの大空洞現場の監督をやっている
 掘り出し物が書いた図面なんだがな」

青年商人「これは、なんですか? 水路? 水道橋?」

中年商人「いや、どっちかって云うと、井戸、のようなものらしい」

青年商人「ふむ」

中年商人「つまり、あの通路を人の行き来する街道として
 認識することも可能だが、
 ちょっと特別な巨大な『穴』として見ることももちろん可能だと、
 その設計士は云うんだな」

青年商人「ふむふむ」

中年商人「で、この滑り台にも似た井戸だ。こいつはもちろん
 壊れやすいものは無理だが、しっかり梱包した荷物を
 “落とす”事が出来る」
青年商人「え?」

中年商人「落とすんだよ。紐をくくりつけた専用の台に入れて」

305: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 19:58:45.20 ID:OGIpmW2P
青年商人「あの長い距離を!?
 どんな梱包をしたところで、全て粉々になってしまいますよ」

中年商人「いや、そうはならないと云うんだ。
 あそこ前にも話した“引力”が反転する地点があるだろう。
 その場所を利用すれば、重さが実際には無くなる。
 いや、無くなるんじゃなくて“無いかのようになる”?
 詳しいことは俺にも判らないが。

 それどころか反転した地点の逆側の引力を使って
 滑らかに勢いを停止させることも出来ると云うんだ。
 えーっと、“引力”を錘と動滑車をつかって、なんちゃらとか」

青年商人「ふむ」

中年商人「で、反対側からは、水車の水を汲み上げる装置の
 応用で荷物を引き上げてゆく。合図には磨いた鉄をつかった
 反射鏡を用いる」

青年商人「具体的には、どのような効果が見込めますか?」

中年商人「効率のアップだな。大空洞のあちらとこちら、
 それから中継点にもそれなりの人数を配置する必要がある。
 勤務態勢は鉱山に似るだろうと設計者は云っている。
 その費用はそれなりに掛かるだろうが、
 いくつかの難所のルートにこの装置を設置するだけで、
 毎日馬車二十台分の荷物を安全に“送る”事が出来る」

青年商人「検討に入ってください」
中年商人「調査には実費が発生するが?」

青年商人「商人殿の裁量で認めて構いません」
中年商人「あんたは話が早くて助かるよ」

308: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 20:00:40.28 ID:OGIpmW2P
青年商人「お願いします」
中年商人「よっし、早速とりはからおう。俺はこれで行く」

青年商人「はい」
火竜公女「また会いましょうぞ。商人殿っ!」

中年商人「おう、姫様。今度は夕食でも一緒にしようや」
火竜公女「姫ではないというのにっ」ぷぅ

中年商人「ははははっ! ではっ!」

タッタッタ、ガチャン!

辣腕会計「彼はあの橋やインフラに入れ込んでいますね」
青年商人「元々旅商人だと云っていたからな。得がたい人材を得た」

火竜公女「あの調子であれば、すぐにでも立派な街道が復活しよう。
 交易の発展にとって街道はなくてはならぬゆえな」

青年商人「そうですね。そちらの案配はどうです?」

火竜公女「やはり北の門を中心に不便さが募りまする。
 あの一帯は以前の攻防戦で大きく破壊されました。
 そろそろ復興に手をつけるべきだというのが、
 自治委員会の意見でありまする」

青年商人「何か計画はあるんでしょうかね」

火竜公女「このままで行けば、商業区か居住区と
 云うことになるだろうが」

青年商人「ふむ……」

309: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 20:01:52.23 ID:OGIpmW2P
火竜公女「板バネ式馬車の方はどうじゃ?」

辣腕会計「あれは素晴らしい発明ですね」

火竜公女「機怪族からの技術供与と部品提供らしい。
 自治委員会に申し出があり、その代わりに一部地域を
 機怪族へと貸し出しを行ったと」

青年商人「ほう」

火竜公女「機怪族は長い間迫害されてきた歴史がある。
 この世界へ自分たちを馴染ませるためには並ならぬ努力が
 必要なのだろうな……」

青年商人「こちらも新しい動きを始める時期でしょうね」
火竜公女 こくり

青年商人「“小麦引き渡し証書”は始末できましたか?」
辣腕会計「はい、全て売却しました」

火竜公女「“小麦引き渡し証書”?
 この春、もうじき取れる小麦の権利だろう?
 それを手放したのか?」

辣腕会計「ええ」

青年商人「売りましたよ」

火竜公女「なぜだ? 小麦を買い占めていた方が、
 三ヶ国同盟に都合がよいのではないか?」

青年商人「別にわたしは、あの通商同盟の守護者ではありませんし」

313: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 20:12:09.56 ID:OGIpmW2P
青年商人「それに考えても下さい。
 あの“小麦引き渡し証書”は確かに強力な武器ですが、
 それは相手が取り立てを恐れている間のこと。
 騎士や軍を持っている領主達が一斉に踏み倒すと決めたならば、
 武器を持たない我ら『同盟』は取り立てる手段がありません。
 もちろん経済攻撃などで多大な損害を与えることは可能ですが
 ダメージを与えるためにもお金が必要です。
 ここいらが引き際ですよ」

火竜公女「誰に売ったのだ?」

青年商人「教会ですよ。中央の」

火竜公女「なっ」

青年商人「貴族が寄ってたかっても
 絶対に踏み倒せない相手です。
 もちろん、三ヶ国になびきそうな国には、
 わたし達に小麦を売った国そのものに売り直して
 あげましたけれどね。
 そうでない国は、結局は聖光教会の言いなりなのですから
 多少仲を冷えさせておくのも良いでしょう」

辣腕会計「良い取引が出来ました」
火竜公女「そうなのか?」

青年商人「今回の件でもっとも大きな動きだったのは、
 旧金貨から新金貨への乗り換えです。
 我が『同盟』は、この乗り換え時期、その資産のほぼ全てを
 小麦などの物資の現物と、“小麦引き渡し証書”に変えて
 保持していました。つまり、価値の無くなった旧金貨を
 持ってはいなかった」

314: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 20:13:59.91 ID:OGIpmW2P
辣腕会計「そして、今度の“小麦引き渡し証書”売却で、
 大量の新金貨を得ることが出来ました。
 この新金貨のお陰で『同盟』の資産は元の量を回復。
 いや増大さえしました。
 また、“小麦引き渡し証書”を高値で買い取った教会は、
 結局は小麦の値段を高く推移させざるを得ない。
 それだけの新金貨を失ったのですからね。
 回収するためには、高く売らざるを得ないでしょう。
 しかし、それでも売らないと自領の民が飢えることになる。
 小麦の取り立ては、教会に任せましょう」

火竜公女「……悪辣じゃのぉ」

青年商人「褒め言葉と取っておきましょう」

辣腕会計「詳細な資産把握はもはや不可能ですが、
 概算ではこのような結果になったようです」

青年商人「ふむ……」ぺらっ

火竜公女「どれくらい儲かったのだ?」

青年商人「それは云わぬが華でしょうね。
 ……聖王国は旧金貨と新金貨の交換を、
 おおよそ1/3~1/4で行いました。
 『同盟』はこの交換を、“小麦引き渡し証書”を通して
 1/1.5~1/2程度の間で行ったことになりますか」

火竜公女「では……。およそ2倍の資産になったのかや!?」

青年商人「そこまでは行きませんよ。覚えておいででしょうが
 小麦の大量輸送や、保管にだってお金はかかります。
 途中でジャガイモを大量購入したり、
 三ヶ国通商に肩入れしたりで、随分資金は溶けていますしね」

辣腕会計「そうですね……。仕込みに随分お金を使ってるんですよ」

315: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 20:15:20.50 ID:OGIpmW2P
火竜公女「すると、儲けはないのかや?」

青年商人「しょんぼりしないでくださいよ」

辣腕会計「ははは。利益の話を聞いてがっかりするあたり、
 姫様はすっかり、我らが『同盟』と商人の流儀が
 身についたようですね」

火竜公女「そのようなことはない。
 妾はただ、磨いた手中の玉が二束三文で
 売れてしまったかのような
 寂しい気持ちになっただけゆえ」むっ

青年商人「まぁ、2倍とは行きませんが、
 少なくない儲けを出すことが出来ました。
 『同盟』が過去4年で築いたのとほぼ同額の富です」

火竜公女「十分ではないかっ」

辣腕会計「しかし、今回得た本当の宝は
 金貨ではありませんからね。金貨は道具に過ぎません」

青年商人「ええ、もちろん。
 その過程で金貨では買えない貴重なコネや機会、
 新しい商売のチャンスを手に入れました。
 今回の戦は『同盟』の勝ちだと云えるでしょうね。
 しかし商売の戦に終わりはないんですよ」

火竜公女「次は何を狙うのじゃ?」

青年商人「それについては祝杯を挙げながら、策を練りますか」

火竜公女「ふふふっ。それならば是非お供をせねばならぬなっ」

372: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 22:38:02.16 ID:OGIpmW2P
――冬越し村、魔王の屋敷

(――お節介かも知れないけれど、
 “そこ”にいつまでも隠れているわけにも行かないだろう?)

メイド姉「……」

メイド妹「おねえちゃーん」

メイド姉「……」

メイド妹「お姉ちゃんっ!、お姉ちゃんってばぁ!」
メイド姉「あ、うんっ」

メイド妹「もう、お姉ちゃんぼうっとしてる」
メイド姉「ごめんね、なんだっけ?」

メイド妹「客室に風通して、リネン取り替えないと」
メイド姉「うん、そうだね。やっちゃおう!」

メイド妹「うんっ! らんらんらん♪」
メイド姉「ね、妹……」

メイド妹「なぁに?」
メイド姉「楽しい?」

メイド妹「うんっ! 毎日楽しいよ。お仕事大好き!」
メイド姉「そか」

374: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 22:39:58.57 ID:OGIpmW2P
メイド妹「暖かいし、お布団は柔らかいし。毎日ちゃんと
 ご飯食べられるし、当主のお姉ちゃんも眼鏡のお姉ちゃんも
 勇者のお兄ちゃんも好きだよ」

メイド姉「そう……だよね」
メイド妹「うんっ!」

メイド姉「……らんらんらん♪」

メイド妹「お姉ちゃんはそっちの端っこもってね」
メイド姉「うん」

メイド妹「ぱりぱりシーツをひきましょー!」
メイド姉「よいよー」

ぱんっ!

メイド妹「完成!」
メイド姉「良く出来ました」なでなで

メイド妹「えへへ~。あ!」
メイド姉「なに?」

メイド妹「お姉ちゃんも大好きだよ。お姉ちゃんが一番好き」ぎゅ
メイド姉「うん。妹のこと、好きよ」

メイド妹「よかったぁ」
メイド姉「じゃぁ、洗濯の続きやっちゃおっか」

メイド妹「うん!」

382: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 23:06:49.15 ID:OGIpmW2P
――氷の宮廷、謁見の間

コンコンッ!

貴族子弟「こんにちはー」のこのこ

氷雪の女王「こら。どこの世界に謁見の間に
 のこのこ入ってくる宮廷官吏がいるのですか」

貴族子弟「いやいや。女王様、ごきげん麗しく。
 あんまり格式張っていない方が良いかと思いまして」

氷雪の女王「とは?」

カチャリ

外交特使「お初にお目に掛かります」

貴族子弟「こちら赤馬の国の戦爵。
 中央風に云うと、侯爵位ですね。今宵回のお客人です。
 こちらは我が雪の国の誇る女王陛下」

氷雪の女王「はじめまして、戦爵。無礼な臣下で申し訳ありません」

外交特使「いえいえ。子弟殿は我が国に、勇猛な王子と
 花のように美しい姫を取り戻してくださいました恩人です」

氷雪の女王「おや」

外交特使「我が君主、赤馬王はそのため、
 わたしを氷の国への特使として派遣されました。
 この感謝の意を伝えるためでございます。
 誠にありがとうございました」

383: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 23:08:16.88 ID:OGIpmW2P
氷雪の女王「ふふっ。ちゃんと働いたようですね」
貴族子弟「いえいえ、脇役の道化踊りでございますよ。陛下」

氷雪の女王「寒かったでしょう、特使殿。
 我が国の林檎の風味を効かせた、熱いリキュールなどを
 入れさせましょう」

外交特使「かたじけありません」

貴族子弟「まぁ、あまり儀礼張らずに。進む話も進みませんから」
氷雪の女王「そうですね。我が国は南の辺境。
 中央のような典雅な礼儀にも欠ける素朴な国ですから」

外交特使「いえいえ、そんな事はありません。
 貴族子弟殿は中央の名門家をも凌ぐ学識と見識の持ち主と
 お見受けいたしました」

貴族子弟「常に慇懃無礼なのはかえって礼節を欠くってだけです」

氷雪の女王「この若者はひねくれ者ですからね。ほほほっ」

外交特使「これはまた。ははっ」

とくとくとく。

貴族子弟「さ、どうぞ。暖まりますよ」

外交特使「これはどうも。……うむ、甘くて良い香りですな」

貴族子弟「女王はこの酒がことのほかお好みでして」
氷雪の女王「長い冬の無聊を慰めてくれるのです」

外交特使「我らの国にもよい果実酒がございます。
 近日中にでも届けさせましょう」

384: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 23:09:21.81 ID:OGIpmW2P
氷雪の女王「では!」
外交特使「はい」

貴族子弟「やれやれ」

氷雪の女王「条約に署名して頂けるのですね」

外交特使「はっ。陛下はご決断されました。
 このたびの大きな転回点を越え、
 国家としての信義に照らすところを冷静に判断した結果、
 氷雪の女王陛下に仲立ちしていただき、三ヶ国通商同盟に
 参加させて頂きたいとのことでございます。
 これは、赤馬の国の公式な意思表示と取って頂いて構いません」

氷雪の女王「ありがとうございます。百万の味方を得たような
 思いです。これで近隣国家のいくつかも、さらなる交渉へと
 一歩踏み出せるでしょう」

外交特使「今回の決断に当たっては、貴族子弟殿と湖の国の
 修道院が手配してくださった、天然痘の治療班の働きが
 特に大きかった、と。
 陛下自らの感謝の言葉をお伝えせよと申し使っております」

貴族子弟「うんうん」

氷雪の女王「そんな事を?」
貴族子弟「手を回しておきましたけど。いけなかったですか?」

氷雪の女王「いいえ、もちろん良いことです。
 でもあなたはもうちょっとびっくりさせないようにしなさい」

外交特使「あはははっ」

385: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 23:11:22.44 ID:OGIpmW2P
貴族子弟「とはいえ、治療法のある病気ではないんですよ。
 あの修道士達は『予防』を受けていたから、天然痘末期の
 患者の看病を出来たと云うことだけで」

外交特使「いいえ、それだけでも十分です。
 また、我が国だけでも数千人、数万人いる天然痘患者が
 今後どれだけその命を救われるのか。その可能性を示して
 下さったのはまさに福音としか言い様がありません」

貴族子弟「やっと効果が実感できる段階まで来ましたね」
氷雪の女王「ええ、修道院や学士殿には感謝をせねば」

外交特使「その件ですよ」
貴族子弟「?」
氷雪の女王「どういう事でしょう」

外交特使「いいえ、馬鈴薯もそうですし、
 此度の天然痘の治療――予防ですか? もそうですが、
 湖畔修道会は常に我らの命を救おうとしてくださる。
 聖教会は湖畔修道会を敵とさだめ、
 その命脈を絶とうとするに対して、
 湖畔修道会はただひたすらに命を救おうとなさる。
 故に我が国は、どちらが真の精霊の教えかという点について
 割れた国論がまとまったのです」

氷雪の女王「……そう、でしたか」
貴族子弟「……」

氷雪の女王「子弟?」
貴族子弟「はい」

氷雪の女王「あの少女を気にかけてやってね」
貴族子弟「はい。我らの妹弟子ですからね」

392: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 23:34:18.13 ID:OGIpmW2P
――冬越しの村、魔王の屋敷

勇者「おーい。おーい。到着したぞー!」
メイド長「さ、まおー様。つきましたよ」

魔王「わかっている。情けないな。
 転移先からわずか20分ほど歩いただけで、脚が痛む」

女騎士「普段から運動不足だから、
 ちょっと寝付いたくらいで身体が萎えるのね」

メイド姉「お帰りなさいませ、当主様。メイド長さま」
メイド妹「お帰りなさい、当主のお姉ちゃん、眼鏡のお姉ちゃん!
 それから、お兄ちゃんと騎士のお姉ちゃん!」

魔王「ああ、ただいま。二人ともかわりはなかったか?」
勇者「悪いな、ドア開けてくれ。まずは……」

魔王「ベッドはイヤだ」

メイド長「あらあら、まぁまぁ。談話室は暖まっている?」
メイド姉「はい、暖めてあります」

魔王「では、そちらに行こう」
メイド妹「うんっ。膝掛け持ってくるね!」
ぱたぱたぱたっ

女騎士「張り切っているな」くすっ

メイド姉「待ち遠しかったんですよ。
 昨日からおかしくなっちゃったのかってくらい大はしゃぎで
 料理の下ごしらえなんかして。この屋敷に二人は、やはり
 寂しいですから」

393: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 23:35:59.31 ID:OGIpmW2P
――冬越しの村、魔王の屋敷、談話室

コッコッコッ、ガチャ

勇者「そっか。二人だもんな」
魔王「留守中心配をかけたな」
メイド長「後で仕事ぶりを見ますよ?」

メイド姉「はいっ」

魔王「ふぅ」 とさっ 「やはり外はまだ冷えるな」
女騎士「部屋着だからだ」

魔王「仕方ないではないか。まだ少し不自由なのだ」

メイド妹「膝掛け持ってきたよ。当主のお姉ちゃん」
魔王「ありがとう、妹よ」にこっ

勇者「ふぅ~。着いたなぁ」
魔王「やはりこの屋敷は落ち着くな。
 あちらの城の方が長く過ごしていたはずなのに、
 この部屋はずっと暖かい気がする」

勇者「騒がしい二人娘もいるしな」
メイド長「ふふふっ」

メイド姉「当主様、書類をごらんになられますか?」
魔王「うん、目を通そう」

勇者「おいおい大丈夫か? 執務室まで行くのか?」

メイド姉「いえ、執務室ではなくこちらで見ることが出来るよう
 抜粋や統計をまとめてあります」

魔王「ありがたいな」

394: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 23:37:21.21 ID:OGIpmW2P
メイド姉「はい、ただいまお持ちします」パタタッ
メイド妹「じゃ。お茶を入れるね? それから
 夕食はご馳走だからね? お腹減らしていてね?」

魔王「楽しみにしておるぞ」
メイド妹「えへへ~」にぱぁ

女騎士「ふぅむ。では、わたしは夕食まで、
 一回修道院の建物の方に顔を出してくる。
 ちょくちょく帰っていたが、やはり一週間ぶりだしな」

魔王「済まなかったな、女騎士」

女騎士「気にすることはない。
 しかし、もうちょっと体力をつけた方がいいな」

魔王「善処する」

勇者「……」
メイド長「どうなさいました? 勇者様」

勇者「いや、何か妙に仲が良いな。って思って」

魔王「別にわたし達は最初から仲が悪かったわけではない」
女騎士「そうだ。別に仲が悪くはないぞ」

勇者「そうなのか?」

メイド長「殿方はあまり思い悩まない方が良いと思いますわ」
勇者「そ、そか。んじゃそうする」

女騎士「勇者、修道院までちょっと付き合え」

398: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 23:50:35.79 ID:OGIpmW2P
――冬越しの村、春の道

さくっさくっ

女騎士「ん。白詰草が咲いている」

勇者「ああ、良い陽気だな。まだ風は冷たいが
 太陽がだんだんと暖かくなってくる」

女騎士「春だな。わたしはこの雪国の春が大好きだ」
勇者「そうだなぁ、訳もなく幸せな気分になるなぁ」

女騎士「……」
勇者「……」

さくっさくっ

女騎士「……」
勇者「で。どうしたんだ? 女騎士」

女騎士「え?」
勇者「いや、付き合えだなんて云うから。何かあるんだろう?」

女騎士「いいや」ふるふる
勇者「……」

女騎士「何にもないぞ」
勇者「えー!?」

女騎士「ただ二人で歩きたかっただけだ。そんなに変か?」
勇者「変じゃないけれど」

399: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 23:51:51.55 ID:OGIpmW2P
女騎士「あれから立て込んでいたからな。
 我が剣の主人と共に歩きたかっただけだ」
勇者「……う」

女騎士「そんなに身構えられると哀しくなるな」
勇者「う、うん……」

さくっさくっ

女騎士「別に何をしようって云うわけでもないんだ。
 ただ修道院まで、この木立の道を歩いてみたかっただけだ」
勇者「うん」

さくっさくっ

女騎士「……」
勇者「……」

女騎士「なぁ、主人」
勇者「っ!」

女騎士「何だ、その顔は」
勇者「いや。その“主人”っていうの、やめないか?
 心臓に悪い。止まりそうになる」

女騎士「そうか。二人の時はよいかと思ったんだが」
勇者「勘弁してくれ」

さくっさくっ

女騎士「じゃぁ、勇者」
勇者「なんだよ」

女騎士「……あー」
勇者「?」


400: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/23(水) 23:53:53.69 ID:OGIpmW2P
女騎士「なんでもない」
勇者「なんだよってば」

女騎士「……」
勇者「……」

さくっさくっ

女騎士「その……。褒めて貰って良いか?」
勇者「へ?」

女騎士「ほら、今回は治癒とか随分頑張ったじゃないか。
 わたしは今、いい気になりたい気分なんだ」
勇者「え? いい気って」

女騎士「頼む」
勇者「うん。そんな事頼まれないでもさ。本当に感謝してるのに。
 女騎士には世話になった。今回はすごく助かった。感謝してる」

女騎士「そういうのではなくて、もっと単純なので」

さくっさくっ

勇者「……そんな事言われてもな」

女騎士「ん」
さくっ。

勇者「……えーっと。……っと。……えらいぞ」ぽむぽむ

女騎士「――あははぁ」にこっ
勇者「なんだよ、変なやつだな」

女騎士「いやいや主人」
勇者「それやめろよっ」

女騎士「これからの御命を守るため、我は我が剣の主人の
 忠実な盾となり鎧となって御身をまもろう。
 いま、誓いを新たにしたのだ」えへんっ

411: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 00:24:24.64 ID:jeE4iYgP
――聖王都、八角宮殿

バサァッバサァッ!!

聖王国将官「こちらの地図に示した点が
 新しく造営中の『光の子の村』になります」

王弟元帥「ふむ」
参謀軍師「目標数のおおよそ八割を達成ですな」

王国将官「しかし、だんだんと噂も広がってしまっております」

王弟元帥「それも計算の内だ。無理に広める必要はないが
 噂はそのまま放置しておけ。その方が人の興味は引かれるものだ」

聖王国将官「はっ」

王弟元帥「ふむ……。しかし、そうなると火薬の作成量か」
参謀軍師「硝石、でございますな」

王弟元帥「銅の国の鉱山を急がせろ」
参謀軍師「はっ。手の者をすでに向かわせております」

聖王国将官「しかし、このマスケットなる武器を
 そこまで重視して良いのでしょうか?
 わたしが見たところ、連射速度も遅く、
 射程距離もそこまで長いというわけでもなく、
 破壊力もずば抜けている訳でもないような。
 
 たとえば、これであれば魔術兵団の方が遙かに
 攻撃力があるのではないでしょうか?」

王弟元帥「ふふふっ。はははっ」

聖王国将官「王弟殿下……?」

413: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 00:26:28.16 ID:jeE4iYgP
王弟元帥「いやいや、おぬしの考えは正しいよ。
 この武器は、そこまで強力な武器ではない。
 まったくその通りだ。
 しかし、それは戦争を戦場だけのものとして考えた場合だ」

参謀軍師「ですな」

聖王国将官「……戦場以外の、戦争?」

王弟元帥「考えてもみるのだ。
 そしてこの中央の国家群を見よ。

 いざ戦おうと思えば貴族どもはどうする?
 まずは、部下の騎士達に召集令状を回す。
 騎士はもし存在すれば配下の騎士、親戚や郎党などに
 さらに召集令状をだす。そうして下から順々にあつまって
 軍団が形成されるのだ。
 より強い貴族、または王族が戦を望んだとしても同じ事。
 王族は貴族に召集令状をだし、貴族が騎士を集める。
 多少規模は違っても、そこで起きることはまったく同じだ。
 
 つまりこれは機構の問題なのだ。
 招集で集まるのは、戦闘を前提に人生の大部分を
 過ごしてきた人間だろう。
 当たり前だ。馬に乗るというのはあれはあれで
 なかなかに特殊技術でもあり、
 赤馬の国のような馬の名産地でもない限り
 農夫が軍馬に乗るなどと云うことはない。
 
 つまり、この中央の国家群においては
 “戦闘を前提にしたもの=馬に乗れるもの=
 裕福で戦闘訓練を受けたもの=騎士以上の家系、
 もしくはその関係者”だといえるのだ」

王弟元帥「は、はい」

414: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 00:27:55.40 ID:jeE4iYgP
王弟元帥「例外は傭兵だが、
 彼らのまた“戦争を前提に人生を送っている”と云う点では
 いささかも代わりがない。
 
 何故こうなってしまったかという点については
 いくつもの理由があるが、大きな理由の一つが、
 戦闘の技術を身につけるには
 非常に長い時間が掛かると云うことだ。
 
 将官、それを言えばわたしもそうだが、まともに剣を
 振れるようになるまでどれくらい掛かった?」

聖王国将官「さぁ。わたくしも騎士の息子と生まれまして、
 物心ついた時はすでに教えを受けていましたから……」

王弟元帥「そうだ。それが中央の国家群の現実なのだ」

聖王国将官「……」

王弟元帥「剣一本でもそのありさま。馬術もそうだ。
 ただ乗るだけならともかく、乗りながら戦うなどと云う
 技を身につけるのに何年かかる?
 
 弓も同様だ。
 確かに熟練の長弓兵は、このマスケットの10倍の速度に
 匹敵する連射と2倍の射程を持つが、
 それには長年にわたる修練が必要だ。
 
 さらに云えば、戦闘ではそれなりの体格が必要になる。
 長弓であったところで、膂力の強い方がより強い弓を引け
 破壊力も飛距離も出るのは常識と云えよう。
 しかし、ブラックパウダーの爆発力で弾丸を飛ばす銃は
 女であろうが子供であろうが、同じ攻撃力を期待できる。
 
 魔法兵団? 論外だ。彼ら一人を育てるのに20年は
 優に掛かるのだ」

415: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 00:29:54.82 ID:jeE4iYgP
聖王国将官「それは、まさにそうです」

王弟元帥「人間を武器の一種だと見立てた時に、
 この中央の国家群の現実は、その人間を鍛える時間が
 莫大であると云うことに尽きる。
 騎士を一人育てるのには15年。従士ですら10年。
 魔術師であれば20年かかる。
 傭兵は騎士よりも戦場で過ごす時間が長い。
 戦争から戦争へと渡り歩くから、5年もあれば一人前になるが
 一人前になるまでに死んでしまうものが殆どだ。
 
 鍛えるのに掛かる時間は、そのまま維持する金額に繋がる。
 つまり、その高価な騎士を使うがために、
 我々国家は人数の多い軍を組織できない。
 この聖王国でさえ、直属の騎士は2500をわずかに越えるのみ。
 それ以上の兵力を動員したければ貴族に招集状を
 発令せざるをえない。
 
 そのようにして集めた軍隊は貴族同士の意見の違いで
 容易く動きが凍り付き、また兵糧が切れれば国元へと
 帰ってしまう脆さを持っている」

参謀軍師「その通りです。それが先の征伐軍敗退の真相」
聖王国将官「理解できます」

王弟元帥「このマスケットは」

ジャキッ

聖王国将官「その役割としては、弓よりも石弓と比すべきものだ。
 よく手入れされたマスケットは石弓よりも命中精度に優れ
 轟音を発し、目標に命中すれば、鉄の鎧を打ち抜く。
 そして、その訓練期間は驚くほど短い。
 凡庸な農夫であっても数ヶ月の訓練で、銃兵として戦場へ
 出ることが出来るだろう」

417: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 00:32:20.79 ID:jeE4iYgP
聖王国将官「訓練期間……」

王弟元帥「そうだ。それが唯一と言って良いほどの利点で
 全てを変える鍵なのだ。
 
 このマスケット銃は、
 “兵士という戦争に不可欠な資源の限りなく安くする”
 事が出来る。マスケット銃と適度な訓練さえあれば
 戦争の様相は一変する。
 
 何せ、無尽蔵とも云える農奴を戦場に投入できるのだ。
 むしろ歩兵としてであるならば、
 彼らのように貧しい暮らしに堪える事が出来、
 毎日長い距離を歩ける健脚の持ち主の方が、
 貴族よりもずっと望ましいと云えるだろう。
 
 長弓の方が速射に優れる?
 そんなものは、長弓兵の10倍の数の銃兵を用意すれば事足りる。
 騎兵の方が突破力に優れる?
 そんなものは、騎兵の10倍の数の銃兵を用意すれば事足りる。
 貴族の方が勇猛さに優れる?
 そんなものは、貴族の10倍の数の銃兵を用意すれば事足りる。
 
 マスケットはそれを可能にするのだ。
 しかも、敵を一人殺せば、同じだけの技量を持った兵士を
 用意するのに敵は5年から10年は掛かる。
 こちらは兵を殺されたとしても
 数ヶ月の訓練で同じ質の兵士を補充が出来るのだ」

参謀軍師「しかし、別の欠点もございますが」

王弟元帥「火薬の補給については、軍師殿に一任しよう」
参謀軍師「お任せ下さい」

聖王国将官「聞けば納得できますが。
 これは恐ろしい発明品なのですね。何と言えばいいのやら」

421: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 00:35:42.51 ID:jeE4iYgP
王弟元帥「しかし欠点が多い武器であるのは確かだ。
 人数を増やせばよいとは云っても、
 食料を多く食いつぶすというのはそれだけで致命傷たり得る」

参謀軍師「はい」

王弟元帥「また戦場では、1回の射撃が終わった後に、
 弾を込めるための時間が掛かるのも問題だな。
 その間の防御力が無いに等しくなってしまう」

参謀軍師「そうですな」

王弟元帥「そのあたりの問題を片づけられる前線指揮官
 さえいれば、マスケット銃兵団は大陸最強の戦力と
 なるのは間違いないのだがな」

参謀軍師「黒点将軍さえいれば……」

王弟元帥「死んだ男をねだったところで仕方があるまい。
 あの頑迷な老将は宮廷醜聞に巻き込まれて消えたのだ」

聖王国将官「七里防衛の英雄ですか?」

王弟元帥「昔の話だ」

参謀軍師「霧の国の灰青王が雪辱に燃えております。
 適切な助言をすれば、必ずや結果を出すでしょう」

王弟元帥「ふむ。やつを前線で用い、いざとなれば
 わたし自らが指揮を執ることも考えねばな」

参謀軍師「ふふふっ。夏が待ち遠しいですな」
聖王国将官「『光の子の村』建設を急がせます」

王弟元帥「頼むぞ。大陸を手にするのは、このわたしなのだっ」

437: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 01:07:05.55 ID:jeE4iYgP
――冬越しの村、魔王の屋敷、深夜の中庭

(――世界は広大で、果てがない。
 そこには無数の魂持つ者がいて
 残酷で汚らしく醜く歪んだ、でも暖かく穏やかで美しい
 ありとあらゆる関係と存在をつくっています)

ビュッ!

メイド姉「っ!」

ビュッ! バッ! ビョウッ!

メイド姉「~っ!!」

ヒュバッ! シュキンッ!

メイド姉「せあっ!」

ビュッ!

メイド姉「……はぁっ。……はぁっ」

ビュッ!

メイド姉「せいっ!!」

コトン

メイド姉「っ!」

女騎士「あー。わたしだ」

439: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 01:08:04.72 ID:jeE4iYgP
メイド姉「……女騎士さま」
女騎士「驚かせて済まない」

メイド姉「あ。いえ」ささっ
女騎士「それは、むかし軍人子弟が使っていた剣だろう?
 メイド姉には重すぎると思うよ」

メイド姉「でも、馴れてしまったので……」
女騎士「そうか。手慣れていたものな。――いつから?」

メイド姉「去年の秋からです」
女騎士「一年か」

メイド姉「……」
女騎士「手を見せて」

メイド姉「はい」おずおず
女騎士「……」じぃっ

メイド姉「……」
女騎士「そんなに困った顔はしない。誰にも云わない」

メイド姉「はい……」
女騎士「こんなご時世だもの。身を守る技術は誰にだって必要だ」

メイド姉「ええ」

女騎士「でも、メイド姉には膂力がない。
 もっと脚を使わなければ駄目だ。
 遠心力で剣を振り回せば破壊力は上がるけれど、
 身体も反対方向に振り回される。その状態では
 敵の攻撃をよけられないよ」

440: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 01:09:18.50 ID:jeE4iYgP
メイド姉「そう……なんですか……?」
女騎士「うん」

メイド姉「脚を使う……って」
女騎士「もうちょっと膝を曲げて……。うん、そう」

メイド姉「はい……。こう……かな」

女騎士「身体をねじって、自分の剣の影に隠れる。
 相手の首を狙って、剣先で威嚇するんだ。
 常に相手と自分の間に剣をおくようにする。
 そのままで前後左右、動けるように練習する。
 腕の力は、今程度で十分。
 どうせ鎧を貫くほどの力はメイド姉にはないし
 裸の喉なら今のままでも切り裂ける」

メイド姉「はい……」

女騎士「自分の呼吸の音も聞いて、かかとに体重を乗せない」

メイド姉「……ふっ。……はっ!」

ひゅぅんっ!!

女騎士「そう」

メイド姉「はいっ」
女騎士「変わったことをする必要はない。跳んだり跳ねたり
 光ったり交戦を出したりするのは勇者クラスになってから。
 身体を上下に揺らさない、無駄に撥ねちゃ駄目だ。
 何より落ち着くこと」

メイド姉「はいっ」

444: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 01:10:59.37 ID:jeE4iYgP
女騎士「さぁ、やって」

ヒュバッ! シュキンッ!

メイド姉「せあっ!」

女騎士「……」

ビュッ! ざざっ!

メイド姉「……はぁっ。……はぁっ」

女騎士「そんなものだろう。腕を伸ばして」

メイド姉「……」
女騎士「胸をゆるめて、呼吸をゆっくりにね」

メイド姉「はい……」
女騎士「……ん」

メイド姉「あの……。聞かないんですか」
女騎士「何を?」

メイド姉「平民が、剣なんかをもって……その」

女騎士「そういう面倒なことは、湖畔修道会では考えない。
 必要だと思ったのでしょ?」

メイド姉「……はい」
女騎士「見られたくないなら、修道院へいらっしゃい。
 午後なら練習を見よう」

メイド姉「はいっ」
女騎士「もう遅いから。……良い夢をね。メイド姉」

メイド姉「ありがとうございますっ」

533: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 17:55:49.32 ID:jeE4iYgP
――大陸南部、名も無き開拓村の酒場

~♪ ~~♪

奏楽子弟「~♪ ……♪」

年配の開拓民「……」じわぁ
酔った村人「……いやぁ、良かっただよ!」

酒場の娘「なんて上手いんでしょう」
酒場の主人「おお、姉ちゃん。良い曲だったぜ。
 さぁ一杯やってくれ。そして気が向いたら
 もう一曲やっておくれよ!」

奏楽子弟「ええ、もちろんっ!」
年配の開拓民「楽士さん、ここいらでは見ない楽器だぁね」

奏楽子弟「これは竜頭琴っていうの。甘い音色がするでしょう?」

年配の開拓民「うんだぁ。なんだか優しい音だなぁ」
酔った村人「ここいらにも吟遊詩人は来るけんど、
 大概は立ち寄るだけであんまり曲を聴かせてはくれないんだよ」

酒場の主人「そうだなぁ」

奏楽子弟「へぇ、それはなんで?」

年配の開拓民「姉ちゃんはここらの人ではないんかい?
 綺麗な金枯れ葉色の髪だけんど」

酔った村人「ふたっこ隣に氷の国っていうとこがあって
 そこは吟遊詩人のふるさと、って云われてるんだよ。
 王宮は詩人に優しいし、城下町には音楽ホールがある。
 冬には音楽祭もあるから、旅の吟遊詩人は冬を越すために
 氷の国へと訪れるんだぁ」

535: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 17:57:26.13 ID:jeE4iYgP
酒場の主人「登録した吟遊詩人は、一定の腕前を認められれば
 恩給が出るんだよ。恩給が出れば、年を取っても食えるし
 だから、街に住み着く吟遊詩人もいるし、音楽を教えるように
 なるものもいる。だから吟遊詩人が多く住み着くし
 それで“ふるさと”って云われているわけだ。
 ここまでやってくる吟遊詩人は、氷の国へ急ぐ最中が多くて
 演奏は気もそぞろなのさ」

奏楽子弟「へぇ! わたしは遠きところから旅をしてきたんですよ。
 その吟遊詩人のふるさと以外に、この辺の音楽や楽器で有名って
 云ったらどこでしょう?」

年配の開拓民「うーん。どこだろうねぇ」
酔った村人「そうだなぁ」

酒場の主人「音楽っつったら、まぁ、ふたっつだねぇ」

奏楽子弟「二つ?」

酒場の主人「まずは今云った吟遊詩人の音楽だぁ。
 俺の姪っ子が氷の国に行ってるから、これはそこそこ詳しいよ」

奏楽子弟「ありがたいです。わたしは音楽や、詩作、戯曲の
 話を集めるために旅をしているんです!」

酒場の主人「そうかいそうかい! じゃぁ、話してあげるよ。
 でもその代わり、今晩はこの宿に泊まっておゆき。
 安くしておくからさ。
 そしてたっぷりと異国の音を客に聞かせてやっておくれ」

奏楽子弟「はい!」

537: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 17:59:02.04 ID:jeE4iYgP
酒場の主人「そうだなぁ、まずはさっき云った吟遊詩人の音楽だ。
 酒場や祭り……っていっても祠や道ばたやらで演奏するな。
 気軽で楽しくて騒がしい音楽だよ。俺は大好きだ。
 流行歌は吟遊詩人が諸国を旅して伝えてくれる」

奏楽子弟「声楽なんですか?」

年配の開拓民「声楽って何だい?」

奏楽子弟「ああ、えっと。歌ですか?」

酒場の主人「ああ、楽器を弾きながら一人で歌う。
 たまぁに二人連れなんて云うのもいるけれど、
 そんなのは滅多にみれない幸運だ。
 楽器はそうだなぁ。
 お嬢さんの持っている竜頭琴なんてのはみたことがないね。
 一番多いのは、リュート。それから、レベックに
 ギターン、ライアー。そんな楽器だね」

奏楽子弟「ふぅむ。見てみたいですね」

酒場の主人「そして、もう一つの音楽と云ったら、
 それは何と言っても教会音楽だよ」

奏楽子弟「ふむ」

酒場の主人「教会では精霊様を慰めたり称えたりするために
 毎日のように歌と音楽が捧げているんだよ。。
 こっちは声を出して歌うのがほとんどだ。
 こんな小さな村の修道会にはめったにないけれど
 大きな街の教会には聖歌隊っていうのがあるというよ」

539: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 18:00:08.72 ID:jeE4iYgP
奏楽子弟「聖歌隊、ですか?」

酒場の主人「そうさ。近隣の信者の中から
 歌の上手い人をあつめてね。
 多くは小さい男の子や女の子だ。
 子供の声は清らかだと云うからね。
 それで合唱をするんだよ。
 旅の吟遊詩人から聞くには随分と荘厳な音楽だという話だ。
 教会の音楽は、吟遊詩人のようにあちらこちらに出掛ける
 必要がないから、大きな楽器を使うこともあるらしい。
 時に納屋のように大きな楽器も作られるそうだ」

酒場の娘「納屋!?」
奏楽子弟「納屋って、あの農具を入れておく?」

酒場の主人「そうさ、小さな家ほどもある
 大きな楽器だってあるそうだよ」

酒場の娘「へぇぇ!!」

奏楽子弟「びっくりするような話ですね」
年配の開拓民「たまげた話だなぁ」

酒場の主人「それに吟遊詩人は、大抵一人で旅をするから
 口を使う楽器は好まない。歌えなくなるからね」

酒場の娘「そういえば、笛を吹く人はあまり見ないわねぇ」

奏楽子弟「なるほど」

酒場の主人「ファイフやミュゼットなんかは笛の仲間で、
 教会での音楽にも使用されるって聞くね。
 もちろん吟遊詩人でも頼めば演奏できる人は多いよ」

540: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 18:04:04.31 ID:jeE4iYgP
奏楽子弟「ファイフは判ります……。えっと」

 ごそごそ

奏楽子弟「これですよね?」

年配の開拓民「ああ、これは見たことあるなぁ」
酔った村人「おう、うちの爺さんも祭りでは吹くぞ」

酒場の主人「そうそう。これはちょっと変わった形を
 しているがファイフだね。これも吹けるのかい?」

奏楽子弟「もちろん」

酔った村人「一曲聴きたいぞ、お嬢さん!」
酒場の主人「お願いできるかい?」

奏楽子弟「ええ、おやすいご用です」

~♪ ~~♪

奏楽子弟「~♪ ……♪」

年配の開拓民「ああ、良い音色だねぇ」
酔った村人「まったくだ」

酒場の主人「これだけ上手な吟遊詩人さんは初めてだ」
酒場の娘「ええ、夢で聞いた音のようです」

551: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 18:30:25.84 ID:jeE4iYgP
――冬の国、王宮、予算編纂室

商人子弟「おーい。おーい」
従僕「はいぃ」ぱたたたたっ

商人子弟「なにしてたんだ?」
従僕「帳簿の整理と、清書をしてました」

商人子弟「よし、えらいぞ」ぐりぐり
従僕「えへへへぇ」

商人子弟「何人か新入りも入れたけど、みんな辞めてっちまうなぁ」
従僕「お仕事が大変だからですよ」

商人子弟「そんなに大変か? 一日中座ってられるぞ」
従僕「座ってるのが大変なんです。
 この国では、そんな仕事の人は滅多にいませんでしたから」

商人子弟「そういうもんか?」
従僕「はいです」

商人子弟「お前は見かけの割には気合い入ってるな」
従僕「他に行くところがありませんから」

商人子弟「そうかそうか」
従僕「えへへ~」

商人子弟「じゃぁ、念入りに仕込んでやろう」
従僕「ひぇっ!?」

商人子弟「なぁに、安心しろ。カエルは熱湯に入れると
 すぐ死ぬが、水に入れてから徐々に加熱すると
 随分長い間生きているらしいぞ?」

従僕「も、もしかして、ひどいこと考えてますか?」
商人子弟「ううん、ぜんぜん」 ふるふる

552: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 18:31:39.14 ID:jeE4iYgP
従僕「ううううっ」

商人子弟「そう半べそになるな。
 とりあえずは、お茶を入れてくれ」

従僕「はーい」

とぼとぼっ

商人子弟「さぁって、あいつの仕事ぶりでも見てみるか。
 どれどれ。綺麗に清書してあるじゃないか。
 こっちのメモは……ははーん。
 判らなかった部分をまとめてあるんだな。
 後で質問するために。よく授業中にやったなぁ。
 懐かしい。
 がんばっているじゃないか、あのわんこ」

ぺらっぺらっ

商人子弟「ふむ」

“馬鈴薯はとても美味しいです。
 美味しすぎてもう一個食べてしまいたくなるので、
 とても悲しいです。
 だから馬鈴薯はもっと作るべきだと思います”

商人子弟「……なに考えてるんだ? あいつ」

“今日は、侍女のお姉さんから、タマゴのお菓子をもらいました。
 お姉さんがお庭でお昼ご飯食べようと誘ってくれたんだけど
 怖くて逃げちゃいました。ごめんなさい”

商人子弟「……あんまり真面目でもないな」

553: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 18:33:07.96 ID:jeE4iYgP
従僕「お茶入りましたぁ」 ぱたたたっ

商人子弟「ご苦労!」
従僕「はい、お注ぎします!」

とぽとぽとぽ

商人子弟「うん、美味いぞ」
従僕「ありがとうございます」

商人子弟「さて、里戸制度と戸籍の方も順調のようだな」
従僕「えっと、はい。今週分の追加戸籍も、清書しました」

商人子弟「いいぞ。これで何とかやっと予算が組めそうだ」
従僕「予算……?」

商人子弟「ん、ああ。お金を使う予定のことだな」
従僕「お小遣いですね」

商人子弟「似たようなものだ。
 この冬の国では、国家の収益は主に税から
 成り立っているだろう?
 大まかに云って、税金や作物による直接納税になる。
 これが大体年に二回程度はいってくる。春と、秋だな。
 つまり、そこでお金があるわけだけど、
 これを無計画に使うと、他の季節にお金が無くなって、
 お腹が減る。
 使う予定をちゃんと立てましょうって事だ。
 大事だろう?」

従僕「大事です。……けど、大事だから
 今までだってやっていたのでしょう?」

商人子弟「規模が小さかったんだ。
 それこそ、商人一家の財布感覚さ」

554: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 18:35:07.64 ID:jeE4iYgP
商人子弟「やることが増えたというのもある。
 冬の国は数年前まで、
 中央からの資金および食料を提供されて
 戦うような傭兵国家だったんだ。
 開拓民は多かったけれどそれは中央の圧政や重税を嫌って
 南の果てまでやってきた冒険者のような人たちが主体だった。

 当時この国でちゃんと生き抜いていけるかなんて云うのは
 賭けに近かったわけだからね。

 でもいまは馬鈴薯がある。
 馬鈴薯のお陰で支えられる人口が増えて、
 中央の経済的な呪縛から脱出した南部諸王国は、
 独自の予算を組む時期なんだ。
 今まで困れば困ったタイミングで、
 中央のお財布に泣きついていれば良かった様々なことを、
 これからは自分たちでやらなければならないからね」

従僕「えっと、お兄さんが家を出てお父さんになった感じ?」

商人子弟「そういうことだ」
従僕「えへへ~」

商人子弟「三ヶ国通商のおかげで冬の国一国では
 どうにもならなかった製品が手に入るのは素晴らしい。
 けれど、やはり三ヶ国合わせても限界がある。
 鉄製品は鉄の国から購入することも出来るけれど
 年々需要が増しているのは、木材だ。
 我らの国には手つかずの原生林があるけれど、
 それだって無限ではないしね。
 それから馬も必要だし、真鍮なんかも欲しい。
 香辛料や衣料品も必要だろうね」

従僕「んぅ……」メモメモ

555: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 18:36:50.29 ID:jeE4iYgP
商人子弟「まぁ、こういったものはなにも国が
 あれこれ手配する必要はない。
 商人が運んできて売ってくれる」

従僕「じゃぁ、僕たちは何をすれば良いんですか?」

商人子弟「“何をすればいいか考える”のが最初の仕事だ」

従僕「うーん、うーん」

商人子弟「一番大事なのは?」
従僕「……ごあいさつ?」

商人子弟「それは、一番最初にするのだ」ごちん
従僕「はぅぅ」

商人子弟「さぁ、なんだ?」

従僕「ごはん?

商人子弟「だな。食料だ。
 こいつについては馬鈴薯がある。
 それから、輪作指導による家畜もだんだんと殖えてきた。
 特に豚は農民の口にまで十分に回るようになったな。
 
 小麦や大麦もバランスを考えて作っているようだ。
 後のことを考えると、乳製品や果物なんかも欲しい。
 さて、どうする?」

従僕「えっと、欲しいものは、
 作るか買うかしないと、手に入りません」

商人子弟「そうだな。もっともだ。冴えてるな」
従僕「えへへ~」

556: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 18:39:07.78 ID:jeE4iYgP
商人子弟「お金を出して買うのは簡単だ。
 特に今から予算を組もうとする時にはそうだな。
 でも、簡単なことばかりをしていると、
 どんどんお金が無くなって行く。
 重要なのは“費用対効果”だ。

 たとえば、“乳製品を買うべきだ!”なんて云う声は
 疑って掛かるべきだ」

従僕「そうなんですか?」

商人子弟「まぁ、会計や金を扱い場合は
 何でも疑って掛かった方が良いというのは基本だが、
 この場合はもうちょっと色々考えなければならない。

 まず“必要”と云う言葉についてだ」

従僕「必要は、ひつよーですよ?」

商人子弟「必要ってのは、無いと死んじゃうことを云うんだぞ?
 そう考えると、“本当の意味で必要”ってのは多くはない。
 気をつけなければならないのは、それがどれくらい必要で、
 どれくらいのお金がかかるか。これが一つ目」

従僕「はい」めもめも

商人子弟「そして、二点目が重要だ。
 “同じお金があったら他に何が出来るか?”」

従僕「……?」きょとん

558: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 18:41:21.83 ID:jeE4iYgP
商人子弟「だってそうだろう?
 たとえば従僕の家には何にもご飯がないとする」

従僕「哀しいです」じわぁ

商人子弟「で、パンを買うべきだ!」
従僕「パンは美味しいですね! 買うべきです!」

商人子弟「そうだな、美味しい以前に食べないと
 お腹が減って死んでしまうかも知れない。
 だから“パンが必要”だ」

従僕「必要です」

商人子弟「で、パンを買った。二個買えた!」
従僕「はいっ!」

商人子弟「でも、同じ値段で馬鈴薯だったら
 二袋買えたかも知れないんだぞ?」

従僕「……え」

商人子弟「な? “パンを買うべきだ!”と云う声に対して
 パンのことだけを考えちゃ駄目だ。お金には限りがあるからね。
 予算という一つの財布でやりくりするには、
 ありとあらゆる事に詳しくなければ間違ってしまう。
 馬鈴薯が二袋あったら、パン二個よりもおなかいっぱいだろう?
 
 だから“パンを買うべきだ”とか
 “パンを買わないなんておかしい”とか
 “お金は食べられない。お金の問題じゃない。パンを
 買わないなんて人殺しと一緒だ!”なんて言葉に
 騙されちゃいけない。同じ金額で別の救い方も出来るからね」

従僕「はいっ」

560: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 18:48:32.92 ID:jeE4iYgP
商人子弟「そう考えれば、そもそも“パンを買うべきか否か?”
 なんて云う考え方自体がすでに引っかけ問題なんだ。
 大事なのは“色んな欲しいものの中で優先順位をつける事”と
 “欲しいものを出来るだけ安く、沢山手に入れられる方法を
 考える”事だ。
 そのためには、いろんな事を勉強しなければならない」

従僕「大変そうです……」

商人子弟「まぁ、ゆっくりでいいさ。
 判らないことは詳しい人に聞けば良いんだ」
従僕「はい……」

商人子弟「さっきの話で云えば“パンを買うか、それとも
 買わないか”じゃなくて“食料を買うなら何が良いか?”とか
 “同じ金額で健康でお腹いっぱいにになるためにはどうしよう”
 っていう考えをするべきなんだな」

従僕「……うーん。判ってきました」

商人子弟「ってところで、宿題だ」
従僕「えぇ!?」

商人子弟「我が冬の国では、もうちょっと乳製品に出回って欲しい。
 具体的に云うと、ミルクよりはチーズだ。
 保存食の問題でもあるし、一種類の食品に比重が偏ると
 凶作が恐ろしいからね。
 チーズはたべたことあるだろう?」

従僕「あります!」

561: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 18:51:24.50 ID:jeE4iYgP
商人子弟「なので、チーズの勉強をすること。
 チーズをみんなに一杯食べて貰って、
 なおかつお金がかからない。
 そういう方法を考えること」

従僕「ふぇぇぇー」

商人子弟「何事も目的があればよく考えるようになるのっ」
従僕「ヒントっ。ヒント下さいよぅ」

商人子弟「ヒントなんてないよ。正解なんて無いんだから」
従僕「じゃぁ、子弟様だったらどうするんですか?」

商人子弟「考えてないから判らないよ。
 でもまぁ、そうだなぁ。沢山チーズを
 外国から買ってきて、そいつを冬の国のみんなに売る」

従僕「じゃぁ、その方法で!」

商人子弟「な~んて方法は失格だな。
 少なくともその1/10くらいの
 予算でどうにかする方法を考えないと」

従僕「うー……」

商人子弟「さって、じゃ。課題を出し終わったところで、
 本日の書類整理に移るか、従僕くん」

従僕「はぁい、子弟様っ!」

566: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 19:31:13.62 ID:jeE4iYgP
――冬越しの村、魔王の屋敷、執務室

魔王「修道院から送ってもらった年度別の輪作障害研究は
 どこだったかな」
メイド姉「こちらになります」

ばさばさばさっ!

魔王「ううっ」
メイド長「あらあら、まぁまぁ。大丈夫ですか?」

魔王「すまぬ、書類を崩してしまった」
メイド姉「すぐに整理しますから、大丈夫ですよ」

魔王「左腕が不自由なだけでこんなにもふらつくとは」
メイド長「もうじき包帯も取れます。それまでですよ」

メイド姉「こちらが今日届いたお手紙です」

魔王「む、そうか。確認しなくてはな」

メイド長「これは冬寂王からのお給金」
メイド姉「ええ」

魔王「なんだ。貴族とか云って名誉爵位ではなかったのか?」

メイド長「文官の一種ですからね。
 まおー様は、顧問的な立場だということですよ。
 律儀に毎年四回送って下さっているんです」

メイド姉「金庫に入れてありますよ?」

魔王「そうだったのか。気が付かなかった」
メイド長「まぁ、まおー様は経済学者ですけれど、
 金銭への執着はかなり薄いですからね」

567: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 19:32:17.77 ID:jeE4iYgP
魔王「執着するには、貨幣というのはあやふやすぎるのだ」
メイド長「あらあら。研究対象ですのに」

魔王「わたしが研究しているのは経済を通した
 魂持つ者の相互関係および社会形成であって、
 そこから独立した金融の資産価値なんて無いも同然だ。
 えーっと……」

がさごそ

メイド長「どうされました?」

魔王「いや、その……。おかしいな」

メイド姉「ふふふっ。氏族会議の議事録と、
 九族大路の計画書ですよね? こちらですよ」

魔王「それだそれだ!」
メイド長「ふふふっ」

魔王「ほら。わたしがいなくても、魔族は魔族で上手く
 行っているじゃないか」

ぺらっ

メイド長「ふぅん。道路の再建、か。前の乱世で
 随分橋が壊されてしまったからなぁ」

メイド姉「……」
メイド長「橋ですか」

568: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 19:34:16.77 ID:jeE4iYgP
魔王「橋は戦略重要な拠点になることが多い。
 交通の要所だからな。
 場合によっては行軍の速度をも左右する。
 そのため、石で作った方が良い場所でも
 わざと木造で作り、いざという時は燃やせるように
 しておくこともあるくらいだ」

メイド長「再建と云うことは、とりあえずの平和を
 みんなが認めた、と云うことでしょうね」

魔王「そうだな。蒼魔族の問題は残っているが……」
メイド長「時間が掛かるかも知れませんね……」

メイド姉「あの……」

魔王「ん、なんだ? メイド姉」

メイド長「……?」
メイド姉「いえ、その」

魔王「どうしたんだ? 身体の調子でも悪いのか?」
メイド長「――」

メイド姉「いえ、その。あの、お茶を沸かして参ります」

魔王「ああ、頼んだだぞ」

がちゃん。とてて……

メイド長「――」

575: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 20:28:04.64 ID:jeE4iYgP
――聖王国某所、秘密大鉄工所

ガァン! ゴォン!!

作業監督「温度を上げろ! 薪をくべろっ!」

労働者「おうっ! あぅっ!」

作業監督「ちんたらするなっ! メシを抜かれたいのかっ!!」

ガァン! ゴォン!!

作業監督「高炉を休ませるな! ガンガン炊くんだ!!」

労働者「はぁっ……はぁ……」

労働者「熱い……水を……」

作業監督「もう少しで休憩だ! さぁ、働けっ! 働けっ!」

かつん

かつん、かつん……

職人の長「作業は進んでいるな。
 よしよし、純度の高い鉄で鋳造を行えばそれだけ精度も上がる」

技術者「そうですね」

王弟元帥「どうなのだ? 量産の方は?」

576: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 20:29:50.48 ID:jeE4iYgP
職人の長「はぁ。マスケット銃は今月にでも追加で800丁が
 お渡しできるかと思います」

聖王国将官「合わせれば、そろそろ5000を越えますな」

王弟元帥「遅いな。もっと早く作れんのか?」

職人の長「やはり精度の問題がありまして、その……」

王弟元帥「ふむっ。カノーネのほうはどうだ?」

職人の長「そちらのほうが、肉厚に作れる分
 歩留まりはよいですな。毎月二個のペースで鋳造できます」

王弟元帥「カノーネは問題なさそうだな」

職人の長「はぁ、ただいま『The genius's Manuscript』に
 当たらせている者を呼んでおりますので」

コンコンッ

職人の長「入るが良い」

技術者「お呼びでしょうか?」
熟練技師「やって参りました」

王弟元帥「この者達か?」

職人の長「はっ。
 お渡し下さった『The genius's Manuscript』には
 様々なスケッチや覚え書きがございました。
 マスケットやカノーネは試作品がありましたから
 複製を作るのは早かったのですが、それ以外についても
 調査せよとの御指図でしたゆえ」

王弟元帥「判っている。指示したのはわたしだ」

577: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 20:32:00.41 ID:jeE4iYgP
職人の長「はっ。恐縮でございます」

王弟元帥「で、どうなのだ」

技術者「その……」ちらちら

王弟元帥「構わない。余は能力ある者に敬意を感じる。
 直答を許すから、詳しく聞かせよ」

技術者「では、その」

熟練技師「まずは、この『The genius's Manuscript』は
 素晴らしいですね。まさに精霊様の下された天恵の書!
 詳しい仕組みは判らずとも、残されたスケッチを見るだけで
 どんどんと新しいアイデアがわいて参ります!」

技術者「はい。このマスケットを中心に実に様々な考察が
 描かれています」

熟練技師「たとえば、この石炭なるものは、
 大地から掘れる石でありながら、燃えまする」

王弟元帥「ふむ、北の地で取れるというものか」

技術者「『The genius's Manuscript』には、この石炭を
 蒸し焼きにして純度を高め、コウクスなるさらなる燃料を
 作る方法がシルされています。このコウクスをつかえば、
 より強力な鉄を作ることが出来ます」

熟練技師「また『The genius's Manuscript』にはこのような
 スケッチがあり……これはわたしが大きく描き写し、
 整理したものでございますが」

王弟元帥「これは……撃鉄周辺の構造か?」

熟練技師「殿下におかれましては、銃のことが判りますので!?」

578: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 20:34:49.79 ID:jeE4iYgP
王弟元帥「おのれの指揮する軍の武器ぞ。判らぬでどうする」

熟練技師「はっ! 恐れ入ります。
 では説明させて頂きますと、これはおそらく
 マスケットの改良と申しますか、
 いわば後継にあたるものかと考えられます」

王弟元帥「ふむ」

熟練技師「撃鉄によって打ち付けられたこの部分には、
 火打ち石がはめ込まれていまして、
 これがそのすぐ下に作られた小さな部屋の蓋を破り、
 打ち付けられます」

王弟元帥「この部屋はどれくらいのサイズなのだ?」

熟練技師「図では大きく描かれていますが、
 実際には指先でつまめるほどのものです。
 しかし、打ち破った蓋は開閉式に作られ、
 直後にバネ仕掛けにより閉まります。
 これにより、火うち石の火花が部屋に
 閉じ込められることになるのです。
 この仕掛けにより、火縄のないマスケットが開発できるわけです」

王弟元帥「ふむ」

熟練技師「えー……。お解りになられましたでしょうか?」
王弟元帥「理解した。運用と生産の問題点は?」

熟練技師「運用においては、私どもには今ひとつ
 理解しかねますが、まず火口、火縄の必要がなくなり
 発射の際の姿勢が自由になります。
 さらには雨などの悪天候に強く、火縄がないせいで、
 狭い場所での射撃が可能です」

王弟元帥「狭い場所……。密集隊形か」

579: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 20:38:03.39 ID:jeE4iYgP
熟練技師「命中精度は多少下がると予想されます。というのも」
王弟元帥「時間差で引火するからだろう?」

熟練技師「その通りでございます。
 生産においてはマスケットに比べてやはり精密な作業が
 必要とされるために、一部の高度な技術を持つ職人を
 導入する必要があり」

王弟元帥「つまりは、数多くは作れぬ、と」
熟練技師「はい」

王弟元帥「長」
職人の長「はいっ」

王弟元帥「量産する方法を考えよ」
職人の長「ええっ!?」

技術者「……」

王弟元帥「それが長の役割であろう」

職人の長「は、はぁ」

技術者「恐れながら、陛下」
王弟元帥「申すが良い」

技術者「これらの武器は様々な部品で作られております。
 新しいアイデアの武器もそうですが、
 全ての部品が全て高度な技術を要するわけではございませぬ」

王弟元帥「ふむ」

580: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 20:40:46.40 ID:jeE4iYgP
技術者「そこで、現在のように職人が一丁一丁仕上げるのではなく、
 たとえばある部品だけを作り続ける職人、別の部品を作る職人
 と云うように仕事を分けるのはいかがでしょう?」

王弟元帥「おお!」

技術者「そうすれば、一人の職人が覚える仕事の量は
 少なくても構わないと云うことになります。
 中級程度の技術は必要ですが、
 彼らも部品一個だけであるのならば、
 腕利きの職人に比肩する速度で
 仕事をこなせるようになるわけです。
 また新しい職人の育成も早くなります」

職人の長「しかし、それではギルドの立場はどうなるっ!
 長い間、技術の保全に努めてきた我らの立場は。
 職人を育成して親方として束ねてきたギルドの利益を
 害する考えだっ!」

技術者「はぁ……」

王弟元帥「ふっ。長殿。その件についてはわたしから
 提案しようではないか。
 この件で技術が仮に漏洩したとしても
 聖王国の影響範囲内であれば、
 全てのマスケット、およびその関連技術を取り扱うためには、
 銅の国の鉄工ギルドの許可、もしくは親方証が必要だという
 法律を作れば良かろう? 勅書でもよい」

職人の長「ほ、本当でございますかっ!?」

王弟元帥「ああ、この『The genius's Manuscript』は
 鉄の国からもたらされたもの。
 このままでは銅の国の技術は鉄の国に置いて行かれよう?
 ……それを考えれば、悪い話ではあるまい」

582: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 20:43:35.58 ID:jeE4iYgP
王弟元帥「よし、では話は決まったな。
 熟練技師、技術者、だったな?」

技術者「はいっ!」
熟練技師「はっ!」

王弟元帥「余は汝らの若い力に期待しておる。
 これからも長を助け、改革し、作業にいそしんでくれよ」

技術者「こ、光栄でありますっ!」
熟練技師「身命にかえましてっ!」

王弟元帥「うむ。では、余は忙しい。残る話は次の機会としよう」

職人の長「お送りいたします、殿下っ!」

バタバタッ

王弟元帥「よい。作業があるであろう? 余は期待しているのだ」

聖王国将官「長どの、ここでよいですよ。
 あとは技師達や作業者達と話をお詰め下さい」


ガチャン。
――ザッザッザ、ザッザッザ

王弟元帥「将官」
聖王国将官「はっ」

王弟元帥「時期を見て、あの長は切れ。
 若手に権力を握らせて工房の運転速度を最大化するのだ」

聖王国将官「心得ました」

587: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 21:01:50.88 ID:jeE4iYgP
――冬越しの村、魔王の屋敷、夜の執務室

さらさらさら……

メイド姉「……」

さらさらさら……
とさっ。

メイド姉(これで、二年分の整理はお仕舞い。
 ……後は、今月の財務諸表の写しを)

さらさらさら……

魔王「……」

さらさらさら……

魔王「メイド姉」

メイド姉 びくっ 「あっ。当主様!」

魔王「根を詰めすぎだ」
メイド長「ええ、身体をこわしてしまいますよ?」

メイド姉「それにメイド長様も……。すみません。えっと
 何かご用でしたでしょうか?」

魔王「何を焦っておるのだ?」

メイド姉「……」

589: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 21:04:47.72 ID:jeE4iYgP
メイド姉「いえ……」

魔王「ん?」

メイド姉「焦っているわけではありません。――当主様」

魔王「……?」
メイド長 こくり

メイド姉「当主様にお願いがございます」
魔王「どうした?」

メイド姉「お暇を頂きたく思います」

魔王「……」
メイド長「――」

魔王「どこへゆくのだ?」

メイド姉「わかりません。けれど
 ――ここではないどこかへ」

魔王「妹には?」

メイド姉「話してあります。
 あの娘には、ここでかなえる夢がありますから。
 ……すみません、こんな我が儘を。
 当主様やメイド長様に救って頂いた身でありながら。
 本当に申し訳ありません」

魔王「そう……か……」
メイド長「まおー様」

590: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 21:07:27.61 ID:jeE4iYgP
魔王「判っている」
メイド長 こくり

魔王「……」ふわり
メイド姉「あ……」

魔王「何を見るのだろうな、その二つの瞳で。
 ……これがお別れではあるまい?」

メイド姉「はい、きっと……きっと戻って参ります」

魔王「では行くが良い。そなたには翼にはその力があるのだ。
 おのれの運命と巡り会いに行くのであろう?」

メイド姉 こくり

魔王「ここを嫌って出て行くのでは、無かろうな?」

メイド姉「いいえっ。
 この家は、わたしの生きてきた全部のっ
 全ての中で、一番暖かくて、一番優しくて……
 い、ちばんっ。……大事な、場所ですっ。
 本当は出て行きたくなんて無かった、ですっ。
 
 でも、そうしないと。
 きっと、わたしは許せなくなります。
 わたしは沢山の人に。……沢山の責を負っているから。
 
 わたしが。――わたしが自分で歩くのを止めるのは、
 ひどく不実なことに思えるんです……。
 
 あの日、あの広場で叫んだから。
 
 わたしには“叫んだもの”として、
 やらなければならないことがあるように思うんです」

591: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 21:09:06.84 ID:jeE4iYgP
魔王「そなたが負うべき事などなにもない」
メイド姉「では、わたしが選びたいんです」

魔王「……」
メイド長「お行きなさい」

メイド姉「はいっ」

魔王「わたし達の教えを受けたものとして旅立ってくれるな?」

メイド姉「はい。ご厚情も、ご恩も忘れません。
 きっと何かを見つけて帰ってきます」

魔王「何を」

メイド姉「たぶん――戦いの意味を見つけに」

魔王「……っ」
メイド長「――」

メイド姉「他の誰でもなく
 わたし自身が見いださないといけないのだと思います」

魔王「……止める言葉を持たないな」
メイド長「はい……」

メイド姉「大丈夫ですっ。
 わたしは結局メイドにはなれなかったのかもしれませんが、
 メイド長の授けて下さったものはメイドを超えると信じます。
 当主様、勇者様、女騎士様、子弟の皆さん方……。
 授かった数多の教えは、どんな黄金より勝る宝ですから」

592: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 21:10:48.81 ID:jeE4iYgP
魔王「……判った」

メイド姉「当主様、ここにある二年分全ての帳簿の整理は
 終わっております。目録は全てこちらの小棚へと
 まとめておきました。諸表はこちらの引き出しです」

魔王「うむ」

メイド姉「えっと、僭越なお節介なのですが、
 もし、他の方が作業されることも考えて、
 仕事を引き継げるように覚え書きの帳がこちらにあります」

魔王「……ん」

メイド長「よくぞ、ここまでものにしましたね」
メイド姉「先生が優秀でした」

魔王「何時、発つのだ?」

メイド姉「夜明けと共に」

魔王「少しでも眠ると良い」
メイド姉「はい。失礼します。あの……」

メイド長「――」

メイド姉「お二人が、大好きです」

かちゃん。とっとっとっと

魔王「止められなかった」
メイド長「それが正しいのです」

魔王「メイド長……。手放させてしまったな」

メイド長「――いえ。何の問題があるでしょう。
 どこにいても、何をしていても
 彼女はわたしの自慢であることに何の代わりもないのですから」

610: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 21:49:39.53 ID:jeE4iYgP
――――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、仮設会議場

ギィッ

銀虎公「遅れたか? すまぬな」

火竜大公「いやいや、気にすることはない。
 まだ時間ではないのだ。我らは妖精女王土産の茶を
 飲んでおったのみだ」
妖精女王「はい」

巨人伯「……うま……い」
勇者「なかなかいけるぞ-?」

銀虎公「ではわしも一杯貰おうかな」

ギィッ

碧鋼大将「失礼いたす」
東の砦長「待たせて申し訳ねぇ」

紋様の長「おお、お二人も」

鬼呼族の姫巫女「これで揃ったようだな」

火竜大公「では、おほんっ。第二回の会議を始めるとするか」

妖精女王「今日のお話は?」

巨人伯「……まずは、前回の、続き」
紋様の長「そうだな、蒼魔族の件からとしよう」

東の砦長「どんな案配なんだ?」
鬼呼族の姫巫女「妖精族から報告して貰おうか」

611: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 21:50:46.72 ID:jeE4iYgP
妖精女王「はい。……まず、大きな動きはありません。
 蒼魔族の少なくとも50名を越える規模での部隊は
 その領土から一回も出ておりません」

紋様の長「ふぅむ」

妖精女王「あの後、蒼魔の新王が都にたどり着いてから
 しばらくの間、蒼魔の領土には高い緊張感がありました。
 蒼魔の新王の軍は蒼魔の領土全体を巡回していましたが、
 現在は多少落ち着きを取り戻したようです。
 もちろん各所にはかなり大人数の警邏が行われていますが」

東の砦長「つまり、戦時下って云う雰囲気かい?」

妖精女王「ええ、そうです。
 少なくとも蒼魔一族は現在を交戦状態、つまり何時
 奇襲をかけられてもおかしくない状態だと認識していることは
 確かなことです」

巨人伯「おれたち、奇襲なんて……しないのに」

銀虎公「戦の準備とか軍備増強の様子はないのか?」

妖精女王「それは判りません。
 いえ、偵察の妖精が訓練の様子などは見ていますし、
 武装もしているようですが……なんといいますか。
 蒼魔族ではそれが“日常”である可能性も否定できなくて」

鬼呼族の姫巫女「ふふっ。まさにそうだな」

妖精女王「今でも警戒は続けておりますが
 そのほかに特別な報告はないのです。申し訳ありませんが」

東の砦長「いやいや、動きがないのも重要な情報だろう」

612: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 21:51:40.66 ID:jeE4iYgP
紋様の長「と、なると、前回の続き。蒼魔族の処遇の問題か」

勇者「……」

銀虎公「俺から口火を切って良いか?」

火竜大公「うむ」

紋様の長「よろしく頼む」

銀虎公「我ら獣牙の一族は戦に生きる一族。
 とはいえ、この世界の内側で暮らしていて、
 事の理非程度は弁えているつもりだ。
 戦で打ち破るならばともかく、
 “蒼魔族を皆殺し”と云うのがいくら何でも
 行き過ぎで無法な行いであると云うことは、判る」

火竜大公「しかり」
妖精女王「その通りです」

銀虎公「あー。我らは、上手ではないが、手紙を出すのだ。
 どうだろう、手紙を出すというのは?」

妖精女王「手紙?」
巨人伯「……だれに?」

東の砦長「ああ、降伏勧告のことか?」

銀虎公「そうだ! そのカンコクだ。それが言いたかったのだ」

613: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 21:53:00.20 ID:jeE4iYgP
碧鋼大将「ふぅむ、それは考えてみなかった」
火竜大公「なるほど……」

銀虎公「その手紙には書くつもりだ。

 お主達は、卑怯者だぞ、とな。
 敵を討ちたければ戦場で堂々とすればよい。
 文句があるのならはっきりと言えばよい。
 それを影からこそこそと、それは武人のやる事ではない。
 そのようなひねくれた態度では、もはやどこの一族からも
 蒼魔族は、威厳のある一流の氏族とは認められぬだろう。
 申し開きがあらば、即座にするが良い。
 もしそれが望みであれば
 戦場でお相手いたす。

 ――そんな具合だ」

東の砦長「ふぅむ。考えたな。全面降伏しろって云う話
 じゃないわけだ」

鬼呼族の姫巫女「ほほぅ」

銀虎公「全面降伏しろって云う話にするならば、
 前回云っていた“蒼魔族全てが意固地になる”
 ってやつがあるのだろう?
 領地を押し包んで総攻撃する! とか云うと、
 蒼魔族は“自暴自棄”になるかもしれぬ」

碧鋼大将「うむ」

銀虎公「そこで、申し開きをさせてやろうというのだ。
 ただ、申し開きは、ここでやらせる」

火竜大公「ほほぉ!」

614: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 21:53:55.26 ID:jeE4iYgP
銀虎公「そうしたら、奴らももう一度会議に
 出てこざるを得ないだろう?
 この会議は忽鄰塔に似ているが、そのものではない。
 奴らの奇妙な前例を用いた策略は通用しない」

碧鋼大将「それはそうだな」

火竜大公「そして会議に出てきたら、奴らにはっきりと告げる。
 お前達のやり方は無法で不愉快だ、とな。
 もし詫びる気があるのならば、証明させる」

妖精女王「証明とは?」

銀虎公「まずは、親王と将軍クラスの首全てだろうな」

妖精女王「殺す……のですか?」

東の砦長「いや、それは仕方ないだろう。
 ここは銀虎公殿が正しいと俺は思う」

鬼呼族の姫巫女「そうじゃな」

銀虎公「その上で、しばらくの間は、蒼魔族の領地に
 我らのどの氏族か、混成でも良いが軍団を置いて様子を
 見させるべきだろう。賠償金も取るべきかも知れないが
 金の細かいことは俺には判らぬ」

碧鋼大将「悪くない案のように思えるな」
火竜大公「そうだな」
妖精女王「……ええ」

巨人伯「……のってくる……かな」
鬼呼族の姫巫女「そこが一番の問題であろうな」

623: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 22:26:49.01 ID:jeE4iYgP
銀虎公「いやいや、そこはそれで考えてあるのだ!」
碧鋼大将「とは?」

銀虎公「前回、衛門族の長が言っておられただろう?
 事が終わった後に理非の大事さが聞いてくると。
 一回の警告もせずに攻撃をしたらそれは不意打ち。
 ある意味、蒼魔族と同じだ。
 
 この手紙を出すことにより、いわば“申し開きのチャンス”を
 あたえてやるのだ。その上で無視をするなり、
 ご託を述べるようならば、
 それは、奴らが戦争をしたいと云っているも同じだ。
 その時はまさに合戦にて決着をつけるしかない。
 
 もしかりに、蒼魔族の軍勢を戦場で滅ぼした後でも
 蒼魔の都に戻り、その民に云うことが出来るだろう?
 
 お前達の長と軍は、斯く如くこのように無法を行った。
 ゆえに氏族会議はこれを処断したが、
 これはけして私心からではない。とな」

東の砦長(随分よく考えてきたじゃないか。虎の旦那。
 俺はあんたをちっとは見直したよ)

鬼呼族の姫巫女「よく考えられた案であるな! 銀虎公どの」

銀虎公「はははっ! なんてことはない。
 俺は考え事は苦手だしな。
 そこで獣牙の長老会に知恵を求めたのだ。
 久しぶりに頼られた爺どもは鼻血を流して喜んでな!
 三日三晩議論をして考えてくれたのだ。
 あやつらは腰抜けではあるのだが、こういう時には役に立つ」

625: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 22:28:18.80 ID:jeE4iYgP
碧鋼大将「ははははっ! そうでありましたか」

銀虎公「やはり、いまひとつか?
 爺の考えた手だからなぁ。
 俺としてはもっとはっきりした策も好みなのだが
 今回はこのような手段が良いとも思ったのだ」

火竜大公「いえいえ、立派な作戦でしょう」
妖精女王「はい」

紋様の長「よい部の民を抱えるのも、長の資質、器量です」

東の砦長(まったくだ)

鬼呼族の姫巫女「いかがだろう。ご老公どの、皆の衆。
 このような対応がもっとも当面は妥当だと考えるが」

勇者 こくり

碧鋼大将「異議はない」
紋様の長「まったくもって」

火竜大公「では、そのような手紙を届けるとしよう。
 書面については、そうだな……。
 人魔の族長、紋様殿に頼むとしよう」

紋様の長「心得た」

東の砦長(それもよく考えた対応だ)

鬼呼族の姫巫女「鬼呼族からの書状だといらぬ感情を
 かきたててしまうでしょうしな」

碧鋼大将「さて、他にもあるかな」


626: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 22:29:11.27 ID:jeE4iYgP
東の砦長「今回は、申し訳ないが衛門一族から
 願いたいことがある」

鬼呼族の姫巫女「ほほぉ、どのようなことだ?」

東の砦長「その前に、我が街で重要な仕事を
 行なっている担当者を一人を呼んでもかまわぬか?
 今回の願いに関係があるのだ」

鬼呼族の姫巫女「かまわぬだろう?」

銀虎公「うむ」
火竜大公「よろしい認めよう」

東の砦長「よし、入ってくれ」

がちゃり

鬼呼族の姫巫女「ほほう」にやり
勇者「あー」

火竜大公「……このような場所にっ」

火竜公女「お召し頂き感謝しまする。
 衛門一族の長よりのお招きに頂き参上いたしました。
 我、火竜一族を出身とする火竜公女と申すもの。
 いごおみしりおきくださいますよう」ふかぶか

勇者「うー」

銀虎公「これはこれは。……子煩悩で誰にも見せないって云う
 話だったのではなかったのか」

火竜大公「うぉっほん!!」 ぼうっ

628: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 22:31:06.00 ID:jeE4iYgP
妖精女王「して、お話とは」

東の砦長「まずは、わが衛門一族の本拠地、
 開門都市の現状から述べさせて貰う。
 まず我が街は……人間どもに荒らされてな。
 俺もその軍の中にいたから、
 このような言い方は好きではないし本来は出来ないのだが、
 街はともかく周囲の農地や街道は
 めちゃくちゃになってしまった」

鬼呼族の姫巫女「うむ」

銀虎公「あのあたりは大規模な攻防戦が何ヶ月持つづいたからな」

碧鋼大将「さもありなん」

東の砦長「もっとも今では人の行き来も復活して、
 もとより沼地やら山奥にあるわけでもない、
 平野の都市だから、随分復興もしてきた。
 そこは心配には及ばない。皆、明るく働いてくれている。
 
 しかし、ここまで復興してくると、
 今度は交易が盛んになってきてな。
 元々交易の要衝であった街だ、無理もないのだが
 そうなると、踏み固めた程度の街道では馬車の旅に不足がある」

鬼呼族の姫巫女「ふむ」
火竜大公「で、あろうな」

東の砦長「もちろん我が氏族の領地のことであれば
 我が氏族が総力を持って整えればよいのだが
 事が交易となるとそうも行かない」

631: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 22:35:13.35 ID:jeE4iYgP
鬼呼族の姫巫女「衛門一族の領地は確か……」

火竜大公「魔王どの直轄宣言だから、開門都市および
 その周辺馬で2日、くらいであろうな」

妖精女王「そのくらいでしょうね」

東の砦長「で、調べてみたところ、長い戦乱でこの世界の
 街道という街道は荒れ果てて、
 橋はあちこちで焼け落ちているそうじゃないか。
 それを修理したり、何とかしたいという話だ」

鬼呼族の姫巫女「ふむ」

碧鋼大将「それは我が一族の願いでもあった、しかし」
妖精女王「そう、莫大な労力が掛かりますよ」

東の砦長「その辺は、専門家を連れてきたので聞いてくれ」

鬼呼族の姫巫女「ほほう」

火竜公女「はい。
 今回開門都市自治委員会の依頼を受けて調査をしました。
 この街道敷設は十分に利益をあげる、と思われまする」

碧鋼大将「は?」

銀虎公「おいおい、道を造るだけで何で利益が上がる」

火竜大公「話してみよ」

645: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 23:14:48.53 ID:jeE4iYgP
火竜公女「まず、我らは長い長い戦乱を過ごして参りました。
 前魔王殿はそう言った戦乱を傍観したばかりか
 奨励すらなさいましたゆえ。
 また今魔王どのはご病気が続きました」

妖精女王「そう……ですね……」

火竜公女「第一に示すべき事は、
 戦をする人手があって、道を造る人手がない
 などと云うことはあり得ぬ、と云うことです」

鬼呼族の姫巫女「それはそれで、道理よな」

火竜公女「新しい街道を造れば、人も物も流れまする。
 物の流れは、豊かさへの第一歩。
 何か足りない物があれば隣国から買えばよいのです。
 あまりたる物があれば、隣国へ売ればよいのです。
 そして、売り買いを行えば、税が入りまする」

紋様の長「税か」
勇者「……ふむ」

火竜公女「こたびの計画では、こちらの地図に示したとおり」

ばさりっ!

火竜公女「9本の本街道を考えまする。
 これらは現在の旧街道を利用しますゆえ、
 その長大さと比較して短期間で作れる見通し。
 これを九族大路と称しまする。
 さらには、今後の展開として、この九街道を補佐する
 18の街道も視野にいれまする」

碧鋼大将「なんと壮大な!」

646: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 23:16:03.98 ID:jeE4iYgP
火竜公女「これら街道は、必要があれば土を盛り上げ
 谷を削り、可能な限り石畳で作りまする」

銀虎公「何故か?」

火竜公女「この世界を悩ませてきた、
 大規模な河川の氾濫に対する備えとしてゆえです。
 道の左右には一定の間隔で槐の木を植え、
 この根を持って大地を抱き、土の流れを防ぎまする。
 また、この九族大路の要所には水路を平行して作り
 水利をはかりまする」

紋様の長「水利とは?」

火竜公女「これは受け売りでございまするが、
 この地下世界、我らが故郷には、
 水のある場所と無い場所の差が激しすぎまする。
 ある場所は大河の氾濫に怯え、
 無い場所では実りのない赤茶けた大地。
 これでは豊かな場所を奪い合い、戦乱が生じるも必定。
 水のある地域からは水を抜き安全を確保し、
 無い地域へと水を少しでも運ぶ方策を練るべきかと」

火竜大公「……これだけの計画をどれだけの期間で
 行おうというのだ」

火竜公女「九族大路を9年。
 その後18枝道をもって18年」

鬼呼族の姫巫女「それだけの人手、金をどうする?」

火竜公女「今回のお願いはそれでございまする」

648: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 23:17:23.16 ID:jeE4iYgP
銀虎公「とは?」

火竜公女「債符を興しまする」

碧鋼大将「債符?」

火竜公女「はい。債符は木の札のような物で、
 番号が振ってあり登録が必要でありまする。
 これを大量に作りますゆえ、買って頂きたい。
 債符を持った商人は、債符ひとつにつき一台の馬車を
 あたらしく作った九族大路において税を払うことなく
 通行させる、とすればいかがでしょう」

鬼呼族の姫巫女「ふぅむ、つまりは事前に税を集める訳か」

火竜公女「御意」

紋様の長「その債符は高いのか?
 普通の商人では買えなくなってしまうのではないか」

火竜公女「あまりにも高い、つまり後で税を払った方が
 安くつくというのであれば本末転倒。
 ですがその場合、その判断も商人の才覚ゆえ
 あとから税を払おうと考える方は、それで宜しいでしょう。
 しかし、税なり債なるものは
 その重さ軽さよりも、
 不公平であることにがもっとも民の反感を買うと思いまする。
 
 説明をし、街路の有用性を説き、上位に当たる者から
 積極的に債符を買えば必ずや上手く行くと考えまする」

649: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 23:18:53.73 ID:jeE4iYgP
火竜公女「また、これらの道が通るところは交通の要と
 なりましょう。
 氏族の長がたならばお解りかと思いまするが、
 小さき街は大きくなり、今はなにも無き村であっても
 新しく街になる可能性もありまする。
 水路が引かれた地にため池を作れば、新しい畑も作れましょう。
 この計画は、必ずや子々孫々にわたる益をもたらしまする」

妖精女王「……」
巨人伯「……俺たち、お金は、少ない」

火竜公女「心得ておりまする。
 巨人が一族の方には、逆にこちらから債符をお送りしたいほど。
 資金の代わりに、その強き腕を街道敷設にお貸し下さい」

勇者「……魔王なのか? 誰が鍛えたんだこれ」

銀虎公「我が領土にも水が来るのか」
火竜公女「必ずや」

火竜大公「……」

紋様の長「わたしたち人魔一族は、通例を破ってでも、
 この案には真っ先に賛成させて頂きましょう。
 我ら人魔は雑多な族のあつまり。
 あちこちの街に散らばって生きています。
 これだけの街道があれば、我らが受ける恩恵は計り知れない」

東の砦長「かたじけない」

鬼呼族の姫巫女「面白い。即答は出来ぬが、国元へと帰り
 急ぎその裏付けを検討させよう。前向きな答えを
 期待してくれても良い」

火竜大公「娘よ」

火竜公女「火竜大公におかれましては、いかがでしょう?」

651: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/24(木) 23:20:43.76 ID:jeE4iYgP
火竜大公「良かろう。支持しよう」

妖精女王「わたし達は、どのようなことが出来るか
 検討してみるとします」

巨人伯「おれたちは……支持する」

碧鋼大将「我らは保留だ。鉄が来るのは有り難いが
 我らがどれほどに受け入れてもらえるのかは
 部の民に相談することなく、軽々に返事は出来ぬ」

鬼呼族の姫巫女「意見が割れた時は過半数、と云う話だったが
 この話は明確な反対があるわけでもない。
 今しばらく時間を取っていただき、
 氏族の中での意見も聞いてみたいが、よろしいか?」

火竜大公「うむ、それが適当であろう」

妖精女王「判りました」
巨人伯「おう……」

東の砦長「かたじけないな。長の方々」

鬼呼族の姫巫女「なんの。火竜老公の美しい娘御を
 みれて眼福であったぞ」

火竜公女「次回までには、今少し詳しい計画図をお持ちしまする」

東の砦長「助かったぜ。やつにも礼を言っておいてくれ」

火竜公女「承りました」にこっ

699: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 13:09:31.80 ID:W1zfwn6P
――――地下世界(魔界)、鵬水湖の畔、仮設会議場の表

パタタタッ

火竜公女「黒騎士殿」

勇者「はい」ビクッ

火竜公女「会議の際は知らぬふりをして申し訳ありませぬ。
 あのような席ゆえ、馴れ馴れしくも出来なかったゆえ」

勇者「ああ。それは、うん。当たり前だよ。
 すごく格好良かった。たいした計画だったよ?」

火竜公女「そのように云ってもらえて、妾も嬉しく思いまする」

勇者「おう」

火竜公女「ついでに、一つお願いしてもよいかや勇者殿」

勇者「出来ることならなんでも……ゆうしゃ!?」

こそこそ

東の砦将(アイコンタクト) ごめん、全部、ゲロった
副官(アイコンタクト) まことに、ごめん、なさい

火竜公女 にこにこ

勇者「……はい」

火竜公女「魔王殿に会いたいのです。連れて行ってください」

701: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 13:11:05.13 ID:W1zfwn6P
――冬越しの村、魔王の屋敷、廊下

勇者「……」

勇者「なんかさ。俺すげー虐められてね?」

勇者「火竜公女と魔王が話すのを廊下で
 待たされてるって、どんだけサドなんだよ。
 泣いて良いよね? 俺泣いて良いよね?」

勇者「……良いよね?」

しーん

勇者「勇者の自信なくなってきたぞ、こんちきしょうめ」

ぽつーん

勇者「……?」

      「――。――――」
      「――――――」

勇者「いやいや。それは駄目でしょ? 盗み聞きとか。
 それは勇者じゃなくて、一人の男として終わってますことよ?」

      「――――! ――!」
      「――――――」

勇者「……えーっと」

702: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 13:12:06.76 ID:W1zfwn6P
勇者「うわぁぁぁ! だ、だめだぁ。
 盗み聞きなんて良く無いのだぁぁ!
 変態紳士の爺じゃあるまいしぃぃぃ!」

勇者「……」

      「――。――――」
      「――――――」

勇者「……」そろー

メイド長「どうしたんですか? 勇者様」

勇者 ビクゥッ!! 「ナンデモナイヨ」

メイド長「そうなんですか?」

勇者 こくこくっ

メイド長「あらあら、まぁまぁ」くすっ

コンコンッ

メイド長「まおー様。お茶のお代わりはいかがですか?」

ガチャ

勇者「あ」

魔王「いや、もう良い。それより勇者。
 公女殿が帰られる。送って差し上げてくれ」

705: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 13:27:25.32 ID:W1zfwn6P
――魔界、開門都市、郊外の虹降りしきる丘

しゅわんっ!

勇者「よっと。……ついたよ」
火竜公女「ありがとうございまする、黒騎士殿」

勇者「いえいえ」
火竜公女「……」

さくっ、さくっ、さくっ

勇者「えっと、街まで送る」
火竜公女「いえ」

勇者「……」
火竜公女「黒騎士殿?」

勇者「はい」 びくっ
火竜公女「はっきりさせて頂くことがありまする。
 妾はふられたのですよね?」

勇者「えっと……」
火竜公女「黒騎士殿の、一番大切な方はいらっしゃるのですよね」

勇者「うん……」

火竜公女「……」

勇者「大切って云うか、みんな大切なんだけど」

火竜公女「どれくらい大切ですか?」
勇者「すごく」

709: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 13:30:13.23 ID:W1zfwn6P
火竜公女「妾のことはどれくらい大切ですか?」
勇者「……」

火竜公女「答えてください」

勇者「危険があったら……身体を張って護れるくらい」

火竜公女「……ふふふっ」
勇者「?」

火竜公女「黒騎士殿は、その言葉で随分損をしていますゆえ」
勇者「そう、なのか?」

火竜公女「普通の殿方は、黒騎士殿ほど強くありませぬ。
 故に、護れる女子は一人がよいところ。だからその言葉も、
 護るという行為も、告白と同じ意味を持つのでありまする」

勇者「……」

火竜公女「努々、軽率にそのようなことを云ってはなりませぬ。
 ……“餌は与えても野良は飼わない”。
 そう言うことをしてはなりませんよ」

勇者「……」

火竜公女「黒騎士殿は妾を護ってはくれても、
 妾と添い遂げてはくれないのでしょう?」

勇者「えっと……。個人的には、その」

火竜公女「父上が何と言おうと、
 妾は一番でないといやでありまする。
 また、並の女子相手では押さえられぬとも
 思ってはいませんでした」

710: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 13:33:02.19 ID:W1zfwn6P
火竜公女「勇者殿」
勇者「……」

火竜公女「妾を振るにあたっては、傷心は無用にございまする。
 妾もまた裏切りの徒。情けをかけられる一理もありませぬゆえ。
 ただただお願いしたき義が」

勇者「うん」

火竜公女「大事な人がいるのなら、大事と仰いなさいませ。
 勇者殿のお力があれば、幾百、幾千の女子の
 命と安全を守ることが出来まする。
 
 しかし、それでは、あなた様に限っては、
 真心の証とはなりませぬ。
 そのことはお解りになったでありましょう?
 
 なにも妾が、そこまで難しいことを
 申しておるわけでもありますまい?
 魔王殿は口を濁されておられましたが、
 やはり不安でありましょう」

勇者「……」

火竜公女「妾が理不尽を云っておるかや?」

勇者「いや、そんなことはない……と思う」

火竜公女「では、云うべきです」

勇者「……」
火竜公女「……」

711: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 13:35:12.85 ID:W1zfwn6P
勇者「あー」
火竜公女「……」

勇者「……やっぱ、おれ、ダメダメだから。
 人と魔族を殺すこと。田畑を焼くこと。
 大地を砕いて、街を灰燼にかえすこと。
 そのくらいじゃん、俺が出来るのって。
 そういうやつって、なんかさ。
 
 まぶしいっていうか。ダメっていうかさ。
 よく分かんないけど。
 ……幸せになっちゃいけない気がする。
 
 うまく言えないけど」

火竜公女「臆病者」

勇者「……」

火竜公女「そんな気持ちで剣を取るのなら、
 あなたはいつかきっと敗れまする。
 そんなに強いことがいやですかや。
 血に濡れた両手が厭わしいですかや。
 好いた女子が由とするなら、それを持って由となさりませ。
 自らの能力を押さえてなんとしますか」

勇者「……」

火竜公女「護るというのは敵を倒せば終わりですか。
 勇者という名前は、そのように軽きものですかや」

712: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 13:37:05.02 ID:W1zfwn6P
パシンッ!

勇者「っ!」
火竜公女「これは道違えたる妾からの最後の餞別」

勇者「……うん」

火竜公女「妾は幸せになりまする。妾は美しくなりまする。
 あとで……我が君と最初に呼んだあなた様が振り向くたびに
 後悔と妬心ではち切れそうになるほどに。

 よろしいですかや?
 これは貸しでござりまする。

 勇者殿は妾に大きな借りがございまする。
 その返済は、貴方が幸せになることでしか返せぬ事
 それをお忘れ無きように」

勇者「……」
火竜公女「……帰りまする」

さくっ

勇者「……」

さくっ、さくっ

勇者「……」

さくっ、さくっ、さくっ

720: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 13:51:01.37 ID:W1zfwn6P
――葦の国、沼船

~♪ ~~♪

奏楽子弟「~♪ ……♪」

農夫「ほーい! 云い音色じゃね、楽士のお嬢さん!」
農夫の娘「お姉ちゃん、ほーうい、ほーうい!」

奏楽子弟「船ですかー? 渡してくれませんか~?」

農夫「どこまでいきなさるんねー?
 おいら達は、これから都まで大麦と酪を売りに行くんだがよぉ」

農夫の娘「お姉ちゃんも一緒に行く?」

奏楽子弟「ええ、お願いできるなら!」

農夫「ええですよ、乗りなせぇ」

奏楽子弟「ありがとうございますっ」

農夫「さぁ、その藁に腰を下ろしていいですけの」
農夫の娘「ねぇねぇ! お姉ちゃんは、どこの人?」

奏楽子弟「随分遠くから来たのよ」
農夫「おんや、まぁ。それは葦笛じゃねですか」

奏楽子弟「ええ。昨日教わったのです。
 この国で人気のある楽器だと」

721: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 13:51:58.85 ID:W1zfwn6P
農夫「人気があるかどうかはわからねけど、
 葦ばっかりの国だで、どこの村でも、
 葦笛名人の一人くらいはいるすなぁ」
農夫の娘「わたしも吹けるよ!」

奏楽子弟「一緒に吹こうか?」
農夫の娘「うんっ!!」

~♪ ~~♪

奏楽子弟「~♪ ……♪」

~♪ ~~♪

農夫の娘「~♪ ……♪」

農夫「おーや、上手だねぇ」

農夫の娘「楽しいね、お姉ちゃん」
奏楽子弟「そうだねー。上手いね、びっくり!」にこっ

~♪ ~~♪

農夫「ほーぅい、ほうい!」

牛馬車の農民「よーお! 都に行くのかぁ?」

農夫「そうだでよぉ」
農夫の娘「いってくるよー!」

牛馬車の農民「麦の値段を調べてきてくれよぉ!」

農夫「わかったよぉ!」

722: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 13:52:54.61 ID:W1zfwn6P
~~♪

~♪ ~~♪

農夫の娘「……すぅ」

ぱしゃん。ぱちゃん

農夫「おーや、寝ちまったみたいだな」

奏楽子弟「そうみたいですね」

農夫「最近はどこも大変だでな」
農夫の娘「……くぅ」

奏楽子弟「大変、ですか」

農夫「ああ。食うや食わずだから」
奏楽子弟「……」

農夫「楽師さんは、大丈夫だでか? ちゃぁんと稼げているかい?」

奏楽子弟「ええ、まぁ……」

農夫「楽師さんも楽ではねぇな。
 まぁ、飢えちゃ音楽に金を払う人なんかいないだろうけどな。
 それはしかたあるめぇよ」

奏楽子弟「そうですね。でも、まだまだ歩けますから」

農夫「楽師さんの音楽は、なんだか元気が出るものな。
 元気を出す音楽のために
 腹が減っててもにこにこしてるんだろうな。
 私らにも、それは判るさ。ははっ!」

723: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 13:55:23.61 ID:W1zfwn6P
奏楽子弟 きゅるるー

農夫「ほら、黒パン食うべ」
奏楽子弟「いえ、そんな訳には」

農夫「大丈夫、半分こするだよ。
 それにおいら達は貧乏で
 その綺麗な曲のお礼にお金も払えないだしな」

奏楽子弟「とんでもない!
 こうして船に乗せてくれたじゃないですか」

農夫「はははっ! まぁ、明日には都に着く。
 それまでは、もう何曲か聞かせてくれると嬉しいだでよ」

奏楽子弟「ええ、もちろん。どんな曲が宜しいですか?」

農夫「宜しいですか、なんて云われっちまうと
 なんだかこそばゆいなぁ! でも、おいらたちは
 そんなに沢山の曲を知っている訳じゃないんだよ。
 祭りの曲と、生まれ祝いの曲、年越祭の曲。
 そんなもんだ」

奏楽子弟「じゃぁ、わたしの故郷の曲を弾きましょうか?」

ゴソゴソ

農夫「おんや、それは?」

奏楽子弟「竜頭琴ですよ。ちょっと珍しいでしょう?」
農夫「ああ、旅が楽しくなるような曲がいいだよ」

奏楽子弟「ええ、楽しい曲を弾きましょう。
 これはわたしの大事な友達が、随分笑い転げた
 歌がついているんですよ」

728: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 14:38:11.51 ID:W1zfwn6P
――ごきげん殺人事件6 カップル斬りつけて開き直り殺人事件

「ごきげん剣士ななこっ!」
「ごきげん賢者すいかっ!」
 二人の声が唱和する。甘く勇ましい少女の声と、声変わりを
迎えてはいないボーイソプラノの少年のハーモニーは夜の大気
を切り裂いて、闇の使徒を迎撃するのだ。

「わたしたちっ!」「ぼくたちっ!」
 くるりと回って武器を構える二人。

「開示相手には情け無用の残虐ファイター!
 ノリと勢いで征伐執行!  わがままいっぱい甘えんぼうっ!
 その名もっ“ごきげん殺人事件”っ!! 執行完了170秒前っ!」

「ふざけるなっ! 子供の遊びじゃないんだぞっ!」
 固い装甲鎧を身につけた怪人は、恐れることもひるむこともなく
二人組の魔法戦士に叫びかえす。

「おじさんこそ、いい年して全身タイツに密着鎧なんて変態じゃ
ないんですかー? いやん。ななこ変質者に虐められるー」
 全くの棒読みの台詞は、11歳なりの洗練を秘めた罵倒として
傷つきやすいアリ怪人の精神をさいなんだ。
 おろおろと動転する内股の少年が「ななこちゃん、大人の人に
そう言うこと言ったらダメだよ?」と諭すのさえも無性に腹立た
しくてならない。

 そもそもこの装甲は鎧は金属ではなくアリをもした生体装甲な
のだ。密着していない方が不都合ではないか。
 枯れ葉激しい苛立ちと共に蟻酸を拭きかける。異様な飛距離を
見せた強酸性の溶液は、素早く飛んで避けた二人が立っていた足
下を溶かす。

「なっ、なにをするんですかぁ」
「く、口から変な汁だしたぁっ!? ひゃぁ」
 生意気なことを云ってばかりいるななこだが、その突然の攻撃
に足下が妖しくなり、いつもは気にならないはずのチェックのミ
ニスカートが絡みついて、倒れ込んでしまう。
 ちゅん。
「な、なっ。ななこちゃんっ」
 子いぬのような瞳を持つ相棒の少年がアップで迫ったかと思う
と、胸を締め付けるような甘いうずきと共に激しい恥ずかしさが
わき上がってくるのだ。

730: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 14:44:14.26 ID:W1zfwn6P
――冬越しの村、魔王の屋敷、居間

ぺらっ

魔王「……」
勇者「……」

 めらめら、ぱちぱち

魔王「くっ。……ここで急激にドキドキ展開なのかっ」
勇者「まじで!?」

魔王「うむ、これは危険だ。シリーズ6作になって
 このようなご褒美シーンがあるとは」
勇者「……ほほう」

魔王「しかしこれは理不尽ではないかっ!」

ばたむっ!

勇者「どうしたんだよ、魔王」

魔王「わたしは作者に断固抗議したい!!
 この主人公は、11歳なのだぞっ!?
 11際と云えばメイド妹よりも一つ下ではないかっ!!」

勇者「うん、そうだっけ? そのくらいかな」

魔王「それなのに、こんな嬉し恥ずかしい
 ドキドキシーンがあるとは!
 偶然とは言え、その、唇と、くちび……。
 ええーい! 断固抗議だ」

勇者「?」

731: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 14:45:10.06 ID:W1zfwn6P
魔王「世界には遙かに年齢的に成熟した
 二人が他にも溢れルほど存在するというのに
 なぜこのような子供達が
 うっかり偶然そんな幸運を得るのかと」

勇者「落ち着けよ」

魔王「……わたしは冷静だ」
勇者「そうかなぁ」

 めらめら、ぱちぱち

魔王「勇者」
勇者「ん?」

魔王「本を置け」
勇者「わかった」 ぽすん

魔王「……おっほん」
勇者「?」

魔王「機嫌はどうだ?」
勇者「普通だぞ」

魔王「そ、そうか」じりっじりっ
勇者「どうしたんだ?」

魔王「なんでもない。半分開けてくれ」
勇者「ずれるけどさ」ずり

魔王 とさっ
勇者「?」

733: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 14:46:12.24 ID:W1zfwn6P
魔王 ぺとっ
勇者「どした?」

魔王「なんでもない」
勇者「そうか?」

魔王「勇者。わたしの耳に触ってくれ」
勇者「ん?」むきゅ

魔王「んっ」ひくんっ
勇者「……うう」どきどき

(魔王殿は口を濁されておられましたが、
 やはり不安でありましょう)

魔王「……ふぅ」

勇者「えっと、魔王。さ」

魔王「ん?」
勇者「女騎士のことだけどさ。誓い受けちゃってさ」

魔王「くどい。それはもう良い」
勇者「う、うん。でも、魔王の耳は……かっ。かわいいからな?」

魔王「何を言っているんだっ。話が繋がっていないではないかっ」

勇者(……失敗した。何で俺はこうダメダメなんだ。
 爺さん、やっぱり『ぱふぱふ道』じゃ
 女の心はゲットできないのかもしれないんだぜ)

魔王「む」

735: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 14:47:55.48 ID:W1zfwn6P
勇者「機嫌を直してくれ、魔王」
魔王「機嫌など最初から曲げてはいない」
勇者「そうかなぁ……」

魔王「もう一度耳に触れるのだ」
勇者「うん……」

魔王「んぅ」ひくんっ
勇者「うー」

魔王「もう一回」
勇者 なでなで

魔王 くたぁ

勇者「えっと、魔王?」
魔王「……んぅ?」

勇者「眠そう」
魔王「眠いわけではない」

勇者「そっか……。あのだな」

コンコンッ

メイド長「まおー様~。カスタードシューが出来たそうですよ」

バッ
魔王「そうか! あれは美味いな。頂こうっ」
勇者「ううー」

メイド長「勇者様、どうかなさったので?」

760: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 16:27:34.36 ID:W1zfwn6P
――葦の国、その都、市場の外れ

~♪ ~~♪

奏楽子弟「~~♪
 春の喜ばしい気配が近づいてくる。
 春が勝利し、厳しい冬は逃げ去った♪
 春の精霊が麗しくやってきて、
 森の小鳥たちは祝いさえずる♪」

街の市民「素晴らしい!」

奏楽子弟「~~♪
 恵みの太陽は笑いを与え、花々は咲き誇る。
 麦の香り運ぶ西風は甘美な吐息もて芳香を放ち、
 人間は愛のため、この恋歌のもと駆け回る♪
 森の兎が歌い、小夜啼鳥が甘く囀る。
 花々は咲き乱れ、森には生命溢れ、
 喜び満ちた乙女らの輪舞の輪が広がる♪」

女性市民「なんて演奏家なのかしら!」

農夫「はいなぁ! 大麦を半袋でございますね!」
農夫の娘「ありがとうございましたぁ!」

街の市民「俺も貰おう、にんじんを一袋だ」
農夫の娘「はいっ!」

奏楽子弟「ありがとうございます!」

女性市民「いえいえ、久しぶりよ、
 こんな楽しくて綺麗な曲を聴いたのは!」

761: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 16:30:15.50 ID:W1zfwn6P
裕福そうな市民「まったくだ、どこぞの宮廷にでも登れば
 高い身分も与えられるかも知れないのに」

奏楽子弟「いえいえ、わたしはこうやって
 街角で演奏しているのが一番好きなんですよ」

街の市民「また来てね、待っているわ」

農夫の娘「ありがとうございました~♪」

――。

奏楽子弟「ふぅ、忙しかったですね」
農夫「いやはや、とんでもない。なんてお礼を言えばいいのか!」
農夫の娘「一杯売れたよ、いつもよりも高く売れたの!」

奏楽子弟「よかったね」にこっ
農夫「ありがとうございます。これは少ねぇけど」

奏楽子弟「いいのいいのっ! あ、いやいいんですっ。
 美味しいパンをわけて貰ったから!」

農夫「しかし……」
農夫の娘「お姉ちゃん。じゃぁ、パンあげるね」

奏楽子弟「ありがとうねっ! またねっ!」

農夫の娘「また葦笛吹こうね!」 ぶんぶんっ

奏楽子弟「またあえたら一緒に吹こうね~♪」

765: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 16:57:52.10 ID:W1zfwn6P
――開門都市、『同盟』の新商館、大執務室

青年商人「お役目、ご苦労様でした」

辣腕会計「お疲れ様でした。……冷えた紅壬茶ですよ」

火竜公女「ありがたい」

青年商人「どうでした? 会議のほうは」

火竜公女「流石に一回で決定というわけにはまりませぬが
 かなり良い手応えかと感じました」

青年商人「通りそうですか?」
火竜公女「おそらくは」

青年商人「この計画が通らないと、通商や他の諸々も
 なかなか通りませんからね。まずは道路、そして潅漑、水利」

辣腕会計「今回は随分と迂遠ですけどね」

火竜公女「この地下世界には、商売のための機構がなさ過ぎるゆえ」

青年商人「何より、余剰貨幣がなさ過ぎるのが問題です」
辣腕会計「ですね」

火竜公女「余剰貨幣?」

766: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 16:58:59.46 ID:W1zfwn6P
青年商人「理屈は簡単です。
 例えば、塩を二つ持っている人がいる。
 さらに肉を二つ持っている人がいる。
 塩と肉を一つずつ交換し合えば、二人は同じように
 塩と肉を一つずつ持っていることになる。
 これを食べて暮らせばいいわけですね。
 
 この物々交換を行っている限り、貨幣は必要ありません。
 地下世界では貨幣も用いられていますが、砂金での取引や
 物々交換も盛んです。特に大規模な商取引は氏族の長や
 指導者が中に立っての物々交換が多い。
 
 余剰貨幣が生まれにくい構造なのです」

火竜公女「そうでありますな」

青年商人「しかし、我ら商人からすると、
 もっと貨幣が出回り、様々な物資を貨幣で
 売り買いできた方が商売の幅が広がる。
 新しい仕事も作りやすくなる」

火竜公女「それは地上でも見てきましたゆえ。
 金銭や貨幣は確かに弊害も多くみえまする。
 しかし貨幣を用いた仕事は、行動が早い。
 政治や氏族間の付き合いに流されやすい民の流れに比べて、
 金銭は情が絡まず“流れやすい”性質があるように思えまする。
 行き来が自在で、分割できる方が、時として安全で強力な
 味方となりうると」

青年商人「言葉はわからずとも中身は判っているようですね」

辣腕会計「……ふむ」

青年商人「そこで、債を興す」

767: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 17:00:56.71 ID:W1zfwn6P
火竜公女「今回の企画かや?」

青年商人「今回のは特別に色々と工夫を凝らしましたが
 債とは、ある種の借金のための仕組みです。
 “後で一定の金銭を返すので、これだけの金銭を欲しい”
 そういう取り決めの、書面化ですね」

火竜公女「それが余剰貨幣を生み出すのかや」

青年商人「単純な例で考えてみましょう。
 “金貨100枚をかえすので、金貨100枚を貸してくれ”
 この債券を作ったとします。この債券が無事に買われると
 わたしの手元には金貨100枚がやってきますね?
 そして相手の手元には“将来金貨100枚になる紙”が
 あることになる。
 ほら、合計で金貨が200枚分の価値に増えたでしょう?
 擬似的に貨幣が増えたことになる」

火竜公女「それはそれで、詐欺のような理屈に思えまする。
 そもそも一定の期間のあとに、その金貨100枚は
 かえさなければならない、つまり消えるが理屈。
 それを“増えた”とはおかしくありませぬか?」

青年商人「それはそれでもっともですが、
 公女だって前回の小麦買い占めを見たでしょう?
 大きな資金が手元にあれば、それだけ商売のチャンスは広がる。
 我らはこの金貨100枚を、返すまでに150枚に増やせばよい。
 そうすれば、元での費用は無しで金貨50枚の儲けです。
 資金無しではそうはいかないでしょう?」

火竜公女「それはそうでありますが」

768: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 17:02:28.15 ID:W1zfwn6P
青年商人「これが本来の金貸しの機能です。
 金貸しは、相手の信用を運用できる資金に変換しているんですよ。
 この魔界ではまだ銀行という形ので組織は
 成立しないようです。
 魔王殿にも一旦の再考を求められましたしね。
 
 そこで今回は、ちょっと迂回した方法で
 開門都市にも参加して貰って、資金集めをしたわけです」

火竜公女「……」

青年商人「そう睨まないでください。
 この件はこの都市にも魔族にも魔界にも一切の損害は
 もたらすつもりはありませんよ。
 そもそも、これは勝ち負けではないですからね。
 『同盟』がも受ければ、誰かが損をするというような
 種類の活動ではないのですから」

火竜公女「ここは信用しておきまする」

青年商人「有り難き幸せ」くすっ

火竜公女「商人殿は、開門都市と衛門一族、さらには
 竜一族が長である火竜大公、その娘の妾の立場を利用して
 その信用を資金に変えた。
 そのように理解しましたが、いかがか?」

青年商人「……さて」

火竜公女「商人殿は云いましたね。
 “財貨としての金と、道具としての金はまったく違う。
 後者を美しく思う人間こそ商人を名乗れる”と」

769: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 17:04:40.03 ID:W1zfwn6P
青年商人「ええ、云いました」

火竜公女「では、妾の信用をもって得た財貨で
 どれほどのことを成し遂げてくれるか、
 とくと見させていきましょう。
 それくらいは許されるのでしょう?
 妾は信用の貸し主ですゆえ」にこっ

青年商人「仰せ、誠にごもっとも」

火竜公女「楽しみにしていまする」
青年商人「やれやれ」

辣腕会計「はははっ。委員もたじたじですな」

火竜公女「妾だって負けっ放しでは、火竜一族の名折れですゆえ」

青年商人「さて、では事業の計画でも仕上げますか。……だれか」

辣腕会計「ああ、わたしが用意してきましょう。
 紙にペンにインクに、壺いっぱいの濃いお茶。
 資料は公女の集めていらしたもので良いのでしたね?
 この時間では職員も帰り支度でしょうし、
 わたしの方が早く集められる」

青年商人「そうですか? たのみます」
辣腕会計「お任せあれ」

とっとっとっ、バタン

火竜公女「……」
青年商人「ふぅ」

火竜公女「商人殿」

770: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 17:06:56.93 ID:W1zfwn6P
青年商人「はい?」

火竜公女「……」
青年商人「どうしました?」

火竜公女「――もし妾が恐ろしい敵に捉えられ、
 このままでは明日の朝日も浴びれぬ、となったらいかがいたす?」

青年商人「見捨てます」
火竜公女「……」

青年商人「というのは冗談ですが。……助ける見返りは何です?」
火竜公女「見返り抜きで」

青年商人「……それは新手の難問ですか?」
火竜公女「やもしれぬ」

青年商人「……」
火竜公女「……」

青年商人「“見返り抜き”という見返りでお助けしましょう」

火竜公女「え?」きょとん

青年商人「商人は報酬無しでは動きません」
火竜公女「……」

青年商人「しかし、あなたは機転が利くし、理解も早い。
 何より冷静だし公平だ。取引相手としては不足がない」

火竜公女「それは……、一生?」

青年商人「云ったでしょう? 商人の戦いに終わりはないんです」

778: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 17:36:42.39 ID:W1zfwn6P
――湖畔の国、湖の畔の国境の森、小さな街の宿屋

ザァァァァアア!

奏楽子弟「すごい雨ね……。
 下じゃぁこんな天気見たことがない。
 にわか雨に、季節の雨くらいなのに。
 それに、こちらは春なのに随分寒かったりするのね……」

カキカキ……

奏楽子弟「ん。こんなもん、かな。
 随分メモもたまっちゃったな。
 ――『聖骸』についての噂も随分聞いたけれど、
 やっぱり詳しいことは判らないか……。
 うーん、知り合いが一人もいないって云うのは結構大変だなぁ。
 どうしたものかしらねぇ」

ザァァァァアア!

奏楽子弟(……路銀はまだあるけど、節約しないと。
 うーん。湖の国って云うことだし、
 首都の方を回ってみるべきなのかな。
 人が多いと、多少お金も稼げるみたいだし。
 場合によってはどこかの大きな酒場で一ヶ月くらい
 雇って貰うのも悪くないかも。
 その方がうわさ話も集めやすいかな……)

こんこんっ

奏楽子弟「はい?」

宿屋の店主「申し訳ねぇこってす、お客さん」
奏楽子弟「どうしたんですか?」

780: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 17:38:31.77 ID:W1zfwn6P
宿屋の店主「この大雨で、どうも渡しの船が
 流されちまったみたいで。
 昼過ぎに出たお客さん達が戻ってきたんですよ。
 それで部屋が足りなくなっちまって。
 良かったら相部屋をお願いしても良いですかね?」

奏楽子弟「相部屋?」

宿屋の店主「ええ、相手は女の人ですから。
 男連中は男連中で別の相部屋にしますからね。
 どうかお願いしますよ。
 みんな足止めを喰らってしまってるんで。
 宿代の方は勉強させて貰いますから」

奏楽子弟「もちろんいいですよ」にこっ
メイド姉「すみません」

奏楽子弟「いえいえ、お互い様ですものね。
 ずぶ濡れじゃない。早く着替えないと」

メイド姉「ええ、じゃぁ、失礼して」

宿屋の店主「んじゃ、小僧に言いつけて
 湯と毛布を届けさせますからね。
 お客さん、相部屋ありがとうございました」

奏楽子弟「はーい」
メイド姉「よくして下さって、ありがとうございます」

奏楽子弟「拭くものはあるの? えーっと」
メイド姉「メイド姉です。はじめまして。
 ええ、ちゃんとあります。着替えてしまいますね」

奏楽子弟「わたしは奏楽子弟。
 見ての通りの旅の吟遊詩人。というか、旅人ね。よろしくね」

782: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 17:39:43.26 ID:W1zfwn6P
ザァァァァアア!

奏楽子弟「すごい雨ね」
メイド姉「ですね……。えっと、お茶を飲みます?」

奏楽子弟「え? うん。あれば有り難いけれど」
メイド姉「では入れますね」

奏楽子弟「でも、ここなにもないよ?」
メイド姉「お茶とカップくらいはあります。真鍮ですけれどね」

奏楽子弟「わ。本当だ。……すごいね。
 お嬢様風なのに、旅慣れているって云うか」

メイド姉「お嬢様だなんてとんでもない。
 南の果ての農家の娘ですよ」

とぽとぽ……

奏楽子弟「ふぅん。……温かい」
メイド姉「お湯がもらえて良かったです」にこっ

奏楽子弟「ああ、あたし。堅焼きクッキーあるよ」
メイド姉「いいんですか?」
奏楽子弟「うん、半分こしようよ」
メイド姉「ありがとうございます」

ザァァァァアア!

奏楽子弟「あなたはどこへ行くの?」
メイド姉「とりあえず、湖の国の都へ」

奏楽子弟「どうして? 聞いて良ければだけれど」

783: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 17:41:11.47 ID:W1zfwn6P
メイド姉「そこに湖畔修道院のかつて使っていた
 文書館があるんですよ。いくつか気になることもありますし。
 ……それはそれとしても、諸国を旅している最中なんです」

奏楽子弟「へぇ!」

メイド姉「色々見なきゃいけないものがあるんじゃないかって。
 それで国を飛び出してきたんですけれど。どこも大変ですね」

奏楽子弟「うん、そうだね。……物価も高いし人も倒れているし。
 北に行けば行くほどひどくなるような気がする」
メイド姉「はい……」

奏楽子弟「わたしの故郷じゃ戦争はあっても、
 飢え死にって云うのはあんまり見なかったから……。
 ああいうのは、見てるだけで辛いね」

メイド姉「そうですね……。詩人さんはどこから?」

奏楽子弟「ああ。えへへっ。もうね、すんごい遠いところから」
メイド姉「そうですか」

ザァァァァアア!

奏楽子弟「あのさ」
メイド姉「はい?」

奏楽子弟「その、文書館っていうのは、光の精霊の?」
メイド姉「ええ、そうですよ。修道院付属の記録が
 収められていると聞いています」

奏楽子弟「わたしも、その。ついて行って良いかな?」

785: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 17:42:37.00 ID:W1zfwn6P
メイド姉「?」

奏楽子弟「実はわたしは、詩も戯作も書くんだ。
 もちろん楽器も一通りこなす。舞台の脚本も書く。
 それらは一緒のものだからね。
 ……それで、どうしても興味が引かれて
 『聖骸』についての噂を追って旅をしているんだ」

メイド姉「そうだったんですか」

奏楽子弟「詩想がね、迫ってくるような気がするんだ。
 もうそこまで来ているような気もするんだけど……。
 いやはや。
 訳判らないよね」

メイド姉「良いですよ」
奏楽子弟「えっ?」

メイド姉「一緒に行きましょう」にこり

奏楽子弟「いいの? その……。わたしは旅人だし、
 わたしが言うのも何だけど、あんまり簡単に人を信じると、
 若い身空で事件に巻き込まれたりするよ?」

メイド姉「人間は生まれた時から世界に巻き込まれてるんです」

奏楽子弟「そりゃそうだけど。
 ――ん。その言い回し良いな。メモしておこう」

メイド姉「ふふふっ」

奏楽子弟「え? ああ。ごめんごめん。職業病で」
メイド姉「いいんです。1人より2人のほうが
 心細くないでしょう?」

802: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 18:14:12.05 ID:W1zfwn6P
――大陸中央、霧の国、領主の館

ガシャーン!!

家令「ひっ! ひぇっ!?」

肥満領主「こっ、こっ、このたわけがっ!!!」
 少女メイド「ヒッ」

肥満領主「聖光教会め! こ、こ、このようなことがっ!」

家令「どうされましたのでっ」

肥満領主「っ!!」 グシャグシャグシャ、ポイッ!

家令「これは……」

肥満領主「“小麦引き渡し証書”がいつの間にか聖光教会に
 渡っておったのだ! これでは言い逃れも踏み倒しも
 出来ないではないかっ! あの若造めぇっ!!」

ダダダダ、ガシャっ!!

役人頭「大変でございます! 領主さまっ!!」

肥満領主「ええい、どうしたというのだっ!」

役人頭「そ、それが! 実は城下や領内の村に、
 教会の徴収使どもがあらわれましてっ!」

肥満領主「徴収使……?」

役人頭「そやつらめが、収穫したばかりの麦をどんどんと
 取り上げて運び出しているのですっ!!」

803: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 18:15:37.72 ID:W1zfwn6P
ドンッ!
少女メイド「ヒッ!」

肥満領主「教会めぇ、そうであったか……。
 よもやとは思ったがあの商人と結託し、
 我ら地方領主の力をそぐのが狙いかっ」

役人頭「いかがいたしましょう?」

肥満領主「金はあるのだっ! 教会との交渉を開始する。
 “小麦引き渡し証書”を買い戻すのだ。
 すぐさまインク壺と羊皮紙を持て!」

家令「ははぁっ!」

肥満領主「くっ。何という屈辱だっ。
 8代にわたりこの領土を完全に治めてきたこの男爵家が
 何故このような奸計により、
 誇り高き我が額を教会などに下げねばならぬのだっ
 およそ商売など貴族のすることではないわっ!」

役人頭「えー。そのぅ」

肥満領主「とっととその徴収使とやらを見張らんかっ!
 麦の一粒でも多く持ち出すようであるならば、
 たとえ教会の使いとは言え、打ち払えっ。
 
 ええい、そうもいかんっ!
 引き取って頂くのだ。ただし丁重になっ!」

役人頭「そっ、そんなっ」

肥満領主「とっとと行かんか! その頭を首の上に
 くっつけておきたいのならば、命じたことをするが良いっ!」

役人頭「は、はいぃいい!!」

肥満領主「このままでは……済まさんぞっ!」

805: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 18:16:29.57 ID:W1zfwn6P
――鬼呼族の族長の館、青畳の書斎

鬼呼の忍者「――以上相違ありません」

鬼呼族の姫巫女「ふむ」
鬼呼執政「考えていたより、事態は深刻ですな」

鬼呼族の姫巫女「戦乱が長かったゆえ、か。
 民の間にもここまで不満や欲求がくすぶっているとは」

鬼呼執政「ええ」

鬼呼族の姫巫女「魔族の血やもしれぬな」
鬼呼執政「悪いことばかりとも申せませぬ」

鬼呼族の姫巫女「うむ、目標があれば燃え、
 それを見失えば失意と不満をくすぶらせる。
 我らにしてからがこれなのだ。
 獣牙の一族などいかばかりに血をたぎらせておるか」

鬼呼執政「で、あるからこそ、戦以外の目標を立てるべきです」

鬼呼族の姫巫女「――」

鬼呼執政「このたびの衛門族長からの提案、
 わたくしから見ると悪くないように思えます」

鬼呼族の姫巫女「それはそうであろうが、
 その工事が無駄に蒼魔族を刺激せぬとも限らぬゆえな」

鬼呼執政「場所を選んで着工すれば宜しいでしょう」

鬼呼族の姫巫女「場所、か」

鬼呼執政「こたびの債符なるもの、なかなかに面白い試み」

806: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 18:17:42.97 ID:W1zfwn6P
鬼呼族の姫巫女「とは?」
鬼呼執政「送られたる計画をつぶさに調べたところ、
 九本の道路それぞれに別種の債符が割り当てられております」

鬼呼族の姫巫女「ほう」

鬼呼執政「たとえば巨人族の都へと繋がる道の債符は
 そこを使用する商人しか買わないでしょうが、
 鬼呼族のそれは多くの商人が必要とするでしょう。
 より多くの人が必要とするのならば、
 債符は多く売れ、工事は早く完成いたしまする」

鬼呼族の姫巫女「ふむ」

鬼呼執政「また言えば、鬼呼の地でおのれをもてあましたる
 若者や兵士として職にあぶれていた者は、
 他国へと出稼ぎに行っても道路を造る仕事がありましょう。
 蒼魔族との戦闘が気になるのならば、
 先にそれより離れたる、例えば機怪の地への街道を整えれば
 良いわけです。
 
 われら鬼呼は治水や潅漑などの技に生来優れております。
 おそらくどのような国でも歓迎されるでしょう」

鬼呼族の姫巫女「……うむ」
鬼呼執政「いかがでしょう」

鬼呼族の姫巫女「普請の教え長を呼べ。彼ならば、家造りの
 匠を良く心得ておろう。
 100人班を編制して、普請組として立ち上げよう。
 会議に諮って、我が鬼呼の技、高く買ってくれるところへ
 売りつけようぞ」

鬼呼執政「ふぅむ。工事の傭兵でございますな?」

鬼呼族の姫巫女「血の香のせぬ、な。
 これならば民も納得して、
 わが鬼呼の力を魔界に見せつけてくれるだろう」

812: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 19:09:03.20 ID:W1zfwn6P
――湖の国、首都近郊、さびれた文書館

ガチャガチャ……。ギィイイィィィイイ。

修道院司書「こちらでございます」

メイド姉「ありがとうございます」
奏楽子弟「すみません」

修道院司書「ここにあるのは古い時代のものばかり。
 退光しますゆえ直接光に当てませんよう」

メイド姉「判りました」
奏楽子弟「すごい量と埃ね」

修道院司書「ご用がお済みの際には守衛室にお寄りください。
 温かい茶など入れましょう。修道院長の話など
 お聞かせ願えれば、幸いです」

メイド姉「はい、是非に」

修道院司書「それではこれにて……」

ギィイイィィィイイ。コッコッコッコッ。

奏楽子弟「えっと、メイドさんってすごいんだね」

メイド姉「どうしてです?」
奏楽子弟「いや、修道院長って随分偉い人なんでしょう?
 そんな人の紹介状を持ってるなんて」

メイド姉「以前お世話になったんですよ。それに、それは
 女騎士さんがすごいのであってわたしなんて全然」
奏楽子弟「そうかなー」

813: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 19:10:21.96 ID:W1zfwn6P
メイド姉「結構な量がありますね」
奏楽子弟「2、300冊? 巻物が多いね」
メイド姉「旧いと云ってましたしね」

奏楽子弟「わたしの目的は『聖骸』だけど、
 そっちは何なのかな? お互い見かけ合ったら
 相手に教えた方が効率が良いよね」

メイド姉「そうですね」
奏楽子弟「何を探しているの?」

シュルシュル、パラっ

メイド姉「それが、判らないんです」
奏楽子弟「へ?」

メイド姉「上手く言葉に出来ないんですが『源流』を。
 古い古い話を見たいんです。
 知っている中で、もっとも古い話はここにありそうだったので
 ここを目指してやってきたんですよ。
 別に古い話が目的ではないんですが、
 新しくスタートをするのなら、
 そもそもの最初の地点を探し出さないといけないと思って」

シュルン、パラリ

奏楽子弟「ふぅん、几帳面なんだね」
メイド姉「要領が悪いんですよ」くすっ

パラッ

奏楽子弟「何だろう。古い羊皮紙ほど上質だね」
メイド姉「どうしてでしょうね」

814: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 19:11:15.10 ID:W1zfwn6P
パラッ

奏楽子弟「どう?」
メイド姉「いえ。『聖骸』も、それ以外も……」

奏楽子弟「こっちも、子供向けのお説教や、麦の収穫量の話だね」

パラッ

メイド姉「貴重なものなのでしょうが」

奏楽子弟「うん。――ああ、これは賛美歌集だ。
 こんなのは始めてみる……。メロディが判らないなぁ」

メイド姉「古いものですか?」
奏楽子弟「どうだろう」

メイド姉「こっちも古いですね」
奏楽子弟「なに?」

メイド姉「古い古い物語のようです。大地……精霊?」
奏楽子弟「ん? ちょっと見ても良い?」

メイド姉「ええ、どうぞ」

パラッ

奏楽子弟「……うーん」

815: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 19:12:53.81 ID:W1zfwn6P
――崩れ去り書けた羊皮紙の詩

 かつてありし光あふるる理想郷
 其は精霊住みし失われた大地。
 大地にありて輝くは五つの星。
 森、水、大地、黄金、そして炎。
 あい和合し時には乱れ、7の7乗の7乗倍、歳月を重ねる。

 見よ炎に生まれし娘有り。
 かつて無きその聡き額に見えない王冠はかがやき
 幼き頃からその慈愛遍く万物を照らす。

 見よ大地に生まれし少年有り。
 異境より訪れし女と精霊の間に生まれた忌み子。
 大地の魔峰を黒く汚し災いをもたらさん。

 ふれあいし指先はやがて絡められ
 幼き約束は胸焦がす誓いとなる
 希望が解き放ち罪の名と大いなる翼の庇護の下
 二つの魂は結ばれん。

 もって神世は崩れ去り、理想郷は終焉す。
 しかし少女は眠らずにその慈愛、遍く世を照らす
 罪の名を知る人々の足下を。

816: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 19:14:14.94 ID:W1zfwn6P
――湖の国、首都近郊、さびれた文書館

メイド姉「精霊の話……? 初めて目にしますが」
奏楽子弟「これ……。五大家?」

メイド姉「え?」

奏楽子弟「精霊の五大家の話だ。
 こんなに古いのはわたしも見たことはないけれど」

メイド姉「どういう事ですか?」

奏楽子弟「まか……いや。あたしの故郷では。
 えーっと。
 大地に住む人々は全て。
 何と言えばいいのかな……。
 そう、伝説だね。
 伝説の、その五大精霊家の血を引いているという
 言い伝えがあるんだ。
 例えばわたしの家だと、森の精霊家の血を引いている。
 真実かどうかは判らないよ?
 本気で信じている人だってもうあんまりいやしない。
 でも、そう言うことになっているんだよ」

メイド姉「……」

奏楽子弟「でも、だからって、何でこんな所に……」

メイド姉「聖なる光教会……」

奏楽子弟「え?」

817: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 19:15:35.69 ID:W1zfwn6P
メイド姉「聖光教会。その本拠地、教皇のお膝元、
 大礼拝堂の地下図書館には、ここよりももっと多くの
 書籍や古文書が眠っていると聞いたことがあります」

奏楽子弟「え? え?」

メイド姉「行ってみましょう」
奏楽子弟「そうはいっても、そこの紹介状も持っているの?」

メイド姉「いいえ」きっぱり

奏楽子弟「入れるの?」
メイド姉「普通は入れません」

奏楽子弟「どうするのよ~」

メイド姉「どちらにしろ、大礼拝堂があるのは
 聖王国の中心部聖王都です。
 噂を集めるにも、何かを見つけるにしろ
 避けて通れる場所ではないと思いますし」

奏楽子弟「それも、そうか……」

メイド姉「わたしは脚を伸ばしますが、詩人さんはどうしますか?」
奏楽子弟「んぅー」

メイド姉「1人でも向かいますが」

奏楽子弟「乗りかかった船だ。行く。行きます。
 『聖骸』についても、そっちのほうが詳しい情報が
 わかりそうだし。わたしも興味が出てきた」

メイド姉「はい、よろしくお願いします」にこっ

829: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 20:16:21.74 ID:W1zfwn6P
――紋様族の館、果樹園

猫目の急使「長っ!! 長っ!!」

紋様族の長「何事です?」

猫目の急使「蒼魔族が動きましたっ!」

紋様族の長「っ!!」

猫目の急使「その数は、約二万五千っ! 氏族全てでは
 ありませんが、おそらく戦いうる全ての成人戦士と
 大型の眷属を引き連れ進軍中。
 帰途ほどではありませんがその速度はかなりのものになります。
 蒼魔族の領土内を静粛に進めていたため、発見が遅れ、
 感知した時はすでに領土の境界付近でしたっ」

紋様族の長「かまわんっ! 行く先は?
 鬼呼族の領土か、無人荒野、まさか火竜山脈か?
 それとも、開門都市を狙う腹づもりかっ!?」

猫目の急使「そのいずれでもありませぬっ」

紋様族の長「言えッ!」

猫目の急使「蒼魔族の目的地は、おそらくゲート跡地!
 大空洞と呼ばれ始めた通路、すなわちっ!」

紋様族の長「……」ぎりっ

猫目の急使「人間界ですっ!!!」

834: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 20:25:58.86 ID:W1zfwn6P
――白夜国首都、白亜の凍結宮

白夜王「ヒィィギィ!? ギヒィィ!!」

近衛兵「護れ! 王を護るのだっ!」
人間衛兵「せやぁぁ!!」
人間衛兵「さ、下がれ魔族っ!!」

蒼魔の刻印王「ふぅむ。なにをしている?
 そのようなことをするとお前達の王とやらに」

ザシュゥ!

蒼魔の刻印王「当たってしまうぞ?」
白夜王「ヒギっ! ギャァァァッ!」

蒼魔上級将軍「はははっ。絞め殺される豚のように泣きますな」

白夜王「ギャ、ギャァップ! わ、我の腕がっ」

人間衛兵「王よっ!」
人間衛兵「貴様ぁ!!」

蒼魔の刻印王「……“捕縛術”」

ビキィッ!
人間衛兵「……ッ!!」 近衛兵「……ぐ!!」

蒼魔上級将軍「滑稽な。手足をもがれた
 その様はまさに芋虫のごとき醜態。人間とはこのようなもの」

835: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 20:27:40.87 ID:W1zfwn6P
蒼魔の刻印王「フハハハッ」
白夜王「や、やめよっ。な、なにが望みなのだ魔族っ!」

蒼魔の刻印王「喋るのを止めよ。お前のような者が同じ言葉を
 話すとあっては、羞恥でこの身が焼けそうだ」

白夜王「我はこの国の王なのだ……ガボッ」

人間衛兵「……ッ!!」

蒼魔の刻印王「そら、お前の手だぞ?
 片方ではバランスが悪いか? なるほど、人間も王となると
 知恵が回るな。その方の言い分、よく判る」

ザシュ

白夜王「~ッ!! ~ッ!! グブゥ!!」

蒼魔の刻印王「ははははっ! これで両側の重さが釣り合うな!
 いい顔色だぞ、王よ。……芋虫だったかな?」
蒼魔上級将軍「あはははは」

白夜王「~ッ!!」

蒼魔の刻印王「随分色白になったではないか暖めてやろう
 ほんの少しだけだ。安心しろ。……“燐焔招来術”」

ゴウゥウン!!

白夜王「~ッ!! グブッ! ギャァァアアアア!!!」

蒼魔の刻印王「良いぞ、王よ。必死になれば
 踊りも出来るではないかっ! まるで弾けるマメのようだっ!」

836: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/25(金) 20:29:00.62 ID:W1zfwn6P
カッカッカッ! バタン!

蒼魔騎兵「上級将軍っ! 城内の反抗勢力の掃討、
 終了いたしましたっ!」

蒼魔上級将軍「続いて都市制圧に合流せよ!
 人間どもは建物に押し込めろ。後で奴隷にする大事な財産だ。
 ただし反抗するのならかまわん。見せしめとして処刑せよ!」

蒼魔騎兵「ハッ!」

蒼魔の刻印王「ふんっ」
蒼魔上級将軍「どうされました? 刻印王よ」

蒼魔の刻印王「退屈だ。人間とはこんなにも弱いのか」

蒼魔上級将軍「もっとも弱い部分を着くのが
 戦の常道ではありませんか」

蒼魔の刻印王「ふむ。それもそうだな。
 ……ここは人間界。得物はいくらでもいるのであったな。
 まずは足場を整え、それからゆるり、という具合にゆくか」

蒼魔上級将軍「はっ」

蒼魔の刻印王「協約の相手は?」

蒼魔上級将軍「地上界最大の氏族、聖王国と、
 その背後にある教会組織でございます」

蒼魔の刻印王「今しばらく一般兵には伏せよ。死にものぐるいに
 なって貰えば、戦の展開が楽というものだ」
蒼魔上級将軍「はっ」

蒼魔の刻印王「隣国は鉄の国と云ったな?
 この国の掌握が終わり次第、時を移さず攻略に移るぞっ」

蒼魔上級将軍「御意にございますっ」

924: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/26(土) 14:12:40.92 ID:pLtZgbkP
――椚の国、街道沿いの農地

奏楽子弟「……ひどいね」
メイド姉「ええ」

ぎゃぁっ! ぎゃぁっ!

奏楽子弟「鴉があんなに。あれは……」
メイド姉「荼毘です」

奏楽子弟「え?」

メイド姉「葬儀通報人が立っていませんから、
 おそらく農奴なのでしょう……。
 家族だけで葬っているんです」

奏楽子弟「農奴って?」
メイド姉「農作業を行わせるための、奴隷に似た存在ですね」

奏楽子弟「この世界は奴隷がいるのっ!?」

メイド姉「そうです。……今まで通ってきた村や畑にいた
 殆どの人間がそうですよ? 事に北のほうでは開拓民が
 少ないですから、余計に割合が多いんです」

奏楽子弟「……っ」

メイド姉「怒らないでください。詩人さん」

奏楽子弟「なんで……っ」

メイド姉「怒ってもあの人達は救われない。
 わたし達は誰も幸せにならないんですから」

926: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/26(土) 14:14:38.60 ID:pLtZgbkP
奏楽子弟「でもっ」
メイド姉「怒っちゃダメですよ」

奏楽子弟「……」

メイド姉「わたしも農奴の家に生まれて、農奴でした」
奏楽子弟「え?」

メイド姉「わたしと妹は逃げ出して、運が良く……
 本当に奇跡に近いほど恵まれた幸運で、
 助けてくれる当主様に拾われました。
 当主様の家で仕事を覚え、読み書きや算術も教えて頂きました。
 わたしの生まれは、本当はとても卑しいんです。
 お父さんもお爺ちゃんも名字なんてありません。
 わたしが名乗ってるのだって、当主様がくれた名前ですもの」

奏楽子弟「……」

メイド姉「詩人さんが怒ってくれているのは
 わたしや他のみんなのため。
 代わりに怒ってくれているんですよね。
 それは嬉しいのですが、多くの人々にはそれも判らないんですよ。
 農奴って云うのはやはり奴隷だって事や
 それがどんなに悲しいことか判らないんです。
 だって生まれた時から農奴なんですから。
 それ以外のことを何にも知らないで過ごしてきたんですから」

奏楽子弟「そんなの、ないよ……」

メイド姉「でも、現実はそうなんです」

奏楽子弟「……」

927: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/26(土) 14:16:23.11 ID:pLtZgbkP

メイド姉「泣きそうな顔をしないで下さい」
奏楽子弟「うん……」

メイド姉「詩人さん」
奏楽子弟「ん……」

メイド姉「歩きながら歌える、格好良い曲を教えてくださいよ」
奏楽子弟「……どうして?」

メイド姉「せっかく旅の道連れになったんですもの。
 歌の一つや二つは覚えたいです。
 それに、この人達は本当に日々の楽しみがないんです。
 どうせなら悲しい曲じゃなくて、逞しい歌がよいです」

奏楽子弟「うん……」

メイド姉「怒る代わりに、彼らに一曲プレゼントしてください」

奏楽子弟「わかった。――これはね。
 獣……を使うのが上手な、荒野の戦士の一族の、
 お酒の歌なんだよ。
 暴れ者のくせに涙もろい連中の歌なの。
 
 ~♪
 酒をめぐりて相逢へる
 親しき友のよろこびと
 恋され恋する若人の
 互いに寄り添ふよろこびよ。
 ああ、あまつさへ時は春、
 華の王なる春なれば
 花は紅、葉は緑、
 世はいみじくも薫りたり。
 いざ奮ひたて、すこやかに、
 葡萄の酒を乾す者よ、
 今ぞこの地は天の国
 香も馨はしき水の流るる」

928: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/26(土) 14:17:58.21 ID:pLtZgbkP
メイド姉「花は紅、葉は緑――」
奏楽子弟「うん」

メイド姉「素敵な歌ですね。わたしは大好きです。
 大地は、こんなにも綺麗ですもの」

奏楽子弟「酔っぱらった良い大人がわんわん泣いたりしてね」

メイド姉「ふふふっ」
奏楽子弟「春なのにね」

メイド姉「ここはなかなかに貧しいところなんです。
 春には小麦が収穫できるはずですが、
 今年はさほど出来が悪かったわけでもないのに、
 様々な要因で一向に値段が下がりません。
 
 今はよいです。
 春ですから、最悪森に入ればキノコでも野草でもありますし、
 キャベツやにんじん、豆もあります。
 でも、食料を保存しなければ飢える秋までこのままだと
 この冬は多くの餓死者が出るかも知れませんね」

奏楽子弟「……なんだか、辛いね」
メイド姉「ええ」

奏楽子弟「何でこんなに辛いのかな」
メイド姉「……」

奏楽子弟(何でわたしはこんなに胸の内が、
 どろどろでぐつぐつとしているんだろう……)

メイド姉「市門が見えてきましたよ」

930: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/26(土) 14:34:59.07 ID:pLtZgbkP
――椚の国、街道沿いの中都市

門衛「騒ぎはおこすなよ」

奏楽子弟「はい、もちろん」にこっ
メイド姉「ありがとうございます」

とっとっと……

メイド姉 じぃっ
奏楽子弟「どうしたんだ?」

メイド姉「いえ、こう言う時は本当に
 旅慣れていらっしゃるな、と思って」

奏楽子弟「あ、それはね。
 そりゃこの地方の知識は少ないけれど、
 詩人と云えば旅だよ。旅歩いて詩想をえないと。
 だから馴れてるのよ」

メイド姉「そうですよね」にこっ
奏楽子弟「今晩はこの街で?」

メイド姉「えーっと。まだ昼前ですよね。
 少しお金を稼ぎたいと思うんですけれど……」

奏楽子弟「どうやって?」
メイド姉「代書をしようかと思います」

奏楽子弟「代書って何?」

メイド姉「代わりに書くんですよ。……文字を書ける人は
 あんまりいませんからね。それから、文字を書くついでに
 相談事にも乗ります」


931: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/26(土) 14:40:14.09 ID:pLtZgbkP
奏楽子弟「相談事って?」

メイド姉「代書屋が書くのは主に手紙や書類なんですけれど
 そういうのって、普段みんなの生活にはあまり縁が
 深くないんです。
 たとえば、領主様へのお願い事を書面で出したい時に、
 もちろんお願いしたいことは
 依頼してくる人が考えるんですけれど、
 どうやって書けばお願いを聞いてくれそうか
 相談に乗ったりするんですよ。
 
 息子さんが兵隊で、遠くからやってきた手紙を読んで欲しい
 おばあさんと、返事の内容を考えたり。
 
 時には浪漫的な恋文の代筆をしたりもします」

奏楽子弟「そういうのは、わたしも得意ね!」

メイド姉「そう言う時には一緒に書きましょう」

奏楽子弟「そうだね! でも、代書って随分いろんな
 専門的な知識がいるのではないの? 良くできるね」

メイド姉「なんとなく。あはっ。旅に出てから覚えたんです」

奏楽子弟「そっか。でも、出来るなら良いよね。
 それってどうやればいいの?」

メイド姉「どこかで教会を探して、
 その敷地内でやらせて貰うんですよ。
 ……ああ、あそこに見えますね。ほどよい大きさの教会です」

奏楽子弟「あんまり大きくないけれど、良いの?」

メイド姉「大きすぎると、この街に住んでいる代書屋の人と
 仕事がかち合ってしまいますからね。
 あれくらいが丁度良いと思います」

奏楽子弟「ふぅん」

932: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/26(土) 14:41:43.33 ID:pLtZgbkP
さくっ、さくっ

メイド姉「済みません、この教会の方ですか?」
助祭「はい、そうですが」

メイド姉「わたしは旅の学者でして。はじめまして。
 この教会で礼拝させて頂くと共に、
 心細くなった路銀を稼ぐために、
 今から夕刻までの間、しばらくここの敷地で
 代書をさせて頂きたいと考えています。
 こちらはわたしの連れで、旅の吟遊詩人」

奏楽子弟 ぺこり

助祭「これはお美しい二人連れですね。
 わかりました、精霊の庭はいつも開かれています」

メイド姉「ありがとうございます。これは少ないですが
 心ばかりの喜捨、感謝の印です」

チャリンチャリン……

助祭「ほほう。感心ですね!
 あちらに古いですが頑丈な木挽きテーブルがあります。
 そちらでなさられると良いでしょう」

メイド姉「ありがとうございます」ぺこり

助祭「そちらの方は……」
奏楽子弟「はい?」

助祭「見かけない髪の色ですね。それにどことなく……」

934: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/26(土) 14:51:56.63 ID:pLtZgbkP
メイド姉「彼女は遠く東南から旅をしてきたんですよ。
 深い森の中で歌と踊りをこよなく愛する民の出身なんです。
 えっと……森ガ族でしたよね?」

奏楽子弟 こくこく
助祭「そうですか。……ふむ」

メイド姉「旅の途中で彷徨う我らは、信仰に迷った子羊と同じ。
 精霊様の慈悲は、遠方の者であるほどに暖かく
 照らしてくださると信じます」ぺこり

助祭「……まぁ、良いでしょう。しっかり励んでくださいね」
メイド姉「重ねてお礼を申し上げます」

さくっ、さくっ

奏楽子弟「えっと、その……さ」

メイド姉「はい?」

奏楽子弟「よくまぁ、あれだけと都合良い言葉がつるつると。
 役者に向いてるかも知れないよ? メイド姉は」

メイド姉「あはっ。……わたしの兄弟子の一人が
 ものすごい洒落者でして。彼に教えて貰ったんですよ」

奏楽子弟「ふぅん。弟子?」

メイド姉「ああ。当主様は、教師をしていたんです。
 拾って頂いたお屋敷ではたらきながら、ほんのちょっぴり
 色んな事を教わったんですよ」

奏楽子弟「そっか……。どこかで聞いたような話」

メイド姉「そうなんですか?」

933: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/26(土) 14:45:47.85 ID:pLtZgbkP
奏楽子弟「さっきの、森ガ族って……」

メイド姉「ああ。ちょっぴり嘘をついてしまいました。
 後で精霊様にお詫びしなければなりませんね。
 でも、ひとを出身地で判断したり、
 見かけで決めつけたりするのは良くないことですよ。
 精霊様だって判ってくれます。
 
 詩人さんは、髪の毛の色が素敵な金枯れ葉色だし
 お耳がちょっぴり長くて異国風ですからね。
 きっとビックリしてしまっただけですよ。
 
 気にすることはありません」

奏楽子弟「あのさ。もしかして、メイド姉は……
 わたしが……その」

ザクっ

老婆の市民「代書を頼んでもよいかね?」

メイド姉「あ。早速お客さんです」

奏楽子弟「わたしは何をすればいい?」

メイド姉「お客さんの呼び込みです。静かで、落ち着いて
 リラックスできるような楽曲を
 そちらで休みながら奏でてくれれば」

奏楽子弟「わかったよ」
メイド姉「頑張りましょう!」

938: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/26(土) 15:08:25.00 ID:pLtZgbkP
――大空洞建築現場、作業所

土木子弟「現場はどうだ?」

人魔族作業員「6番までは無事です!」
人夫「7番の橋は、手すりが一部破損」
巨人の作業員「石橋は……予備石が……くずされた」

土木子弟「けが人とかは?」

人魔族作業員「今、宿舎で手当をしているけれど、
 転んで頭を打ったり、手を切ったり程度で問題はなさそうです」

人夫「ありがたかったな」
巨人の作業員「おう……」

土木子弟「うん、報せに飛んできてくれた妖精族のお陰だ」

人魔族作業員「でも、橋は無事ですけれど、
 現場はめちゃくちゃですね」

人夫「これだけの軍団が通る想定の道じゃないから」
巨人の作業員「まだ……完成もして……なかった」

土木子弟「よーし! 全員撤収だ!!」
人魔族作業員「え?」

人夫「まだまだ陽は高いですよ!?」

939: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/26(土) 15:11:31.67 ID:pLtZgbkP
土木子弟「作業は明日からだ!
 どっちにしろ、多分この報せは街にも届いている。
 中年商人さんは飛んでくる。
 飯も持ってきてくれるさ。
 こう言う時には、腐った気分が敵だ!」

人魔族作業員「は、はいっ」

土木子弟「宿舎に戻るぞ。今日の夜飯は外で食おう。
 大鍋一杯に、馬鈴薯汁を作ろう。肉も野菜もたっぷり入れてな。
 今日は一人三杯までの酒を支給するぞー」

人夫「おおー! 太っ腹だ、大将!」

巨人の作業員「わかった……おら、うれしぃな!」

土木子弟「よーし。手分けをして、そこらの手荷物だけ
 持って帰ろう。怪我した連中へ見舞いもするぞ」

人魔族作業員「わかりました!」
人夫「がってんだ!」

巨人の作業員「おらぁ、荷車……もってくる」

タッタッタ、ダッダッダ、ドスドス

土木子弟(ふぅ……。気持ちが落ち込まなきゃ、
 身体はまだまだ動く。明日は一日片付けにあてて、
 それから作業再開だ。一気に石橋をかけ終えるぞ)

土木子弟(それにしても。宴会か……。
 なぁ、奏楽子弟。お前、今何をしてるんだ?)

941: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/26(土) 15:34:04.60 ID:pLtZgbkP
――冬の王宮、執務室

冬寂王「なんだとっ!? まさか、一夜にして……っ」
将官「そんなっ……」

伝令「白夜城、陥落との報せですっ」

どさっ

冬寂王「判った、下がれ」

伝令「はっ!」

だっだっだっ

冬寂王「……」
将官「冬寂王、至急鉄の国、冬の国へ連絡を。
 三ヶ国通商の守りを固めなければっ」

冬寂王「それでは遅い」
将官「え?」

冬寂王「軍使っ! 早馬を引けっ!」

軍使「はっ!」

冬寂王「冬越し村へ使者を派遣! 当主にお伝えしてくれ。
 白夜の国、その城が魔族の攻撃により陥落、と。
 それだけであの方は理解し、動いてくれる」

冬寂王「将官っ!」

942: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/26(土) 15:35:59.30 ID:pLtZgbkP
将官「はっ!」

冬寂王「わたしは騎兵150を率いて出るっ。
 行き先は鉄の王国、王宮っ。
 以降、三ヶ国通商会議の本部は鉄の国に移す。
 この状況下で、戦場と本部の距離を開けすぎるのは致命的だ。
 時間のロスがそのまま敗北につながりかねん。
 その方は至急軍をとりまとめよ、領内の巡回衛視を再編成し、
 監視と巡回をなるべく減らさずに、歩兵1500を抽出せよ」

将官「はっ!」

冬寂王「抽出、集合が終わり次第、鉄の国へと向けて出発。
 どれくらい掛かるっ?」

将官「三日後には出発できるかと」

冬寂王「急げよ。季節は春だ。装備は軽くなるだろう。
 輜重部隊の編制を商人子弟に一任せよ。
 歩兵部隊は最低限の糧食を携帯し速度重視で鉄の国へと入れ。
 伝令を目的として少数の騎馬部隊を編制するのも忘れるな」

将官「承りましたっ」

冬寂王「我は鉄の国へと向かう。
 連絡、編制、万事抜かるなっ!」

将官「はっ!」
軍使「了解いたしましたっ!」

冬寂王「魔族……。どのような符号なのだ、これは」

961: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/26(土) 17:29:03.70 ID:pLtZgbkP
――湖の国、首都、『同盟』作戦本部

同盟職員「作戦開始、ですか?」
同盟職員娘「本部職員揃っています」

留守部長「ああ」

同盟職員「次なる目標は」
留守部長「今度は静粛さが必要だ」

同盟職員娘「鉄、ですか」

同盟職員「最近相場が上がっていますね」

留守部長「おそらく中央、聖王国が戦争準備として
 武器の買い付けを始めている。その動脈を押さえる」

同盟職員娘「そうなると、資金が……」

留守部長「委員会から予算が出ているよ。
 ……おおよそ4500万を予算とする」

同盟職員娘「麦に比べれば小規模ですね」
同盟職員「そもそも鉄自体が効果で流通量が少ないからな」

留守部長「それと同時に石炭を押さえる」
同盟職員娘「あんな代替え燃料ですか? 木炭じゃないんですか?」


963: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/26(土) 17:30:18.37 ID:pLtZgbkP
留守部長「いや、これも委員会からの指示だ」
同盟職員娘「どうやら何か嗅ぎつけてるみたいですね」
同盟職員「情報、取ってみます」

留守部長「早馬を使えよ」
同盟職員「はいっ」

留守部長「石炭につけては採鉱権を勅書の形で押さえ
 足止めをかけてゆけ。交渉担当を北方に回せ」

同盟職員娘「了解」

ガチャッ。タッタッタッ

同盟職員「戦争、起きますかね」ポツリ
留守部長「だろうな」

同盟職員「俺たちには止めることは出来ないすか」

留守部長「戦争ってのは、同意が必要ない。
 つまり、片方が、自分以外を殴りつければ戦争だ。
 参加者の中に一人でも戦争をしたいやつが存在すれば
 戦争は起きる。元から非対称な行為なんだよ」

同盟職員「はい」

留守部長「俺としちゃあ、あの若い委員様は結構気に入ってる。
 無理なのは判った上で、それでも諦めないで進むからな。
 戦争を止めることそのものよりも
 止めようとしてみる、って事はあるいは重要かも知れないぜ」

967: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/26(土) 17:55:41.17 ID:pLtZgbkP
――楡の国、地方都市、貴族領

弱小貴族「今年の分の税を速やかに納めよっ」
中年騎士「……」

有力地主「それはこちらも云いたいっ。
 このような収穫税をとられては、
 全ての農奴が飢えて死んでしまうっ」

弱小貴族「不当な税を取り立てたわけではない」
有力地主「しかし、今年のような不作では温情を……」

弱小貴族「だまれっ! 何が不作だ! どの所領でも
 多くの小麦、大麦が稲穂をたれていたではないかっ」

有力地主「我が領地にはおいては井戸が涸れ……」

弱小貴族「誰がそのような言葉を信じるっ。」
中年騎士「ははっ」

有力地主「……事実でございますっ」

弱小貴族「何を戯れ言を。
 貴様は去年の冬にはすでにこの春の小麦を売り払い、
 多額の金貨を得ていたのであろう」

有力地主「それは……」
弱小貴族「それを不作であるとはごまかしをするなっ」

有力地主「それでは、先ほどから申し上げるとおり……」

968: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/26(土) 17:56:38.04 ID:pLtZgbkP
弱小貴族「なんだ? ん」
有力地主「今年分の納税は、作物ではなく金貨で……」

弱小貴族「まぁ、よかろう」
有力地主「そうであるならお支払いできます。
 早速金貨1500枚を手配しまして」

弱小貴族「何を言っているのだ? 租税は金貨4700枚であろう?」
有力地主「は?」

弱小貴族「4700枚だろう? この書状にあるとおり」

有力地主「しかし、それは旧金貨ではありませんか。
 新金貨はご存じの通り、旧金貨3枚分の価値があり……」

弱小貴族「そのようなことは話しておらぬ。
 新旧など、どこの証書に書いてある。
 布告どおりお前の持つ土地の面積における租税は
 “金貨にして4700枚”だ」

有力地主「領主殿は我らが農民に死ねと仰るかっ!」

弱小貴族「都合の良い時だけ弱者面するでないわっ!」ダムンッ

有力地主「そのようなことを仰られても、
 税が足りなければ中央に送るまいないにも事欠きますぞ?
 我らは結局一蓮托生。払う意志はあるのです、
 ただその額を再考願いたいと……」

弱小貴族「くどいっ」 ジャキッ!!

有力地主「ヒィッ!」

969: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/26(土) 17:59:10.84 ID:pLtZgbkP
中年騎士「領主どの、お待ちあれ」
弱小貴族「ちっ」

中年騎士「このような輩、斬り殺したところで何にもなりませぬ」
有力地主「ひぃっ。騎士殿、お助けをっ!」

弱小貴族「ならばなんとするっ」

中年騎士「このような状況は、友領でも聞くところ。
 解決する方法は、もはや一つしかないと存じます」

弱小貴族「……それは?」

中年騎士「侵攻です。海岸線沿いに冬の国へと入り略奪を行う」

弱小貴族「それでは野盗ではないかっ!」

中年騎士「野盗にやらせれば宜しい。
 我々はそれを黙認して、上がりを得る。
 これは盗みではない。私掠です。
 野盗ではなく、私掠団と名付けるべきかと考えます」

有力地主「それならば……」

弱小貴族「ふむ」

有力地主「わたし達の土地にも、多くはありませんが野盗が
 出没します。彼らを手懐け、その騎馬が背教者の国へ向き
 その上なお儲かるということであれば……。
 彼らの武装などに関しては援助しても良いかと」

弱小貴族「ふむ。一考の価値がありそうだな。
 話をつけられそうか?」

中年騎士「早速、無法者の一団に渡りをつけましょう」

979: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/26(土) 18:44:17.34 ID:pLtZgbkP
――聖王都、辺境の村、村はずれの小屋、深夜

メイド姉「……」

奏楽子弟「ん……ぅ……」

奏楽子弟(ううっ。うにゅ……。まだ……深夜?)

メイド姉「……」

奏楽子弟(メイド姉さんってば起きてるのかな……)

メイド姉「……くっ」ぽろり

奏楽子弟(泣いてるの……?

メイド姉「……。っく……。……ううっ」ぽろぽろ

奏楽子弟(なんで……?)

メイド姉「……ごめん……なさ。……わたしも……おなじなのに」
奏楽子弟(……)

メイド姉「……っく。……むしは、だめ。足で、手で……。
 這ってでも……。だって、止まっちゃだめだから……」

奏楽子弟(……メイド姉さん)

980: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/26(土) 18:46:10.20 ID:pLtZgbkP
――聖王国辺境、秘密の場所、光の子の村

光の軍兵少尉「行軍はじめっ!」

 ザッザッザッ!!

光の軍兵少尉「構えっ!」

 ジャギッ!

壮年農奴兵士「……ん」
少年濃度兵士「よしっ」

光の軍兵少尉「撃てぇ!」

スダン! ダン! ズダダーン!!

光の軍兵少尉「下がれっ! 清掃と、装填急げっ!」

聖王国将官「どうだ?」

光の軍兵少尉「はっ。順調に訓練は進めておりますっ」

聖王国将官「結果は出ているか?」

光の軍兵少尉「行軍訓練では、一日4里を目標にしております」
聖王国将官「ふむ」

光の軍兵少尉「いかがでしょう」

聖王国将官「もう少し鍛えてみよう。
 通常速度としては問題ないが、
 戦場では速度が死命を決することもある。
 重装備をさせて8里を二日連続で課してみよ」

981: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/26(土) 18:49:22.69 ID:pLtZgbkP
光の軍兵少尉「はっ。達成できない場合は死罰を?」

聖王国将官「いいや、これは訓練だ。
 しかし、中隊編制において目標を達成できた隊には
 2日の休暇を与えよ。
 一度最大距離記録を作らせておけば、
 いざという時のよりどころにもなるだろうさ」

光の軍兵少尉「拝命いたしましたっ」

聖王国将官「射撃訓練のほうはどうだ」
光の軍兵少尉「はっ。こちらはそのぅ」

聖王国将官「問題でもあるのか」

光の軍兵少尉「支給されるブラックパウダーの量がきびしく」
聖王国将官「予想はされていたが……」

光の軍兵少尉「整備訓練などの時間は取れるのですが、
 実際の整備もやはり発砲直後に行われるわけですし、
 今少しのパウダー支給を上申したく思います」

聖王国将官「わかった。約束は出来ぬが、諮ってみよう」

光の軍兵少尉「ご厚情に感謝いたしますっ」

聖王国将官「おい」

光の軍兵少尉「はっ?」

聖王国将官「この村はこの近郊では、一番の成績を上げている。
 そう言って、夕食に少し色をつけてやれ。実際成績は良い。
 農奴達に光の使徒としてのプライドを持たせないとな」

光の軍兵少尉「はっ! ますます一層励むでありましょう」ビシッ

986: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/26(土) 19:24:18.51 ID:pLtZgbkP
――鉄の国国境付近峠

斥候「接近中! 騎兵約2000!」

軍人子弟「2000……」
鉄国少尉「少ないですね」

軍人子弟「情報に寄れば、白夜城を攻略した魔族は総数約3万弱。
 目撃に寄れば十分な騎兵を備えていたとも聞くでござる。
 2000とはいかにも少ないでござるが……」

鉄国少尉「しかし、我らにとっては好都合ではないですか」

軍人子弟「……」
鉄国少尉「どうされました?」

軍人子弟「距離は? どれくらいで会敵するでござる?」

斥候「峠二つをはさんでいます。およそ5時間後には!」

軍人子弟「他の防衛戦にも変事、襲撃の確認をっ!」
鉄国伝令「はっ!」

斥候「斥候に戻りますっ」

軍人子弟「頼んだでござるよ」
鉄国少尉「……」

軍人子弟「これは、おそらく威力偵察でござるね」
鉄国少尉「威力偵察?」

軍人子弟「意図的に小規模な交戦を行い、
 敵の能力や装備、戦術の情報を収集する手法でござるよ。
 一晩で白夜城を陥落させたとの情報でござったが、
 どうやら油断や思い上がりはしてくれていないようでござるね」

987: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/09/26(土) 19:25:57.84 ID:pLtZgbkP
鉄国少尉「と、なるとあの部隊は被害を押さえて?」

軍人子弟「退くでござろうね。
 もっとも魔族の云うところの“被害を押さえる”が
 我らで云うところの殲滅戦に匹敵する可能性も、
 ないではないでござるが」

鉄国少尉「5時間ですか……」

軍人子弟「そこまでの時はないでござろう」
鉄国少尉「……」

軍人子弟「投石機は?」
鉄国少尉「そりゃ、一個二個は持ってきてあるはずですが」

軍人子弟「投石機準備っ!」
鉄国少尉「こんな峠でつかったら崖崩れの恐れもありますよ!?」

軍人子弟「かまわんでござるよ。我が国の軍は
 世界一道路を作り馴れているでござろう?」

鉄国少尉「そんなところばっかり優れていてもなぁ」

鉄国兵士「準備できましたっ。どちらへ運びますか?」

軍人子弟「前へ押し出すでござる。目標は右の崖!
 崩しても構わんでござる。林ごと埋め立ててしまうつもりで
 準備でき次第投石開始!」

鉄国兵士「はっ!」

鉄国少尉「荒っぽい守りですね」
軍人子弟「こちらの覚悟をみせるでござる。
 今回の戦、白夜国の全土が魔族の手に落ちた以上、
 このような国境では決着がつく事はあり得ないでござる。
 小競り合いで兵力を消耗するは愚策でござるよ」

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