65: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/08(日) 00:10:20.35 ID:EFPdgVwP
――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、後方戦線

ザァァァァアア……

 聖王国将官「負傷者を優先して大天幕に運び入れろっ!」

斥候兵「現在、連合軍は約半里ほど撤退、野営陣地内部にて
 待機をしているものと思われます」

王弟元帥「……4000か」
参謀軍師「申し訳ありません」

王弟元帥「ずいぶんとやられたものだな。雨か?」
参謀軍師「はい。判っては今したが、ここまで脆弱化するとは」

王弟元帥「意識するにせよ、しないにせよ、マスケットに
 頼り切った軍編成になっていたと云うことだろう。
 わたしも、そして兵の一人一人もだ」

参謀軍師「マスケットの火薬は湿らぬように至急運び入れ
 させましたから、明日以降にでも挽回は可能かと」

王弟元帥「……」

参謀軍師「どうされました?」

王弟元帥「いや、なんでもない。それより、敵の新兵器だと?」

参謀軍師「はい。どうやらその数は多くないようでして、
 おそらく30前後、100は無いかと思うのですが。
 マスケットに似た武器だと思われます。
 ただ、その射程はマスケットより遙かに長く、
 二倍を下回ることはないかと」

王弟元帥「やってくれるな」
参謀軍師「はい。この情報は伏せさせておりますが」

王弟元帥「それに、装甲された馬車か。銃の特性をよく判っている。
 敵の将は女騎士だったのか?」

参謀軍師「いえ、最前線で指揮をしていたのは
 まだ若い鉄の国の護民卿を名乗るものでして」

王弟元帥「ふっ。……貴族や王どもが目の前の餌に釣られて、
 あの開門都市の強固な防衛軍に雨の中突撃を繰り返している間に
 その後方では南部の新しい才能が指揮を執るか。
 ……皮肉なものだ。中央諸国と南部連合の勢いの差を
 暗示するようではないか」

66: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/08(日) 00:12:31.55 ID:EFPdgVwP
ばさりっ

聖王国将官「再編成を進めさせております」

王弟元帥「判った。被害の総数がより詳しく判れば、報告せよ」
聖王国将官「了解いたしましたっ!」

王弟元帥「戦闘に参加した
 将兵に十分に休みを取るように伝えさせよ。
 中央に派遣した近衛が順次食料と、暴徒化しそうな
 銃兵や貴族の私兵を送ってくる。
 聖王国の騎士を隊長に据えて仮設で良いからどんどん
 新造部隊を作ってしまえ。時間がないぞ」

参謀軍師「急ぎでしょうか?」

王弟元帥「今晩中だ。夜を徹して作業を続けさせよ。
 名簿を作り、腕布でも任せて識別させるのだ。
 天幕は余剰があったはずだな?
 新規参加させた部隊は当面の間全て工兵として扱う。
 天幕を作らせ、食糧配給をさせるのだ。
 新しくやってきた兵には今晩は眠らせるな。
 へとへとになるまで働かせ、飯を食わせるのだ。
 余計なことを考えているようではつとまらんぞ、とな」

参謀軍師「了解いたしました……」
 (しかしそのための糧食すら足りるかどうか……」

ばさりっ

王弟近衛兵「中央陣地から、雨にずぶ濡れの兵が
 押し寄せてきています」

王弟元帥「受け入れろ。手配は参謀殿がするさ。
 このままでは軍の指揮系統が瓦解する。指揮系統の再編を急げ」

参謀軍師「どこまでたががゆるんでいるのですか」

王弟元帥「欲望にも飽和限界があると云うことか。
 ふっ。色々なことを学ばせてくれるものだ。
 中隊長以上を集め、二人ずつ我が元へ。
 本日の戦場の様子と遠征軍内部の諸事情を聞き取りたい。
 ――どうやら転換点に差し迫っているな。頼んだぞ」

71: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/08(日) 00:17:26.94 ID:EFPdgVwP
――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、最前線、王族の天幕のひとつ

ザアアアアアアア

霧の国騎士「灰青王っ! 灰青王っ!」
灰青王「怒鳴らなくても、聞こえるさ」

霧の国騎士「どうなさったんですか、このうち身はっ。
 あの戦闘の中で見失い、わたしは、もう本当に王とは……。
 会えないものかと。……灰青王っ!」

灰青王「男がピィピィわめくな。みっともない」

看護兵「見た目ほど、ひどくはありません。
 折れている骨はございませんし。ただ、健や筋肉が
 ひどく痛めつけられ、伸びてしまわれていますから。
 数日の間はひどくお痛みになるでしょう」

霧の国騎士「いったいどこに……。それに何がっ」

灰青王「俺が前線にいては都合の悪い輩がいたのさ」

霧の国騎士「魔族がっ」
灰青王「さぁて」

霧の国騎士「すぐにでも、このことをふれて、そして軍議の準備を」
灰青王「やめろ」

霧の国騎士「は?」

灰青王「俺の帰還は、伏せろ。
 長い間じゃない、せいぜい明日までだ」

霧の国騎士「宜しいのですか?」

灰青王「ああ。私事さ。私事ではあるが……。
 どうなんだろうなぁ、大主教さんよ。
 あんたのも私事なんじゃねぇのかな?
 ……だとしたら、おれが私事で動いていけないという
 そういう道理も、有りはしないよな」

霧の国騎士「は?」

灰青王「いいや。誰にだって、
 譲れないものは一つくらいはあるって話さ」

73: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/08(日) 00:27:01.39 ID:EFPdgVwP
――開門都市、南側、瓦礫にまみれた廃屋

ザアアァァァ……

勇者「なんだよ、それ……」
魔王「勇者は、終わりってなんだと思う?」

勇者「……終わり?」

魔王「うん、そうだ。
 “終わり”ってなんだろうな?
 わたしは“丘の向こう”が見たかったけれど、
 “丘の向こう”は“丘の向こう”であって“終わり”じゃない。
 “終わり”というのは、文字通り、お終いのことだ。
 その先がない。
 全ての結末であると云うこと。
 多分、わたしにとって、最初の終わりは、
 勇者との出会いだったんだと思う。
 魔王城の大広間で、勇者を迎えた。
 勇者は炎のような瞳でわたしに剣を向けたよな。
 ……あれが、多分、“終わり”の一つの形」

ザアアァァァ……

魔王「勇者の剣がこの胸を刺し貫いて、わたしは息絶える。
 それがあり得た終わりの一つの形だったんだ。
 それを、魔法使いにも言われた。
 あそこで終わるのが、あり得るべき本来の形だった、とね。
 でも、わたしはそれを否定して、
 そんなのじゃない明日を探して、勇者と旅をした。
 色んな事をしたな……。
 農業の技術改革、畜産の振興、羅針盤の改良と
 風車や水車などの機械導入。
 馬鈴薯、玉蜀黍などの新しい作物の栽培指導。
 紙を作ると云うこと、教育への提言。
 メイド姉が自由主義を唱えて、
 魔法使いが種痘の技術的供与を行なってくれた。
 そのほかにも、商人子弟は官僚制度を、
 貴族子弟は中央諸国との関係改善を
 軍人子弟は民兵組織や塹壕千などの軍事技術を。
 その間にも、魔界では忽鄰塔の穏やかな改革による
 間接的な民主主義を実験してきた。
 さらには公共事業や銀行の概念、土木事業の充実まで。
 勇者と二人は嬉しかった。
 勇者と二人は楽しかった」

勇者「うん」

78: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/08(日) 00:32:00.39 ID:EFPdgVwP
魔王「わたしが目指した“丘の向こう”は、
 前にも云ったけれど、殆ど見たよ。
 冬越しの村は胸が温かいという気持ちを
 わたしに教えてくれた。
 開門都市は人間と魔族の新しい可能性を
 わたしにそれを見せてくれたと思う。
 でも、わたしは欲深いから、丘を登れば
 次の丘にも登ってみたくなる。
 次の、その次のあの向こう側も知りたくなる。
 
 丘の向こうには新しい明日があり、そこには様々な技術がある。
 技術は人々を幸せにしてくれる。
 でも、そうして生み出された技術、
 例えば農業の技術は多くの生産物を産みだし、
 余剰な人口を支えることを可能として、
 溢れた富はさらなる欲望を喚起した。
 火薬の技術は軍事的な野心を解放して、
 こんな大遠征の群馬でも引き起こしてしまった。
 とても沢山の人が死んでしまった……」

勇者「うん」

魔王「後悔は一つもしていない。
 だって勇者にも云ってもらった。
 一緒に行こうぜ、って。
 だから後悔はない……。
 この胸の痛みは、後悔ではない。
 最初にしたこと――農業改革や馬鈴薯、玉蜀黍で
 人を沢山救えたと思う。種痘も良かった。
 まだ十分に広まったとはいえないけれど、
 あれで救われる死者は数え切れないほどだろう。
 みんなも喜んでくれたし、その笑顔が嬉しかった。
 でも、だんだんと歯止めが利かなくなって、
 制御を外れていくんだ。
 良いことをするために考えた方策や技術が、
 結果として災厄を引き起こす。
 その災厄を回避するために考えた新しい技術が
 より大きな災厄を招いてしまう。
 感謝されたくて始めたことではないけれど
 あの笑顔を裏切るのは身を切られるようだ。
 なんでわたしはこんなに弱くて、
 贅沢になってしまったんだろうって。
 勇者はそれでも良いって言ってくれるけれど、
 それでも……」

勇者「それでも」

魔王「それでも、どこかで終わりはやってくる。
 だって、終わりのないものはないから」

80: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/08(日) 00:35:21.97 ID:EFPdgVwP
勇者「……」

魔王「だから、内緒にしてたけれど云わなければならない。
 この『開門都市』に終わりがある。
 魔王に遺伝記憶で伝わる古い命令だ。
 ――この都市の地下祭壇に勇者の骸を備えて、
 天への橋を架ける」

勇者「その橋を渡りきった先には始原の人がいる。
 胸に秘めた願いをつげて、光の彼方へ旅立つべし」

魔王「勇者……」
勇者「俺も勇者だから、そのことは知ってたよ。
 俺たち二人が戦わないと、“伝説”は終わらない」

魔王「そうか、……勇者も知っていたのか」

勇者「でも、俺は戦うつもりはないからな」
魔王「わたしにだって戦うつもりはないっ」

勇者「こっちはいざとなれば命を投げ出す覚悟ぐらいある」
魔王「わたしだってそうだ」

勇者「魔王が塔を登るべきだ」
魔王「勇者が精霊に会うべきだろうっ」

勇者「判らず屋」
魔王「勇者こそっ――いいや、待とう。話が混乱している。
 目下の問題点は、開門都市を包囲している遠征軍ではないか」

「……違う」

勇者「魔法使い!?」
魔王「魔法使いの声」

「それは、違う」

82: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/08(日) 00:39:24.33 ID:EFPdgVwP
勇者「何が違うんだ?」

「……開門都市を包囲している遠征軍は、確かに問題。
 でも、それは魔王の問題ではない。魔族と人間の間にある問題」

勇者「だったら俺だって魔王だって当事者だ」
魔王「そうだぞ」

「……それはつまり、関係者の一人に過ぎないということ。
 全てを背負い、解決しようとするのが、すでにして、間違い」

ひゅぉんっ

女魔法使い「……」こくり

勇者「そんな理屈、あるかよ」
魔王「どういうことなのだ」

女魔法使い「……遠い昔、一人の女の子がいました」

勇者「?」 魔王「?」

女魔法使い「……女の子は頑張り屋さんなので、頑張りました。
 とてもとても頑張りました今でも頑張っているそうです。
 頑張り終わる明日は来ません。だって終わらないために
 頑張ってる女の子を、終わらせるなんて誰にも出来ないから。
 ――おしまい」

勇者「は?」

女魔法使い「……すぅ」

勇者「寝るなよ。判らないよっ」
魔王「それは。その伝説は……」

女魔法使い「……本当に救うべきなの?
 何度も何度も世界を救うべきなの?
 この世界はそんなに情けない、救ってもらえないと滅ぶほど
 なんの力も自由意志も持たない箱庭なの?」

勇者「……」
魔王「彼女というのは」

83: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/08(日) 00:43:27.18 ID:EFPdgVwP
女魔法使い「……すべきではない救済だったのではないか。
 それを言うべき資格は、あるいはわたしにはないのかも知れない。
 なぜならばわたしもまた救われた存在の子孫なのだろうから。
 あの大災厄から魔族も人類も、自力で復興できたとは限らない。
 あるいはそれほどに世界のきしみと
 悲鳴は大きかったのかも知れない。
 ……それでも、わたしは問わずにはいられない。
 “あれは、救うべきではなかったのではないか?”と。
 “あれは彼らの罪で、罰だったのではないか?”と。
 彼女は、“わたしたち”から滅ぶという自由も、
 出直すべき機会も奪い取ってしまったのではないかと。
 彼女は優しくて、暖かい。
 魔王に、ちょっぴり、似てる。
 だから、魔王は選ばなければならない。
 同時に、勇者も選ばなければならない」

勇者「……」

女魔法使い「魔界と人間界に与えるかどうか」

魔王「自由を?」

女魔法使い「機会を」

勇者「だって、そんな事出来るかよっ。死ぬんだぞ!?
 目の前でっ! 一杯人が死ぬんだぞ。
 それに手を伸ばすなんて当たり前じゃないかっ!。
 俺は勇者なんだ。勇者は人を救ってなんぼだろっ!」

魔王「……」

女魔法使い「救ってないかも知れない」

勇者「なんでっ!」

女魔法使い「魔王の言葉を思い出して。勇者。
 あなたの戦闘能力は、もはや戦争を誘発するほどに高い。
 あなたが人を救えば救うほど、諸侯や教会、王の欲望は高まり
 新しい戦乱を呼ぶほどに。いま人間と魔族は対峙していて
 そのどちらに勇者が味方をしても多くの人が死ぬ」

84: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/08(日) 00:46:06.94 ID:EFPdgVwP
勇者「だったらどちらにも味方をしない。
 両方を締め上げてでも平和を誓わせる。
 こうなりゃ力づくだ。
 女魔法使いが止めたって聞きやしないぜ。
 今はちょっと体力が落ちてるけれど、それさえ戻れば」

女魔法使い「わたしは勇者のためにならこの身を焼く。
 だから、本当にそれで勇者が良いなら、それでも良い。
 でも、ちがう。
 勇者は、後悔をする」

勇者「後悔なんてっ!」

女魔法使い「する。だって、それは人間から光を取り上げるから。
 あの娘は云った。辛くても、苦しくても、それでも成し遂げる。
 自らを傷つけてでも、正しいことを為す。それが自由だと。
 もう虫でいるのは止めると、彼女が言ったから。
 ……勇者。
 勇者は、彼女を虫だというの?」

勇者「……そ、れは。それはっ」

女魔法使い「……それを、勇者は奪うの?」

魔王「もう、手を出すなと?」

女魔法使い「……」

勇者「だってそんなのっ」
女魔法使い「……」

勇者「そんなのっ」

女魔法使い「知ってる。勇者がずっとそれを感じてきたことを。
 魔王がずっとそれを感じてきたことを。わたしは知っている」

勇者「……」
魔王「……」

女魔法使い「その気持ちは“寂しさ”」

女魔法使い「もしかしたら、それは死よりも辛い認識だけれど。
 自分が相手の役には立てないと知るのは苦しいけれど
 ……それだけなの。判って。
 それは“それだけ”なの」

85: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/08(日) 00:48:20.94 ID:EFPdgVwP
魔王「だめなのかなぁ」 ぽろっ

女魔法使い「……」

魔王「わたしがいちゃ、だめなのかな……」

女魔法使い「……」

魔王「みんな、みんな。すごく好きだった。
 言葉には出さなかったけれど、好きだった。
 メイドの姉妹は可愛かった。
 年越祭りにプレゼントをもらったんだ。
 竜族の兵士も、鬼呼族の醸造頭領も気の良い奴らだ。
 妖精なんて、小さくて一杯一杯飛んでくるんだ。
 森歌賊の歌は優しくて透明で涙がこぼれる。
 冬越し村の村長も好きだった。
 酔うとひょうきんな歌を歌ってばかりいる。
 修道会の栽培技術者は、はにかみやだけど真面目で。
 苗を植える時期については一歩も引かないんだ。
 女騎士も、魔法使いも、青年商人も、冬寂王も
 メイド長も、火竜大公も、妖精女王も、鬼呼の姫巫女も
 銀虎王だって……」

女魔法使い「……」

魔王「勇者と、わたしが、この世界にいては駄目なのかなぁ」

ぽろぽろ

女魔法使い「“彼女”の間違いを、繰り返すの?」

魔王「……っ」

女魔法使い「……」

勇者「魔法使い。教えてくれ。知っているんだろう?
 何か手があるんだろう?
 拡張と縮退する速度が均衡するって事に関係があるんだろう?」

女魔法使い「そう」

魔王「拡張と縮退……?」

女魔法使い「この世界の復元力、維持力。そういったもの。
 魔王が余りにこの世界を拡張させようとしたので、
 強力な反発力が現われて、この世界は崩壊の瀬戸際にある」

89: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/08(日) 00:53:14.93 ID:EFPdgVwP
魔王「何を言って……」
勇者「解決策を、そろそろ教えてくれ」

女魔法使い「……全てを完全に幸せにするのは、不可能」

勇者「それでも良い。そんなの、当たり前だ」

女魔法使い「……多くの反発要素が出る。それらは全て放置する。
 なぜならそれらはこの世界が負うべき問題でもあるのだから」

魔王「そして?」

女魔法使い「根源にアクセスをして、反発力の発生源を停止させる。
 その根源は“彼女”。
 “彼女”が世界を救いたいと、
 平和にしたい、いつまでもいつまでも微睡みの中のような、
 時がたつのも緩やかな緑豊かで
 牧歌的な世界でいて欲しいと願っていること。
 その願いそのものが、収斂要素の発生原因」

勇者「……精霊が。やっぱり、まだ待っているんだな」

魔王「炎のカリクティス。そんな伝説だったのか……」

女魔法使い「それが彼女の願いだったから。
 自らの恋をも捨てて願った未来だったから。
 でも、彼女のそれをただしに行くのならば、
 勇者も魔王も同じ間違いをするわけにはいかない。
 “世界を救う保護者”に“世界を管理する保護者”を
 説得することが出来るはずもない。
 そう。
 いま――選択の時は来た」

勇者・魔王「……」

90: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/08(日) 00:56:33.43 ID:EFPdgVwP
女魔法使い「かたや、永遠の世界。
 それは永久を過ごす微睡みの世界。
 もちろん完全な平和ではない。
 戦争もあるし、人間と魔族は互いに滅ぼし合おうとする。
 それでもそこはある意味理想郷。
 無数の魔王と無数の勇者が現われて互いに戦い、
 争いは常に伝説となる。でも、それは世界の背景。
 普通の村人までもが戦で命を落とすことは少ない。
 昔見た、小さなあの村は、いつまでもそのままに
 人々は変わらぬ日々を送る」

勇者「変わらない……」

女魔法使い「人間は新しい技術を開発もせず、
 王は王のまま、農奴は農奴のまま。
 それが当たり前。“当然ゆえの幸福”。その永遠。
 苦しみと不幸はそのままに、喜びと幸せもそのままに……。
 決して破滅することのない日常が寄せては返す波のように。
 彼女がかつて愛したその世界のそのままに、何度も繰り返される」

ザアアァァァ……

女魔法使い「かたや、解放された世界。
 闇の帷の中、明かりを持たぬ旅人のように心細く
 未知の旅を強要される世界。
 そこでは激しい戦が起きる。
 新しい技術が開発され、世界は拡大し、変化を遂げ続ける。
 産業や経済発展はおびただしい数の人間を幸せにするだろうけれど
 同時におびただしい数の不幸な人々を作り出しもする。
 わたしは伝承学者だから、詳しくは判らないけれど
 全てが滅びる可能性も、少なくはない。
 それはあるいは破滅への回廊なのかも知れない」

魔王「……」

女魔法使い「全ての美しいものは消え去り、
 全ての優しかった思い出は壊れ
 勇者も魔王も産まれず、
 戦いは歴史となり、決して“伝説”になってはくれない。
 なぜならばもはや救済はないのだから。
 でも、それはありとあらゆる可能性の萌芽。
 人々は幸福になるための希望を胸に旅をする。
 不安と引き替えに手に入れるのが、その胸に点る希望。
 そして、誰もが未来が判らないゆえに、全力で生きる。
 昨日とは違う今日、今日とは違う明日を求めて。
 それは彼女がかつて愛した世界ではない。
 誰も見たことのない新しい世界。……新しい、明日」

91: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/08(日) 00:59:03.94 ID:EFPdgVwP
女魔法使い「前者を選ぶのならば、簡単。
 どちらかがどちらかを殺し、『天塔』を登ればいい。
 ううん、今やそんな手間を掛けることもない。
 強大なる反発力が教会に結集したいま、
 どうあっても前者に引き戻される流れが出来ている。
 ――でも後者を選びたいのであれば」

魔王「『天塔』を登って、彼女を説得しなければならない」

女魔法使い「……そう。だけど、それは容易ではない。
 彼女はもう何十人もの魔王や勇者の訪問を受けている」

勇者「それは、俺たち以外じゃ出来ない仕事だな」
魔王「そうだな」

女魔法使い「……選ぶの?」

勇者「そのつもりで準備してくれたんだろう?」
魔王「丘の向こうは、どうやらその塔の向こうにしかないんみたいだ」

女魔法使い「世界の人々は、二人を憎むかも知れない。
 肝心の時には助けてくれなかったと。
 勇者のことも魔王のことも裏切り者だと思うかも知れない。
 世界を滅ぼしたと云われるかも知れない」

ザアアァァァ……

勇者「それは、きついけれど。でもさ」

魔王「全てが滅びる可能性がある世界ならば
 全てが救われる可能性があるかも知れないだろう?
 火薬が一万人の命を奪う世界には、
 種痘が十万の命を救う歴史があるかも知れない」

勇者「全ては黒と白のモザイクなんだよな。
 一つの瓶に入った色んな色のキャンディーみたいに。
 赤いのだけ、とか、青いのだけは選べない。
 “帳尻が合う”事を信じる」

女魔法使い「そう……」

92: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/08(日) 01:01:42.52 ID:EFPdgVwP
勇者「残った片方が、なんとか落ちをつけるだろう」
魔王「勇者なら、きっと見届けてくれる」

女魔法使い「たとえ、それを選んでも
 どうにもならないかも知れない。
 何らかのトラブルで祭壇が反応しないかも知れない。
 反発力の妨害が発生し『天塔』を登れないかも知れない。
 “彼女”に拒絶されて説得が失敗するかも知れない。
 それでも?
 そのために、どちらかが確実に命を落とすとしても?」

魔王「どちらか、ではない。わたしだ。
 そもそもこれはわたしの旅なのだ。
 わたしはあの大広間で勇者に命を救われた。
 わたしの命はとっくに終わっていたのだ。
 勇者だったら確実に彼女を説得してくれる」

勇者「魔王の旅なら魔王が最後までやるべきだろ!
 俺が塔を起動させてやるから、上で説得しやがれ。
 そもそも説得はそっちの得意ジャンルじゃないか」

魔王「わたしはわたしの都合で勇者を犠牲にするつもりはないっ!」

勇者「都合の話を混ぜてるんじゃないってのっ!」

女魔法使い「……判った。最初の約束を守る」

勇者「約束……?」

女魔法使い「大丈夫。勇者も魔王も。
 ……こんなところがゴールじゃないから」

94: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/08(日) 01:20:50.92 ID:EFPdgVwP
――魔界、聖鍵遠征軍後方戦線、後方戦線

聖王国将官「夜明けまで、あと数時間もないな」

参謀軍師「まことに」

聖王国将官「王弟元帥閣下はいかがされるお積もりなのか」

参謀軍師「……」

聖王国将官「聖鍵遠征軍は規模こそ保っているものの
 その内側はシロアリのかじりつくした巨木のように
 虚ろになりはてつつある。
 このままでは日を置かずに倒れてしまうやもしれんのだ」

参謀軍師(そのとおりだ……)

聖王国将官「前方には、もはや城門を打ち破ったとは言え、
 抵抗を続ける都市。後方には南部連合の得体の知れない軍。
 ましてやここは異境、魔界のただ中、
 補給も転進も容易くは行かぬ地で、兵にも怯えと動揺が走っている」

参謀軍師「ですな」

聖王国将官「だからこそっ!」

参謀軍師「しかし、だからといって、事ここに至っては
 いたずらに騒ぎ立てることは
 その崩壊を加速させてしまう結果にしかならぬのです」

聖王国将官「……いつからこんなことに。
 全てが順調に進んでいたはずではないか。
 我らがなんの手違いを犯したというのかっ!?」

95: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/08(日) 01:22:06.84 ID:EFPdgVwP
ばさりっ

王弟元帥「そうぼやくな」

参謀軍師「元帥閣下」
聖王国将官「多少はお休みに?」

王弟元帥「戦場だ。数日寝なかったところで、問題はない。
 我らがなんの落ち度もなかったとて、状況は好転しない。
 それもこの世の習いというやつだ」

参謀軍師「……は」

王弟元帥「しかし、どちらにせよ方針の大きな転換を
 迫られるだろうな。聖鍵遠征軍の指揮系統は麻痺をしすぎた」

参謀軍師「その通りです」

聖王国将官「我らが後衛は王弟元帥閣下の元、
 ほぼ完全な掌握を維持していますが、
 本営ともなればどれほどの混乱があることか」

参謀軍師「……」

聖王国将官「これらも全て功を焦った貴族や王族軍と
 それらを感化している教会勢力の裏切りともいえる行為のせい」

王弟元帥「裏切り……かな」

聖王国将官「とは?」

王弟元帥「彼らにせよ、彼らの利、思惑で動いている。
 それを裏切りと断じるわけにも行かぬのか、とな」

参謀軍師「……やはり教会の動きは不審ですね」
聖王国将官「聖光教会ですか?」

参謀軍師「ともすればこの戦役の失敗さえも
 望んでいるかのような言動が目立ちます。
 教会、と云うよりも大主教がですが」

96: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/08(日) 01:24:53.66 ID:EFPdgVwP
王弟元帥「……」

聖王国将官「焦っているのでしょうか」
王弟元帥「焦っているのでは無かろう」

参謀軍師「“光の聖骸”ですか。その伝説を利用して
 湖畔修道会に傾きかけた民の人心を引き戻したいと
 云うことなのでしょう。
 ……狂信を利用して信仰を引き戻す。
 どちらもどちらですな」

王弟元帥「勇者は疎まれているのかもな」
参謀軍師「は?」

王弟元帥(あるいは、魔王も勇者もすげ替えて
 新しい教会の支配体制を切り開くおつもりか。
 ……しかしそれになんの利益がある?
 教会はすでに十分な権力を持っている。
 この上何を望むというのだ。
 湖畔修道会とて、時間を掛ければ飲み込むことは
 けして不可能ではないだろうに。
 時間……。
 老齢ゆえの焦りなのか?
 その程度なのか、大司教は?)

参謀軍師「しかし、目下のところはなんとしてでも
 目の前の膠着状態を脱却しなければなりません」

王弟元帥「うむ。――ことここに至っては、
 我らの側にも誤りは許されん。
 目前の戦の勝敗はともかく、
 今後の展開を考えれば僅差での勝利などは大敗に等しい」

参謀軍師「はい。この魔界から生きて帰るための方策を
 立てるべき時期です」

聖王国将官 こくり

97: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/08(日) 01:28:12.22 ID:EFPdgVwP
ばさっ

聖王国将官「これは」

参謀軍師「付近および防壁の詳細な見取り図です。
 軍議には必要でしょう?
 しかし、なかなかに堅固な陣容ですね。開門都市も。
 南部連合軍も。もちろん押しつぶすことは出来る」

聖王国将官「しかしこちらにも多大な犠牲を払う」

王弟元帥「そして、その犠牲は、魔界奥深くまで
 攻め入ってしまった遠征軍にとって、
 すぐさまの全滅ではないにしろ壊滅の予告に等しい」

参謀軍師「許される損害の許容ラインは、2万……でしょうかね」

聖王国将官「少ないな……」

王弟元帥(2万か。……南部連合軍には新式の銃があり、
 一方開門都市は粘り強い司令官と、まだ左右の塔が残っている。
 城門が破れてなお持ちこたえる士気の高さは何故だ……。
 それほどまでに信任厚い指揮官が陣頭に立っているのか。
 そして、我が遠征軍の内部には不破の火種がくすぶっている)

聖王国将官「……?」

王弟元帥「局所の戦術よりも、ここでは戦略的判断が
 重要となるだろうな」

参謀軍師「はい」

王弟元帥「我らは四つの問題を抱えている。
 一つ、開門都市の抵抗。二つ、南部連合軍。
 三つ、遠征軍内部の士気の低下および、軍規の乱れ。
 これは補給の問題を含んでいる。
 四つ、聖光教会との協力関係の破綻だ」

参謀軍師「破綻、まで想定しますか」

王弟元帥「現在のところそこまで至っていないとは言え、
 集まる報告はすでにそれを指し示しつつある。
 ここでいう“我ら”は遠征軍そのものではなく、
 この天幕の内側を指す。
 聖光教会はすでに聖王国の支持、支援なくして
 独自の方法で遠征軍を制御できると考えているようだな。
 もしくは“制御の必要がないと判断をしている”」

99: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/08(日) 01:29:59.92 ID:EFPdgVwP
聖王国将官「……そう思えます」

王弟元帥「我はこの四つの問題に対して、
 全ての戦列で同時並列に勝利を収めることは
 この時点に至っては不可能であると考える。
 何らかの手段を用いて、最低2つ、出来れば3つの問題に
 足止めをくらわせ、膠着させなければならない。
 ――もっとも望ましいのは、開門都市への戦力集中だ。
 そのために他の3つの問題を一時的にでも
 凍結させることが必要となる」

参謀軍師「しかしそれは難しいでしょう。
 開門都市はもはや落ちかけた果実。
 諸王国の王族や貴族、領主達が群がっています。
 確かに数字の上で戦力をけしかけることは出来ますが
 それでは戦力を集中運用したとはいえない。
 現に、昨日、跳ね上げ門を突破してから市街戦に持込んだものの
 その状態ですら一進一退を繰り返している。
 これは明らかに前線の指揮系統が麻痺をして、
 無駄な損害を増やしている状況です。
 そこへさらに王弟閣下が出向いても、
 貴族や領主どもからは
 手柄を奪いに来たとしか見なされぬでしょう。
 説得は不可能ではないでしょうが、時間がかかる。
 短時間で説得を行なうためには、最低でも
 遠征軍の士気の問題および、教会の態度の問題を
 解決する必要があります。
 さらに実際の都市攻略となれば後方の連合軍の追撃を
 押さえなければならない」

聖王国将官「……では、南部連合軍を叩くというのは?」

参謀軍師「もちろんそれが正攻法で、教会や貴族達に
 望まれていることでもあるでしょう。
 しかし勝てはするでしょうが、どこまで損害が大きくなることか。
 もし2万の損害を出せば、遠征軍そのものが
 中期的に壊滅する恐れがあります。
 仮に損害がそれよりも下回ったとしても、
 その隙に諸王侯や貴族達が開門都市の占領に手間取り
 犠牲を増やせば同じ事」

王弟元帥「なにより、南部連合とこの場で戦ったとしても、
 我ら中央諸国家にとっても南部連合にとっても
 手に入れられるものが少なすぎる。
 ここは異郷なのだ。
 兵を失うのは大きなダメージだが、その大きな傷手に見合うほどの
 賠償金も領地も手に入れることは出来ないだろう。
 得が、無い。しかし、その一方、我らに後列を任せた貴族達は
 開門都市で略奪を行なうだろう。それこそ屍肉をあさるようにな」

参謀軍師「そうですね……」

100: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/08(日) 01:31:41.34 ID:EFPdgVwP
王弟元帥「……」

参謀軍師「どうされました?」

王弟元帥(それも選択肢の1つか……)

参謀軍師「リスクは大きいですが、検討に値する策が1つあります」

王弟元帥「好ましい手法ではないな」

聖王国将官「は?」

参謀軍師「しかし、短期間に遠征軍の中枢を掌握しない限り
 無意味な兵の損失は続くでしょう。
 兵力の補充が聞かない上に、補給もままならないこの環境下で
 指揮系統が乱れれば、それこそ遠征軍は
 取り返しのつかないことになります」

王弟元帥「やはり指揮系統の一本化がもっとも重要であったのだ。
 ……あのとき、軍を分割したことが指揮系統の二重化を招いた。
 悔やんでも悔やみきれぬが」

聖王国将官「まさか……。それは」

王弟元帥「そうなるな」

聖王国将官 ごくり

参謀軍師「もとより我らが奉じているのは教会であって
 大主教個人ではありません。
 大陸の秩序を守っているのであって
 教会の栄光を守っているわけではないのですから。
 信仰の守り手と世俗の守護者では、自ずとその職域が違います。
 戦の指揮とは、明らかに世俗の領域です。
 その領域に立ち入れば利害が食い違うのは当然です。
 この件の切っ掛けは教会と云って良いでしょう」

聖王国将官「それは仰るとおりですが。
 そ、それでも、だ、だ、大主教ですよ?
 精霊のもっとも高位のしもべである大主教を弑するだなんて……」

参謀軍師「損害を押さえられる可能性で語るべきです」

王弟元帥「それにしても、あの者は何を見ているのやら」

聖王国将官「は?」

101: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/08(日) 01:32:59.17 ID:EFPdgVwP
王弟元帥「紅の学士、だったか。
 ――あの燃える瞳の娘だ。
 あの娘の打った手が、我をじわじわと苦しめている。
 蒼魔族の居留地で補給を十全に出来なかったことが痛いな。
 そして、あの地に釘付けになって失った一週間。
 ここに来て、それが響いている」

参謀軍師「そうですね。意図してやったとは思いがたいですが」

王弟元帥「それはどうかな」
参謀軍師「とは?」

王弟元帥「あの胆力と知略は女にしておくには惜しいほどさ。
 あの人材が中央に出でず南部連合に出てしまったことが
 大きな変転の一端ではあるのだろうが。
 しかし、あれで終わりと云うことはあるまい。
 我らが教会とどのような関係を築くにせよ、
 あの女は夜が明ければ戦場に現われるだろう。
 どのような形だろうと援軍を率いてな」

聖王国将官「楽しそうですね」

王弟元帥「そのようなことはない。大陸の安定にとって
 あのような思想の持ち主は害悪以外の何者でもない。
 必要あれば慈悲無く躊躇いなく刈り取るまで。くくくっ」

参謀軍師「必要、ですか」

王弟元帥「いくら我でも、死んだ者を生き返らせることは出来ない。
 “あのとき生かしておけば”と後で思うくらいならば
 なるべく殺さずに利用したい。殺さずに済めば、な。
 しかしあの娘。私に利用されることを肯んじるかどうか」

参謀軍師「そうですね」

王弟元帥「我であれば、そのようなことは許さないがな。
 あの娘の誇りの高さと置き場所を試す戦場となるだろう」

聖王国将官「周辺警戒を厳命いたします」

王弟元帥「教会への対応、南部同盟軍との交戦、
 そして、あの娘の勢力との戦い。
 ……計画を立てられるような戦いにはなりそうもないな、これは」

バサッ!

伝令兵「王弟閣下ッ!」
王弟元帥「何事か」

103: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/08(日) 01:35:21.42 ID:EFPdgVwP
斥候兵「はっ! 連合軍が、陣を移しましたっ。
 いつのまにか東より回り込み都市に接近っ!」

バサッ!

光の伝令兵「ご注進です、閣下! ただいま、貴族領主軍の一部が
 都市開門部分に夜襲攻撃を強行っ!!」

聖王国将官「ばかな!? あの都市は魔族の都市。
 ろくに構造も判らぬ都市で強行夜襲による市街戦だと!?」

参謀軍師「功に焦りましたね」

聖王国将官「南部連合への距離は」

斥候兵「はいっ! 都市までの距離は5里。我が後衛軍の
 当方2里を移動中。ただし幾つかの部隊に軍を分割して
 行動をしているようで、詳細は不明ですっ」

参謀軍師「王弟閣下! 都市に入り込まれてはやっかいです」
聖王国将官「……いや、それは糧食の消費をはやめるだけでは?」

王弟元帥「この行動、もはや都市との連絡は成立していると
 見て良いだろうな。夜明けも待たずに始めるとはっ」

参謀軍師「しかし、これでは、どこに軍が潜んでいるか。
 都市に向かっていると報告された軍も虚偽の進軍、
 実は連合軍の本隊は和賀郡の南方から未だに
 狙っているという可能性も」

聖王国将官「斥候を増やそうと決意した矢先に。機先を制された」

王弟元帥「かまわん。軍を再編。
 こうなれば、遠征軍の本隊を巻き込んで、数の圧力で
 一気に南部連合軍および、城壁周辺の魔族を叩くまでだ。
 ただし市街戦は避ける。そこまでの余力はないっ。
 魔族もこれがチャンスと出陣してくる可能性が高いっ」

参謀軍師「結局は力押しですか」

王弟元帥「数による飽和攻撃が我が軍最大の武器には違いない。
 後は有機的な連携だが、今回ばかりは我も前線に出ざるを得ない。
 ふっ。本気の遠征軍の底力、見たいというのならば見せよう」

171: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/10(火) 06:10:11.26 ID:4RteqQsP
――開門都市近郊、南部連合軍、中枢

伝令「遠征軍内部で慌ただしい動き有りッ。内部で再編成の模様っ」

冬寂王「気が付かれたようだな」
鉄腕王「まぁ、そうだろう」

軍人子弟「予想済みでござるよ。装甲馬車を急がせるでござる」
鉄国少尉「了解っ」

将官「重いのが難点ですね、あれ」

羽妖精侍女「妖精ニハ動カセマセンデス」

冬寂王「なぁに。赤馬の国の駿馬がいる」

鉄腕王「奴らはどう出るか」

軍人子弟「おそらく会戦を望むでござろう」
鉄国少尉「ですね」
将官「ふむ」

軍人子弟「遠征軍の最大の武器は数。
 平原で横一線になり激突するような戦になれば圧倒的有利。
 こちらに小細工をさせる隙を与えないのが基本でござる。
 都市軍と合流されたとしても、籠城されるよりはそちらを
 選ぶでござろうね」

将官「引き受けるのですか?」

軍人子弟「……」

羽妖精侍女「ござるハ難シイ顔デス」

軍人子弟「昨日もはっきりしたでござる。
 マスケットはたしかに強力な武器でござるが、強力すぎる。
 多くの死者を出すでござる。
 こちらが死にたくなければ、相手を多く殺すしかない。
 歯止めの利かない武器でござる……。
 拙者は軍人ゆえに死を厭うことはないでござる。
 我が南部連合軍は全て軍人。
 王命を果たすため、義を貫くため戦う覚悟はあるでござるが
 相手は、銃を持った農奴に過ぎぬと考えると
 気が進まぬ戦ではござるな」

172: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/10(火) 06:11:20.16 ID:4RteqQsP
鉄国少尉「しかし、手加減をして勝てる相手ではありません。
 そもそも全力を尽くしても勝てるか否か」

将官「そうですね……」

冬寂王「今を生きる我らは未来に対しての責務を負っているのだ。
 ここで手をゆるめることは明日に対する裏切りだろう」

鉄腕王「……うむ」

軍人子弟「そうでござるね」

将官「勝算はどれほどあるのです?」

軍人子弟「開門都市からのこの親書を信じれば、まず」

将官「まず?」

軍人子弟「五割でござろうね」

鉄国少尉「策を持ってしても、ですか」

軍人子弟「時にはそういう戦もあるでござるよ。
 そもそも策とは不利だから講じているのでござる。
 昨日の戦で判り申したが、
 遠征軍はどうやら全軍では行動がとれぬ様子。
 と、いうよりも、王弟将軍の指揮権が半減しているでござる」

鉄国少尉「そのようですね。昨日はあそこまで攻めて叩いても
 本陣からは援軍の動きも、そもそも報告の行き来もなかったとの
 密偵から知らせが入っています」

将官「ふむ。……何らかの齟齬でもあるのですかね」

冬寂王「遠征軍もまた我らと同じように多数の国家群からなる
 よせある眼の軍隊だ。
 馴れぬ異境の地で、意見が割れると云うこともあるだろう」

173: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/10(火) 06:12:29.79 ID:4RteqQsP
軍人子弟「そうでござろうね。
 我らと違って、参加諸侯は恩賞の土地目当てが殆ど。
 そこらあたりが原因かと思うでござる。
 王弟将軍とやらは確かに軍事的才能は秀でているでござろうが、
 致命的な弱点があるでござる」

将官「弱点? そのような物があるのですか?」

冬寂王「はははは。“それ”を弱点というのは
 いささか可哀想な気がせんでもないな」

鉄腕王「なんだそれは?」

軍人子弟「それは“一人しかいない”と云うことでござるよ」

鉄国少尉「確かに」

将官「それは当たり前ですが、それが弱点になるんですか?」

軍人子弟「2つの前線で指揮は執れないでござるよ。
 夜明けを切っ掛けに開門都市とこちらで連携した戦術で
 遠征軍を引きずり回すでござる。
 遠征軍に亀裂が入っているのであれば、
 その機動で必ずや無理が露呈するでござる」

羽妖精侍女「都市ハ助カリマスカ?」

鉄腕王「大船に乗ったつもりでいてくれや」

冬寂王「軍人子弟殿は、その親書を深く信頼しているのだな」

軍人子弟「蔓穂ヶ原の戦いにおいて我らを助けるために
 駆けつけてくれた魔族の二人の将軍の一人が、
 開門都市で指揮を執っているでござる。
 砦将殿とはあの戦役の折、酒を酌み交わしたでござる。
 あの御仁であれば、必ずや役目を全うされるでござろう。
 それに……」

冬寂王「それに?」

軍人子弟「この親書の封蝋の紋章には見覚えがあるでござるよ」

鉄腕王「封蝋」

軍人子弟「懐かしき学舎の、でござる。
 二人の師匠が揃って見ているのでござる。
 拙者が恥ずかしい真似をすることは出来ないでござるよ」

175: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/10(火) 06:18:30.94 ID:4RteqQsP
――開門都市、南大門、大通り付近

義勇軍弓兵「明るくなってきた……」
人間作業員「夜明けだ」

東の砦将「さぁって、今日が運命の一日か」
青年商人「そうなりますね」

砦将「すげぇくそ度胸だな」

青年商人「いやいや。そんなことはありません。
 しかし、顔色を変えると足元を見られますからね。
 それに最初はそちらの手番です」

東の砦将「“とりあえず火をつけろ”とはね」
青年商人「やはり相当に無茶ですかね」

東の砦将「普通の将軍なら引き受けねぇだろうな」
青年商人「でしょうね」

東の砦将「でも、こちらも一応族長って事になってるし
 このまま縮こまって守ってれば勝てるかって云う話でもあるしな。
 また、勝って良い相手かと問われれば、そりゃ悩むさ。
 別に俺が人間だからって訳じゃないぞ。
 ただ、曲がりなりにも開門都市を預かっていたからな。
 やはり夢は見ちまうさ」

青年商人「夢、ですか」

東の砦将「喧嘩はしても、一緒にやってくことも
 出来るんじゃねぇかってな」

青年商人「そんな事は最初から自明ですよ」
東の砦将「そうなのかい?」

青年商人「ええ、最初に出会った時から判りきっていました」

東の砦将「あいつらにも判ってくれりゃぁいいけれどな。
 さぁて、そろそろはじめるぜ?」

青年商人「よろしくお願いします」

東の砦将「よーし、火をつけろ! 金物をならせっ!!
 門の付近で火事が起きて騒ぎを起こせば、
 抜け駆けされたと誤解をした遠征軍の先方部隊は
 飛び起きてしゃにむに突撃してくるぞ! 火矢を射込め!
 灯りを目当てに射撃で数を減らせ! 乱戦を演出するんだッ!」

青年商人「略奪貴族部隊の眼を、南門に引きつけるのです!
 斥候を集中させて、北門の包囲を解かせる。
 この一戦で状況を打破しますよっ」

176: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/10(火) 06:22:20.80 ID:4RteqQsP
――開門都市、南通り正門付近、遠征軍の天幕

ダダダッ! ガササッ!

見張り兵「領主様っ!」

貴族領主「見えておるわ、このうつけめが! 皆をたたき起こせ!」

見張り兵「は、はいっ!」

 ごおおおお!

私兵隊長「あの炎はっ!?」
高慢な騎士「さては、川蝉の領地か、霧の国の抜け駆けか!」

貴族領主「このままでは一番槍を奪われるっ。
 農奴達を正門に突撃させろっ。いや、我が領土の騎士を投入だ!
 急げ! 農奴などは信用がならぬっ」

私兵隊長「判りました! 整列っ! 整列っ!」

高慢な騎士「腕が鳴りますな、領主殿」

貴族領主「ふっ。強力無双の騎士どもにかかれば魔族どもばらなど」

高慢な騎士「はーっはっはっは! 我に任せれば
 全て平らげてご覧に入れようっ!」

バサッ!

見張り兵「炎上は継続中! 霧の国、塩の国の兵団や、傭兵部隊が
 動き始めました! 正門付近では戦闘が始まっております、
 すごい音です!!」

貴族領主「こうしてはいられぬっ」

高慢な騎士「陽も登りつつある、暗闇は払われたっ!
 今日こそ小癪な魔族どもをこの世界から抹殺してご覧に入れる!」

観測兵「開戦っ! 夜明けを待たずして、激突が起きていますっ」
伝令兵「早速部隊が正門打破を成功させましたっ!!」

177: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/10(火) 06:25:03.93 ID:4RteqQsP
――開門都市近郊、南部連合軍、中枢

将官「開門都市、南門付近に動き有り! 火の手ですっ」

軍人子弟「いよいよでござるな」
鉄国少尉「はっ!」

冬寂王「決戦になるのか?」

軍人子弟「出来れば仕留めたいでござるね」

将官「このような時に、女騎士将軍がいてくだされば……」

冬寂王「それは言うな。彼女には彼女の仕事があるのだろう」
鉄腕王「そうなのか?」

軍人子弟「あるでござろうね」
鉄腕王「この一大事になんの仕事が」

軍人子弟「勇者一行の仕事でござるよ」

鉄国少尉「そうですね。我らのことは我らでやらないと」

将官 こくり

冬寂王「そうだな」

斥候「遠征軍後陣、突出してきますっ!」

鉄腕王「ふっ」

軍人子弟「先にこちらを叩くつもりでござるか。いや……」

鉄国少尉「ええ……。突進してくるのは約6000。
 そのほかの部隊は、一丸になって力を蓄えています」

鉄腕王「決死隊か」

178: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/10(火) 06:33:16.41 ID:4RteqQsP
軍人子弟「……」
鉄国少尉「お気持ちは判りますが、避けられませんよ」

軍人子弟「無用の情けは武人の恥でもあり
 傲慢でもあるでござろうね」

鉄国少尉「そうです」

冬寂王「血が必要なのだ。この瞬間を乗り越えるためには」
鉄腕王「我らの血で払いたくなければ敵の血であがなうしかない」

軍人子弟「騎馬隊っ!!」

騎馬隊「はっ!!」

軍人子弟「縦列突撃準備っ! 敵の突出部隊は軽装歩兵中心。
 マスケットは含まれていても少数でござる!
 これを機動兵力にて一撃するでござる。
 ただし、敵の狙いは、この兵力を持って
 自らのマスケット射程圏内に我らをおびき出すことっ。
 くれぐれも突出を控えよ。角笛の二点呼にて退却っ!」

騎馬隊隊長「復唱します! 縦列突撃後、角笛の二点呼にて退却」

軍人子弟「よしっ! 指揮は鉄国少尉っ」

鉄国少尉「お任せあれっ!」

軍人子弟「まだ序盤でござる。太刀の一合わせ目に過ぎぬでござる。
 いまは、敵の首よりも混乱が欲しい。
 逃げる敵があれば、深追い無用。ただし、意気はくじくべし!」

鉄国少尉「かしこまりましたっ!」

将官「我ら歩兵部隊は?」

179: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/10(火) 06:34:58.77 ID:4RteqQsP
軍人子弟「このまま前進。緩やかに回り込みながら開門都市に接近。
 遠征軍の本陣に圧力を加え続けるでござる」

鉄国少尉 こくり

軍人子弟「遠征軍の貴族達や王族達、それに教会勢力は、
 安心しているのでござる。
 ――たとえ多少の軋轢はあってもいざとなれば王弟の軍が
 守ってくれる、と。
 それゆえ、その安心ゆえに、絶対的な高所から狩るかのように
 人殺し、魔族殺しを行なっていることが出来るのでござる。
 我らは身を切られるような痛みを持って
 この戦場に立っているでござるが、きゃつらはその痛みを
 感じることもないままに、ぬくぬくと略奪をしているだけ。
 これでは交渉など出来ようはずもないのでござる。
 安全? 守ってくれる? 一方的な攻撃?
 そのような保証はこの戦場にはどこにもないということを
 我らが教えてやる必要があるでござるっ」

冬寂王「気が付くかな、遠征軍は」

軍人子弟「気が付いたにしろ手遅れでござるよ。
 数が多いという武器が、今度は奴らの首を絞めるでござる。
 あの全軍を統率することは、たとえ王弟将軍であろうと
 今からは不可能でござる」

将官「了解です。防御陣形のまま迂回侵攻っ」

軍人子弟「直属ライフル部隊は、このまま予定どおりの地点を
 移動しつつ、狙撃により遠征軍の指揮系統を破壊するでござる!
 遠征軍の大半は、戦闘には不慣れな素人。
 士気も決して高くはない。
 指示がなければ判断できない部隊でござる。
 貴族の鎧や戦馬を集中的に狙撃っ! 指揮系統を分断っ!」

ゴオォォーン!!

鉄国少尉「始まりましたな。いってきます! 護民卿っ!」

軍人子弟「我らの明日のためにっ!」

182: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/10(火) 07:17:26.21 ID:4RteqQsP
――地下城塞基底部、地底湖

明星雲雀「ピィピィピィ」
女魔法使い「……ここ」

魔王「こんなところがあったとは……」
勇者「ここは、開門都市の」

女魔法使い「そう。岩盤空洞」

メイド長「まおーさまっ!」ひしっ
魔王「メイド長ではないかっ」

勇者「よっ」

メイド長「心配しましたよ」
魔王「魔法使いの手伝いはどうなった?」

メイド長「もちろん完璧です」
勇者「手伝い?」

女魔法使い「借りた」こくり

魔王「殆ど脅迫のようにメイド長を連れて行ったのだ」

ガシャ

女騎士「わたしもいる」

勇者「女騎士っ!」
女騎士「勇者、ぼろぼろだな」

明星雲雀「みんなぼろぼろですよぅ。ぴぃぴぃ」

女魔法使い「説明をする」
メイド長「そうですね」

184: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/10(火) 07:18:31.70 ID:4RteqQsP
魔王「説明。生け贄の祭壇……か」

女魔法使い「そう。ここが生け贄の祭壇。
 正確には開門都市全域が、そう。
 それは、勇者か魔王の死を感知して起動する力場形成装置」

メイド長「ずいぶん古く、精巧なものです。
 この魔法的な装置の修理と手入れは非常に微細なレベルでの
 掃除が必要でして、通常の方法では不可能でした」

魔王「それでメイド長が必要だったのか」

メイド長「ええ、メイドゴーストであれば透過しつつ
 掃除できますからね」

勇者「いくら修理したからって、
 魔王を生け贄にするつもりなんて俺にはないからなっ」

明星雲雀「ピィピィピィ」
女魔法使い「問題ない」

勇者「だいたい何でかあいつら何かを犠牲にすれば
 何か得られるとか本気で信じ込んでるから始末に負えない。
 それは要するに何かを犠牲にすれば、貰えて当然って云う
 さもしい乞食根性だっていい加減気が付けって……
 えーっと。……問題ないのか?」

女魔法使い「ない」
明星雲雀「……ピィ」

女魔法使い「この装置は、魔王や勇者という存在が消滅する時に
 発生する巨大な関係性のエネルギーと魔力を変換して
 起動するもの。残った片割れを精霊の住む場所へと案内する」

勇者「精霊の住む場所って……異次元とか?」

女魔法使い「精霊にそんな概念はない。そんなに都合は良くない。
 精霊がいるのは、あの……碧の、太陽」

メイド長 こくり

魔王「あの太陽にっ!?」

185: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/10(火) 07:20:24.89 ID:4RteqQsP
勇者「魔界のか!? なんだってそんな所にいるんだよっ」

女魔法使い「大破砕の後の混乱、茫然自失、あるいは昏睡。
 それから覚めた精霊の眼に移ったのは荒廃した世界。
 これから荒廃してゆかざるを得ない世界。
 人間と魔族……つまり、大地の精霊の血を引く力弱き民と
 それ以外の精霊の血を引く猛々しい民の間には
 すでに憎しみの眼が撒かれていた。
 それも、炎の精霊族たる彼女と、
 大地の精霊と人間の間に生まれた彼女の恋した青年。
 ――最初の勇者が惹かれあったせい。
 二人の恋がおごり高ぶった精霊の選民思想に火をつけて
 この世界を引き裂きかねない荒廃をもたらした。
 この世界は広いけれど、それでも憎しみ合う2つの民を
 住まわせるほどの広さはなかった。
 だから、彼女は魔族――精霊の血を引く民を
 この大地の底へと閉じ込めた。
 それは人間の自由さをねたみ、恐れ、縛り付けようとした
 自らの一族への永劫の罰。幽閉の煉獄。
 でも、罪深き自らの民以上に彼女は自分自身を責めた。
 救いきれなかった自分を。
 選べなかった自分を。
 そして、彼女はこの真っ暗な地底世界の、
 せめてもの灯りになることを望んだ。
 彼女は炎の精霊としてその身を焦がし、
 “光の精霊になった”」

メイド長「……」

女魔法使い「魔界には、この空洞には灯りがなかったから。
 炎の娘が魔族と呼ばれる者たちに“世界”を与えるためには
 それしか方法がなかった。
 彼女は今でもその身を焦がしながら、焼ける身体に心を
 縛り付けて、何人もの魔王を、そして勇者を待ち続けている」

魔王「では……」
勇者「まさか……」

女魔法使い「そう。あの碧の太陽が、彼女の骸。
 ――光の聖骸。光の精霊の、罪に満ちた、亡骸」

魔王「いったいどれだけの時を」

女魔法使い「その時間は、この世界において意味をなさない。
 時間を刻むべき世界が切り替わるほどの時がたった」

186: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/10(火) 07:23:07.12 ID:4RteqQsP
勇者「……そか」
女騎士「……」

女魔法使い「……時間を掛けて研究した。私の魔力ならば
 魔王が死んだ時に匹敵する魔力を作り出して、
 維持することが出来る」

魔王「まさかっ!? そうなのかっ?」

勇者「魔法使いが出来るって云うのなら、出来るんだろうな」

明星雲雀「……ぴぃ」
女魔法使い「任せて」

女騎士「……ああ、任せても平気だ」

ブゥゥウン

メイド長「魔力回路の整備も完璧です」

女魔法使い「私が回路を起動させて、『天塔』を作る。
 力場で作られた高さ1500里の塔。その先に精霊はいる。
 起動が成功したら、すぐに魔王と勇者、女騎士は
 塔へと突入する。塔の中は完全に無人のはず。
 作りたてだから。後は最上階で精霊を説得する」

魔王「女騎士も?」

女騎士「ひどいな。魔王は。
 まさか勇者と二人だけで行くつもりだったのか?」

魔王「いや、そういうわけではないが」
勇者「そういえば、いつの間にこっちに来てたんだ。女騎士は。
 よくここまでたどり着けたな」

女騎士「……魔法使いの案内で」

明星雲雀「ご主人様はねっ! ほんとはっ!」

女魔法使い「……“捕縛式”」

明星雲雀「ピギャン!」

187: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/10(火) 07:24:21.92 ID:4RteqQsP
メイド長「まおー様……」
魔王「世話を掛けるな」

メイド長「いえ。これもメイドの役目ですから。
 ですけれど、帰ってきてくださいね」

魔王「それは」
勇者「もちろんだぞ。絶対帰すから」

魔王「勇者、今回ばかりはそうとばかりも」

メイド長「今回はお供できません。申し訳ありません。勇者様」

勇者「おうよ」

メイド長「期待して良いですね?」

勇者「もち」

メイド長「それ、虚勢ですよね?」

勇者「よく判ったなっ」

メイド長「いえ。虚勢も張れないような人間だったら
 始末していたところです」

魔王「メイド長っ!」

勇者「いや、良いって良いって。それにさ。
 大変なのは俺らばっかりじゃないしさ。
 そもそも俺たちなんて精霊に面会して
 説得するだけの楽な任務だぜ?
 考えてみれば、下に居残って都市を守る方が
 絶対にキツイって。戦争なんだぞ?」

メイド長「そんな事はないかと思いますが」

魔王「いや、勇者の云うことももっともだ。
 都市のみんなにも、よろしく伝えてくれ」
 
勇者「俺からも頼む。……メイド姉にも、会えたらな」

メイド長「へ?」

188: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/10(火) 07:26:54.71 ID:4RteqQsP
魔王「メイド姉が?」
勇者「来てるよ」

メイド長「来てるって……」

勇者「近くで、軍を率いているよ」

メイド長「何をやっているんですかっ。あの娘はっ!?」

勇者「勇者」

メイド長「え? ええ?」
魔王「勇者?」

勇者「ああ。……勇者を名乗るんだってさ。くくっ」

魔王「――。あははははっ」
勇者「最高だろ?」

魔王「まったくだ!」

メイド長「笑い事ですかっ」

魔王「いやさ。覚悟を決めた人間のなんと眩しいことか」
勇者「あいつは本物だよ。俺より勇者かも知れないな」

メイド長「まったく。あの娘は、メイドの道を諦めて正解です。
 おとなしい内省的な性格なのに、
 表に出る行動だけは断固意地っ張りでとんでもないんですから」

魔王「メイド長によく似てる」
勇者「そうな!」

189: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/10(火) 07:28:25.46 ID:4RteqQsP
女騎士「……」
女魔法使い「……」

   勇者「まぁ。上の件は、任しておけって」
   魔王「本来の役目だからな」
   メイド長「緊張感を持ってください」

女騎士「すまない……」

女魔法使い「謝る必要なんて無い。
 私は私の思うがままに誠を通しているし。
 ――それで、十分」

女騎士「十分、なのか」

女魔法使い「中に入ったら、打ち合わせ通りに」

女騎士「判った」

明星雲雀「やっぱり無茶ですよぅ。もっと準備をして」

女魔法使い「準備の時間はない。
 今ならば、あの怪物より先に『天塔』へ入れる。
 でも、先行されたならば追いつくことは出来ない」

明星雲雀「だからって……」

女魔法使い「忘れてはいけない。魔王は戦闘では無力。
 勇者の戦闘能力は、無力化の祈願によって十分の一。
 もう、あの怪物を止める手段はない。
 誰も気がついてないけれど、もう詰んでいる。
 魔族軍も南部連合軍も、もはや遠征軍さえも
 ――すでに壊滅しているに等しい」

191: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/10(火) 07:31:10.05 ID:4RteqQsP
女騎士「そうだな」

女魔法使い「……私たちは何?」

女騎士「勇者の仲間、だ」

女魔法使い こくり

女騎士「だけど」

女魔法使い「……あの化物が戦場で暴れ始めたら
 膨大な数の犠牲者が出る。わたしはそれでも良い。
 ううん……その方が良い。
 けれど、それでは勇者が納得しない」

女騎士「そうだな……」

明星雲雀「馬鹿ですよぅ。本当に」

女魔法使い「……それで、いい。それが、いい」

女騎士「……」

女魔法使い「魔王はそろそろ気がついている。
 収斂力が高まるという意味について。
 ――それは魔王というシステムの根幹だから。
 略奪、戦乱、疲弊、飢餓、崩壊。
 それが魔王という機構の存在意義。
 『世界を後退させる収斂力の顕現』」

女騎士「魔法使いの話はいつも難しいよ」

192: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/10(火) 07:32:24.26 ID:4RteqQsP
女魔法使い「理解しないと負ける」

女騎士「判った」

明星雲雀「判ったのかねぇ。ピィピィ」

女騎士「勇者と魔王は、精霊を目指す決定力。
 であると共に、怪物を戦場から引きはがす、囮」

女魔法使い「……正確には囮じゃない。
 『天塔』が起動する。
 それは、一見、勇者か魔王の死を示す。
 怪物はそれを見逃さない。全てを手に入れるために
 『天塔』へと向かい、結果的にそれは先行する
 女騎士達を追いかけることになる」

女騎士「話は簡単だ。それに望む所でもある。
 護衛だなんて騎士の誉れだ」

女魔法使い「……」

女騎士「ほんとだぞ?」

女魔法使い「足止め、捨て駒。許されない」

女騎士「魔法使いがそれを云うのか」

女魔法使い「わたしは特別。わたしは世界で一番想ってる」

女騎士「わたしだって特別だ。魔王だってな。
 思い上がってちゃだめだ。世界で一番、なんて。
 そんなもの、世界で一番ありふれているんだから」

232: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/12(木) 21:09:16.59 ID:uEzyLrsP
――開門都市、南門周辺、市街戦

獣人軍人「下がれ! 押し寄せてくるぞ!!」

土木師弟「10番から20番まで、扉閉鎖っ! タールを流せ!」
巨人作業員「オオオっ!」

義勇軍弓兵「討て! 討てっ!!」

ひゅんひゅんひゅん!! ひゅんひゅんひゅん!!

人間作業員「土嚢だ。石も持ってきた!」
蒼魔族作業員「そこにおいてくれ。俺たちが積み上げる」

人間作業員「そこは矢が飛んでくるぞっ!」
蒼魔族作業員「だから俺たちがやるんだっ」

東の砦長「おい、おい。落ち着けぇ!
 まだ始まったばっかりだ。それに相手は貴族配下の
 欲の皮の突っ張った騎士どもに腰の引けた従者どもだぞ。
 こんなものはまだまだ手始めだ。気負うな!」

獣人軍人「退却する城壁、防壁、路地を確認っ」

土木師弟「……良く引き寄せてくれ」

巨人作業員「……家を……略奪しながら」

義勇軍弓兵「ふざけるな! 遠征軍どもめっ。
 人間はお前達のような恥知らずばかりじゃないっ」

ゴォォン!!

人間作業員「!! カノーネ!? お構いなしなのかっ」

235: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/12(木) 21:12:55.49 ID:uEzyLrsP
東の砦長「よぉく聞け! 衛門の一族よ! 魔族の強者よ!
 南区全域はこれより市街戦の戦場とするっ。
 すでに住民の避難も終わり、魔王の許可も出ている。
 本陣は無名神殿に奥だが、いずれは無明神殿まで譲り渡す。
 いや、無名神殿の方まで貴族軍を招き寄せて捕獲するぞ!
 いいか、街はここで大きな被害を受けるだろう!
 だが、街は街だ。
 人じゃない。
 戦が終われば再建できる。
 眼前の一戦にこそ、家族、同胞、氏族、そして魔界の
 興亡がかかっていると心得よっ!
 憎しみで戦うなっ。恐怖も怒りも視界を濁らせて自分の
 身を危うくするぞ! 無理はするなっ!
 この区域は俺たちが暮らしてきた街だっ。
 一から復興して、一つ一つ煉瓦を積み上げてきた都市だっ。
 この都市は俺たちの味方で、決して裏切ったりはしない。
 欲に駆られたヤツらは略奪や放火をしながら進んでくる。
 少しずつ、ヤツらを小さな部隊にほぐして、取り囲め!
 無理なら殺して問題はないが、もし可能なら生け捕りにしろ。
 戦闘力を奪うには、両手をへし折れば足りるっ。
 我らの街に勇んで入ってきたヤツらは、地上の王族や貴族だ。
 戦後身代金をたんまり払わせてやるぞっ!」

「「「おおっ!」」」

東の砦長「土木師弟さんよぉ、人足を指揮して、
 防壁の指揮を頼む。相手の上に矢を降らせて
 いらいらさせてくれ。ヤツらの経路誘導は全て任せたっ。
 獣人軍人っ。あんたは後詰めだっ。
 だからといって暇じゃないぞ。けが人の手当やさらに
 後ろへと運ぶ準備、それから捕虜の管理、全てやってもらう。
 後退軍の準備も進めてくれっ。
 俺は大通りに出て、ヤツらの主力を一回叩く。
 さっと下がるからな! 街の中央部へは行かせるな!
 あくまで無名神殿方面へと侵攻させ、被害を制御しろっ!」

ゴォォン!

東の砦長「この街は魔王そのものだっ。
 俺たちは魔王に恩義があるっ。
 そしてその魔王を守るために散っていった友との約定もある。
 この地を守ることは、俺たちがこの地の正統な住人だと
 名乗る上で欠くことの出来ぬ条件だ。
 ――故郷だからこそ守る、と人は言う。
 だがしかし、俺は新興の木っ端族長として言わせてもらうぜ。
 “守るために力を尽くしてこそ故郷と呼べるのだ”となっ。
 さぁ、だれ恥じることのない故郷を得るために、
 この都市を本当の意味で我らの故郷とするために
 俺たち力の最善をつくせっ!! 自分自身の未来の為にっ!」

236: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/12(木) 21:14:16.34 ID:uEzyLrsP
――開門都市南側、南部連合軍前線

ズギュゥウウン! ズギュゥゥン!

軍人子弟「600歩後退っ!」
鉄国少尉「600歩後退っ! 急げっ!」

将官「左翼騎馬部隊、準備完了っ」

軍人子弟「接近、騎射終了後即座に反転して離脱っ。
 行くでござるよっ!」

将官「了解っ!」

冬寂王「どうだ」

軍人子弟「小刻みに出入りを繰り返しながら
 敵軍を挑発中でござる。
 最初の斉射の後は、遠征軍の前線の指揮官も
 軍勢の内側に身を隠したようで
 なかなか隙を見せないでござるね」

「おぉぉぉぉ!!」 「光のために!」 「精霊は求めたもう!」
ギィン、キィン!!

鉄国少尉「騎射完了ッ!」

軍人子弟「300歩前進っ! 射撃準備っ」

冬寂王(細かいな。これほど緻密な運用をするのか)

軍人子弟「どうしたでござろう? 冬寂王」

冬寂王「いや、感心していただけさ」

軍人子弟「?」

237: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/12(木) 21:17:07.58 ID:uEzyLrsP
鉄国少尉「確かに驚異的な粘りですね」

冬寂王「む?」

軍人子弟「さすが王弟元帥という話でござる。
 歴史に残る采配でござるよ。
 これだけ指揮系統を炙って、少なからぬ混乱を
 起こしているにもかかわらず、前線が破綻しないでござる。
 それどころか、けが人を抗争して、素早い再構築を繰り返し
 前線密度が低下しないでござるよ。
 こちらの突撃はマスケットで押さえながらも、
 向こうのもくろみも進行させているでござる」

冬寂王「もくろみ、とは?」

軍人子弟「遠征軍は、開門都市南門で戦場を一つ、
 そしてここで我ら南部連合との間に戦場を一つ
 抱えているのでござる。
 二つの戦場の間には貴族や王族、教会の天幕やら
 糧食を集積した大規模な街にも匹敵する陣地を
 築いている……。
 この三つは、互いに距離もあり連携することは困難でござる。
 王弟元帥1人で目が届くのは我らとの前線くらいのもの。
 そしてその前線戦力では我らと互角。
 王弟元帥はこちらの誘いに乗らずに徐々に軍を斜行させ
 本陣、および南門前線方向へと戦場をずらしているでござる。
 おそらく前線と本陣の距離を圧縮して、数的有利を得る
 戦術でござろうね」

鉄国少尉「ま、こちらも織り込み済みですがね」

冬寂王「そうみえるな」

軍人子弟「しかし、それをここまで被害を押さえて
 行なうとは非凡でござる。良くする所ではござらぬ。
 敵でさえなければ教えを請いたいほどでござる」

238: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/12(木) 21:19:29.00 ID:uEzyLrsP
冬寂王「崩すのはやはり難しいか?」

軍人子弟「膠着はするでござるね。
 王弟元帥はこのまま戦場を圧縮し、
 おそらく本陣へも我らの銃声が響くような距離設定に
 することにより危機感を煽り、一気に本陣の予備兵力を掌握。
 その圧力にて、我ら南部連合を殲滅する計画でござろう」

鉄国少尉「……」

「大地のためにっ!」「我ら南部の旗の下にっ!」

ズギュゥウウン! ズギュゥゥン!

冬寂王「そのようだな」

軍人子弟「王弟元帥の器量がどれほどか」
冬寂王「そこは賭けにならざるをえんな」

鉄国少尉「は?」

冬寂王「器量が低ければ、軍の掌握を仕切れぬだろう」
 そして器量が充分に高ければ戦わずとも済む。
 ……高いことを期待したいが」

ゴォォン! ズゴォォン!!

冬寂王「カノーネか」

鉄国少尉「我ら主力軍、防壁まで後1里半に接近っ」

冬寂王「そろそろだな」

軍人子弟「本当に良いのでござるね?」

冬寂王「平和のためだ。惜しくはないさ」

軍人子弟「承ったでござる。輜重部隊、護衛部隊。準備を」
鉄国少尉「了解っ!」

239: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/12(木) 21:20:41.76 ID:uEzyLrsP
冬寂王「前線の構築と傭兵は鉄の国および貴君に一任する。
 我には南部連合のとりまとめとして、別の戦があるのだ。
 出立前から描いていたとおり、やらせてもらおう」

鉄腕王「良かろう。会議でも合意されたことだ」

鉄国少尉「輜重部隊に簡易装甲の準備良しっ。
 火竜大公よりの補給品、全て積み終わりましたっ」

羽妖精侍女「伝ワッテ欲シイデス」

冬寂王「力尽くでも判らせるほか、あるまいよ」

鉄腕王「こっちも準備よしっ!」

軍人子弟「狙撃部隊っ、突出してきた兵の鼻先を叩け。
 なるべく深く突っ込み、荷物を置き去りにするぞ!
 回収させるでござるっ!」

鉄国少尉「一番隊、二番隊、三番隊出発!!
 護衛歩兵部隊、長槍部隊進発っ!
 測距兵、マスケットの間合いを随時警告せよっ!
 距離はない、ゆっくり進んでもかまわん!!
 待避用の塹壕をこえて、慎重に行けっ!!」

冬寂王「では、我も出るか」

軍人子弟「それは――。前線はそれがしたちだけで
 大丈夫でござる。冬寂王が身を危険にさらすことなど」

鉄腕王「はははは。わしもでるぞ。ここは王族の出番だろう」

軍人子弟「っ! では、拙者も出るでござるっ。
 突撃準備っ! 鉄国兵団、構えっ!!」

鉄国少尉「了解っ!」


251: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 03:31:34.06 ID:rH.ZqWkP
――開門都市南側、遠征軍前線

   ズギュゥウウン! ズギュゥゥン!

王弟元帥「きめの細かい傭兵だな」
参謀軍師「姫将軍とやらでしょうか」

王弟元帥「いいや、この感覚は違うだろう。
 挑んでくるような破棄が感じられる代わりに、
 しぶとく不屈の、折れぬ剣のような気配だ。
 必殺の策を持っているという気迫ではないが
 負けぬ戦いの意志を感じる。南部も、層が厚い」

参謀軍師「マスケットの射程距離外で細かく兵を出入りさせて
 わが軍の指揮系統を消耗させているようです」

王弟元帥「このような戦、歴史にはないものだ。
 射程距離が長く、命中精度の高いマスケットか。
 ――だが、数は少ないようだな」

バサリッ!

聖王国将官「元帥閣下っ! 陣備えを半里ほど後退させました。
 本陣もあと少しで交戦領域です。本陣の予備兵力や
 光の子供達の間では緊張状態が広がっていますっ」

参謀軍師「で、しょうな。彼ら徴発された農奴兵達は
 王弟元帥に従って蒼魔族の領地まで遠征した経験もない。
 魔界についてから大規模な合戦もなく、
 攻城戦はカノーネが担当をしてきたわけでしょうから、
 実戦の経験が足りないのでしょう」

252: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 03:32:54.25 ID:rH.ZqWkP
王弟元帥「そのプレッシャーが吉と出るか、凶と出るか。
 しかし、ここまで前線と本陣を近づければ、
 教会も貴族達も本気を出さざるをえなかろうさ。
 伝令を出せ! 教会および本陣司令部に、援軍要請だっ。
 一気に南部連合を打ち破るために兵力集中を命ぜよ!
 これは全軍総司令からの指令だっ!」

参謀軍師「はっ。すでに伝令は用意してあります」

聖王国将官「これで兵力がそろいますね」

王弟元帥「一時しのぎに過ぎんがな。
 開門都市の入り口を固めるだけなら、貴族の私兵で充分だ。
 本陣のマスケット銃兵1万を増援として運用。
 このマスケット兵を右翼から南部連合軍にあてる。
 その混乱に乗じて、我らが鍛えた精鋭マスケット部隊を」

 ぐいっ

王弟元帥「一里ほど前進させるぞ。
 それで南部連合の本陣までたたきつぶす」

伝令兵「王弟閣下! 貴族達が援軍を求めていますっ。
 “開門都市南門付近の戦闘にて、魔族の抵抗激しく
  わが軍は窮地に立たされつつある、援護を乞う”と」

聖王国将官「恥知らずが」

王弟元帥「ふっ。戦局が見えていないのかっ。
 いってやるがいい! “わが軍後方より南部連合が侵攻、
 本陣との距離は一里を切り、全軍による総攻撃の段階にあり。
 後方の指揮を変わっていただけるなら、聖王国中核軍全てを
 もって南門周辺地域の制圧に向かおう”となっ」

参謀軍師「ふふっ」

伝令兵「かっ、かしこまりましたっ!」

だっだっだっ


253: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 03:34:13.00 ID:rH.ZqWkP
王弟元帥「参謀っ」
参謀軍師「はっ」

王弟元帥「教会に向けて書状を。口述筆記だ」
参謀軍師「はい」

王弟元帥「“いまや、南部連合軍間近に迫り
 開門都市との位置関係は我らを半包囲する状況に
 なりつつある。しかし一方、遠征軍には未だ豊富な
 兵力があり、反撃は充分以上に可能である。
 我が後陣は敵軍を制御しつつ戦場を設定した。
 これより、全軍総司令として本陣予備兵力の銃兵1万を
 増援として徴用。火力を持って南部連合を撃破する。
 大主教におかれては、我らが聖鍵遠征軍に祝福を”とな」

参謀軍師「釘を刺しますか」

聖王国将官「これならば、大主教も
 頷かねばならないでしょうね。南部連合を利用して
 遠征軍の石を固める、素晴らしい策です」

王弟元帥「……うむ」
参謀軍師「?」

王弟元帥「いや、良い。伝令兵を出せ! 急がせろ」

ゴォオオッン!! ゴォオオン!

聖王国将官「カノーネですな」

王弟元帥「貴族軍が攻め入っているにもかかわらず、
 後方からの射撃か。領主達が功を焦って
 足を引っ張り合っているな……」

参謀軍師「今は一刻も早く南部連合を平らげて、
 反転し指揮権を掌握すべきかと」

聖王国将官「了解っ! 伝令兵準備、前線を再構築しますっ」

254: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 03:35:27.38 ID:rH.ZqWkP
――開門都市、近郊、遠征軍本陣

ゴォオオッン!! ゴォオオン!

光の銃兵「お、音が近づいて来ただな」
光の槍兵「ああ……」
光の護衛兵「とうとう戦になるんだか。俺はまだ訓練でしか
 剣を振ったことがないのに……。ま、魔族か。
 来るのか、あいつらがっ」

    ギィン! キィン! 「……ために!」

光の銃兵「い、いや。そうとは限らないぞ。後方に迫ってる
 南部の裏切りどもの相手をすることになるかも知れねぇ」
光の槍兵「裏切り……かぁ……」

光の護衛兵「裏切り、なのか」

光の銃兵「だってそうだろう?
 あいつらは破門された異端者をかばった、異端の国々だ」

光の槍兵「腹一杯食うのは、異端なのかな……」

 ズギュゥゥン!!

光の護衛兵「っ!」

光の銃兵「今のは、近かったな」
光の槍兵「ああ、近かった」

ダカダッダカダッダカダッ!!

光の中隊長「お前ら、そろっているかっ!」

255: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 03:37:52.67 ID:rH.ZqWkP
光の護衛兵「はっ、はい」
光の銃兵「そろってるだよ!」
光の槍兵「そろっております」

光の中隊長「今より進軍を開始する、整列せよっ!」

光の銃兵「どこへっ?」
光の槍兵「……」

光の中隊長「光の子供の軍として、敵に突撃をするのだ」

光の銃兵「な、南部のヤツらですか!」
光の槍兵「南部かっ。くそっ! くそっ!」

光の中隊長「それは我らが考える。早く整列をしろっ!」

光の銃兵「はっ、はいっ!」
光の槍兵「了解しましたっ!」

わぁぁぁああ、わあぁぁぁあ

カノーネ兵「な、なんだ?」
光の護衛兵「あれは」
光の中隊長「――! 大主教さまだっ!」

光の銃兵「大主教さまが壇上に……? ほ、本物だか」
光の槍兵「大主教さま」がばっ

カノーネ兵 がばっ
光の護衛兵 がばっ

  参謀軍師「腰を上げてくれましたか。遅いお出ましですが」

256: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 03:40:12.44 ID:rH.ZqWkP
大主教「……汝ら光の子よ、いよいよ決戦なる時は来た」

 うわぁぁあああ! 大主教さま、大主教さまぁ!!!

大主教「我ら精霊の子らが邪教の都の防壁を攻めあぐねて
 長い時がたった。しかし見よ、眼前に扉は砕け落ちた!
 ……これは精霊の怒りの炎、御手に持つ雷霆の恵みである。
 立ち上がれ、精霊の、光の子らよ!
 時は来た! 精霊は求めたまう。
 精霊は自らを求める子らに無限の抱擁と優しさをもち
 喜びの野へと迎え入れるであろう……。
 我らが四方にもはや敵と云えるものはなく」

 参謀軍師(なっ!?)

大主教「精霊の光と慈悲は、あまねく世を照らす。
 見よ、南方に迫るは異端の軍である。
 我ら地上世界への生を許されながら魔族と通じ
 世界に穢れを振りまく者ども。きゃつらは敵ではなく
 もはや刈り取るべき腐った稲穂でしかない。
 光の子らの二万よ、あの軍を滅ぼすが良い」

ざわざわ、ざわざわ……い、いいのか。ほ、滅ぼす?

 参謀軍師「ばかなっ!」

大主教「見よ、北方には開門都市。邪教の都。
 精霊を奉じぬ邪悪の化身、魔族の住まう、腐敗と瘴気の
 源泉がそこにある。精霊の光を遮り、この世界に闇を広げる
 邪悪の根源を絶つべき、光の子らの二万よ、
 あの都を滅ぼすが良い」

ほ、ほろぼす? 全部で突っ込むのか? あの砲撃の中に……

 参謀軍師「それでは全軍ではないかっ! 予備兵力はどうなるっ!?」

257: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 03:41:27.70 ID:rH.ZqWkP
俺たちはまだ国に帰りたいんだ、異端なんてまっぴら……
だけど、人間を殺すって……戦争なんだ……
どうせ貴族が全てを……俺たちは何処まで行っても……

大主教「我はここに宣言する。これは聖なる戦。
 光の精霊の骸を我らが聖なる光の教えに取り戻す聖戦である。
 ――この戦において勇を示すは
 我ら光の子の最大の義務にして至高の奉仕。
 敵に情けをかけ、あるいは背を向けるは背教であると知れ!
 大主教と精霊の御名においてここに宣言をする。
 四方の異端を排除せよ!
 それが出来ぬものは、ことごとく異端であるっ。
 野に落ち顧みられることのない麦のように
 そのもの、腐れ行く未来を過ごすことになると知れ」

い、異端……魔族を殺さなければ……い、いやだ
腹が減った……だれか少しでもいいから……
異端になったら、俺だけじゃなく、娘や、妻が……
故郷の父も、母も異端に……

 参謀軍師(この流れでは。……あまりにも民衆に圧力を
  かけすぎではありませんか。これでは彼らが暴発してしまう)

大主教「剣を持て! マスケットを掲げよ!
 今日は祝祭の日! 奪え、殺せ、異端の全てを!
 破壊し尽くせ! もはや四方に散るは呪われた獣。
 進み、打ち、殲滅するのだ! 光の子らよ!
 精霊の祝福を! 精霊は求めたもうっ!」

……たもう……精霊は、求めたもう
精霊は求めたもう……精霊は求めたもうっ!!
奪え! 壊せ! 倒せ! 全てを我らが手に!!
……精霊は求めたもうっ!!……精霊は求めたもうっ!!

大主教「進むがよい、子らよ! 喜びの野は目の前であるっ!」

258: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 03:43:59.95 ID:rH.ZqWkP
――開門都市、南門周辺、市街戦

ゴォォン! ゴォオン!
 ドゥーン! ドゥゥン!!

光の槍兵「精霊は求めたもうっ!!」

光の銃兵「精霊は求めたもう! う、うわぁぁ!
 く、来るなぁ! 魔族は来るなぁ! 撃つぞ!
 撃ち殺してやるぞっ!!」

光の剣兵「行け! 進めぇ!!」
光の突撃兵「突撃だぁ!!」

貴族の私兵「なっ」
貴族騎兵「農奴兵どもか。やっと本軍を突入したとみえる。
 貴様ら、こちらだ、この通りから奥へ」

ドカッ! ズグググ、ダダダダッ

貴族の私兵「!!」
貴族騎兵「話を聞けっ! そちらはヤツらの陣地がっ!
 ええい、勝手に行くなっ!!」

ゴォォン! ゴォオン!
 ドゥーン! ドゥゥン!!

光の銃兵「精霊は求めたもう! 異端には死を……」
光の槍兵「お、俺たちは帰りたいだけなんだっ。
 お前達魔族がいるから帰れないんだよぉっ!」

光の剣兵「食い物を、食い物をよこせっ!!」
光の突撃兵「お前達みたいなのがいるからぁ!!」

……ドゥーン! ドォォーン!

観測兵「接近、マスケットを含む混成部隊1200ほど」

土木師弟「っ! 来始めたな。ここからが本番だ」
巨人作業員「……おお」

259: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 03:44:57.51 ID:rH.ZqWkP
義勇軍弓兵「まずは我らだな」

土木師弟「うん。防壁内側の射手通路に部隊を配置。
 引きながら攪乱射撃! 高低差を利用して頭上から射かけるんだ」

義勇軍弓兵「了解っ!」

人間作業員「投石準備できましたっ」
蒼魔族作業員「こちらも完了だぞっ」

キィン! ガキィン!!

土木師弟「いいか、これは甘さでも慈悲でもないっ。
 敵の命は残すんだっ!
 このような局地戦では、戦闘不能で十分。その方がいい。
 敵の方が兵力は大きいっ。重傷を負わせて、敵に後方輸送と
 治療を強制させろっ。特に貴族や騎士とかいう人間の
 お偉いさんを怪我させれば、おつきの人間や護衛の人間を含めて
 五倍の人数が戦場から撤退してくれるっ」

巨人作業員「わがっだ」

義勇軍弓兵「弓兵隊、整列よしっ!!」

人間作業員「投石機、準備よしっ」
蒼魔族作業員「焼けた石も混ぜたぞっ」

土木師弟「狙いは大通りっ。最前列の貴族集団っ!
 待てっ。いま、砦将の軍が引き上げる。まだだっ!
 まだっ! 俺たちの作った防壁を信頼しろ。
 この塔は容易く敵に落ちたりはしないっ。
 落ちるかっ。あいつを迎えるまで、俺の作った橋も
 俺の作った防壁も、落ちてたまるかっ!
 ――今だっ! いけぇ!!」

ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ!
  ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ!

 光の銃兵「なっ!? ど、どこから。うわぁ! くるなぁ」
  ドキュン、ドギューン!!

光の槍兵「撃つなっ! むやみに撃てば同士討ちになるっ」
光の剣兵「どこだっ。塔!? 防壁の塔だっ!!」
光の突撃兵「魔族めぇ!!」

土木師弟「第二攻撃準備っ! 前線工作班に伝達!
 小鳥通り、および砂塵通りをバリケードで封鎖、家を引き倒せ!」

巨人作業員「おおっ!」

265: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 04:21:53.62 ID:rH.ZqWkP
――開門都市、近郊、遠征軍本陣から南部連合軍

突き進め! 突き進め!
 我ら光の子! 異端を貫く輝く槍!

光の銃兵「精霊は求めたもう! 精霊は求めたもう!」
光の槍兵「うわぁぁぁ!! く、くるなぁ!!」

ドギュゥゥン! ドギュァァーン!

光の銃兵「てっ、敵だ!」
光の槍兵「南部の裏切り者だっ! 突き進めっ!
 異端の臆病者なんてマスケットの敵じゃないっ」

光の銃兵「そ、そうだな。大主教が守ってくれるさ。
 そうさ、そうじゃないと俺たちはっ。くっ。
 なんでこんな異郷の果てで……。う、うわぁぁ!!」

光の槍兵「来るなぁ! 来るんじゃねぇっ!!」

ドォォン! うわあああああ!!

 王弟元帥「戯けがっ! なんという混乱だっ!!」
 参謀軍師「閣下っ」

 王弟元帥「何をしたというのだっ! あの男はっ!?」
 参謀軍師「『聖戦』の宣告をっ!。
 そして本陣に存在する民兵全てを2つに分割し、
 それぞれ都市とこちらの前線に全力投入を宣告しましたっ」

 聖王国将官「馬鹿なっ」

 王弟元帥「~っ!」

 参謀軍師「このままでは、あの軍は暴徒の群と変わりません。
  突破力はありますが、その勢いが途切れるところを
  狙われれば容易く崩壊してしまうに違いありませんっ」

 王弟元帥「その通りだ。南部連合の将は、我らのそのような
  失態をけして見過ごさぬであろう。このままではっ」

 聖王国将官「至急掌握を! 王弟閣下!」

266: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 04:23:20.94 ID:rH.ZqWkP
 王弟元帥「無論だっ! 行くぞ。騎馬部隊800近衛として
  我に続けっ! 先行する暴徒二万の先端を横合いから浚うっ」

 聖王国将官「はっ!!」

 王弟元帥「参謀っ! 後衛の取りまとめをっ」
 参謀軍師「はっ!」

 王弟元帥(っ! 後手に回ったと云うのか。大主教っ。
  この罪は高くつくぞ。この異教の果てにてその慢心、
  高慢、傲岸不遜っ。中央諸国家のみならず自らの版図、
  聖光教会の歴史をも終わらせるおつもりかっ!?
  やはり。戦場において2つの頭を持つ竜は生き残ることが出来ぬ。
  ――斬る。
  それ以外、我らが地上に帰り着くすべはないっ)

ドォォン! うわあああああ!!

光の銃兵「撃てっ! 撃てぇ!!」

光の槍兵「逃げるな! 南部軍!! お前達が来たから!
 お前達が裏切ったから、俺たちはこんなにも腹を減らしてっ!
 お前達が食料を独り占めしたから、
 俺たちはこんな故郷を離れた場所でっ!」

ドギュゥゥン! ドギュァァーン!

 聖王国将官「射程距離外でマスケットを撃っているようですっ」

ダカダッダカダッダカダッ

 王弟元帥「戦場の熱気に耐えられぬ民兵だ。仕方あるまいっ」

 聖王国将官「打ち方止めっ! 聞こえんのかっ!
  我らは王弟閣下の近衛なるぞっ! 従えっ! 従えっ」

うわぁぁぁあ!! くれ! いや、よこせっ!!
 俺のだっ!! 俺のものだぁっ!!

 王弟元帥「何が起きているのだっ!?」

267: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 04:24:42.79 ID:rH.ZqWkP
よこせ! それは俺のっ!
こっ、こっちの馬車もだっ!
――干しぶどうだ! 干しぶどうが入っているっ。
こっちの馬車には、水とエールもあるぞっ!?

 斥候兵「報告しますっ! 敵は撤退開始っ!
  速やかに前線を後退させてゆきます、それにっ」

 聖王国将官「何が起きているっ! 報告を」

 斥候兵「て、敵が残していった数十台以上の馬車にっ
  パ、パンや食料がっ!!」

 聖王国将官「っ!? 毒か? 食べさせるのを止めさせよっ」

 斥候兵「無理ですっ! 民兵の殆どは満足に食事も取れないような
  待機状態で長い包囲網を続けていました。
  体力も緊張も限界だったんですっ。
  前線はパンの奪い合いと、詰め込みあいで完全に膠着っ。
  この混乱を収拾するのは不可能ですっ」

 聖王国将官「なんていう……」

 王弟元帥「……」

 聖王国将官「どんな思惑があるというのだっ! 南部連合はっ」

ガサリ

 王弟元帥「――」

 斥候兵「そ、それがパンと一緒に大量に積まれていた
  木版刷りらしきものでして……」

 王弟元帥「……三食の保証。そして天然痘の予防。
  ここまできて。この魔界までやってきてっ!
  ――開拓民の募集、だと!? 冬寂王っ!!」

268: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 04:26:45.67 ID:rH.ZqWkP
 王弟元帥「お前は、この戦場までやってきて
  我らと矛を交えるつもりはないとでも云うのかっ!
  なぜ自らを否定するっ!
  王族に生まれ、民を支配する金の冠をその額に頂いて
  統治者として君臨してきた貴様が
  なぜ得体の知れぬ学者の娘のようなことを言い出すのだっ。
  答えろっ! なぜ自らの未来を塗りつぶすようなことをするっ。
  全ての秩序を否定して、無為を行なおうとするっ!
  見ろ、この民衆をっ!
  パンを与えれば泥の中でむさぼり喰らうっ。
  このように自分本位な者たちに何らかの権利や自由を与えて
  国が治まるとでも考えているのかっ!!
  答えろっ! 冬寂王っ。
  貴様はっ!
  “貴様ら”はっ!!
  この戦場に何を見ているのだっ!!」

 聖王国将官「王弟閣下……」

 斥候兵「南部連合軍、すくなくとも半里後退しましたっ」

 王弟元帥「~っ!」

 聖王国将官「毒が含まれているわけでもなければ、
  これは戦術的には無意味な行為です。
  たかだか数時間の足止めが為されるだけに過ぎませんっ。
  我らは何も失ってはいないっ!
  落ち着いてください、王弟閣下」

 王弟元帥「判っている」ぎりっ

 聖王国将官「では、この隙に突出したマスケット部隊を
  収拾して、戦線を再構築。
  少なくなりましたがブラックパウダーを再配――」

 斥候兵「あれはっ!?」

 王弟元帥「あれは、なんだっ」

269: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 04:27:50.57 ID:rH.ZqWkP
――開門都市近郊、混戦状態の南市街廃墟

うわぁぁぁあ!!
 ドゴォォン! ドギュゥゥン!! ゴァァン!
 キィン! ギキィン!
石が! 燃える石がっ!
進め! 進めぇ! 精霊は求めたもうっ!
精霊は求めたもうっ! 殺せ! 魔族を殺せ!
異端を殺せ! 背教者を殺せ! 殺さなければ、剣を持たない者は
全て異端だ! 魔族と通じた裏切り者だっ!!

光の少年兵「……っく。うっ」

ずるっ……ずるっ……

光の少年兵「いやだ。もういやだ……」

光の少年兵「帰りたい」

光の少年兵「……殺すのはいやだ」

光の少年兵「……殺されるのはもっといやだ」

光の少年兵「痛い、苦しい、飢える、焼ける……」

ずるっ……ずるっ……

光の少年兵「……判らない。判らない」

光の少年兵「ううっ。戦いは、まだ……」

         どぉんっ! ドォォーン!

光の少年兵「……」

光の少年兵「ううっ。うぅ」

284: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 19:08:20.16 ID:rH.ZqWkP
光の少年兵「行った、かな」

光の少年兵(ここに隠れてれば……)

ガチャン!!

光の少年兵「っ!?」

光の少年兵「……? 荷物が落ちただけか。なんだろう。
 魔族の荷物かな。魔族の家だろうし」

光の少年兵(考えてみれば、僕は魔族の姿なんていっかいも
 ちゃんと見たこともないのに。なんでこんな世界の果てまで)

光の少年兵「……」

がさっ、がさっ

光の少年兵「服か」

光の少年兵「魔族も、似たようなの着るんだな。
 でかいな。これは、商人用なのかな……あ」

ぽろっ

光の少年兵「……これ」

光の少年兵(小さな、手袋。僕よりも半分くらいの。
 ……子供の。ううん、赤ちゃんの。魔族の、赤ちゃんの)

光の少年兵「……うぅ。なんだよ。何だって云うんだよぅ。
 こんなにちっちゃくて。魔族ってなんなんだよっ。
 なんでこんな風になっちゃってるんだよぅ。うううっ」

ゴォン! ゴゴゴゴゴ!! ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

光の少年兵「っ!? 今度は何がっ!?」

286: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 19:12:59.52 ID:rH.ZqWkP
――開門都市近郊、全ての人々

なっ!? なんだ、あれはっ!?

塔!? なんであんなものが。

判らない、突然。

突然現われたぞ!

光って、白くて、どれほど高いんだ。
まるで糸のように天空に伸びているじゃないか……。

光の塔だ……。

天に続く塔。

光の……精霊の、塔?

精霊の塔だっ!!

あれは、精霊の宝の眠る塔だっ!!

精霊が我らを迎えてくれている吉兆だっ!

いや、戦をいさめる凶兆だっ!

果てが見えない、なんて……。

なんて高い塔なんだ……。

いったい何が起こっていると云うんだっ!?

289: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 19:18:03.68 ID:rH.ZqWkP
――光の塔、おそらく下層

コオォォン……

勇者「ここが『天塔』なのか……」
魔王「まぶしくて、真っ白で眼がきついな」
女騎士「魔力感知が追いつかない。全体が高レベルの
 魔法具のような……。いや、それ以上の反応だ」

勇者「そのうち馴れるとは思うけど。大理石じゃないな、これは」

魔王「うん、部屋も通路もないようだ。
 ただひたすらに、巨大な螺旋階段と巨大な踊り場が
 遙か上まで伸びている……」
女騎士「本当に、ただの通路なんだな」

勇者「ま、この状況下だ。かえって有り難いさ」
魔王「そうだな」
女騎士 こくり

……コオォォン

魔王「行こう」
勇者「ああ」

コオォォン……

女騎士「どれほどの高さがあるのかな」

勇者「ちょっと判らないな」
女騎士「魔王も判らない?」

魔王「不明だ。話によれば1500里。途轍もない距離だ」

女騎士「そうか。――その、勇者は」
勇者「?」

290: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 19:19:21.44 ID:rH.ZqWkP
女騎士「身体は……。どうなんだ?」

勇者「ああ。なんか、さっぱりだ。
 いつもの半分の半分もも力が出やしない。
 どうもなんか特殊な呪詛でも喰らったような感じだ。
 たいがいの呪いは無効化できるんだけどなぁ」

魔王「そうか」

勇者「それさえなきゃ“飛行呪”で
 塔の内側を一気に飛んで登れるたと思うんだけどな」

魔王「それはどうかな」

魔王「さっきから定期的に紋様が刻まれている。
 反呪とか引力制御とかだ。この塔の内側で飛行は
 出来ないと思う」

女騎士「ふぅん」

勇者「それならハンデ無しだ」

女騎士「ま。荷物持ちはわたしがやる。ちょうど良かった」

勇者「悪いな」
女騎士「なんだ。二人とも、わたしを置いて行く
 つもりだったんだな」

魔王「あー」
女騎士「抜け駆けだ」

魔王「今回はそう言う話ではないではないか」

女騎士「置き去りか。……魔王には友情を感じていたのに」

魔王「それはわたしだって人間の親友だとは思っているけれど
 今回ばっかりは事情が事情というかだな」

女騎士「二人で内緒で、で、出かけるなんてな」

291: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 19:20:50.85 ID:rH.ZqWkP
勇者「……さくさく登ろう。行くよ? 行きますよ?」

魔王「良いではないかっ。結局は同行できたのだし!」
女騎士「ぷになのに」じー

魔王「……むっ」
女騎士「~♪」

勇者「あー。なんだね。そういえば」

魔王「どうした?」

勇者「さっき、女騎士は随分おとなしくなかったか?
 魔法使いのところで、だけどさ」

女騎士「そんなことはない」

魔王「そういえば、魔法使いと何を話してたんだ?」

女騎士「え、いや」
勇者「ん?」

女騎士「新作小説について?」

勇者「そうなのか!?」

魔王「そうかっ。やはりご機嫌殺人事件シリーズは
 不朽の名作だなっ。あのカオスな展開と切ない
 ラブストーリーがたまらなぁい。
 “ガッシ!ボカ!”を遙かに超えた表現だ」

女騎士「……うう。ちょっと後悔してる」

勇者「少しどころじゃない表情だ」

292: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 19:22:21.90 ID:rH.ZqWkP
魔王「ふむ」

女騎士「まぁ、わたしがついてきて便利だろう?
 いまでは勇者の力も落ちている。
 わたしの“瞬動祈祷”なら2人にもかけられるし、
 勇者の力を無駄にしないで済む。先行きは長いわけだし」

勇者「それはそうだけど」

女騎士「荷物持ちにも便利だ。わたしは元気だからな」

魔王「……」

女騎士「魔王」

魔王「え? ああ」

女騎士「そう言うことにして置いて」

魔王「うむ」

勇者「……?」

魔王「今は、上に待ち受けているものが先決だ。
 急いで登るに越したことはないはずだ」

勇者「上には、精霊がいて、直談判だろう。
 そんなに急ぐべきなのか?」

女騎士「急ごう」

魔王「そうだな。地上では戦争が起きているんだ。
 私たちがのんびりしているわけにも行かない」

293: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 19:23:45.28 ID:rH.ZqWkP
コオォォン……

勇者「……」
魔王「……」

……コオォォン

魔王「これで良かったのかな」
女騎士「?」

勇者「良かったんだろ」

魔王「……」

勇者「正直に言えば、良かったか、悪かったのかは判らない。
 けど、判らないって事は、判る」

女騎士「戦場を、離れたこと……?」

魔王「そうだ」

勇者「昔、爺さんが言ってた。
 良かったか悪かったか判らないなら、
 その二つは判らないという意味では一緒なんだ。
 点数がつかないという意味では、まったく一緒。
 だから“良かった”事にしておいても、問題なし」

魔王「随分強引な思考方法だな」
女騎士「勇者らしくてほろりと来そうだ」

勇者「それに、メイド姉が言ってたよ」

魔王「メイド姉? そう言えば、さっきも言っていたな。
 近くに来て、勇者になる。なっている、と」

――それでも飛び立ってゆく鳥を留めることが出来ないように
 わたし達には翼がついている。
 本当は誰だって知っているはずなんです。
 チャンスがあるのならば、賭けてみたい。
 わたしはやはり、そこまでお互いに馬鹿だとは
 思いたくないんです。わたし達は自由なのですから。

294: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 19:25:59.24 ID:rH.ZqWkP
勇者「ああ」
女騎士「どうやら、わたしの知らないことが
 沢山おきているみたいだ」

勇者「それは仕方ないさ。俺だってびっくりしたし……。
 女騎士がこっちに来ているのだって知らなかった」

魔王「そうだ。勇者だって何をしてたのやら」

女騎士「ともかく。メイド姉が近くにいて。
 えーっと勇者?
 それは冗談ではなくて、その、なんなんだ?」

勇者「うん。正直舐めてた。あいつは、すげぇや」

魔王「そうか? うん、そうだろうな。
 あの娘は、逸材だ。古典的自由主義をドライブして
 人権思想や憲法の規定にまで思想が及んでいるからな」

女騎士「それは……すごいことなのか?」

勇者「憲法ってなんだ? 法律じゃないのか?」

魔王「憲法って言うのは、法律の親玉なんだ。
 原型というか、理念と言ってもいい。
 いわば“法律を作る時の基本的な考えを示すもの”だ。
 もちろん国によって語句は変わるから
 これは概念論に過ぎないけれどね」

女騎士「難しいな」

魔王「つまり、この世界、国家や氏族によって方は様々だ。
 それはよいとしても、そもそも王や族長が変わった時点で、
 いろんな決まり事や方はひっくり返ってしまうだろう?
 国の基本的考え方や性格は、その行動を見て判断する
 しかないわけだ。
 憲法というのは、様々な法律の下になるガイドラインだ。
 この法律には次の支配者を決めるものも含まれる。
 つまり“その国の基本的な性格”を表現していて
 それを見ただけで、その国がどのような考えに
 基づいているか判る。それが憲法だ」

295: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 19:29:23.53 ID:rH.ZqWkP
女騎士「それは、すごいことなのか?」
勇者「うん、すごそうだけど、やっぱりぴんと来ないな」

魔王「王が変わっても、途切れないと言うことだよ。
 おそらく冬の国は十年以内に憲法の制定にたどり着くだろうが
 もし制定されれば、王が変わろうと冬の国は、百年の間ずっと
 農奴を持たない自由と平等の国へなる。なろうとし続ける。
 これは、宣誓書であると同時に、計画書なんだ」

女騎士「そう聞くとすごいな」

勇者「王弟にまで啖呵きってたからな」
魔王「ほう!」
女騎士「聖王国の!?」

勇者「ああ。“次はわたしが相手にしてやるから
 覚悟して金玉小さくしていやがれ、んだとコラ!?”って」

魔王「いや、それは云わないだろう」
女騎士 こくこく

勇者「それは冗談としてメイド姉は
 “わたし達には翼がついている”って云ってたよ。
 だから、俺たちが。
 閉じ込めてはいけないと思った」

女騎士「……そうか」

魔王「そうだな……」

勇者「俺も魔王も女騎士も、魔法使いや爺さんもさ。
 あんまり過保護にしてると、メイド姉みたいな
 頑張ってる人をゆがめちゃうんだってさ。女騎士」

女騎士「うん。わたしも、それは魔法使いから聞いた」

296: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 19:30:49.14 ID:rH.ZqWkP
魔王「そうか。……人間は驚愕の種族だから」
勇者「へ?」

――あなたが魔王をさぼっているから、
 わたしのところにまで案件が持ち込まれているんですよ。
 いい加減に本気を出して仕事をしてください
 正直、少しがっかりしました。
 もう少し熱を冷ましてください。
 あなたのやるべき事は、目先の軍を防ぐことではない。

魔王「いや。青年商人にめちゃくちゃに言われてな」
勇者「なんて?」

魔王「えーっと……。足手まといだから、とっとと勇者を
 探し出して、そっちで仕事をしろ、みたいな」

勇者「云うなぁ、あいつ」

女騎士「同盟の指導者ですか」

魔王「あれはあれで傑物なのだ。
 聞けば先物に売り浴びせに
 取り付け騒ぎに果ては為替操作までしていた。
 まさにやりたい放題だ。
 鬼畜だぞ。
 わたしよりずっとえげつない。
 確かに経済圏がひとつしかなかった中央大陸において
 商人の活躍の余地は少なかったのだが、
 逆に言えばその中でどれだけ飢えて未来を
 求めていたことやら。
 あれはあれで、ある種の英傑だ。
 魔王を名乗るだなんて冗談にしたってはまりすぎだぞ」

勇者「?」
魔王「い、いや。こっちの話だ」

女騎士「勇者に、魔王か……」

――あなたの戦闘能力は勇者の全開時の40%以下でしかない。
 でも、そんな数値上の比較は関係ない。
 約束をしたならば、果たして。

297: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/13(金) 19:32:00.79 ID:rH.ZqWkP
コオォォン……

勇者「……下はどうなっているだろうな」

魔王「遠征軍は今にも雪崩を打って開門都市に
 流入しようとしている……。
 最悪は市街戦、その後、虐殺。
 怒りに駆られた魔族側は報復措置として、開門都市を逆包囲。
 人間達は開門都市に籠もったまま、
 数ヶ月の飢えを経てそのまま全滅」

女騎士「南部連合も援軍を出したんだ。その数は三万に迫る。
 ゲートのあった大空洞を抜けた救援軍は、形としては
 遠征軍の補給線を立って後背をついた。
 兵糧攻めにはなっているけれど、
 数の上でも戦闘能力の上でも、遠征軍は未だ圧倒的な
 優位性を持っている。良くて、膠着の泥沼戦。
 悪ければ、殲滅戦。どちらにしてもこの場で戦争は終わらず、
 その戦果は地上へと飛び火して、全ての国々を焼き尽くす」

勇者「……」

魔王「でも、そうはさせないと思っている人もいる。
 青年商人は判っているし、火竜公女、東の砦将もいる」

勇者「メイド姉と貴族子弟もいるしな」

女騎士「冬寂王や鉄腕王、軍人子弟にもこちらに来ている」

魔王「それなら、まだチャンスはある」

女騎士 こくり

勇者「まぁな。魔法使いもいる。
 あいつは昔から、頼りになるやつだし……」

魔王「そうか」

女騎士「……」

勇者(……まだなんか隠している気はするんだけどさ)

322: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/14(土) 03:37:58.12 ID:6OFcHF6P
――開門都市、近郊、遠征軍本陣

ゴゴゴォォン! ゴゴゴォォォン!

大主教「司祭よ」

ころり。ころり。

従軍大司祭「はっ。はいっ」

大主教「ふふ。どうした、震えているでは無いか。
 ……恐ろしいのか? 天のおののきが。それとも、我か」

従軍大司祭 がばっ 「い、いえっ」 がくがく

ころり。ころり。

大主教「時は満ちた。きゃつらの、すくなくとも1人は
 死んだのだ。そして精霊への道が現れた」

従軍大司祭「――っ」

百合騎士団隊長「では」

大主教「喜びの野……。“次なる輪廻”への架け橋」
従軍大司祭「次なる……輪廻?」

大主教「悠久を永遠へとする力だ」

従軍大司祭(判らない……。大主教は何を考えているのだ。
 い、いや。大主教は……。何になってしまったのだっ)

323: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/14(土) 03:39:35.42 ID:6OFcHF6P
大主教「これより我は出陣する」

従軍大司祭「そ、それは。南部連合方面へ?
 それとも開門都市にとどめを刺しに?
 いえ、どちらにしろ、まだ腕のお怪我も
 癒えてておりませんっ。大主教様にもしもがあればっ」

大主教「もはや、そのようなことは些末な問題だ」

従軍大司祭「しかしっ」

大主教「……あの暗殺者。良い仕事をしたが
 それでは腕が動かぬ程度のこと。
 刻一刻とこの双玉の瞳に力が満ちてくる。
 今を置いて時はない。
 あの塔を我より先に登るものがあれば、
 全ては水泡に帰す……。大隊長」

百合騎士団隊長「はっ」

大主教「これより、汝を光の筆頭騎士とする」

百合騎士団隊長「ありがとうございます」

大主教「地には混沌が充ちている。
 それはたとえようもなく美しい。
 もはや既存の権力は全て無用となった。
 この混沌の中で、大陸の全ての国家、
 魔界の全ての部族は解体されなくてはならぬ。
 光の再生には混沌こそがふさわしく
 それがこの終局を言祝ぐ最高のフィナーレとなろう。
 この地を混沌で充たせ」

百合騎士団隊長「承りました」

324: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/14(土) 03:41:33.32 ID:6OFcHF6P
大主教「大司祭」
従軍大司祭「はっ、はひっ」がくがく

大主教「我々、光の教団は長きにわたり地上世界の
 信仰の庇護者、精霊の代弁者として活動を続けてきた。
 欲にまみれた貴族。権勢を誇る王族。目先しか見えぬ商人。
 愚妹にして貪欲な農夫達の全てを真理という光において
 善導してきたのだ。
 それもこれも、光の恩寵。
 それが精霊の意志ゆえだ。
 しかしながら、彼らは彼らの罪を意識しないばかりか
 我らが教会をも取り込み、権勢の道具と見なすに至る。
 手を取り合うべき時期は過ぎ去った。
 我らは我らの王国を打ち立て、
 この地を教会の教えで充たさなければならぬ」

従軍大司祭(なっ!? なんという馬鹿げたことをっ。
 正気なのですか、大主教!?
 いや、狂気であるはずがない。しかし、それは……。
 それがどれくらい途方もない世迷い事か判らぬはずもない。
 我ら聖光教会がどれほどの信者の数を誇ろうと
 それのみにて国という、いわば俗界の機構を運営できるという
 事にはならないではありませんか!?
 我らにはその技術も経験も不足しているっ。
 そもそも、今更に表舞台に立つ意味がありませぬ。
 特定の国を持たないからこそ、我らは多くの国に
 信者を得ることが出来たっ。我ら最大の武器である
 国境を越えた共通の組織という利点を捨てて……
 捨てて……。
 いや、捨てずに国を持つ。
 ――それは)

百合騎士団隊長「世界を精霊の御名の元に。
 “全てを精霊の下に”。くすくすくすっ」

大主教「その役目は、大司祭に任せる。存分に腕を振るえ」

従軍大司祭「っ!!」

325: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/14(土) 03:42:56.18 ID:6OFcHF6P
従軍大司祭「お待ちくださいっ! お待ちください大主教様!
 そのようなことをすれば、この世にどのような災厄と
 混乱が巻き起こることかっ! どうかご再考をっ!」

百合騎士団隊長「その混乱を“美しい”と仰せです」にっこり

従軍大司祭「しかしそれではっ! あまりにも多くの命が
 無為に失われ」

大主教「いずれ同じ事」
従軍大司祭「は?」

大主教「もはや天の塔は起動したのだ。
 精霊も聖骸もその姿を現した。となればいずれ同じ事。
 この世界の混乱は、次へは持ち越されぬ。
 であるならば、終末には炎こそがふさわしい」

従軍大司祭「な……なにを……?」

大主教「判らぬか。いや、それはいい。
 しかし信じることも出来ないとは、聖職者として失格だな」

従軍大司祭「え? あ、あっ……」がくっ ずるずるっ

百合騎士団隊長「なんの迷いがありましょう。
 この身には精霊の穢れ無き光が充ちています。
 わたしは迷いません。わたしは決して穢れてはいない。
 穢れなど、しない。この身には汚泥など触れ得ない。
 わたしは信仰します。わたしは帰依します。
 喜びの野に。悪夢のない影無き国を信仰します。
 お連れください、大主教猊下っ」

大主教「よかろう」

 ぎゅぐ。ぐちゅる。ぞぎゅ……。ご……とん……

従軍大司祭「がはっ……。ごぼっ、ごぼっ……な……にを……」

大主教「後は任せたぞ。筆頭騎士にして女司祭よ」

328: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/14(土) 04:02:29.44 ID:6OFcHF6P
――地下城塞基底部、地底湖

女魔法使い「……魔力回路の補強を」
メイド長「お任せください」

明星雲雀「ピィピィ……」

女魔法使い「……大丈夫」
メイド長「――」

女魔法使い「この両手の刻印があるうちは」

明星雲雀「だ、だって! 刻印から血が……。
 それに、こんな魔力を流してちゃ持ちませんよぅ」

女魔法使い「貯めてある」

明星雲雀「それにしたって!!」

女魔法使い「なんのために。――なんのために」

メイド長(なんて言う魔力ですか!? こ、これはっ。
 量だけならば、勇者様よりもっ)

女魔法使い「葦が原での合戦も、忽鄰塔でもっ。
 勇者の心の叫びを無視してまで、手のひらに爪を食い込ませ
 唇をかみ切る思いをして耐えたっ。
 ――わたしのこの胸に咲く誇りはこの程度で揺らぎはしない」

メイド長(……)

明星雲雀「ピッ! これ……これはっ!」

女魔法使い「……」

メイド長「“天塔”内部に侵入者有り。これはおそらく」

329: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/14(土) 04:04:10.28 ID:6OFcHF6P
女魔法使い「……怪物」

メイド長「人間ですが、人間ではない。
 ……過去の魔王の亡霊の力を受け継いだ、
 魔王にあらざる魔王っ」

女魔法使い「魔王の力と精霊の奇跡を兼ね備えるもの」

メイド長「やはり……」

キィィン!!!

明星雲雀「っ!?」

メイド長「刻印がっ!」

女魔法使い「……」

明星雲雀「無理だったんですよ! 魔力による仮想通路に!
 本来あの塔は1人で登るもの。
 その塔に4人も登らせるなんて! ピィピィピィ!
 術の強度が不足して
 崩壊するに決まっているじゃないですかっ」

女魔法使い「強度……」

明星雲雀「へ?」

女魔法使い「……回路、強化。強度、上げて」

メイド長「出来ます。可能ですが、それには安定して高出力の、
 そして魔王様の波形特性を持った魔力供給が必要ですっ。
 4人ですよ!? そんな強度を実現するためにはっ
 少なくとも歴代魔王の三倍……3人分はないとっ」

明星雲雀「だから不可能だってっ!」

女魔法使い「……不可能はない」

ビィィィッ!

メイド長「~っ!」

330: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/14(土) 04:05:50.97 ID:6OFcHF6P
メイド長「そ、その腕……。ま、まさか。そ、そんなに!?
 なんでっ? どうして生きていられるんですっ!?」

明星雲雀「ピ、ピ、ピィィ!?」

女魔法使い「右手に54、左手に54。
 ……合わせて、108の刻印。
 その刻印に三年で蓄えた魔力と……みんなの、死」

メイド長「……っ」

明星雲雀「ピ、ピ……」がくがく

女魔法使い「……勇者には、見せられない。
 嫌われてしまうから」

メイド長「そんなっ」

女魔法使い「……綺麗な肌じゃない。
 死の穢れと、魔力の、こびりついた腕」

バチィッ!

明星雲雀「刻印がっ!? 灼けて消えちゃうっ」

女魔法使い「それが嬉しい。役に立てる力がっ。
 怪物も、精霊も関係ないっ。いくつの刻印が弾けてもっ
 わたしがここにいる限り、勇者の道を照らす。
 わたしは勇者の道を照らすものっ、。
 勇者に何かがあれば必ず駆けつけっ、
 その願いを叶える。
 あの日。
 あの夕暮れの中でっ! 足下の闇を恐れるあまり
 その闇の中を駆けだした勇者を追うことも
 出来なかったあたしの戦場はここだっ。
 譲らないっ。引かないっ! 負けるつもりはないっ」

331: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/14(土) 04:08:04.76 ID:6OFcHF6P
メイド長「回路を強化、魔力経路を計算して再配分。
 ターミナルを形成して、循環組織を形成しますっ」

明星雲雀「え、あ……あ」 パタパタ

女魔法使い「助かる」

メイド長「180秒お待ちを」

バチィっ!!

明星雲雀「ご主人っ!」

女魔法使い「……関係ない。くすぐったいくらい。
 この刻印の弾け飛ぶ痛みの一つ一つが勇者への恩返し。
 春の日だまりで、のんびりしながらごろごろしてるみたい」

明星雲雀「そんな顔色じゃないですよぅ!」

メイド長(……っ)

女魔法使い「タツタになる?」

明星雲雀「嫌ーっ! タツタは嫌ーっ! そうじゃなくて!!」

女魔法使い「……ゆずらない。
 譲る事なんて、出来はしない。
 わたしの居場所はここにしかない。
 武器も使えない。人と交流も出来ない。
 可愛い表情も出来ない。甘えることも出来ない。
 動けば戦を引き起こす広域魔法しか使えない。
 わたしは……人を殺めすぎる。
 わたしは勇者よりもずっと兵器として特化されている。
 勇者が魔族の殲滅ではなく共存を望むのなら
 わたしはきっと勇者の隣にはいられない。
 血の代価を……これでしか払えない」

メイド長(それは……)

333: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/14(土) 04:17:04.63 ID:6OFcHF6P
明星雲雀「ご主人じゃなくたっていいじゃないですか
 血の代価なんて、そんな言葉は何十回も聞きましたけれど
 何もご主人が流さなくたって! この世界には他に何人も
 いるじゃないですか! 何百人も、何千人も!」

女魔法使い「それじゃ」

バチィッ!

女魔法使い「恥ずかしくて、仲間って云えない」 にこり

メイド長「循環回路形成。……つづいて吸収回路を構築」

明星雲雀「だからって」

女魔法使い「『冗長系』って、云った」

メイド長(……?)

女魔法使い「冗長化は機構に何らかの障害が
 発生した場合に対して、
 障害発生後でも機構としての機能を
 維持し続けられるように予備の機構を
 バックアップとして配置すること。
 こうして得られる安全性を冗長性と呼び
 バックアップの部品を冗長系と呼ぶ」

――魔王の代わりは、わたしがする。

メイド長「始めからっ!?」

バチィッ!

女魔法使い「憧れた。……あの大図書館で魔王を見た時に。
 あの凛々しさに。聡明さに。未来を望む強さと優しさに。
 なにより。
 “あなたが欲しい”と勇者に云える勇気に。
 涙が出るほど悔しくて、胸を焦がすほどに憧れた。
 魔王の告白なんて成功率は1%も無かったのに。
 でもそんな確率なんかで一瞥もせずに、
 ただまっすぐに勇者を目指した魂にさに。
 あたしには云えなかったけれど、それを云えた女性に。
 わたしは憧れて、守ろうと思った。
 だからこそっ!
 相手が、化物でもっ!
 『大魔王』でもっ! 私たち三人は、勇者を守る。
 この身に刻んだ穢れた刻印の全てに賭けてっ。
 勇者が願う未来を、その手にっ!」

335: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/14(土) 04:50:31.29 ID:6OFcHF6P
――光の塔、その道程

……コオォォン

女騎士「だーかーらー! “ひとつまみ”ってのは
 指先でつまめる量。なんで“ひとつかみ”と
 いっしょにするっ」

勇者「そんなこと云ったって」

魔王「ま、魔界には様々な氏族がいるからな。
 そう言う曖昧な表現は争乱を招く元になるのだ」

女騎士「へー」

勇者「冷たい視線だっ」
魔王「理不尽だぞ、女騎士っ」

女騎士「食料を無駄にするのは、修道会の教えに反する」

勇者「それはそうだけど」
魔王「食事なんてメイド長に頼めばいいのだ。
 あちこちに酒場だってある。自分で作れなくとも
 なんの問題も発生しないっ。些末な問題だ」

女騎士「そう? ……勇者」

勇者「ん、なんだ?」

女騎士「はい。ビスケット」ひょい

勇者「ん。さんきゅ」ぱくっ

魔王「っ!?」

336: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/14(土) 04:55:06.61 ID:6OFcHF6P
女騎士「そして勇者。美味しい?」

勇者「うん、美味いな。もっきゅもっきゅ」
魔王「な、な、なにを……っ」

女騎士「そうか。もっとあるぞ」なでなで

魔王「何をしているのだっ!?」

女騎士「何って。……馴致だ」
魔王「馴致だとっ!?」

女騎士「いや、言葉が悪かった。……餌付けだ」

魔王「同じ意味だっ! 勇者も、何を馴染んでいるっ」

勇者「さくさく歩こうぜ、先は長いんだから」

魔王「~っ!!」

女騎士「魔王。悪いことは云わない。料理を習おう。
 別にすごく上手である必要はないんだ。
 普通の男なら知らないが、勇者は空腹になれば
 普通の料理でさえあれば大抵ご馳走だと思って食べてくれる。
 食事はいいぞ。食事をしている勇者は無防備だからな」

魔王「無防備……なのか?」
女騎士 こくり

 勇者「おーい、置いていくぞー」

女騎士「勇者は、お腹一杯の時と寝てる時はすごく可愛いぞ」

魔王「う、うむ」

337: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/14(土) 04:57:52.36 ID:6OFcHF6P
女騎士「もふもふもさせてくれるようになったしな」

魔王「しかし、慣れるのはいいが、それはそれで
 ときめきがなくなるという意味合いでは負けというか
 ある種の本末転倒を感じないでもないではないか」

女騎士「こちらは一杯一杯だ。ときめきどころか
 心臓が暴走しているのだから、問題ない」

魔王「勇者の側の問題だ。勇者にだって動揺してもらいたい。
 そうでなくては公平ではないぞ。
 こちら側ばかりが動揺するのは魔王としての沽券に関わるっ」

女騎士「沽券で勝てるなら世話がない。
 まずは勝つ。具体的に云うと、同衾だ。
 ときめきはその後に考える」

魔王「な、なんという実利的な……」

女騎士「これが老師から教わった策だ。まずは勝て!
 相手を負かすのはそれからでも遅くはない」

魔王「わたしが女騎士に軍略を語られるとは……」

  勇者「なにやってんだよ。急ぐって云っただろう?」

魔王「あ、ああ。済まない」
女騎士「道中の雑談だ。無言だと帰って早く疲れる」

勇者「なんの話だ?」

魔王「いや、なんの話というか。そのぅ……。し、塩だ」

勇者「塩?」

魔王「あ、いや。帰ったら多少料理を習おうかと」
女騎士「うん、そう言う話だ」

338: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/14(土) 05:01:05.77 ID:6OFcHF6P
勇者「いいんじゃないか。よっと」

とったったっ

魔王「うん。何か食べさせてやるぞ、勇者!」

勇者「腕は同じくらいなんだ。いっしょに作ろうぜ」

魔王「それもいいな。二人で料理をすると楽しいぞ。
 出来上がりは今まで不幸だったけど……」

女騎士「うん。そのときはわたしも一緒に……」

…………ィン……

勇者「どした? 女騎士」

女騎士「あ、いや」

魔王「なにかあったのか?」

女騎士「ん。ちょっと」

勇者「ちょっとって?」

女騎士「勇者、魔王。ほら、荷物降ろして」

勇者「なんでだよ」
魔王「……」

女騎士「わたしが後から持っていってあげるよ。
 “瞬動祈祷”――ほら、持続時間も強度もあげておいたぞ。
 これでさくさく登れ?」

勇者(胸がざわざわする……)

魔王「危険が迫っているのか?」

勇者「そうなんだな、女騎士っ!?」

339: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/14(土) 05:02:42.35 ID:6OFcHF6P
女騎士「ここはわたしが引き受けた」

勇者「何いってんだっ。三人で戦うべきだろうがっ」
魔王「勇者……それは……」

女騎士「これはわたしの客だ。それに、勇者。
 わたしだって気がついてる」

勇者「なにを?」

女騎士「勇者の力は、殆ど回復してない。
 封印されてるも同然だ。そんな状況では、戦場に立って
 広域魔法や広域剣技の余波を受けるだけで、
 回復の手間がかかる。それは魔王も一緒だ」

勇者「~っ!」
魔王「……うむ」

女騎士「上は説得なのだろう?
 だとすればわたしはあまり役には立たない。
 わたしは馬鹿だからなっ!」 にこっ

勇者「おまっ」
魔王「胸にも頭にも栄養が行ってないとは」

女騎士「胸は関係ないっ!!」

勇者「……っ」

女騎士「そんな顔をするな。勇者。ほら、荷物は置け。
 鎧も脱げ。今更関係ないから。
 これは……。ほら、ビスケットだ。
 二人で食べて良いぞ。
 わたしも追いつくからな、少しは残して置いて」

勇者「ああ」
魔王 こくり

340: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/14(土) 05:05:38.75 ID:6OFcHF6P
女騎士「じゃぁ、行って。
 そんな顔しちゃだめだ。わたしは女騎士だぞ?
 蒼魔王みたいなのが相手じゃ大変だけど
 そこらの人間や魔物に負けるわけがない。
 蒼魔王のいない今、ピンチになるわけ無いじゃないか」

魔王「……女騎士」

女騎士「口げんかは、少しだけ、お休み」

勇者「判った。上で待ってるからなっ!」

女騎士「ああ。勇者!」

勇者「?」

女騎士「――。ん。なんでもないぞ。
 うん、そうじゃなくて。
 がんばれ! それに、我が剣の主。
 剣の主の……剣の主の願いに加護をっ」

勇者「……。判った! 行ってくる!」

魔王「任せる」
女騎士「任される」

 ダッダッダッダッ

……コオォォン
…………コオォォン

女騎士「さて」 くるっ

女騎士(大主教と云えば、教会の最高位。
 建前では大陸一の法術の権威。
 だけど修道会の法術とは比べたこともない。
 どちらが光の法術を使いこなせるのか。
 それに……。魔法使いの云う“歴代魔王の思念”。
 合わせれば、並の魔王よりずっと強い。か……)

ジャキッ

女騎士「面白い。たとえどれほどの力をもってきても
 ここより先へは一歩も行かせない。
 勇者の隣を歩くために。剣の主人を守るために。
 騎士の力の全て、この身を全てを、盾としよう」

385: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 07:30:28.04 ID:VaDFVbYP
――開門都市近郊、混戦の中で

ゴッゴォォーン!!

カノーネ兵「弾着確認っ!」

百合騎士団隊長「ふふふっ」

偵察兵「防壁東側に、土煙が上がっています。
 おそらく廃屋か、庁舎に命中したと思われますっ」

カノーネ兵「……」がくがく

百合騎士団隊長「続けなさい? 停止命令は出していないわ」

カノーネ部隊長「お、恐れながらっ。あの地域には我が軍の
 突撃部隊も侵入しているはずですが……」

百合騎士団隊長「やりなさい」 にこっ

教会騎士団「精霊の思し召しだ、やれっ」

光の銃兵「精霊は求めたもう!」
光の槍兵「精霊は求めたもう!」

カノーネ部隊長「は、はいっ。ほ、砲弾を込めよっ!」
カノーネ兵「はひぃ」 がたがた

ゴッゴォォーン!!
    ゴッゴォォーン!!

百合騎士団隊長「ふふふっ。聞こえるわ……。
 その甘さと苦さに酔いしれそう……。
 血の染みた黒々とした大地に抱かれて眠る同胞よ、
 魔族と剣を交えて狂気に陥る信徒の群よ。
 戦場はまさに深紅に染まる大舞踏会のよう……」

教会騎士団「筆頭騎士団長っ!」

386: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 07:34:01.60 ID:VaDFVbYP
百合騎士団隊長「なぁに?」

教会騎士団「追加のブラックパウダーが届きましたっ」

百合騎士団隊長「かまわないわ。カノーネ部隊に優先配備。
 マスケット部隊には三斉射の分量さえあれば良いでしょう。
 それから“お土産”用に、二、三人に抱えさせなさい。
 南部連合に手こずる王弟閣下にも目を覚まして頂きましょう。
 血の香りを嗅いで奮い立たない殿方なんていないのに。
 ふふふふっ。なにを小手先の戦術で戦を長引かせているのやら」

教会騎士団「はっ!」

ゴォォン! ガァォーン!

光の銃兵「っ!」
光の槍兵「近いです、これは銃声……」

百合騎士団隊長「南部連合の突出部隊か、都市からの迎撃部隊ね。
 丁度良いわ。霧の国の騎士団残存兵と、マスケット中隊2つを
 そちらへ差し向けて。叩きつぶさせなさいっ」

光の銃兵「はひぃ! いってきますっ!」
光の槍兵「精霊は求めたもうっ」

百合騎士団隊長「よい子ね」 にこり
教会騎士団「……散る花ですが」

百合騎士団隊長「灰青王の死んだ今、霧の国の騎士団も兵団も
 戦闘能力を期待は出来ない。こんな使い道がせいぜいなの。
 期待していたのに
 私の側から消えるなんて。
 ……やはりね。
 ずっと側にいてくれるのは、精霊だけ。
 暖めてくれるのは、精霊の慈悲だけ。
 流れ去るものに期待をするなんて意味もない。
 私の汚れを拭ってくれるのは、精霊様だけ。
 この腐った両手を清めてくれるのは、くれるのは……」

教会騎士団「精霊の恩寵は永遠です」

百合騎士団隊長「……ええ。くっ。くくくくっ。
 突撃させなさい。
 それからカノーネの着弾はさらに都市中央部へ。
 陣を少し前進させます。
 ……精霊は求めたもう。
 血の香りを、混沌を、そして死の苦鳴を……。
 ふふふっ。ふふっ。うふふふふっ。
 精霊の恵みを! 精霊の平安を! 精霊の粛正を!
 地に遍く混沌と薔薇の赤を塗り広げるのっ!」

387: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 07:35:42.14 ID:VaDFVbYP
――開門都市、中央庁舎、執務室

  ……ゴォォン。 ……ォォン

庁舎職員「せめて二階の執務室に移りませんと」

青年商人「ここで十分」
火竜公女「執務の邪魔をしてはならぬっ」

庁舎職員「し、しかしっ」

青年商人「庁舎まで攻め込まれる事があるのなら、
 一階だろうと二階だろうと敗戦には代わりありません。
 それに執務室では広さも処理能力も足りい」

庁舎職員「しかし、ここでは内密の軍議も」

火竜公女「事ここにいたって、
 “内密”などというものはありませぬ」

……ゴォォン!

魔族娘「す、すいませんっ!」 びくっ

鬼呼の姫巫女「娘はすぐに謝るな」

傷病兵「中央街道、大六区まで閉鎖とのこと。
 集積場所を無名神殿広場前まで移動っ!」

青年商人「もう一段階下がらせますよ」

火竜公女「わかりました。
 ……無名神殿前広場を第一集積地としますっ。
 無名神殿前に集められた捕虜および傷病者を後方輸送っ。
 鴉神神殿、渡り神神殿前広場の2つに分割して移動をっ。
 ――魔族娘、頼みまする」

魔族娘「はいっ! 行ってまいりますっ」

鬼呼の姫巫女「よろしく頼む」
宿屋の市民「わ、私もお供しますっ」

388: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 07:39:18.54 ID:VaDFVbYP
庁舎職員「そのほか、十番街で火災。
 規模は中程度、南八番街で倒壊多数。
 市保有倉庫とは連絡取れずっ。
 また、医薬品倉庫壊滅を受けて、包帯の残存量が……」

青年商人「ギルド長っ!」
紋様族職人長「は、はいっ!?」

青年商人「仕立て職人および倉庫から布を供出っ。
 支払いは全て当局回しで、清潔な布を出させてください。
 医薬品については、東十二番街の有角商会地下倉庫に
 予備の蓄えが千と五百人分はあります。
 衛士!」

衛士「はっ!」

火竜公女「徒行で突破、前述の物資を確保してくださるかや?
 これを全て第三次集積地に移動。
 班分けは15人。――義勇軍から募って馬車四台を編成」

衛士「判りましたっ」

鬼呼の姫巫女「なぜそのようなことを知っているのだ」

青年商人「商売相手の在庫把握は商談の基本です」

鬼呼の姫巫女(この二人、修羅場慣れしているのか?
 どこから来るのだ、この胆力はっ)

  ……ゴォォン。 ……ォォン

青年商人「火災は放置っ。あの地域の避難は完了済みですし、
 建物は漆喰と煉瓦が殆どです。昨晩の雨も残っている。
 燃え広がりはしないっ。市保有倉庫へは連絡を……。
 姫巫女、頼めますか?」

鬼呼の姫巫女「良かろう。若草鳩よ、いくが良いっ!」

若草鳩「ピロロロッ。判りました姉御っ!」

バタバタバタッ!

伝令「ま、魔王さまっ!!」

青年商人「落ち着いて報告を」

389: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 07:40:37.27 ID:VaDFVbYP
伝令「で、伝令です。敵の砲撃、激化!!
 それにマスケットを持った新手の人間数千人が南門から侵入。
 無秩序な動きで、破壊を繰り返しながらあふれ出していますっ」

青年商人(……来た)

火竜公女「到来でございまする。商人殿」

鬼呼の姫巫女「~っ!! ここまで来て、敵の増援っ。
 いや、最初から判っていた予備兵力か……。
 しかし、恐るべき数。それにマスケット兵とは……」

庁舎職員「このままでは砦将どのも危機に!」
市民職員「いや、族長に限ってそのような手には乗らぬはずですが」

青年商人「待っていた好機です」

鬼呼の姫巫女「は?」

庁舎職員「なっ、なにをっ」

  ……ゴォォン。 ……ォォン

青年商人「遠征軍はその統制を失っている。
 ……説明をしたでしょう。遠征軍の4つの勢力を。
 その勢力の統制が乱れ、混乱している。
 今流れ込んできたのは、遠征軍の中核とは言え、
 その実体は促成で教練を施した民兵に過ぎない。
 しかしその民兵こそが遠征軍の最大戦力です。
 そして彼らは“教会の剣”だった。
 ……教会に何らかの問題が起きたと考えられます」

鬼呼の姫巫女「その剣がこちらを向いているのだっ」

390: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 07:42:49.29 ID:VaDFVbYP
青年商人「何を言っているんです?
 戦とは剣と剣による傷つけあい、そのものではないですか。
 相手の剣が向けられただけで降伏では話になりませんよ。
 それに、剣が向けられたからこそ勝機がある」

鬼呼の姫巫女「……っ」

火竜公女「敵の首魁の守りが薄くなっていますゆえ」にこり
青年商人「そう言うことです」

鬼呼の姫巫女「これを待っていたというのか?」

  ……ゴゴゴーン! ズドォーン!

伝令「砦将どの、撤退を開始! 防衛線を押し下げて、
 無名神殿の方向へとさがってゆきます!
 人間の軍は勢いに乗り軍を前に。ただし略奪や混乱に
 手をさかれて、戦場は混沌としていますっ!!」

青年商人「貴族軍はこれで開門都市の南部を使った
 市街戦の迷宮に引き込んだはずです。
 民兵の過半数もそれに続くでしょう。
 大事なのは交戦地域、交戦地点をこちら指定すること。
 そして指定してもそうは思わせぬ事。
 わたし達が望む戦闘を行ない、
 望まないタイミング、望まない地点での戦闘は
 “相手に思いつきさえさせない”。
 ……それが私と砦将の出した結論です。
 それさえ守り、非戦闘地域で補給と兵站を途切れさせなければ
 まだまだ粘ることは出来ます。
 タイミングと、範囲を制御する。
 商戦と何ら代わりがありません」

火竜公女 くすくすくすっ

鬼呼の姫巫女「……っ」

青年商人「そして、守りの薄くなった本陣へ攻撃を仕掛ける。
 ――それは、私の役目でしょうね。
 こればかりは勝てるとお約束は出来ないのですけれど」

火竜公女「私もお供を」

青年商人「それはだめです」

391: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 07:44:43.88 ID:VaDFVbYP
火竜公女「なにゆえにっ」

青年商人「この執務室で補給と後方支援部隊の
 指揮を執る人材が我が方には必要です。
 少なくとも、お財布の重さが判る人間がね」

火竜公女「そんな……。ただの言い訳でありましょう?」

青年商人「共同事業者でしょう?」

火竜公女「それは……」

青年商人「相方でしょう?」

火竜公女「……っ」

青年商人「どうしました?」

火竜公女「商人殿が意地悪を言いまする」

青年商人「“良くできたおなご”は、殿方をどうするのです?」

火竜公女「~っ。……っ」

鬼呼の姫巫女「――やれやれ。公女のこのような表情を見れるとは」

火竜公女「判りました。私は……。
 私はこの執務室でお待ちしておりまする。
 なにとぞ首尾良く吉報を持ち帰ってくださいますように。
 私は信用しておりまする。
 商人殿は、魔王の名を冠するに相応しき方。
 わたしの……。……いえ、それはよそ事でございまする。
 どうかご武運とご商運を。良い取引を祈りまする」

青年商人「お任せあれ。“同盟”十人委員会の筆頭として
 この都市を預けられたものとして、
 恥ずかしくない商談を約束しましょう」

392: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 07:47:37.19 ID:VaDFVbYP
――開門都市近郊、南部連合陣地

ゴガァンッ!!! ズダァァァン!!

 光の銃兵「た、助けてくれぇ!!」
 光の槍兵「な、なんでっ! なんで俺たちがっ!」
 光の突撃兵「ど、どけぇえ! どいてくれぇっ!」
 包帯の光の兵「ひぃぃぃぃっ。撃つなっ! 撃つなぁっ!」

ズキュゥン! ドガァン! ギシィ、キンッ!

鉄腕王「前線で何が起きているっ!?」

偵察兵「砲撃ですっ! 遠征軍本陣よりの砲撃っ。
 自軍のマスケット部隊に着弾。被害が広がっていますっ」

鉄腕王「誤射か!?」

軍人子弟「違う……」

ズダァァァン!! ゴガァンッ!!!

偵察兵「違いますっ! 怠戦にたいする警告というか、
 ある種の督戦行動のような……。
 我が軍に向かって駆り立てて民兵を追い立てていますっ」

鉄国少尉「まさかっ!? そこまでっ」

 光の銃兵「うわぁぁ! 返事をしろっ。槍兵! 槍兵っ」
 光の槍兵「ごふっ。ごぶごぶごぶ……。げはっ……」
 光の突撃兵「止めろぉ! 俺たちは敵じゃない! やめてくれぇ!」
鉄腕王「なんてことをっ」

軍人子弟「指揮系統を乱したのが徒になったでござる。
 このままでは遠征軍の損害は……」

鉄国少尉「遠征軍の損害など気に掛けている場合ではっ」


393: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 07:48:51.99 ID:VaDFVbYP
軍人子弟「かけている場合でござるよっ!
 ここで必要以上の被害を出せば、
 双方にとって傷跡が深くなりすぎるっ!!
 世界は混沌の淵に沈むでござるよっ。それではなんのためにっ」

鉄国少尉「ではっ」 きっ

鉄腕王「……」

鉄国少尉「受け入れを進言します」

軍人子弟「少尉……?」

鉄国少尉「見捨てることが出来ないなら、助けるしかないでしょう。
 我が南部連合は、民を……。
 開拓民も農奴も等しく助けることによって
 大儀を得た国々の集まりです。
 その大儀が、助けろと命じるならば、
 我ら軍人はその声に耳を傾けるべきです」

ゴォォン! ズゴォォン!

鉄腕王「たしかに、離間工作じみたやりかたもした。
 奴らの兵を寝返らせてこちらに引き込むのは戦略のうちだった。
 しかしこの状況で助けるとなれば、こちらから軍を突出させ
 敵の本陣に切り込むことになるだろうよ。
 あの光る塔が現われてから、奴らの本陣は混乱の一途だ。
 組織的な抵抗はないかも知れないが、
 それでも狂気じみた反撃はあるかも知れんぞ」

冬寂王「……」

鉄国少尉「必要であれば躊躇うべきではありません」

軍人子弟「その通りでござる。許可を願うでござる」

冬寂王「行ってくれ。頼む。……将官っ!」

将官「はっ!」

冬寂王「こちらは塹壕を整備している。カノーネの砲撃は
 平地よりもよほどその威力も精度も押さえることが出来るだろう。
 1部隊……いや、4部隊を率いて、こちらへ向かってくる
 遠征軍民兵の受け入れを始めろ。武装解除の上、後方へ護送。
 姓名を控えて一カ所にまとまってもらえ!」

394: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 07:50:23.60 ID:VaDFVbYP
軍人子弟「準備をするでござるよ」
鉄国少尉「了解っ!」

軍人子弟「今度こそ死線をくぐることになるでござるが」
鉄国少尉「そのようなこと。あははははっ」

軍人子弟「……」

鉄国少尉「我が国の安全、我が国の繁栄、我が国の利益。
 それらのために戦うのは尊く素晴らしいことです。
 それらは軍人としての任務であり、本懐」

軍人子弟「……」

鉄国少尉「しかし“どこかの誰かのため”に戦うのは、
 軍人ではなく、男子の本懐であると、護民卿はおっしゃられた」

軍人子弟「若気の強がりでござるよ」

鉄国少尉「それでも良いではないですか。
 この攻撃を凌ぎきり、
 あの三千余名を収容、敵のカノーネ部隊さえつぶせば
 遠征軍は、少なくとも圧倒的な数的優位を失う。
 待ち望んできた近郊状況が訪れる可能性が高い」

軍人子弟「その通りでござる。
 この一手は人道的な見地からのみならず、
 戦略的見地から見ても、われらが放つ最高の一撃」

鉄国少尉「我らが鉄の国の槍は、岩をも貫く」

軍人子弟「……そろそろもてるとか、
 そういう場面も欲しいでござるが」

鉄国少尉「は?」

軍人子弟「いいや、なんでもないでござるよっ!
 この凛々しくも雄々しく汗臭いのが我が国でござるっ。
 さぁ、馬に乗るでござるっ! 切り込み準備っ!!
 カノーネ部隊を沈黙させるため、いざ! 推して参いるっ!」

395: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 07:51:45.00 ID:VaDFVbYP
――開門都市近郊、混乱の戦場

ドゴォォーン! ズギャ!
 うわぁぁぁ!! 押せぇ! 押せぇ!
 撃つな、俺たちを撃たないでくれぇ

遠征軍士官「なんだって!?」
聖王国騎士「真実です、早く取り次ぎをっ」

遠征軍士官「判った、このことは他言無用だ」
聖王国騎士「はっ! はいっ」

  光の銃兵「光は求めたもう! 光は求めたもうっ!」
  光の槍兵「精霊は魔族の血を求めたもうっ!」

遠征軍士官(何を言っているんだ! このような時にっ。
 数万!? 数万を超える魔族の援軍が、
 ゆっくりとだがこの地に終結しつつあるだとっ!?
 馬鹿な! 馬鹿なっ!?
 なぜそのような数の軍勢がっ。
 そのような軍勢は我が遠征軍が世界で初めてのはず。
 愚劣で未開の魔族にそのような軍勢を組織できるはずがないっ。
 何かの間違いだ!
 間違いに決まっているっ!!)

ばさっ!

遠征軍士官「閣下っ!!」

参謀軍師「王弟閣下は前線である。何事かっ」

聖王国騎士「そ、それがっ。ご、ご報告しますっ!
 目下、この場所に向かって北方および東方の森林地帯を抜け、
 最低数万の魔族の軍が迫っているとのことっ」

参謀軍師「なっ!? 数万、ですとっ!?」

遠征軍士官「最低、です。先遣部隊は森の橋からこちらを
 観察しているとの情報がもたらされましたっ」

396: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 07:54:24.50 ID:VaDFVbYP
――開門都市近郊、混戦状態の南市街廃墟

清明の時節、辺城を過ぐ
  遠客風に臨んで幾許の情……

……ゴォォン!!

光の少年兵「……」

野鳥は閑関として語を解し難く
  山花は爛漫として名を知らず……

光の少年兵(……なんだろう、この歌。
 死んじゃったのかな、ぼく)

葡萄の酒は熟して愁ひに腸は乱れ
  瑪瑙の杯は寒くして酔眼明らかなり……

光の少年兵(優しい、綺麗な声……。
 梢がさわさわ鳴っているみたいな……)

遥かに想ふ故園 今好く在りや
  梨の花さく深き院に鷓鴣の鳴く声すらん

光の少年兵(綺麗で、泣きたくなるような……歌……)

ゴォォン!!

光の少年兵「砲声っ!!」 がばっ

奏楽子弟「ん。目が覚めたかな」

光の少年兵「え? えっ!?」

奏楽子弟「いいよ。横になってて」

397: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 07:55:18.29 ID:VaDFVbYP
光の少年兵「え、あ……あ。ああっ……」
奏楽子弟「うん? 耳?」 ぴこぴこ

光の少年兵 こくこく
奏楽子弟「私は森歌族……。君たちの云う、魔族なの」

光の少年兵「なっ!? ぐっ」

奏楽子弟「ほらほら、無理しなくて良いよ。
 多分、腕折れちゃってるよ。じっとしていた方がいい」

ゴォォン!!

光の農奴兵「ああ、じっとしていた方がいい」
光の少年兵「え? あ……。たくさん」

光の農奴兵「ああ」 こくり
光の傷病兵「逃げ出して、もう戦え無くて集まっているんだ」
光の少年兵「そんな……」

奏楽子弟「ごめんね、こんな水しかあげられないのだけど」

光の農奴兵「いや、その……。感謝する。ほら、坊主、飲め」
光の少年兵「でも魔族の……」

奏楽子弟「魔族でも水ぐらい飲むよ」

光の少年兵 じぃっ

奏楽子弟 かちゃかちゃ

光の少年兵「なんなんだ、それは。ぶ、武器かっ」

光の農奴兵「楽器だよ。この人は、歌人なんだそうだ」
光の傷病兵「吟遊詩人だよ」
光の少年兵「え?」

奏楽子弟「水と同じ。魔族も歌うの。
 ……歌うしかできない時には特にね」

399: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 07:56:29.88 ID:VaDFVbYP
ゴォォン!!
  パラパラパラ……

光の農奴兵「近いな」
光の傷病兵「……もう、帰りてぇよ」

光の農奴兵「なぁ、なんでこんなところに来ちゃったんだろう」

光の傷病兵「そりゃ精霊様が求めたから……」

光の少年兵「僕たちは栄光ある光の子って云われてやってきたのに。
 いやなのにっ。戦争なんて……偉い人だけでやればいいのにっ!」

奏楽子弟「……」かちゃかちゃ

ズドォォン!

光の農奴兵「仕方ない」

光の傷病兵「俺たちは何も出来ないんだ。
 農奴なんだ。拒否権なんて無いんだ。
 云うことを聞かなきゃならなかった。そうでなきゃ飢えていた。
 仕方なかったんだ。仕方ないじゃないかっ」

光の少年兵「……っ」

奏楽子弟「いずこに……♪」

光の少年兵「え?」

奏楽子弟
 ――何処に行きたまいしか、小さき手のひら振りし我が友よ
 何処に行きたまいしか、頬染める幼なじみの我が君よ。
 今は遠き我が村よ。
 遠く、遠く、砂塵の果てにて思う。

401: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 07:58:27.19 ID:VaDFVbYP
光の農奴兵「……綺麗な、声だぁ」
光の傷病兵「……」

奏楽子弟「どこに行っちゃったの? 昔の故郷は。
 ……っていう歌」

光の農奴兵「それは」
光の傷病兵「……」

光の少年兵「そんな事なんで云えるんですかっ」

奏楽子弟「その、小さいの」

光の少年兵「え、あ? ……こ、これ」

奏楽子弟「それはね。小さな子供の手袋だよ。
 多分この家に住んでいたんだろうね。
 魔族にも、赤ちゃんだって小さな子供だって沢山いるんだよ。
 この手袋のサイズは、紋様族かな。
 紋様族の子供は、賢くて可愛いんだよ。
 あの路地を走って遊んでいたんだと思うな。
 日が暮れて、夕ご飯が出来るまで」

光の少年兵「……っ」

奏楽子弟「誰も悪くないよ。戦争だから。
 すごく怒りたくても、私は怒らないよ。
 同じくらい痛かったし怖かったのを、知ってるから」

光の農奴兵「……すまねぇ」

奏楽子弟「ううん。――でも、ね。
 やめるためには、誰かが頑張らないと。
 私は魂の血を流すよ。
 だって血は流せない。必要だとしても。
 この手に剣は握れないから。
 ううん、握らない。そう決めたの。
 殺すのも殺されるのも、絶対にしないの」

光の少年兵「――っ!」

402: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 08:02:22.85 ID:VaDFVbYP
奏楽子弟「それに……。
 あなたたちに、殺させたりもさせたくない」

光の農奴兵「なんで、魔族なのに、なんで……そんなに」

奏楽子弟「関係ないよ」 にこっ

奏楽子弟「わたし達は、同じでしょ?
 大砲の音が怖くて、ぶるぶる震えて隠れている。
 それでも、どんなに怖くても、もう戦争はやめようって。
 そう考えてる。……だから一緒だよ」

光の傷病兵「……ひっく。……ずずっ」
光の少年兵「ごめん……なさい……」

~♪

奏楽子弟
 ――何処に行きたまいしか、小さき手のひら振りし我が友よ
 何処に行きたまいしか、頬染める幼なじみの我が君よ。
 今は遠き我が村よ。
 遠く、遠く、砂塵の果てにて思う。

 ――茜射す陽に照らされし、黄金の麦畑。
 風走る度に、波をうつすかぐわしき麦の穂よ。
 今は遠き我がふるさとよ。
 遠く、遠く、凍える白夜にて思う。

 ――故郷を守ることもなく、
 今はその声は風に埋もれ、草に隠れ、雪の舞に見失い
 伝える言葉無く、指先も枯れ果ててなお鮮やかに

 ――何処に行きたまいしか、小さき手のひら振りし我が友よ
 何処に行きたまいしか、頬染める幼なじみの我が君よ。
 何処に行きたまいしか、黄金の髪揺らす甘き約束よ。

421: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 18:25:26.54 ID:VaDFVbYP
――光の塔、その道程

ギィン!! キィンッ!!

女騎士「ぐっ!」
大主教「もう終わりか、修道会女騎士よっ。ふはははっ」

ギィン!!

女騎士「させるかっ! “聖歌六連”っ!」
大主教「“光壁三連”っ!」

 ギュン!ギュン!ギュン!ギュン!ギュン!ギュン!!

女騎士「っ!」
大主教「どうした、速度が落ちたぞ?」

女騎士(これほどとはっ。魔王の力とは。
 本来の魔王の力とはこれほどのものだったのか。
 これじゃ全開の時の勇者の速度と力そのもの。
 いや、それ以上じゃないかっ)

大主教「この両手は動かぬが、
 もとより我は剣士でもなければ
 武芸者でもない。一回の聖職者に過ぎぬ。
 両手が動かずとも、我が祈りは万物を斬り刻む」

女騎士「黙れ! だれが聖職者なのだっ。
 聖職者を愚弄するなっ!
 貴様には精霊に使える敬意の一辺も感じない。
 その気持ち悪い玉と魔王の力で
 貴様は光の精霊を愚弄しているだけだっ!」

大主教「ここまで来たならば知っていよう?」

ギィン! ギリギリギリ!!

大主教「その魔王すらも精霊の願いが生み出したと云うことを」

女騎士「……っ」

423: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 18:27:41.98 ID:VaDFVbYP
大主教「その通り!! その通りなのだよっ。
 すべては炎の娘の願いから始まったもの。
 あの無垢な娘の救世の祈りから。――であればこそっ!」

ギィン! キィン!!

女騎士(くっ。押されるっ!?
 ただの斬撃祈祷がこれほどに重いっ)

大主教「なればこそ、この汚濁に満ちた世も! 戦乱も!
 嘆きの苦しみも裏切りも欲望もこざかしい浅知恵もっ!
 全てはあの娘の願ったものなのだっ!
 全ては“精霊の許したもの”。全ては“聖なるもの”っ」

ごごごごっ

大主教「“電光呪”っ!」

女騎士「っ!? “光壁”っ!
 か、重なれっ! “光壁双盾”っ」

ズガァァーン!!

大主教「ふふふふっ」

女騎士「これは、24音呪っ!? まさか貴様っ」

大主教「そのとおり。勇者の力だ……。
 神聖術式で捕縛した勇者の力を借り受けたまで。
 使いこなすには至らないがな」

女騎士「下衆がっ!」かぁっ!
大主教「呼気が乱れているぞ。はははっ!」

女騎士「黙れ! 黙れぇ!! “嵐速瞬動祈祷”っ!」
大主教「“加速呪”――っ!?」

ギキィン!!

女騎士(届いっ……て、ない!?)

大主教「見えるかな」

女騎士「なっ。それは……。なんだ、その霧はっ」

424: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 18:30:16.35 ID:VaDFVbYP
大主教「知らないのか? 判るまいな。
 歴代の魔王でさえその身に纏うことは叶わなかった
 超越者の証し……“やみのころも”。
 全ての攻撃を遮断し、我を守る物質化現象を果たした
 “魔王達の霊の結晶そのもの”だ」

女騎士「五月蠅いっ!」

ガッ! ガッ! ザシュ!!

大主教「……くく」

ズガッ!!

女騎士「っ!」
大主教「……どうした?」

女騎士「ならば……。“錬聖祈祷”っ!」
大主教「攻撃力の強化と、光の属性付与か」

女騎士「闇の力であれば、弱点は自ずと明白だっ!」
大主教「良かろう」

ゴッ! ジャギィィィン!

女騎士「そんな……」

大主教「狙いは悪くはないが、
 そもそもの攻撃力が足りなすぎるようだな。
 弱点を突いてさえ、かすり傷もつけられぬ。
 あの老人と同じとは、修道会の麒麟児も所詮この程度か」

女騎士「――老人っ? 弓兵かっ。
 あいつをどうしたんだっ!?」

大主教「殺したぞ?」
女騎士「っ!?」

大主教「ああ。そう言えば、一緒に旅をした仲間だったのだな。
 足を貫いても手向かってきたので、腕を引きちぎってやった。
 奇怪な技で我が腕を麻痺させてきたので、
 臓物を踏みつぶしてやったよ。
 最後の最後まで悲鳴を上げぬ頑迷な老人だったがな」

425: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 18:40:34.16 ID:VaDFVbYP
女騎士「きさまっ。貴様ぁ!! 何を、お前はっ!!」

大主教「“後は任せましたよ、お転婆姫”とかなんとか、
 最後まで強がりをぬかしてなっ。
 凡夫には所詮判らぬようだ。この力の圧倒的な差がっ。
 “風剣呪”っ! “雷撃呪”っ!」

ビシィッ!! ドギャン!!

女騎士「“光壁”っ! “光壁”っ」
大主教「どうした、退がるだけかっ! はぁっ!」

ドゴォンッ!

女騎士(爺さんが、死んだ!? 死んだなんて……っ)

大主教「器用に跳ね回る」

ドゴォンッ!

女騎士「“光壁”っ! “光壁”っ! 弾け光の壁っ!」

大主教「確かに防御術は精霊の御技の中核。
 修道会の術式は我が教会のものとは多少違うようだが、
 干渉力も発動速度も申し分はない。
 流石修道会の首座をしめる光の術士にして騎士。
 その防御術があれば、我が攻撃をしのぐことも、
 あるいは可能かも知れぬなぁ……。
 だが何回しのぐ? 何回しのげる?」

女騎士「限りなど無いっ!」

大主教「その言葉を試してみようではないかっ」

ゴォン! ヒュバッ!! ザシャァン!!

426: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 18:42:19.49 ID:VaDFVbYP
女騎士(あの爺さんがっ。爺さんがっ!
 勝算も無しに“任せる”なんて云うはずがない。
 あるんだっ。
 糸よりも細くても、何か、隙があるっ。
 あるはずだっ、探すんだっ。
 私は勇者の剣。
 私は勇者の騎士っ。
 こいつを、この怪物を勇者の元に行かせは、しないっ。
 あの変態の、馬鹿で、あほで、すけべでっ。
 それでも、それでもわたしを導いてくれた
 爺さんをっ。任せる、と言ったならっ)

大主教「それっ! “斬撃祈祷六連”っ!」

ギン!ギン!ギン!ギン!ギン!ギン!

女騎士「“光壁四華”っ! がはっ! ぐぅっ」

ドゴォン! ばさっ

女騎士(見つけるんだ。……魔法使いを。
 あの思いを……。裏切る、訳には……。
 いかない。……騎士、なんだ……ぞ……)

大主教「ふっ。四つ防ぐのが精一杯のようだな」

女騎士(そ……れ……)

大主教「もはや座興も終わらせよう。“斬撃祈祷六連”!!」

女騎士「それ、だ……」

ふわっ

大主教「!?」

428: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 18:44:05.14 ID:VaDFVbYP
女騎士「はぁ……はぁ……」

大主教「なにを……!?」

女騎士「さぁ……」
大主教「“斬撃祈祷六連”っ!!」

ふわりっ ひゅかっ

女騎士(この怪物の、大主教の弱点は……
 戦闘経験の少なさ。……っく。
 圧倒的な力を持ってはいても、戦闘の回数自体は、少ない。
 そして、その経験の元になってるのは、おそらく……
 爺さんとの戦い。
 ……爺さんは、勝て無いと判っていた。
 判っていたから、勝とうとはしなかった……。
 
 “自らの敗北を持って、こいつに仕込んだ”
 “間違った戦闘経験という毒の入った餌を”)

大主教「何をしたっ!? その動きはなんだっ」

女騎士「偶然だ……。はぁっ……はぁっ」

大主教「瀕死の女がっ」

女騎士(この方法でも、時間稼ぎに過ぎない。
 動きには隙がある。
 爺さんが仕込んだ罠の戦闘経験のせいで
 この化け物の攻撃にはリズムが“ありすぎる”。
 それに攻撃はどれも強力だが、真っ正直で、直線。
 だけど……。
 私の攻撃じゃ、通じない。
 あの黒い霧も、おそらく精霊祈祷の光の壁も越えれない。
 わたしの使える“光壁”はこいつだって使える。
 その上再生能力まで……。
 あれがもし勇者の力のコピーなら致命傷以外は
 全て回復しかねない……)

429: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 18:53:06.86 ID:VaDFVbYP
大主教「この衣を引きはがせるのは勇者のみっ。
 そして勇者が力を失った現在、
 我の力を阻めるものは存在しないっ!」

ガキィッ! ギィン!

女騎士「その力で何を目指すっ!? 過ぎたる力でっ」

大主教「我は“次”へ向かうのだっ」

女騎士「次――?」

ギィン! ギキィン! ガッ!
女騎士「っ!」

大主教「そうだ。“次”だ。“次なる輪廻”だっ。
 この世界はもはや収斂の最後の段階にあるっ。
 これが逆転することはあり得ぬ。
 生きようが死のうが構わぬではないか。
 どうせ全て“無かったこと”になるのだっ。
 思い出さえ残らぬ。思い出す存在も全ていなくなるのだからっ」

ギィン! ガッ! バシィィ! ヒュバッ!

大主教「我はこの世界には未練はない。
 全てが滅びる時まで共にするほどの愛着も感じてはいないっ。
 我は“次なる輪廻”へと旅立つ。精霊の力をもってなっ。
 そして次の世界こそが終末点だ。
 全ての旅の終わり。――それこそが“喜びの野”っ!!
 なぜなら今や魔王と勇者の二つの力を兼ね備えた
 そして“ただの人間”である我の能力は全てを越え
 精霊さえも思うがままにする権能を手に入れるからだっ。
 あの聖骸の熱量を取り込んだ我は“次なる輪廻”にて
 光の精霊の地位を手に入れるっ!
 否! 光の精霊として“喜びの野”へと降り立つっ。
 そして、二度と世界を繰り返したりはしない。
 人は愚かで、醜く、度し難いっ。
 繰り返して救う価値などはないのだ。
 ただそこには永遠に続く我の箱庭さえあればよいっ!」

430: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 18:55:04.44 ID:VaDFVbYP
女騎士「魔王の力を弄び、出した答えが……っ」

大主教「女騎士っ! 跪き、命乞いをせよっ!」

女騎士「だれがっ!」
大主教「戯けがっ」

ビキィィ!

女騎士(これはっ……!)

大主教「小器用な動きで回避を繰り返すが、
 そのような手妻など何ほどのこともないっ。
 我にはそれに対応するだけの膨大な力が、すでにある」

女騎士(まずいっ。これは広域殲滅用のっ……!)

ジリっ! パチパチパチパチ……

大主教「ふふふっ。命乞いをする気になったか?
 われを光の主として崇める気になったか?」

女騎士「黙れ。……私は湖畔修道会の騎士。
 そして剣を捧げた主は、勇者ただ一人!!
 たとえ、全世界が雪を染める黒い煤のごとく汚れていようと、
 お前が全てを焦がし尽くすほどの戦力を持っていたとしても
 二君に仕えるような剣を私は持っていないっ。
 私はっ。
 勇者のっ!!
 勇者だけのっ!! 守護騎士だっ!!」

 ギィィィンン!!!

大主教「よく言った。死ぬが良いっ!!
 24音! 集いて唱和せよっ!! “超高域雷撃滅呪”っ!!」

女騎士「~っ!!」

 ――ズシャァァァーン!!

434: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 19:51:36.63 ID:VaDFVbYP
――開門都市近郊、遠征軍本陣

ギィン! ドグワァ!!

軍人子弟「後続っ! 立て直すでござるっ!!」
鉄国少尉「あのマスケット部隊を落とさなければ……っ」

ズギュゥゥンっ!

軍人子弟「ライフルの支援があるでござるっ!
 カノーネ部隊まで突撃! 四列縦走っ!」

鉄国騎士「大地のためにっ!」 ガシャン!
鉄国騎士「地の果てまでもお供しますぜっ! 卿!」

軍人子弟「はははっ! 行くでござるよっ! 突撃っ!!」
鉄国少尉「くっ!」

 ドゥン! ドゥン!! ドゥゥン!!

 光の銃兵「く、くるなぁ!! 来ないでくれぇ」
 光の銃兵「撃つぞ、撃つんだぞぉ!」

鉄国騎士「やぁぁぁぁ!!」 ガキィン!
鉄国騎士「はぁっ!」

軍人子弟(すでに損害が20を越えたでござるっ……。
 だが、もうすこしっ……。あと数百歩で、
 カノンにたどり着けるっ)

鉄国少尉「どけぇ!! 我が道を阻むものは、
 鉄国少尉が相手になる。退がれぇ!
 精霊の名を戦に用いる卑怯者っ!! 恥を知れっ!!」

 光の銃兵「ひぃっ! 死にたくないっ」
 光の銃兵「俺たちだって死にたくないんだぁ」

 ドゥン! ドゥン!!

鉄国少尉「っ!! がふっ!」

435: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 19:52:58.45 ID:VaDFVbYP

軍人子弟「少尉っ!!」
鉄国少尉「心配……無用です……」

ギィン! ガギィン!!

鉄国騎士「突撃っ!! 続けっ!」
鉄国騎士「二列、波状にて突貫っ!」

鉄国少尉「今はカノーネをっ!!」
軍人子弟「……ついてくるでござるよっ」

鉄国少尉「ええ。……ええ! どこまでだって!!」

軍人子弟「落馬するなら見捨ててゆくでござるっ」

鉄国少尉「お任せくださいっ。
 わたしはまだまだあなたに
 学ばなきゃならない事があるんです。
 そしてあの素朴な国をいつまでも
 守らなきゃならないんですからっ」

 ドゥン! ドゥン!! ドゥゥン!!

軍人子弟「道を開けよっ!! 開けるのだっ!!」

ダガダッダガダッダガダッ!

鉄国少尉「護国卿……」

軍人子弟「いつまでもこの下らぬ騒ぎを
 続けるつもりでござるかっ! 拙者はっ!!
 拙者はもう、うんざりでござるっ!」

 ギンッ!!

軍人子弟「焦げた匂いもっ!」

 ガギンッ!!

軍人子弟「耳を覆いたくなる悲鳴もっ!!」

 ドガァッ!!

軍人子弟「もうお終いにするでござるよっ!!」

437: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 19:54:02.21 ID:VaDFVbYP
――開門都市、9つの丘の神殿の鐘楼

ざぁざぁ~っ……

器用な少年「風が出てきたなぁ」

若造傭兵「この高さだ。仕方ない」
生き残り傭兵「気をつけろよ」

器用な少年「まかせとけよぅ。いいのかな」

――ゴォォン――どけぇ、どけぇ――精霊は――

生き残り傭兵「いっちまおう」
若造傭兵 こくり

器用な少年「んじゃ、鳴らすぜ。……重いっ。
 なんて重いんだよ、このやろう。んっせぇっ!!」

若造傭兵「……」
生き残り傭兵 ごくり

器用な少年「よいっしょぅ!!」

――ァン。カラァン! カラァン!! カラァン!!

若造傭兵「よし」

カラァン! カラァン!! カラァン!!
 ラァン……! カラァアン!! カラァアン!!

生き残り傭兵「他のみんなも成功させたか。
 九つの鐘が鳴っている。ははっ!
 みんなぽかんと見上げてるぜ! 遠征軍も、都市の連中も!」

器用な少年「そりゃいいけれど、
 どーやって逃げ出すんだよ、こっから!」

若造傭兵「そいつぁ姉ちゃんがどうにかすんだろうよ。
 俺たちはほんの一分か二分、
 連中を呆気にとらせりゃそれでいいのさ」

438: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/16(月) 19:55:54.32 ID:VaDFVbYP
――開門都市近郊、世界の終わりのような戦場

 ラァン……! カラァアン!! カラァアン!!

  斥候兵「え?」

  光の銃兵「な……」
  光の槍兵「なんだ、この音は」

 ラァン……! カラァアン!! カラァアン!!

鉄国騎士「音が……」
軍人子弟「音が降ってくるで……ござる……」

 ラァン……! カラァアン!! カラァアン!!

光の農奴兵「どこから……」
光の傷病兵「大聖堂の鐘みてぇな……」
光の少年兵「なんて綺麗な音なんだろう」

奏楽子弟「陽が差し込んでくる」

 ラァン……! カラァアン!! カラァアン!!

獣人軍人「風が吹いてくる……」
巨人作業員「オォ……砲声が、やんだ……」

義勇軍弓兵「静かだ……。戦場なのに」
土木師弟(雲が、切れる……。奏楽子弟……)

 ラァン……! カラァアン!! カラァアン!!

王弟元帥「なんだっ。鐘の音ではないか。
 貴族軍が占領を達成したのか。この音は、この風はっ」

  ザクッザクッザクッ

聖王国将官「元帥閣下っ。お気を付けくださいっ」

ザクッザクッザクッ

貴族子弟「――」

王弟元帥「……ここで来るか」

メイド姉「お目にかかりに参りました。王弟閣下」にこり

461: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/17(火) 00:41:50.23 ID:Afl8afoP
――開門都市近郊、遠征軍本陣、その中央

 ラァン……! カラァアン!! カラァアン!!

王弟元帥「約束どおり、というわけか」
メイド姉「はい、お約束どおり」

王弟元帥「それにしては援軍の姿が見えないが?」
メイド姉「いずれ参ります」

王弟元帥「ここは戦場だ、女子供の来るところではない」

メイド姉「勇者だ。と申し上げたはずです」

王弟元帥「……退くつもりはないということか」

メイド姉「退いて頂く交渉をしに来たのですから」

王弟元帥「この期に及んで。この血と硝煙の香りに満ちた
 裂壊と怒号の戦場においてそのような綺麗事を語るか。
 ここは死と鋼鉄がその意を通す場所だ。
 宣告しておいたはずだ。次に出会う時は戦場だと。
 我は我の意志を通すためならば、娘。
 そのはらわたを串刺しにすることも厭わぬ」

聖王国将官「閣下……っ」

メイド姉「王弟閣下はそのようなことはなさりません」

王弟元帥「なぜそのようなことが云えるっ」

メイド姉「この戦場に存在する勢力、軍勢のうち、
 私の麾下にあると観測されるものは一つもないからです。
 で、ある以上、この場で私を殺したとしても、
 それは王弟閣下が、目障りにわめき立てる小娘一人を
 腹立ち紛れに黙らせた、と云うことに過ぎません。
 戦場に満ちる問題を一個として解決することにはならない。
 それは個人的なただの気晴らし。
 ……王弟閣下はそのようなことはしません」

王弟元帥「ずいぶん高く買ったものだな」

463: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/17(火) 00:43:42.16 ID:Afl8afoP
メイド姉「そのようなことをするくらいならば
 私を生かしておき出来るだけの情報を絞ろうとする。
 もしくは何らかの勢力に対しての
 外向的な取引材料になるのならば身柄を拘束しようとする。
 その方が妥当です。
 合理的、と云う意味では、中央諸国家で
 もっとも信用に値する方だと思っています」

王弟元帥「……。自らが云ったように、拘束されると
 云うことは考えぬのか。若い娘の身で」

メイド姉「我が身可愛さをここで出すくらいなら
 そもそもこの戦場に立つ資格はない。
 そう思いませんか?」にこり

 ……ァァン。カラァァン。

王弟元帥「この鐘の音も、そなたか?」
メイド姉「そうかもしれませんね」

 あ、あの娘は……?
  王弟閣下になにを……あの娘……まさか
 まさかって……まさか、魔族?
  い、いや人間に見えるぞ、誰なんだ
 ざわざわざわ……

王弟元帥「よかろう。前置きは終わりだ。
 聞こうではないか。その方の要求を」

メイド姉「戦争の終結。遠征軍の撤退です」

王弟元帥「出来るはずもない」

メイド姉「この都市は都市国家としての主権を持っています。
 また、遠征軍が通ってきた領土は
 この地に済む氏族の支配領域七つを侵犯しています。
 遠征軍が犯してきた犯罪的行為を続けることは、
 遠征軍およびそれぞれの所属国家に
 百年にわたる大きな負債を背負わせるでしょう」

464: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/17(火) 00:45:55.43 ID:Afl8afoP
王弟元帥「この度の遠征は先にも述べたとおり、
 教会の宗教的号令に従って自発的に集った
 自由意志の民衆による聖遺物奪還運動なのだ。
 その運動を国家の責に帰そうとする論には賛成できない」

貴族子弟「そのような言い逃れが通るとでも?」

王弟元帥「どのような道理であろうと、
 道理を守るには相応の力が必要だ」

貴族子弟「どのような理不尽でも暴力が伴えば
 この世界においてまかり通ると聞こえますね」

王弟元帥「真実であろうさ」
貴族子弟「……っ」

メイド姉「力とは……。暴力とは常に相対的なものです。
 “有るか、無いか”などという
 粗雑な議論をするつもりはありません。
 相手との相対的な差違のみが意味を持つのですから
 絶対量は意味がない」

王弟元帥「賢者の言葉だな。だが、それがどうした」

ザカっ!!

参謀軍師「王弟閣下っ!!」

王弟元帥「どうしたっ」
聖王国将官「何があったのです」

参謀軍師「そ、それがっ」ちらっ

王弟元帥「申せ」

参謀軍師「は、はいっ。それが、まだ遠距離ではありますが
 徒歩一日以内の地点に、魔族の援軍、数万が集結を」

メイド姉「――」
王弟元帥「数万だと……」

参謀軍師「いえ、それは最低限でして。
 ……とどまる様子はありません。
 この様子では、数日のうちに十万を超える恐れも」

465: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/17(火) 00:48:16.40 ID:Afl8afoP
メイド姉「――」 にこにこ

王弟元帥「これが。……これがその方の援軍か」

メイド姉「そうとって頂いても構いませんよ?」

貴族子弟(よく言う。……その数は、軍勢なんかじゃない。
 忽鄰塔にあつまってきた非武装の魔族の民だ。
 魔王の戦いを見届けるために集まった氏族に過ぎないじゃないか。
 数はそりゃ確かに十万にふくれあがるかも知れないが、
 所詮は泡だ。マスケットでつつけば、パチンと割れる)

メイド姉「……」
王弟元帥「……」 ぎろっ

聖王国将官「い、いかがいたしましょう」

メイド姉「……」
王弟元帥「……はったりだな」

貴族子弟(なっ!? だからといって、気が付くのかっ!?)

メイド姉「とは?」

王弟元帥「この短期間でそれほどの援軍を組織できるはずもない。
 もし組織できるのであれば、とっくに現われて
 我が軍に一撃を食らわせているはずだ。
 で、有るならば、その軍勢は幻術による偽りか
 なんらかの策……。
 たとえば、偽の軍装によっていつわった烏合の衆なのだ。
 それだけの戦力を温存する理由は、無い」

メイド姉「それでも、構わないのではありませんか?」
王弟元帥「なぜだ」

メイド姉「いま、重要なのは“開門都市を包囲していた遠征軍が
 二週間をおいてもなお都市攻略に成功していない”という事実。
 ここに“包囲していたはずの遠征軍が、十万の魔族によって
 逆に包囲されている”という事実を加えれば……。
 ……軍が本物か、偽りかなどというのは
 些末な違いに過ぎないかと思います」

聖王国将官「そ、それは……」

王弟元帥「軍の士気、ひいては我が掌握能力に問題があると?」

466: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/17(火) 00:50:51.51 ID:Afl8afoP
メイド姉「普段であるならば問題はないでしょう。
 しかし、良くも悪くも王弟閣下の仰ったように、
 この遠征軍の大儀は信仰です。
 精神的支柱を王弟閣下のカリスマだけに
 依存するわけにはいかない。
 それが可能であったとしても、です。
 そして、今のこの乱戦は、信仰の中心が揺らいでいるせい。
 ……ちがいますか?」

王弟元帥「好きに解釈すれば良かろう」

メイド姉「この状況下において戦闘を継続すればどうなります」

聖王国将官「……」

貴族子弟(流れは悪くないのか……。しかし、先が読めない。
 相手が悪い。いくら我が姉弟弟子とはいってもなぁ)

メイド姉「どちらが勝つにせよ、双方に壊滅的なダメージが残る。
 そのようなことは百害あって一理もないではありませんか」

王弟元帥「確かにそうなる可能性が高いだろう。
 しかし、では撤退をしてどうなる?
 この戦を始めたのは教会だ。
 では教会が責任を取るのか? 否だっ。
 責任など取りはしない。
 そして、責任を誰も取らぬ以上、
 この遠征に財をつぎ込み財政難に陥った諸侯は
 秩序を保つことが出来なくなるだろう。
 そうなってしまっては略奪が横行し、
 中央国家群でも小競り合いが頻発することは想像に難くない。
 この魔界で富を。少なくとも、富の予感を手に入れない限り
 中央諸国家のふくれあがった欲望は制御不能なのだっ。
 それはつまり、中央諸国家体制の崩壊。
 その方の云う“壊滅的なダメージ”だ」

メイド姉「そんなっ」

王弟元帥「撤退しても戦っても、我がほうには壊滅的な被害が出る。
 ならばここは戦って魔族や南部連合にも
 ダメージを与えておくべきなのだ。
 そうすれば復興の時間に、外部から侵略をされずに済む。
 違うかな? 学士の娘よ。それが国家の安全保障ではないか」

467: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/17(火) 00:52:58.61 ID:Afl8afoP
ザッザッザッ

東の砦将「そいつは、族長としていかがなもんかね。
 自滅しながらの巻き添え攻撃のような策略とは
 下策としか言いようがないと思いますぜ」

青年商人「遠征軍の責任者“ではない”以上、
 仕方ない判断かと思いますよ」

聖王国将官「お前達は何者だっ!」

東の砦将「何者かと聞かれてますが」
青年商人「一番乗りだと思ったんですが、ね。
 ですから、あの方の知己にはいつも驚かされる」

東の砦将「このお嬢さんは?」
青年商人「あの方の家で会いました。そうですね?」

メイド姉「はい、ご無沙汰しています」ぺこりっ

貴族子弟(青年商人。同盟の有力商人、十人委員会の一人。
 かつて出会った時よりもすごみをましたなぁ。
 師匠並だぞ、この迫力は)

王弟元帥「貴公らは何者か。
 このような戦場のまっただ中に何をしに来た?」

東の砦将「それがしは。あー。あの開門都市の氏族長。
 人間で云うところの市長を務めている。砦将といいますな」

青年商人「あの都市の防衛軍最高責任者
 その代理というところでしょうか。青年商人と申します」

聖王国将官「っ!? 銃士っ! こいつらをっ!」

王弟元帥「やめろっ!!」

聖王国将官「~っ!?」

東の砦将「良い判断ですな」 ……すっ

470: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/17(火) 01:31:44.78 ID:Afl8afoP
王弟元帥「いつカノーネを鹵獲した?」

東の砦将「いや、一台くらいならね」

王弟元帥「揃ってお出ましとはなんの話だ。
 降伏でもしに来たのか? ふふんっ」

青年商人「馬鹿を云わないでください。スカウトしに来たんですよ」

王弟元帥「は?」

青年商人「聖王国の王弟将軍と云えば、
 中央大陸でも名の知られた英雄。カリスマですからね。
 合理的思考と切れすぎる戦略で
 早くから名を馳せた戦場の風雲児。
 戦術戦略のみならず、外交や財政にも果断な判断能力をもつ
 大陸最大級の人材です」

王弟元帥「ずいぶんと詳しいのだな、人間の事情に」

青年商人「私は人間ですよ。人間が魔族の軍を
 率いていては変ですか?」

王弟元帥「いや……。そうか。
 『同盟』に異端の商人がいると風の噂で聞いた。
 小麦相場で大陸中の金貨をさらったというのは……」

東の砦将「はぁ!? そんなことまでやってたのかぁ?」
青年商人「人聞きが悪いですよ。ほんのちょっぴりじゃないですか」

聖王国将官「――“小麦を統べる商人王”」 がくがくっ
メイド姉「ふふふっ」

王弟元帥「その男が何を求める」

青年商人「ですからスカウト。人材の勧誘と、一つの質問を」

471: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/17(火) 01:33:51.24 ID:Afl8afoP
王弟元帥「――どいつもこいつも、戦場である弁えもなく」

ザッ

冬寂王「であるならば」

王弟元帥「おまえは、冬寂王っ!」

冬寂王「率直な降伏勧告は、我が方のみということかな」

王弟元帥「降伏勧告だと。南部連合に?
 中央大陸の秩序の破壊者に下げる頭など無いわっ」

冬寂王「南部連合に下げろ、とは云わぬさ。
 ……ここに書状がある。修道会からだ」

聖王国将官「修道会、から……?」
王弟元帥「なにを」

貴族子弟「そうきましたか。……ずいぶん思い切りますね」

メイド姉「冬寂王様」
冬寂王「どうした? 学士よ」

メイド姉「……なにとぞ慈悲を」
冬寂王「判っている」 こくり

王弟元帥「何を言っているっ」

冬寂王「まぁ、時間を掛けて読むが良かろう。
 言葉を飾ってあるが、中身はこうだ。
 “人の国に入り込んで戦を行なうようなものは、破門する”
 それだけだよ」

王弟元帥「破門……」
聖王国将官「それは」

472: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/17(火) 01:35:54.16 ID:Afl8afoP
貴族子弟「もちろん、聖光教会を奉じる聖王国にとっては
 直接何らかの影響があるわけではありません。
 もちろんお気づきだと思いますが、この書状の意味は」

――天然痘の接種は、受けさせない。

聖王国将官「~っ!」

貴族子弟「そのようなことになれば、5年、10年を待たずに
 国は寂れ、人々は移住し……。交易の順路からも外された
 地方の村のような惨状になるかと」

メイド姉「私はそのような交渉方法を好ましいとは思いません」

冬寂王「もちろんだ。だが、学士よ。
 そもそも、戦争とは好ましいことではないのだ。
 そして、チャンスがあるのならば、
 どんな手段を使ってもそれを終わらせる。
 この交渉の場はは、我が南部連合の兵士の命であがなった
 数少ない空隙だと云うことも忘れて貰っては、困る。
 もはやここに至っては、交戦行為を一刻も早く終わらせることが
 慈悲であると知ってくれ」

王弟元帥「破門を引き下げる代わりに、降伏しろと?」

冬寂王「そうだ」

王弟元帥「遠征軍は我一人の意志で動かせる軍ではない。
 大主教猊下の号令によって動く、複数の国家、
 そして多くの領主の参加する軍だ。
 我のみが破門を免れたとしてどのような責任も取れぬ」

青年商人「逃げ口上はやめてください。
 どう考えても、どう見ても、
 あなたが実質上の意志決定者であることは疑う余地がない」

王弟元帥「ここまで混沌と狂信に染まった軍を
 撤退させる難しさが判らない貴君らではあるまいっ。
 すでに賽は投げられた。一矢は射られたのだ。
 もはや雌雄を決するしかないのが判らないのか。
 時の流れは、人間か、魔族かのどちらか一方を選ぶと
 その意思を表したのだ。
 この世界は、両者を住まわせるに
 十分な広さがないとなぜ判らぬっ。
 世界はそれほど寛大ではないのだっ」

474: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/17(火) 01:41:35.63 ID:Afl8afoP
メイド姉「争いを始めるのに精霊を理由に用い、
 今また争いを継続するために世界を言い訳にするのですか?
 ――たしかに。
 確かに“彼女”は間違ったかも知れない」

東の砦将「は?」

メイド姉「確かに“彼女”は間違ったかも知れない。
 わたし達がこんなにも愚かなのは、
 彼女がわたし達に炎の熱さを教えなかったから。
 わたし達はゆりかごの中でそれを学ばずに
 育ってしまったのかも知れない。
 それは彼女の罪なのかも知れない。
 しかしいつまで彼女と彼女の罪に甘えるつもりですか、我々はっ」

聖王国将官「何を……。何を言っているのだ?」

メイド姉「“彼女”に……。
 光の精霊にいつまで甘えているのかと問うているんですっ。
 争いを始めるのに“彼女”の名前をいつまで使うのですか?
 人を殺すのに彼女の名前を用いて正当化するなどと云う
 卑劣な責任回避をいつまで続けるおつもりですかっ。
 “この世界は、両者を住まわせるに十分な広さがない”?
 世界の許可が必要なのですかっ!?
 わたし達が……。
 今! ここにいるわたし達が、今この瞬間に責を取らずして
 どこの誰にその責任を押しつけようというのですかっ。
 確かに民は愚かかもしれません。
 しかし、彼らは望むと望まざるとに関わらず、
 その責任を取るのです。
 飢え、寒さ、貧困、戦。
 ――つまるところ、望まぬ死という形で。
 王弟閣下。あなたは英雄ではないのですか。
 私はそう思っています。あなたもあの細い道を歩く一人だと」

王弟元帥「何を望むのだっ。勇者よ。
 世界を守るというのならば――。
 世界を変えるというのならば、我にその方の力を見せるが良いっ」

メイド姉「望むのは平和。ほんの少しの譲歩。
 そしてわずかな共感と、刹那のふれ合い。
 それだけしか望みません。
 それだけで、わたし達は立派にやっていける。
 その後のことは“みんな”が上手く形にしてくれる。
 私はそれを信じています。
 だって信じて貰えなければ、私は人間でさえなかったんですから。
 あの日、あの夜。あの馬小屋の中で
 虫けらのままで死んでいたんですから」

476: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/17(火) 01:42:24.23 ID:Afl8afoP
青年商人「……」
冬寂王「……」

王弟元帥「その戯れ言を通すだけの力が、
 その方にあるというのか」

メイド姉「私に武力はありませんから」
王弟元帥「お前の援軍とやらは、
 全て集まるのにまだ十日もかかるのだぞ」

メイド姉「では、私が連れてきた本当の援軍をご紹介しましょう」

聖王国将官「なっ!?」 きょろきょろ

王弟元帥「見せてみるがいいさ。
 その方の甘い理想論をかなえる力とやらを」

メイド姉「はい……。王弟閣下、手をお借りしますね」

     ぱぁぁああああああ!!!

王弟元帥「そ……それはっ……」

メイド姉「――“ひかりのたま”です。
 これは、彼女の残した恩寵。
 光の精霊自らがこの世界へと残した、忘れ得ぬ炎」

聖王国将官「ま、ま、まさかっ」

――な、なんだあの光は!? ――ま、まさか精霊さま!?
 あの娘っこは、精霊様の使いだったのか!?
 間違いない、この光は……
 なんて優しい、綺麗な光なんだ……。
 身体の痛みがみんな、何もかんも無くなっていくようだ。
 精霊の巫女様に違いねぇ……

メイド姉「はい。勇者の名において。
 これが“聖骸”であると、ここに告げましょう。
 そしてこの聖遺物を……。王弟閣下に贈ります」

東の砦将「っ!?」

青年商人「……ははっ! ははははははっ!
 これはすごい。すごいなっ!」

王弟元帥「なぜっ!? 何をしている、なぜそうなるっ!?」

477: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/17(火) 01:44:14.24 ID:Afl8afoP
メイド姉「私の援軍は、あなたです」

王弟元帥「!」

メイド姉「王弟閣下が、私の援軍です。
 魔族が人間に、ではありません。
 開門都市が、聖なる光教会に、でもありません。

 わたしが、あなた個人に“聖骸”を贈ります。

 あなたであれば、この“聖骸”を守り、
 正しく用いてくれると信じるからです。
 あなたであれば、聖鍵遠征軍を退けるに当たって
 私のもっとも有力な援軍になってくださるからです」

東の砦将「……こいつぁ。奇襲なんてものじゃねぇや」

参謀軍師(何と言うことを考えるのですか、この娘は!!
 確かに、この衆人環視の中、これだけ多くの将兵が見つめる中で
 聖遺物を取り出されては……。
 我々の大義の上で、無碍にするわけにはいかない。
 この“聖骸”を求めてはるばるとやってきたという
 それが目的の組織である以上、こうして贈られてしまえば、
 これ以上開門都市を攻略、攻撃をするという理由自体が
 消失してしまう。
 その上、この清らかなる光、偽物であるとはとても云えない。
 何よりも将兵達は一瞬で納得してしまった。
 この宝玉が“聖骸”であると信じてしまった。
 その“聖骸”を個人間であろうが、こうして贈られるというのは
 ある意味で、開門都市が頭を下げたに等しい。
 国家としては礼を返さぬ訳には行かぬ。
 しかも狡猾なのは、たとえ我々が礼を尽くさなければならぬと
 しても、開門都市も魔族も実際には一歩も譲ってはいない、
 何ら妥協も譲歩も、実際にはしていないという点だ。
 これは個人間の贈答に過ぎないと娘は明言している。
 ……多くの将兵は満足感を得るが、領地や賠償金などのやりとりは
 発生しないようになっている。この娘、そこまで計算をして……)

冬寂王「重いな。……王弟殿」

479: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/17(火) 01:45:22.50 ID:Afl8afoP
参謀軍師(そうだ。まさにその通りだ。
 その上、これはとてつもなく重い決断を迫られる贈答物でもある。
 この“聖骸”を受け取ったとして、聖王国の取り得る道は三つ。

 第1の案は“聖骸”を聖光教会に献上する、というものだ。
 しかし、それはもはや政治的にそこまでのうまみはない。
 聖光教会はおのずの領分を越えて国家への干渉を強めている。
 また、この学士という娘は“正しく使ってくれると信じる”と
 断言した。つまり、それは、この“聖骸”を教会に譲るなど
 という手段に出ればそれ相応の報復を覚悟しろと云う
 恫喝であると云えなくもない……。
 
 一方、この“聖骸”を聖王国そのものが管理すると
 云うことも考えられる。これが第2の案だ。
 ……その場合、“聖骸”を所有する聖王国王家は
 光の精霊由縁の血筋を持つ王家として、
 中央諸国家の数多の王家とは別格の正当性を持つだろう。
 まさに、支配権を天より携わった選ばれた王家だ。
 この正当性は、旧来の秩序を維持したいという聖王国の政策上
 巨大な、余りにも巨大な利点だ。
 民衆も歓呼の声を上げて歓迎するだろう。
 ……しかし、この方法は二つの注意点がある。
 一つには、贈り物は、贈り物であると云うことだ。
 この“聖骸”の由来を語る時“魔界で贈られた”という縁起に
 触れざるを得ない。つまり、この方法を採るのならば、以降
 魔界とは何らかの形で友好的な関係を構築する必要がある。
 もう一点は、もし聖王国がこのようにして“聖骸”を
 管理するのだとすれば、教会との確執は免れないという点だ。
 
 第3の管理方法として、修道会と接近しそこに管理を委託する
 という事も考えられる。その場合、種痘の優先的な割り当てなど
 利点を得られる。これは国の民意を高める上でも有効だろうが、
 聖王国の目指す旧来型の権力構造に、修道会とその背後に控える
 南部連合からなんらかの圧力がかかる可能性は十二分に検討する
 必要がある。また第2の管理方法――聖王国の直接管理と
 同じように、教会との確執は避けられない。

 選ぶとすれば、2……だろうが。だとしても魔界には礼を尽くし
 この戦争はなんとしてでも終結させなければならない。
 戦争を続けるためには1しかないが、それでさえ
 “相手から聖骸を与えられておきながらも虐殺の限りを尽くした”
 という余りにも外聞の悪い戦争継続方法になり、
 士気はどん底にまで落ち込むだろう……)

482: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/17(火) 02:12:03.56 ID:Afl8afoP
王弟元帥「我の――我のっ。
 我の何を信じるというのだとっ」

冬寂王「能力だろう?」

聖王国将官「それは……」

貴族子弟「能力であれば一級品なのは判りますからね。
 実際容赦のない攻撃ですよ、本当に」

メイド姉「そうですか? 私は人柄も加味しましたよ?」

東の砦将「世間話みたいな雰囲気で、いけしゃぁしゃぁと」
青年商人「そういう一門なんですよ、彼らはね」

王弟元帥「巫山戯た事をっ。このような茶番をっ」

青年商人「ではお尋ねしますが、王弟閣下。
 王弟閣下こそ茶番をしているのではないのですか?」

王弟元帥「……なにを」

青年商人「なぜ無能な兄王を、殺さないのですか?
 なぜ元帥という位置になど留まり続けているのですか?
 全ての貴族に望まれ、何度となくその示唆を受け、
 唆されながらも、王よりも巨大な名声を得てしてもなお、
 なぜ元帥などという茶番を演じているのですか?」

聖王国将官「それは……」
王弟元帥「……っ。そのようなことっ」

青年商人「それが茶番でないのならば、
 彼女の言葉も茶番ではないのですよ。
 そして彼女の行為を茶番だと貶めるのならば、
 貴方のやっていることも茶番に他ならない。
 己の選んだ細い道。彼女はそう言いましたが
 貴方が貴方自身の掟に従い守るべき対象があるように
 彼女にもそれがある。
 そしてそれは茶番などと云う安っぽい言葉で
 片付けられるようなことではないっ」

484: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/17(火) 02:17:13.81 ID:Afl8afoP
東の砦将「……」

青年商人「さて、どうするんですか?
 もう一押ししなければなりませんか?」

王弟元帥「……その玉を、受け取ろう」

メイド姉「ありがとうございます」

冬寂王「これで、やっと……」

王弟元帥「それが我が国の国益に叶い。
 もっとも我の影響力を最大化できる手法だから選ぶまでだ。
 善意や好意などからでは断じてない。
 ……大陸は、教会の影響を受けすぎていたのだ」

聖王国将官「……閣下」

貴族子弟(素直さに欠けるね、まったく)

メイド姉「そうであっても構いません。
 いえ、だからこそ。それだからこそ手を取り合う意味があります。
 突発的な善意や好意からではなく、わたし達は利益を共有できる。
 それは二つの種族が今後もこの狭い世界の中で過ごすために
 必須の条件なのですから」

――損得勘定は、我ら共通の言葉だと。

青年商人「……そうでしたね。貴女はいつもそう言っていた」

 ぱぁぁぁああああ!!!!

東の砦将「なんて華麗な輝きなんだ」
メイド姉「この宝玉も、新しい持ち主を歓迎しています」

ゆらぁ、がさっ。がさっ。

百合騎士団隊長「ゆるさない。ゆるさない。
 そんなのはゆるされない。
 そんなのは、精霊の救いじゃない。
 そんなものは、赤き救済ではない。
 そんな結末は認めない。
 そんな救われかたはなかった。
 なかった。
 私にはなかった。
 貴女は精霊の巫女じゃない。
 それが聖骸であるはずがない。
 悪魔。――悪魔の使い。貴女は、悪魔のっ」

ゴゥゥゥーン!!

510: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/18(水) 17:39:56.74 ID:G90fcMMP
――光の塔、その道程

……シャゴォォォン!!! ……ィンィンィン……!!

女騎士「っ! ……はぁ。……はぁ」

大主教「しのぐのか。ふはははっ。それはなんだ?
 結界祈祷か? 見知らぬ術だな。
 ……修道会の秘術とみえる。光壁系の派生祈祷だな?」

女騎士「……はぁ、はぁ。……全周囲の衝撃相殺奇跡だ」

大主教「しかし、衝撃や物理的圧力だけではなく
 電撃まで防ぐとは……。見事な術だな」

女騎士(くっ。このままじゃ……)

大主教「だが、いつまで続く? いくつ躱せる?」

女騎士「云っただろうっ!? 限りなくだとっ」

大主教「よかろうっ! 今一度っ!
 24音! 集いて唱和せよっ!! “超高域雷撃滅呪”っ!!」

女騎士「間に合えっ! “光砦祈祷”ッ!!」

バチバチィ! ギュダン、ズシャァァァ!!

だんっ。ずしゃぁっ!

女騎士「かふっ……。がはっぁ……」ばたっ
大主教「空間の電位擾乱までは無効化できないようだな」

女騎士「これくらい……。げふっ……かはっ……」
大主教「喀血か。肺が灼けたか。ははははっ」

女騎士「これしきの傷……っ」

こつん

女騎士(これは……。なんでこれがここにっ!?)

――そんな顔をするな。勇者。
 ほら、荷物は置け。
 鎧も脱げ。今更関係ないから。

女騎士(置いて行ったのかっ。あの馬鹿ッ!
 何でこれをっ!? 重さなんて関係ないのにっ。
 何でこいつまで……。あの馬鹿勇者ッ!
 それじゃ。それじゃぁあいつ、丸腰じゃないかっ!?)

512: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/18(水) 17:41:34.50 ID:G90fcMMP
大主教「どうした? 青ざめて。
 追いつかれたか、絶望に?
 ……良かろう。古のあの言葉を贈ろうではないか」

女騎士「何を言う気だ、化物」

大主教「――世界の半分を与えよう。我が膝下に屈するがいい」

女騎士「……っ」

大主教「その方の剣技はまさしく世界最高峰の一角。
 今この場にいるのも都合がよい。
 新しく生まれ変わり“喜びの野”を統べるにあたり
 我にはこの両腕に変わる“手”が必要だろう。
 ――世界の半分を与えよう。
 その苦痛と恐怖を終了させ、我が配下となるがいい」

女騎士「ははっ」
大主教「……?」

女騎士「そうかそうか。
 ……本来はこういう言葉なんだな、勇者。
 こうして下卑て響くのが、本物。
 だとしたら……。
 やっぱり、その魔王は……奇跡だ。
 当たり前か、わたしの親友だもんな」

大主教「何を言っているのだ?」

女騎士「空々しいよ。なんて虚しく響くんだ。
 お前の言葉は。最初から中身なんか無い。
 お前はわたしに興味なんてさっぱり無いよな。
 ただ単純に、便利な人形が一つ欲しいだけだ」

大主教「その何処がおかしい?」

女騎士「いいや、おかしくはない。
 その要求は判るよ。そう言う手下も欲しいだろうさ。
 大魔王なんだから」

大主教「やっと認めたか」

513: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/18(水) 17:42:36.80 ID:G90fcMMP
女騎士「ああ。大魔王だ。……魔王じゃない。
 魔物の王ではなくて、魔物の王から生まれた変異。
 魔物の王のすらも見下ろす、異常体だ。
 その力は精霊にも匹敵する、史上最悪の化物」

大主教「自らの分をわきまえたか」

女騎士「だけどね」 ジャキッ
大主教「――っ」

女騎士「わたしは魔王の方がよほど好きだっ。
 お前は、大魔王かも知れないっ。
 でも“王”じゃないっ。
 民を思わない孤独な人形遣いだっ。
 はぁぁっ! せいやぁっ!!」

ギンッ! ギキンッ! ジャギィンっ!!

大主教「何をしているッ?
 そのような攻撃で“やみのころも”は解けはしないっ」

女騎士「お前はお前の思うとおりの世界を弄びたいだけだっ。
 “新世界”? “次なる輪廻”? “喜びの野”!?
 虚ろな目をした人間がお前をあがめる芝居小屋じゃないか。
 そんな所に君臨するのが楽しいのか。そんな空虚な世界がっ」

ギィィン!!

大主教「なぜそれを否定するっ。それこそが!
 まさにそれこそが炎の娘、光の精霊が願った
 完全なる調和の世界だッ!
 お前も聖職者であれば判るだろうっ。
 そこにどれほどの幸せがあるのか。
 民の苦痛も不安もなく安寧と平安が支配する
 これほどの慈悲があるか?
 だれも憎まず、争わず、永遠にあり続ける。
 いいや、ありえんっ。
 それが最高の楽園でなくてなんだというッ!!」

女騎士「お前の歪んだ欲望と、
 “彼女”の祈りを一緒にするなぁっ!!」

――その珠を、受け取ろう。

ザシュゥッ!!

514: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/18(水) 17:44:19.21 ID:G90fcMMP
大主教「!?」

女騎士「はぁっ。はぁっ……。行けるじゃないか」
大主教「なぜ。なぜだ!?」

女騎士「はぁぁっ!! 切り裂けぇっ!!」

ザシャッ! ザシュゥ!!

大主教「なぜ“やみのころも”がっ。
 絶対の防御がっ。
 ……馬鹿な。誰がッ!?
 だれが“ひかりのたま”を見つけだしたというのだ!?
 あの失われた聖遺物を。
 何処の誰が掲げたというのだっ!?
 あれを扱えるのは勇者のみのはずっ」

女騎士「霧が晴れてきた……ぞ。
 かはっ、かはっ……。
 ……やはり本体は、細いじゃないか。
 経ばかり唱えている、やせこけた、身体だッ」

大主教「……っ。それがどのような影響がある。
 我にはまだ無限の法術と、再生能力がある。
 “やみのころも”は大魔王のもつ力の一つに過ぎぬっ」

女騎士「だからどうしたっ」

ヒュバッ! ギィン! ギキィン!
 キンッ! キンッ! ドカァッ!!

大主教「はぁっ! “光壁祈祷”っ! “斬撃祈祷”っ!
 “光波雷撃呪”っ!! “六連”っ!」

女騎士「っ!!」 バシンッ! グシャッ

ドンドンドンドンッ!! ガキィッ!!

大主教「“やみのころも”が晴れたからどうしたというのだ!?
 現にお前はそこに虫けらに用に転がっているではないか。
 認めよっ! 認めて屈するがいいっ!!」

515: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/18(水) 17:48:38.74 ID:G90fcMMP
女騎士「あはっ。……はははは」

ゆらっ

大主教「何を笑う。血にまみれ、盾も鎧も砕け散った姿で」

女騎士「盾か……確かに」 からん

大主教「諦めよ」

女騎士「いや。答えてなかったと思って」

大主教「……」

女騎士「世界の半分。だったな……。
 答えるよ。確かに魅力的なお誘いだけど
 半分じゃ、少なすぎる」

大主教「……少ない?」

女騎士「ああ、お断りってことさ」
大主教「貴様……」

 キンッ! キンッ! ジャキンッ!! ザシュ!!

女騎士「判らないだろうなッ!
 好きな人がいるって事が。
 大事な人を思うと云うことがっ。
 敬慕、忠節、至誠、そして誓約。
 騎士の持つ全てがお前には理解できないだろうっ?
 そして、何よりもこの胸に咲く思いがっ。
 勇者といると暖かいんだ。
 まるで春の芝生の昼寝みたいに。
 雪の日の暖炉の前のうたた寝みたいに。
 勇者と話すと楽しいんだ。
 年越し祭りの朝目覚めた子供みたいに。
 友達と駆け出す草原のようにっ。
 勇者に微笑まれると嬉しいんだ。
 この世界で何よりも大事なものに触れたみたいにッ」

516: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/18(水) 17:52:06.37 ID:G90fcMMP
大主教「なっ!?」

女騎士「わたしは“世界の全て”を持っているっ!!
 勇者を思っているから。あいつに微笑んでもらったから。
 あいつを思い出すだけで。
 勇者の拗ねた子供みたいな笑顔を思い出すだけで
 勇者の癖っ毛の黒髪を思い出すだけでっ。
 この胸には風が吹くんだ。
 魂の内側に“世界の全て”を感じるんだっ。
 勇者を思うだけで、わたしは“世界の全て”を
 簡単に手に入れられる。
 騎士としたって、1人の女としてだって。
 
 そんなわたしに、たった“半分”で褒美を語るなんて
 お前みたいに貧しい大魔王は願い下げだっ!!」

大主教「……っ!」

女騎士「わたしがこの思いを失わない限り。
 “世界の全て”がわたしの味方。滅びろ、化物ッ!!」

大主教「だがしかしっ。“斬撃祈祷六連”っ!」

ギン!ギン!ギン!ギン!ギン!ギン!

女騎士「っく! こんなっ……。斬撃がっ」

大主教「どんなに大口を叩いた所で、
 現にお前は立っているのもやっとではないかっ」

ドヒュンッ!

大主教「っ!? 火球っ! だれだ、この魔力っ!!」

520: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/18(水) 18:08:24.49 ID:G90fcMMP
――地下城塞基底部、地底湖

バチィッ!!

メイド長「っ! また刻印がっ」

女魔法使い「……問題、無い」
メイド長「ですがっ」

女魔法使い「この刻印の一つ一つが生まれなかった魔王。
 ……悲しい思いを受け継ぐ宿命を背負う魔族。
 刻印が一つ砕けるたびに、1人の魔王が天の塔を
 登ると思えば、痛くなんて無い」

メイド長「ですがっ! 持ちません」

女魔法使い「……持つよ」
メイド長「――」

女魔法使い「持つよ。無限に。限りなく」
メイド長「しかしっ」

バチィッ!!

女魔法使い「だって……」
メイド長「あ……」

女魔法使い「この胸には勇者が居る。
 わたしの中に勇者の横顔が鮮やかに残っている。
 勇者を見ていると優しい気持ち。
 みんな家に帰る夕暮れの街みたいに。
 初めて頭を撫でてもらった穏やかな出会いみたいに。
 勇者の声を聞くと嬉しい。
 わたしにはない明るさと強さを持っているから。
 勇者の声にならない優しさを感じるから。
 勇者の視線を追うと胸が締め付けられる。
 手に入らないと思ってた夢を送られたみたいに」

メイド長(なんで……。何でそんな顔で微笑むんですか……)

521: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/18(水) 18:10:22.81 ID:G90fcMMP
女魔法使い「だからっ!!」

バチィッ!!

メイド長「っ!?」

明星雲雀「ピィピィピィ! だ、だめですよご主人!
 そんなことをしたら魂が焼き切れちゃいますよっ!!」

女魔法使い「負けられないっ。負けられないんだよっ!!
 そんな枯れ枝みたいな、エゴの固まりの化物にはっ!
 いつまでもいつまでもっ。
 負け犬に甘んじている
 あたしだと思って欲しくはないなぁ!!」

バキィン!! バンッ!! バンッ!!

メイド長(なんて魔力っ。こんな、こんな力がっ!)

女魔法使い「判らないか。
 ――判らないだろうなぁ、お前“達”には。
 何千回生きようと、いいや!
 何千回も生きれば生きるほど判らないだろうなぁっ!
 あたしには云える。
 “たかが大魔王風情には”ッ!
 最初だけが真実なんだよ。
 何千回もやり直したのが間違いなんだよっ。
 “もう一度だけやり直す”?
 そんなものはな、ねぇんだよっ!!
 ――惜しいのは判るよ。別れが辛いのも判る。
 でも、だからって、悔しいからって。
 “もう一回”を繰り返しちゃだめな事ってのが
 この世界の中にはあるんだよっ!!
 この胸の思いはあたしだけのものだっ。
 お前らなんかには判らない。触れさせないっ。
 うらやましいか?
 うらやましいだろう。この黄金の思いがッ。
 お前達はたとえあと一万回繰り返したって
 二度とこの思いに触れることは出来ないんだ。
 だって。
 だってこの思いの中で、わたしの中でっ。
 勇者はいつも微笑んでいるっ!
 だから、最初を最後にするっ!
 悪い夢を終わらせるっ。この胸の黒い闇を吐き出してッ。
 たとえあたしが勇者の隣にいられなくてもっ!!」

523: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/18(水) 18:25:16.43 ID:G90fcMMP
――光の塔、その道程

ドヒュンッ! ドヒュンッ! ドヒュンッ!

女騎士(感じる。魔法使いの援護をっ)

大主教「空間から直接、だと!? 遠隔魔法なのかっ。
 そのような魔術式、教会の古文書にも無いぞっ」

女騎士「あの無表情っ娘だって願い下げだって言ってる」

ボォォォッ! ドヒュンっ!!

大主教「“光壁双盾”ッ!」

バシュッ!

大主教「これしきで、我がどうにかなるとっ」

女騎士「思って、いるっ!!」

ザシュッ!

大主教「なっ。なんだっ。それはっ。なぜっ!?」

女騎士「はははっ」

大主教「なぜ防御を……。“光壁”を貫ける。
 いや……すりぬけ……る!?」

――剣がふわってぶれて、霞んで消える技な。
 気配も消えてしまう技。あれは……。

女騎士「はははっ。……見たこともないんだろう」

524: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/18(水) 18:27:53.99 ID:G90fcMMP
ヒュバッ!! ざしゅんっ!

女騎士「左手の薬指で、重心を取るように脱力。
 剣の刀身から魔素を吸収。周辺の空間を把握……」

大主教「なっ。何を言っているのだ、空間っ!?
 そのような技が、騎士に使えるはずがっ」

女騎士「……騎士の技じゃない」

大主教「っ! く、来るなっ!!
 “斬撃祈祷六連”ッ! “雷撃四象呪”ッ!」

キンッ! ギンギンギンッ!!

女騎士「見えてる、効かないっ」
大主教「なっ!?」

女騎士「判らないのか、お前の身体の無数の“黒点”が。
 見え見えだ……。動きの弱点も、打ち込みもっ。
 全部あの爺さんが教えてくれてるんだよっ。
 両腕だけじゃない、その身体に印を残してるっ。
 お前はわたしとだけ戦っている訳じゃないっ!」

ギィィィンッ!!

大主教「っ」

女騎士「“光壁”はもう効かない。
 この技を。
 この技だけを、何千回も何万回も繰り返したっ。
 お前の弱点は、わたしのかつてのっ」

――大きな技ほど“光壁”で止めようとするからな。
 自分の力量と停止力に自信があるんだろうけど

大主教「無駄だ、そんなことで我はっ!
 “光壁”ッ! “光壁双盾”ッ! “光壁四象”ッ!!」

女騎士「弱点なんだよっ!!」

527: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/18(水) 18:32:33.21 ID:G90fcMMP
女騎士「はぁぁぁっ!!!! つ、ら、ぬ、けぇっ!!」

ザカァァッ!!

大主教「っ! ごぷっ。……さ、再生。……開始」

女騎士「させない」 ちゃきっ

大主教「な、に……を……」

女騎士「盾は砕けたんじゃない。捨てたんだ」

大主教「二刀……? そ、れ、は……っ。ごぷっ」

女騎士「勇者はこれを捨てていったんじゃない。
 ――置いていったんだ。
 わたしを信じて、丸腰で上に登ったんだ。
 わたしにこれが使えると思ったかどうかは判らない。
 けれど、わたしを信じた。
 わたしが勇者の剣だから、
 自分の腰に“これ”がなくても、良しとしたんだ」

大主教「勇者の……剣……だ、と……?」

女騎士「魔を滅するオリハルコンの剣だ」

大主教「それが……抜けるはずが……ない。
 勇者のみが……使うことの許された……」

女騎士「かはっ……。はははっ。
 ぼろぼろだよ。げほっ……ははっ
 わたしだってひどい有様だ。
 けど。
 だれが決めたんだ?
 たった1人にしか使えないって」

大主教「摂理を……摂理を、守れ」

女騎士「はは。ははははっ。
 判ったよ。お前が、大魔王が何であんな言葉を言うのか。
 摂理、か……。世界の半分を与える、か。
 お前の正体が」

大主教「我は、大主教。……人間にして、大魔王」

529: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/18(水) 18:33:52.17 ID:G90fcMMP
女騎士「お前は……。
 お前達は“過去”だ。
 お前達は結局は完成済みの世界が欲しいんだっ。
 自分が把握できる材料だけで構成された
 全てが予測できて全てが約束通りの……。
 そんな世界が居心地が良くて、
 そこから一歩も出たくないんだっ。
 でも、おあいにく様だっ」

大主教「やめろっ……そ、それをっ……
 お前もただでは済まないぞっ……
 この……我の身体に集う、魔王の……気を……
 感じぬのか……っ」

女騎士「お前達がいくら誘おうと、
 世界の半分をよこすと云おうと、、
 次の楽園を目指すと交渉したところで、
 そんなのは全部死んだ世界だっ。
 そんな世界には“明日”は絶対来たりしないじゃないかっ。
 “明日”が来ない世界に勇者が居るはずがない。
 あいつは、だれよりもみんなの“明日”が好きなんだから。
 ――お前達がどんなに自分の都合の良い楽園を
 静止させて作り上げようとした所で、
 私たちがたった一つ善きことを為しただけで砕け散るんだ。
 馬鈴薯を広めただけで。
 四輪作を伝えただけで。
 種痘を発見しただけで
 風車を、羅針盤を、印刷を、自由を、航路を見つけただけで。
 ううん、そんな大げさな事じゃない。
 誰かを好きになって、その人の笑顔のために
 何か一つを必死にやり遂げるだけで
 お前の箱庭は静止の呪縛から解き放たれて崩壊するんだ。
 世界は、明日が好きなんだっ!!」

大主教「がはっ……止め、ヤメ……」

ごぶっ。どぶっどぶっどぶっ……。ざしゅっ。

530: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/18(水) 18:36:35.03 ID:G90fcMMP
女騎士「おしまい……だッ!!」

ザシュ!!

大主教「ッ!!!」

女騎士「お前の好きな世界に、還れッ!!」

大主教「がはっ! がふっ……
 かはっ! がはぁっ!
 ただの……騎士に……やぶれ……るとは
 だが……光ある限り闇もまたある……ように……。
 未来を望むものがあれば……
 ……過去を願う弱さも、また……精霊の……遺産……
 我には、見えるぞ……
 いずれ、再び……何者かが、過去より現れる……。
 そのとき、世界には……お前も……
 お前の仲間も……いはしない……。
 明日を得ると共に、お前達は今日、
 永遠を失ったのだ……
 ふははははっ……がふっ!!」

オォォォオオオオン!!
  ……オオォォォオオン!!

女騎士「はぁ……。はぁ……」

女騎士「……はぁ……」

カランッ

女騎士(血が、ないや……。
 少し頑張り、過ぎたか……。
 でも、役目は、果たした……かな。
 勇者の剣。出来た、かな……。
 まだ……。
 登らなきゃ……。
 勇者の元へ。
 魔王と、一緒に……。
 あの人の元へ……。行か……なきゃ……)

532: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/18(水) 19:13:05.76 ID:G90fcMMP
――地下城塞基底部、地底湖

オォォォオオオオン!!
  ……オオォォォオオン!!

メイド長「……震動がっ!」
女魔法使い「……」

明星雲雀「勝った! 勝ちましたよご主人っ!
 あの胸のない殻付き人間が勝ちましたよっ!!」

メイド長「勝った……んですか?」

女魔法使い「まだ」

明星雲雀「ピィピィピィ!?」

オォォォオオオオン!!
  ……オオォォォオオン!!

メイド長「え?」

女魔法使い「……ここ。わたしはここっ。
 来てっ。わたしはここにいるっ」

明星雲雀「ぴ? ぴぃっ!?」

メイド長「なにを……」

女魔法使い「わたしはここにいるっ。
 ここに、最期の刻印があるッ!!」

メイド長「っ!!」

533: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/18(水) 19:16:11.29 ID:G90fcMMP
女魔法使い「……お前の最期の依り代っ。
 現世に留まるための最期の魔王候補、
 刻印の持ち主はここにいるっ。
 来てっ! この刻印を頼りにっ」

メイド長「なっ! 何を言うんですか、魔法使いっ!?」

女魔法使い「……へん?」

明星雲雀「おかしいですよっ」

女魔法使い「でも、封印の間はもう、ない。
 ……だれかが、それをしなきゃ」

オォォォオオオオン!!
  ……オオォォォオオン!!

メイド長「だからって」

女魔法使い「……憐れまれたくない。
 憐れまれたくないから、メイド長。
 あなたを選んだの」

メイド長「……っ」

女魔法使い「……ね?」 くてん

メイド長「最初から……。
 ……いえ。……ええ。そう、でした……か……」

女魔法使い「……ん」

メイド長「……魔法使い様」

女魔法使い「……ん」

メイド長「お終いではありませんよね?」
女魔法使い「……うん。ほんの少し、眠るだけ」

メイド長「……貴女の眠りに、良い夢を。
 貴女の眠りを、世界の幸せの全てが守りますように。
 お見送りできて、光栄です。
 あなたはまごうことなく、我が一族。
 ――勇者の、支えでした」

女魔法使い「うん」 にこっ

536: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/18(水) 20:02:47.61 ID:G90fcMMP
――開門都市近郊、世界の終わりのような戦場

……ゴォォン!

百合騎士団隊長「あ……。あ……っ」
灰青王「静かにしろよ。ほら、こっちに来い」 ぐいっ

百合騎士団隊長「……灰青王」

灰青王「あぁ。やっぱりおめぇ、別嬪だなぁ……」

百合騎士団隊長「何を、何をしているんでですっ。
 血まみれになって。何を考えているんですっ!!」

灰青王「血が好きだって云ってたじゃねぇか。
 薔薇みたいで綺麗って」

百合騎士団隊長「……っ」

灰青王「“あなたの全てをくれたならば
 わたしの身体も魂も思いのままにして良いわ”って
 云ってくれただろ? そうしけた顔するなよ」

百合騎士団隊長「貴方はっ!!」

灰青王「騒ぐなよ。見つかっちまう。
 あっちはあっちで、大詰めだ……。
 なにより、さ……
 せっかくの逢い引きなのに」

ばしゃっ。ぼたっ。ぼたっ。

百合騎士団隊長「血が……。血が。
 わたしの手が、薫る。鉄の香り、ぬめり……
 熱さ……冷たさ、悲鳴……嗚咽……。
 戻ってくる、穢れが……ううう。ううううっ」

灰青王「なぁ、おい」

百合騎士団隊長「……あ。……あ。ああ」がくがくっ

灰青王「お前に惚れてるって、俺云ったっけか」

百合騎士団隊長「あ、な……にを……
 閨の中の睦言を本気に?
 ……あなたは馬鹿ですか?
 遊女の戯れ言を本気にとるだなどとっ」

537: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/18(水) 20:05:19.47 ID:G90fcMMP

灰青王「騎士じゃなかったのか?」

ぼたっ、ぼたっ

百合騎士団隊長「知っているでしょう?
 この身体の何処が騎士だと?
 どこに純潔や貞節があるとっ!?
 汚濁の染みついた腐臭を放つわたしの身体にっ。
 あるのは、見え透いた甘言と
 遊女の手管だけだというのに。
 ……あはっ。
 あははははっ。
 それとも本気になったんですか?
 そんなに良かったんですか、わたしの中が?
 蕩けきって忘れられなくなったんですかっ」

灰青王「……なぁ」

百合騎士団隊長「お笑いぐさですね。霧の国の御曹司が!」

灰青王「泣きそうな顔で、云うなよ」

百合騎士団隊長「っ!」

灰青王「お前くらい佳い女はいないさ。
 後生だから哀れむと思って
 俺と付き合ってくれねぇか?」

百合騎士団隊長「プライドまで失ったんですか……」

灰青王「元々大して持ち合わせちゃいなかったんだ。
 あるいは、手に入れようとするお前が
 あまりにも眩しくて、
 全てを投げ打つ気になったんだと
 自惚れてくれたって良いぜ?」

539: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/18(水) 20:13:10.62 ID:G90fcMMP
灰青王「しゃぁねぇや。
 ……他にくれてやれるもんが……無ぇん……だから」

百合騎士団隊長「……なんで。なんでっ。
 あははっ。
 なんで、こんなに、嬉しいのか。
 ……これは哀れみです。疲れたから。
 もう疲れ果てたから。
 貴方に哀れみをかけてあげるだけ。
 貴方だけのものになってあげます……」

ひゅぱっ……。とすっ……。

灰青王「馬鹿だな……。ま、仕方ねぇか……。
 お前も連れて行かないと……
 他の男にとられるかなとは……思ってたんだ」

百合騎士団隊長「あは。……そんな。お世辞ばかり。
 でも、仕方、ありません。
 ……わたしには、死がこびりつきすぎて
 もう、ずっと精霊なんて……見えてなかった……から」

ばしゃっ。ずるずる……

灰青王「俺も見たことねぇや。……。
 独り占めだ。こりゃ……できすぎだ、な」

百合騎士団隊長「……大事になさい。
 血の薔薇で出来た身体……あなたの、専用に
 するの……ですから……」

灰青王「……こふ」

百合騎士団隊長「暗い……。そう……。
 そうです、よ、ね……。終わりなんて、いつでも。
 こんなもの……。でも……」

――もう、寒くはない。

647: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 00:11:44.67 ID:KvXPKcsP
――開門都市近郊、遠征軍本陣、その中央

東の砦長「……銃声、か」
青年商人「いえ。聞こえましたか?」
冬寂王「喧騒だろう」

パァァァァアア!!

王弟元帥「わかった。その至宝、受け取ろう」
参謀軍師「……閣下」

王弟元帥「もう言うな」

メイド姉「これこそが“聖骸”。わたしは平和を願います。
 どのような形であれ、いま、この地に集った魂有るものは
 これ以上の血を望んでは居ないのですから」

王弟元帥「そうであるということにしておこうか」

メイド姉 にこにこ

王弟元帥「恩に着せたつもりか?」

貴族子弟(まぁ、実際、王弟殿は追い詰められていた。
 魔族の民衆が集まったらその数は十万。
 戦力としては烏合の衆だろうが、数は数だ。
 抵抗はしても遠征軍の補給が難しいのは火を見るよりも
 明らかだ……。食料も、火薬もない。
 滅びるのは時間の問題ともいえるだろう。
 唯一の勝機は都市を占領して籠城しつつ
 地上との連絡を取ることだろうが、
 それも簡単にいくとは思えない状況だった。
 その上、南部連合の民兵切り崩し作戦。
 修道会による破門問題。
 教会勢力の四分五裂に、貴族達の私軍崩壊。
 マスケットを中心とする戦力はそろっていたにせよ
 おそらく、内部はシロアリに食い荒らされたように
 ぼろぼろだったのだろう。
 現に冬寂王は、その弱みを突き力尽くで崩壊させる
 交渉戦略を持って現れた。
 青年商人は判らないが……。
 我が兄妹弟子は王弟閣下に“落としどころ”を用意したわけだ)

648: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 00:18:36.40 ID:KvXPKcsP
メイド姉「いいえ、そんなことは思っていません。
 ……当面の対立はこれで回避されたかも知れませんが
 対立の根幹は少しも解決していません」

冬寂王「そうだな。二つの領域の、相互不理解。
 環境の差から来る社会や風俗、経済機構の差」

青年商人「まったくです」

王弟元帥「それは言外に“利用したい”と
 云ってるようなものではないか。くっくっくっ」

青年商人「全くです。ひどい2人ですね」

冬寂王「我は持って回った交渉は不得手でな」
メイド姉「わたしは交渉自体不得手ですから」

参謀軍師「……はぁ?」
東の砦長「俺にふろうとするなよ」

青年商人「まぁまぁ。……取り急ぎ、この騒ぎを静めましょう。
 わたしは都市に戻ります。都市防備軍はそろそろ矛先を
 収めているでしょうが、追加の指示が必要でしょう」

王弟元帥「こちらは遠征軍を静止して、軍を引かせよう。
 無いとは信じているが、この交渉が策略である可能性もある。
 武装解除には応じることは出来ぬぞ」

冬寂王「かまわんだろう」

メイド姉「お任せします」

東の砦長「冬寂王、それからあーっと。そちらのお嬢さんも。
 話もあるだろう。開門都市の庁舎に、
 小さいが寝床くらいは用意できるだろうし
 会議室もある、そちらへ来ないか?」

650: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 00:19:16.88 ID:KvXPKcsP
青年商人「そうですね」

メイド姉「そう言ってもらえると嬉しいですが。
 しばらくわたしは都市入りは控えたいと……。
 そういえば、勇者様はもうこちらに?」

王弟元帥「勇者? 学士殿と同行していたはずではないのか?」
参謀軍師「……戦場で一瞬見かけたという報告もありましたが」

東の砦長「いいや、見ていないし、報告も受けていない」
青年商人「魔王殿が一緒でしょう」

冬寂王「魔王……?」

メイド姉「あー……。はい」

王弟元帥「……ふむ。情報は集めてみよう」
参謀軍師(教会が動いたという。なにやら胸騒ぎもするのだが)

青年商人「冬寂王。食料は?」
冬寂王「届いた。使わせてもらったが、まだまだ備蓄はある」

青年商人「では、一部を王弟閣下へと」
冬寂王「承った」

聖王国将官「いただけるのですか? 食料を。
 これで民兵の飢えも収まるというものです」

青年商人「いえいえ。お気になさらずに。
 代金はすでに国元の方からいただいていますからね」

参謀軍師「は?」

青年商人「それについては、今後の会合で詰めましょう。
 軍を引いてもらうにしろ、条件や条約。公式発表など
 協議しなくてはならないことは多くあるでしょうからね。
 今は、とにかく戦闘を停止させることです」

651: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 00:21:39.07 ID:KvXPKcsP
――光の塔、駆け上がる二人

タッタッタッ……。タッタッッ……。

勇者「はぁ……。はぁ……」
魔王「うう、いたたっ」

勇者「どうしたんだ、魔王」
魔王「急に走ったので、脇腹が痛い」

勇者「どんだけ格好悪いんだよ」
魔王「わたしはインドア派の魔王なのだ」

勇者「はぁ……。はぁ……」
魔王「ぜぇ、ぜぇ……」

勇者「かなり離れたな……」
魔王「ああ」

勇者「ん……」
魔王「戦闘の気配、感じるのか?」

勇者「いや。だめだ。やっぱり能力が下がってるな。
 半里程度なら把握できるけれど、もう五里は走ったからな」

魔王「そんなにか」

勇者「あいつの“瞬動祈祷”のおかげだ」
魔王「そうか。――そうだな」

勇者「走らなくて良いから、足動かそう。
 立ち止まってると、余計に足が動かなくなるぞ」

魔王「わかった」

652: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 00:24:08.73 ID:KvXPKcsP
コォォォン……

魔王「……」

とぼとぼ……

勇者「女騎士は、何かが追ってくるって
 知っていたみたいだったな」

魔王「……うん。そうだな」

勇者「魔王は知っているんだろう?」

魔王「……ある種の、バックアップのようなものだ」
勇者「ばっくあっぷ? なんだそれ」

魔王「予備、代理というような意味合いだ。
 わたしと勇者は、本来であれば戦う運命だったろう?」

勇者「ああ。結局な」

魔王「でも戦わなかった。
 だから、本来の役割から云えば欠陥があるんだ。
 この状況は正常ではない。異常だと云える。
 だから、代理の勇者や魔王が発生するんだ。
 事態が正常に戻らない限り、バックアップが発生し続ける。
 追ってきたのは、そう言った代理だと思う」

勇者「もしかして、蒼魔の刻印王も?」

魔王「あのときは確信はなかった。
 けれど、その後から考えると、そのとおりだ。
 あれもバックアップなのだろう。
 バックアップの目的は、収斂……。
 おそらくだが、元通りに戻そうとしている。
 新しく現れたのが魔王であれば、
 勇者を殺そうと追ってきたのだろうし
 新しく現われたのが勇者であれば、
 わたしを倒そうと追ってきたのだろうな」

勇者「……っく」

653: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 00:27:04.63 ID:KvXPKcsP
魔王「おそらく、バックアップの発生には様々な要因が
 絡んでいると推測できる。
 魔法使いが何らかの仕掛けをしたらしいしな」

勇者「そうなのか?」

魔王「うむ。バックアップの発生は、
 私たちが一方的に不利になるわけではない。
 もし新しく発生した魔王が味方になってくれるのならば
 こちらは魔王2人と勇者1人の戦力だ。
 ……私たち2人だけでは戦力が足りないと考えた
 魔法使いが何らかの作業を行なっていたのは知っている。
 今考えると、バックアップ……冗長性のシステムを
 利用した、“この機構”に対する介入だったんだな」

勇者「メイド姉が勇者を名乗ったのって……」

魔王「ああ、そのこと自体はただ単純に思いつきと
 自分の覚悟の表明だ。びっくりはしたけれどな。
 一歩も引かずにこの世界の行く末に一石を投じ、
 その結果に責任をとるという意思表示だろう。
 ……しかし、この状況下では違った意味を持つ。
 おそらくメイド姉の“名乗り”は“機構”に承認され
 本当に勇者としての能力を持ってしまった。
 全くの偶然なんだろうが……。
 いや、偶然にしては出来すぎか。でも、作為もない。
 あるいはこれが、これこそが。奇跡かも知れないな」

勇者「……まじか」

カツーン、カツーン

魔王「推測だが、聞いた限りほぼ事実だ。
 そもそも、彼女が異常なまでに行動的になって
 大規模に活躍をするようになったのは
 冬越し村を出てからだ。
 考えてみると蒼魔の刻印王と呼応するような時期に当たる。
 勇者としての意志が芽生え、旅の間に徐々に
 それが本格化したのではないだろうか」

654: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 00:30:18.78 ID:KvXPKcsP
勇者「メイド姉も俺みたいな戦闘能力を身につけているのか?」

魔王「それは何とも云えない。
 現にわたしは魔王だが、そこまでの戦闘能力は持っていない。
 それは、勇者と魔王の継承システムの違いに
 依るのかも知れないし。
 ただ単純に個人個人の資質に依るのかも知れない。
 バックアップなんて云うのもわたしの推測だけで、
 事実かどうかの確認を取った訳じゃない。
 だから全ては確認されていないんだ」

勇者「そっか。むちゃくちゃ強くなった
 メイド姉ってのも想像しずらいものな-。
 まぁ、こんな戦闘力なくたって問題ないさ」

魔王「ふふふっ。そうだな。わたしは最初から弱いしな」

カツーン、カツーン

勇者「他にも、居るんだろうな」

魔王「青年商人は“人界の魔王”を名乗っていた。
 あの名前も、おそらく“承認”を受けてしまったのだろう。
 事がこうなっては、誰が勇者、もしくは魔王の資格を
 持っているのか判らない」

勇者「良い知らせ、だな」
魔王「そうなのか?」

勇者「その代理の発生が確率的に分布しているのなら、
 味方の方が増えているはずだ。
 もし敵の数の方が速いペースで増えているのならば
 そもそも俺たちがやろうとしていることが、
 みんなの望みとかけ離れているって事じゃないか」

魔王「それはそうかもしれないが……」

勇者「話し合いの過程でもしかしたら剣を交えている
 勇者と魔王がいるかも知れないけど、
 それは、結局はそいつらの問題だ。
 ……ここまで来たら、俺たちには手が出せない。
 本人達に任せるしかないだろう。
 良い知らせだと考えておこうや」

655: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 00:35:29.93 ID:KvXPKcsP

魔王「……不思議だ」

勇者「どうしたんだ?」

魔王「いや、魔王と勇者とは、なんだろうって」

勇者「……魔法使いは、同一だって云っていたな。
 光の精霊の願望が生み出した、
 “この世界を持続させるための機構の一部”だと言っていた」

魔王「それはもちろんそうだ。
 でもそれは概念的な、あるいは定義的な意味づけだろう?」

勇者「……?」

魔王「たとえば、太陽だって風だって海だって、
 無ければこの世界には大ダメージで、
 世界は今とは全く違う様相になってしまう。
 王制国家だって農業だって、発明されなければ
 世界は大混乱も良い所だ。
 ――つまり、その意味合いにおいて、それら全ても
 “この世界を持続させるための機構の一部”と云える」

勇者「まぁ、そうだな」

魔王「つまり、“機構の一部”なんていう言い方は
 世界維持という観点に立って物事を観察した時、
 そう言う言い方も出来る……という程度の言葉でしかない。
 世界の立場に立てば、あるいは魔法使いのような
 研究者の立場に立てば、私たちは“機構の一部”なのだろう。
 それは判る。
 でも、それだけなんだろうか……。
 では、この胸にある“丘の向こうを見たい気持ち”は
 どこからやってきたんだろう?
 これも機構の一部なんだろうか……。
 “勇者を好きな気持ち”もそうなんだろうか……」

勇者「……」

カツーン、カツーン

魔王「そんな風には思いたくないんだ」

656: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 00:38:45.69 ID:KvXPKcsP
勇者「そうだな」

魔王「あるいは……」

勇者「あるいは?」

魔王「精霊の立場から見たら、私たちはなんなのだろう」

勇者「――救済、じゃないかな」

魔王「救済?」

勇者「わからないけど。そんな風な気がした。
 夢の中の光の精霊は、いつでも、途方に暮れていて。
 とても困っている感じだったから。
 きっと長い長い時間の中で、自分でもどうにもならないほど
 こんがらがっちゃったんじゃねぇかなぁ」

魔王「こんがらがる……か」

勇者「救われなかったんだろう。
 救いを想像できなかったんじゃないかな。
 あるいは、“救われちゃいけない”って思ってたとか」

魔王「何故?」

勇者「さぁ。思い込んじゃってるんだろう」

魔王「……そうかもしれない。観測的には」

勇者「だな」

657: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 00:40:31.20 ID:KvXPKcsP

魔王「そんな精霊を説得できるのかな」

勇者「そりゃ出来るだろう」

魔王「私たちが魔王と勇者だからか?」

勇者「ちげーよ。この塔を登る魔王も勇者も
 俺たちが初めてじゃない」

魔王「では、魔王と勇者の2人だからか?」

勇者「それも違うな」

魔王「ではなぜ?」

勇者「上手く言葉にはならないな。
 でも、説得は出来るよ。
 意味はある……。
 俺たちがこの塔を登る意味はあるよ。
 勇者だからじゃなく、魔王だからじゃなく。
 俺と、魔王だから。
 説得は出来る、と思うよ」

魔王「勇者は、何か予想しているんだな」

勇者「うん。まぁ、なんとなく」
魔王「それはなんなんだ?」

勇者「だから、上手くは云えないよ。
 でも、世界ってすげぇじゃん? 旅を思い出してみろよ。
 魔王もあの冬越し村を思い出してみ?」

魔王「うん」

勇者「あれら全部は光の精霊が産んだ奇跡から
 育まれてきた現在の世界なんだぜ?
 そんな優しい精霊を、説得できないなんて思わないよ」

661: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 01:15:58.45 ID:KvXPKcsP
――光の塔、精霊の間

タッタッタッ……。タッタッ……。

勇者「ここが……突き当たりだ」
魔王「この扉の奥が……」

勇者「入るぞ?」
魔王「うむっ」

……ゴォォーン

勇者「おーい! いるか、精霊ー。来たぞー!」
魔王「おいおい、そんなに気安くて良いのかっ!?」

勇者「俺はここの常連なんだよ。来るのは初めてだけど
 夢も中なら何回も来たことがあるっての」

魔王「そう言えばそうか」

勇者「おーい。おーい」

光の精霊「勇者……」おずおず

勇者「おっす!」

光の精霊「魔王……」

魔王「あー。お初にお目にかかる」

光の精霊「とうとう、来てしまいましたね。
 勇者と、魔王が……。わたしが、光の精霊です」

勇者「露骨にしょんぼりするなよ。予定が狂う」

光の精霊「すみません……」


664: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 01:18:51.24 ID:KvXPKcsP
勇者「その様子じゃ色々話は判ってるみたいだな?」
魔王「ふむ」

光の精霊「ええ……」

勇者「で、うーん。どうしようか」
魔王「任せておけ! みたいな態度だったではないか」ぶつぶつ

光の精霊「ゆ、勇者は。世界を救ってはくださらないのですか?」

勇者「は? ああ。
 その質問は、一応約束みたいなものだな。
 その答えは“No”だ。
 つか、救える部分は救う。
 手助けできるのなら、する。
 でもそれは俺が俺として行なうもんであって、
 勇者として、ではないよ。
 世界を救う特別なモノとしての勇者は、
 もう必要ないんじゃないかと思う」

光の精霊「魔王は……そ、その。
 魔界を、導いてはくれないのですか?」

魔王「答えは“否”だ。……そもそも専制的な
 統治機構は緊急時、もしくは発展時の過渡的な機構だと
 云うのがわたしの信条だ。魔界にはすでに忽鄰塔によって
 議会政治の初期形態が浸透しつつある。
 魔王による中央集権はそこまで必要とは思えない。
 むしろ専制君主政治による弊害の方が目立ってきている」

光の精霊「だめですか……」

勇者「ううぅ。そんな涙ぐまれると、すげー罪悪感がある」

魔王「これはやりずらいぞ、非常に」

光の精霊「勇者は……」

667: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 01:22:05.57 ID:KvXPKcsP
勇者「ん?」

光の精霊「……思い出しては、いないんですよね?」

勇者「なにを?」
魔王(……思い出す?)

光の精霊「……」じ、じぃっ

勇者「いや、2人で見つめられても。いや。ちがうぞ!?
 いくら俺でも、精霊に手を出したことはないぞっ!?
 それ以前に逢ったのは今が最初だっ!」

魔王「あやしい」
勇者「俺悪者かっ!?」

光の精霊「……いえ、その」

魔王「ん?」

光の精霊「その……昔の……」

勇者「判んないぞ。さっぱり」

光の精霊「そう……です……か」

勇者「?」

光の精霊「ダメ、ですか? このままでは。
 このままの世界を続けるのは、そんなに悪いことですか?
 確かにこの世界には不幸なこともたくさんあります。
 疫病もあれば、飢餓もあり、戦争も時には起きるでしょう。
 しかし、それもけして多くはないのです。
 わたしは覚えています。
 大地が波のようにうねり、山は火を噴き、
 森は灼け、海は凍り付き、あるいは沸騰した災厄の日を。
 あれに比べれば、大地は平和ではありませんか」

669: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 01:23:31.66 ID:KvXPKcsP
勇者「あー」

光の精霊「預言者ムツヘタの残したように、
 地に闇が訪れる時、必ずや光の意志を引き継いだ勇者が現れ、
 世界の闇を打ち払う。
 世界はその伝説を胸の希望とし日々を過ごす。
 親は子へ、子はその子へと伝説を語り継ぎ
 永遠を永遠のままに暮らす。
 それがそんなにも悪いことですか?
 ……ダメですか? 破滅を避けるのは……悪ですか?」

勇者「……」
魔王「……」

光の精霊「ダメ、ですか? 間違っていますか……?」

勇者「それはさ」

魔王「勇者。わたしが話そう」
光の精霊「……」じぃっ

魔王「それは全く間違っていない。必要だった」

光の精霊「……はい」

魔王「私たちは、あなたに感謝している。
 魔界では光の精霊に対する進行は廃れてしまったが
 それでも碧の太陽に対する感謝の気持ちを忘れた
 氏族は一つとしてないだろう。
 精霊五家の興亡の記録はもはや賢者に伝わるのみだが
 心ある者たちは感謝の念を絶やしたことはない」

光の精霊「はい」

魔王「私たちは、あなたのことが大好きだ」

光の精霊「ありがとうございます」ぺこりっ

670: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 01:25:28.53 ID:KvXPKcsP
魔王「でも。……それでも、次に行きたいのだ」

光の精霊「え……? 必要だって」

魔王「必要だったのだ。しかし、今や進むべき時が来た。
 時を止めていたこの世界に、進むべき時が来た」

光の精霊「あ、え……。その……」

魔王「今、もう一度この言葉を言おう。
 “それは出会いの一つの形だったのだ”と。
 そして世界には
 “いつか不必要になるために必要なモノ”があるのだ、と。

 それはあるいは子供の外套のように、だ。
 それがなければ私たちは成長することが出来ない。
 冬の雪にやられて死んでしまうひ弱な存在に
 過ぎなかった私たちは、その外套に守られて過ごした。
 でも、やがていつの日か、この今日にでも。
 その外套を脱ぎ捨てなければならない日は来る」

光の精霊「……ダメですか」

魔王「ダメではない。無駄でもない。
 ありがたくないわけがない。あなたは、わたし達の救い主だ。
 でも、時が過ぎた。過ぎなければならないのだ」

光の精霊「あ……う……」

魔王「わたしは魔法使いとは違う。
 あなたが間違っていたとは思わない。
 あなたの罪だと断罪するつもりはない。
 大災厄から私たちの祖先を救ってくれたあなたには
 億千万の感謝の言葉を費やしても足りると云うことがない。
 ……でもね」

ぎゅっ

光の精霊「あっ」

魔王「終わりが来たんだ」

671: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 01:34:31.51 ID:KvXPKcsP

光の精霊「うっ……。うっ……」

勇者「悪いな。そのぅ……なんのことだか判らないけれど
 思い出してやることが出来なくてさ」

魔王(それはおそらく……)

光の精霊「いえ、良いんです……」

魔王(最初の勇者の記憶。
 炎の娘と恋に落ちた……
 大地の精霊と人間の娘の間に生まれた少年。
 黒髪をもち、不死鳥にまたがった
 ――自由の魂を持つ少年の記憶)

光の精霊「やっぱり。ダメでした……。
 竜王の時も死導の時も。憎魔の時さえも。
 結局は思い出してはくれなかった。
 それでも……良いです。
 彼を裏切ったわたしには、
 あなたに何かを要求する権利なんて
 最初から何一つ有りはしないのだから……」

勇者「そうかなー」
魔王「そんなことはない」

光の精霊「え?」

勇者「裏切ってなんかいないだろう」
魔王「まったくだ」

光の精霊「え? え?」

勇者「まぁ。光の精霊は少しとろいからなぁ」
魔王「そんな感じだ。それにしたって、長すぎる誤解だ」

675: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 01:40:24.23 ID:KvXPKcsP
光の精霊「だって、そんな……。
 わたしは彼に誘われていたのに結局は彼を選べなかった。
 ……彼をあんなにも迫害をした精霊五家を守るために、
 この身を犠牲にしてまで御子の勤めに準じた……。
 彼の持つ自由の風にあんなにも惹かれていたのに、
 あの不死鳥の背にまたがって世界の果てを目指すことを
 夢見ていたのに、それなのに、やっぱりわたしは
 彼の手を取ることが出来なかったんです。
 彼の手を振り払って、わたしは光の精霊になった。
 彼の誘いを裏切ったから……。
 わたしは世界を選んだから。
 そんなわたしが出来る事なんて、
 世界を守り続けることしかないのに。
 ……それだけがわたしの存在理由なのに」

魔王「それで、そのぅ……“彼”の転生を待ち続けているのか。
 乙女心としては判らないでもない。
 というか、共感も出来るが。
 それは、やはり相当に誤解だと思うぞ?」

勇者「そうだそうだ。精霊がそこまでメロメロってことは
 その彼は相当にカッコイーやつだったんだろうが、
 そう言う点はあんまり重要じゃないんだぞ」

魔王(何を寝ぼけているのだ、勇者。
 “彼”の容姿なんて、勇者にそっくりに
 決まっているではないかっ。気がつけ、阿呆)

光の精霊「……うう」

勇者「ただ単に、手分けしただけだろじゃねーか」
魔王「最初の勇者が、世界を救うのに躊躇ったとでも?」

勇者「それともそいつは世界の危機に力を尽くさないほど
 根性曲がってたのかよ。自分を虐めたやつらだから
 死んじまえってほど了見狭かったのか?」

魔王「他人のために手を差し出すことを躊躇うような男に
 精霊殿が恋をしていたとは考えがたいな。
 もしそのような男だったら、そもそもこんなにも
 苦しまなかったのではないか?」

光の精霊「え……?」

勇者「そいつはきっと思ってるぜ。
 “ああ、俺の好きになった女は格好良いやつだ”って」

魔王「格好良いと云われて純粋に喜ばしいかと云えば
 乙女としてはなんとも微妙だが、
 それでも為すべきを為さないような存在であるよりも
 何倍も何倍も良いだろう」

676: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 01:43:01.30 ID:KvXPKcsP
光の精霊「あ。あ……」

勇者「そいつだって、事が終わって二人っきりになったら
 “あのときはすげぇ頑張ってたな。惚れ直した”
 って云おうと思ってたんだよ。
 そのぅ……まだその機会が来てないだけでさ」

魔王「きっと“彼”だとて、その不死鳥の背と
 両手で、少なくはない人々を救っていたはずだ。
 自分の恋した少女が命をかけて世界のために
 戦っている時に、奮い立たないわけがない」

勇者「そーだそーだ! 魔王の云うとおりだぜ!」

魔王「な? 勇者。そうだろう?」

勇者「ったりまえだっての。
 世界を救いたいから勇者なんだぜ?
 勇者だから世界を救うわけでもないし、
 世界を救うから勇者でもない。
 救いたいと強く希ったら勇者なんだ。
 あんたの彼氏は、勇者だったさ」

魔王「……だ、そうだ。
 少なくとも“彼の魂”はそう言っているぞ?」

光の精霊「……あ。うくっ……」

勇者「?」

魔王「それから、“あなたの魂”はこう言うだろう。
 “もう、罪悪感は捨て去る”と。
 勇者と再び出会うために
 この世に闇と戦乱を振りまくのは、止めると。
 裏切ったという自責の念に堪えかねて、
 勇者の魂を求めて赤子のように涙を流すのは止めると。
 ……わたしだから云えるんだ。
 勇者と初めて手を取り合ったわたしだから。
 あなたの苦しみは魔王の魂を歪めてしまったけれど
 その歪みでさえ乗り切ることが出来るって」

677: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 01:44:10.03 ID:KvXPKcsP
勇者「へ?」

魔王「約束する。涙を拭って欲しい。
 わたしは幸せなんだ。
 ……あなたの娘とも云える魔王として
 初めて幸せになったのがわたしだ」

光の精霊「……はい」

勇者「良く判らないけれどさ。
 俺と魔王だって出会って色々あったけれど、
 喧嘩は止めて旅を出来たんだ。
 最初から恋人同士だった精霊とその彼だったら
 裏切るとか裏切らないとかさ、
 そんなの無かったんだと思うぜ」

魔王(わたしと勇者だから、説得できる――か。
 理屈も論理展開も根拠も、何もかも判っていないくせに。
 勇者は正解だけは判るんだな)

光の精霊「……はい」

勇者「うわぁ。良かったよ、判ってくれたよ」
魔王「色々思う所はあるぞ。勇者は鈍すぎだ。
 それでは四方の相手が報われないこと甚だしい」

光の精霊「願いを……」

勇者「ん?」

光の精霊「願いはありますか? 勇者。そして魔王。
 永久に続くこの循環からの開放。
 それはわたしにとっては未だ喜びよりも
 不安と寂しさのもとですが、
 それでもカリクティスの娘として、あなたたちを祝福したい。
 ……かつては結ばれなかった私たちの未来として。
 希望と羨望を込めて。自分自身の業が無意味でなかったと
 せめてものよすがとして」

勇者「あー。……そか。んっと」
魔王「勇者は、もう決めてるんだろう?」

勇者「うん。いいのかな」
魔王「そうしなければ、おそらく終わらない。
 それに、もう世界は変わったんだ。
 私たちがどうしようと、この世界は沢山の勇者と魔王がいる」

光の精霊「沢山の?」

678: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 01:46:17.91 ID:KvXPKcsP
勇者「もともと精霊の願いから生まれたモノだったんだろう?」

魔王「世界にいる人間も魔族も、全ては精霊の子だからな。
 その中から無数の勇者や魔王が現れてもおかしくはない。
 いや、本来はそうであるべきだったんだ。
 ……望めば誰もが勇者にも魔王にもなれる。
 それは無敵の戦闘能力や無限の魔力はもっていないが
 でも、そんなことは重要じゃない。
 大事なのは、世界を変える力を
 誰だって持っているって云うことだ。
 もし本当に“絶対やり遂げる”と決心さえすれば
 人間も魔族も、無限の明日を持っているはずだ」

光の精霊「はい」

勇者「精霊がさ。名家の生まれだから、
 炎の娘だったから、巫女だったから……。
 そんな理由で世界を救う生け贄になったんじゃないのと一緒だ。
 きっとそのときだって“絶対に救う”って決心したやつが
 他にいれば、そいつであったとしてもどうにかなったんだ」

魔王「わたしたちの願いは叶っている」
勇者「うん。見たい景色は自分たちで見た。
 欲しかった世界は、直ぐそこまで来ている」

魔王「世界は私たちがいなくても、
 “絶対この世界を救う”と思う勇者や魔王がいるし
 そんな勇者は今後も生まれてくるだろう。
 だれもが勇者になれる自由な世界になったんだ」

勇者「きっと、新しい作物を発見したり、
 新しい鉄の作り方を考えたり、
 開拓村で一杯開墾したりする勇者が生まれるんだぜ?」にやにや

魔王「それに、麦や塩を売り買いしてお金持ちになる魔王や、
 星の動きを記録して遠い距離の旅を
 考えつく魔王も生まれる」 にこり

勇者「そりゃやっぱり“絶対世界を滅ぼしてやる”っていう
 そういう勇者も生まれるかも知れないけれどさ」

魔王「確率論的に、それは正義の魔王によって阻まれるだろう。
 そういう世界になればよいと願っている限り
 世界はそうなるはずだ」

679: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 01:48:38.44 ID:KvXPKcsP
勇者「学者とか云って、魔王の云ってる言葉だって
 楽天的な希望論じゃないか。
 人のことを馬鹿みたいに云ってるくせに」

魔王「経済というのは人々の希望と予測で動いているのだ。
 大多数の人々が“景気は良くなる”と信じることで
 実際に景気が良くなるように、多くの人が平和を
 強く望めば平和な世界がやってくる」

光の精霊「お二人は強いのですね……」

魔王「そうじゃない。もし仮にそうだとすれば
 ……精霊と彼も強かった、ということだと思う」

光の精霊「はい」

勇者「俺たちの願いは叶ってるんだ」
魔王「うん」

勇者「だから、俺たちの願いは……。
 精霊の救済だ。
 光の精霊は、いつでも困ったような、
 ちょっぴり泣きそうな顔をしていた。
 今まで一杯助けてもらった。ありがと」

魔王「うん。だから、救われて欲しい。もう、泣かないで」

光の精霊「え……」

勇者「ほら」
魔王「うん」

光の精霊「え? え?」

勇者「見えるよ。あんなに大きな」
魔王「不死鳥がやってきている」

681: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 01:56:56.86 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 開門都市庁舎

火竜公女「……黒騎士殿はまだみつからぬのかや?」
東の砦長「ああ、どうやら戦場に墜落したらしいんだが」

青年商人「魔王殿も行方不明です」
冬寂王「……それに執事と女騎士も連絡が取れぬ」

軍人子弟「師匠……」
鉄国少尉「何かあったのでしょうか」

火竜公女「おそらくは。しかし何が……」
青年商人「敵がいたのでしょうね」
冬寂王「敵、とは?」

青年商人「論理的に考えれば、勇者一行の力を持って
 初めて倒せるような、強大な敵が居たのでしょう。
 その敵と戦うために、勇者達は姿を消したのかと」

鉄腕王「それは魔王じゃないのか?」

火竜公女「魔王殿は弱いからなぁ」

東の砦長「勇者と魔王は戦わねぇよ、絶対にな」
青年商人「ええ、それはそうでしょう」

冬寂王「良く判らぬな」

軍人子弟「すこしだけわかる様な気がするでござる」

東の砦長「……ほう」

青年商人「どういう事です?」

軍人子弟「お二人とお仲間は、拙者達ではどうにもならぬものと
 戦いに赴いたでござるよ。目に見えぬ、手では触れぬ敵と。
 それは、おそらく……。曖昧模糊としているのに頑強で
 与しやすいのに絶対的で、誰の前にでも現れるのに
 誰も勝つことが出来ないようなモノ」

鉄国少尉「なんです、それは?」

683: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 02:00:45.44 ID:KvXPKcsP
軍人子弟「誰かの胸の痛み。後悔、とか」
鉄国少尉「?」

火竜公女「後悔……ですかや?」
青年商人「……」

冬寂王「我らと同じではないか。
 我らは未来の後悔をなくすためにいまを戦わねばならない」

火竜公女「まことに」

青年商人「……目の前の問題をかたずけましょう。
 まずは、講和をしなければなりません。
 講和条約の作成が一つの山場でしょう。
 遠征軍は魔界に対して一方的な侵略を仕掛けてきた。
 これは紛れもない事実です。
 それ相応の賠償を要求せねば魔界側も納得しない。
 しかし、追い詰めすぎては講話の前提が崩れる」

冬寂王「そうだな」

軍人子弟「双方の顔を立てるとなると至難でござる」

青年商人「実は魔界には一つ、族長の決まっていない
 難民同然の氏族がありましてね。領地も支配者も浮いている」

火竜公女「っ!? 蒼魔族の? あれを使うのかやっ!?」

青年商人「あそこの開発や発展を、人間界にやらせましょう。
 もちろん人材や資金は全てあちら持ちです。
 戦争の結果ですから、復興責任は向こうにあります。
 しかし、復興責任とは云っても、魔界との貿易で人間界も潤う。
 向こうにとっても損な話ではない。
 後は謝罪と、賠償金を組み合わせて、
 落としどころを模索すればかまわないでしょう。
 場合によっては極光島が話の俎上に上がるかも知れませんが」

冬寂王「それは予想している」

ガタンッ!

庁舎職員「み、皆様っ! 窓をっ!!」

684: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 02:02:18.30 ID:KvXPKcsP
鉄腕王「はン? 窓?」
軍人子弟「何が起きたのでござる?」

ぱたんっ

火竜公女「あれはっ」
東の砦長「あれは、なんだ?」

冬寂王「なんと美しい。……あれは魔界の鳥なのか?」

きらきらきら、きらきらきら……

火竜公女「いいえ、あのようなモノは魔界でも見ませぬ」
東の砦長「どれだけ大きいんだ。小屋くらいあるのか」

軍人子弟「いいや、あれは随分高くを舞っているでござる。
 小さく見積もっても、この庁舎ほどあるかと……」

鉄国少尉「金と虹色に輝いて。なんて綺麗な鳥なんだろう」

火竜公女「……光の塔が消える」
東の砦長「ああ……」

青年商人「あの塔も、鳥も。あるいは勇者の行方と関係が」
冬寂王「あるのかもしれぬ」

軍人子弟「だとすれば、それはきっと師匠達が
 戦って勝ち得たものでござるよ」

火竜公女「そうなのかや?」

軍人子弟「あんなに雄大で美しいものが、
 悪い結果の産物であるはずがござらん」

火竜公女「皆も見ているのであるかや……」
東の砦長「みんなも?」

冬寂王「ああ。こんな素晴らしいものは、
 全ての国の人々も見れればよいのに……」

686: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 02:10:52.33 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 開門都市城門

  光の少年兵「これ、ですか?」
  魔族娘「そうそう。煮立たせて」

  人間作業員「おーい! 鍋が出来たぞぅ」
  巨人作業員「おお……」
  義勇軍兵「ほれ。人間の兵隊さんも食えよ」

  光の槍兵「でも……」
  義勇軍兵「遠慮すんなよ。どっちも多くの犠牲は
   出なかったんだ。この防壁のお陰でな」

ぽろろん……♪ ぽろろん……♪

土木子弟「お帰り」
奏楽子弟「た、ただいまっ」

土木子弟「なんか、こう! き、緊張するな」
奏楽子弟「うん……。あははっ」

  光の少年兵「え? ちがいますか? こうですか」
  魔族娘「ちがくて、んと。赤い実を入れるの」
  人間作業員「そりゃ辛すぎだろう?」
  巨人作業員「……辛いと、美味しい」
  光の少年兵「で、出来ましたっ」

土木子弟「へへん。聞こえてたぞ、歌」
奏楽子弟「うんっ。聞こえてたか。あははっ」

土木子弟「なんか上手くなったな。
 いや、上手くなった訳じゃないかもしれないけれど
 聞いてて無性に泣けてきた……」

奏楽子弟「そか」

土木子弟「苦労したか? 世界は見れたか?」

奏楽子弟「うん。見たよ。聞いたよ!! それに感じた。
 すごいよ。広くて、その広い世界に、沢山の氏族が住んでるよ。
 人間も、わたし達も。変わらない。
 嬉しいと笑うし、悲しいと泣く。大事なものがあって
 避けたい不幸があって、理不尽で、必死に生きている。
 それでも……。
 世界は――綺麗だったよ」

687: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 02:12:46.75 ID:KvXPKcsP
  光の少年兵「ど、どうぞ……」
  人間作業員「おー。それでいーんだ」
  光の少年兵「はい……」 おずおず
  巨人作業員「偉そうだ……」
  竜族兵士「温かい……。戦は、終わるな」

奏楽子弟「わたしも、橋を通ったよ。
 人間の遠征軍に紛れて帰ってきたんだ。
 人間の世界には飢餓がある。
 彼らは、ほんのちょっぴりの食料をもらうために
 こんな世界の果てまでやってきたんだ」

土木子弟「聞いた。……なんだか切ないな」

奏楽子弟「帰ってきて驚いたよ。橋も、この防壁も!」
土木子弟「ぼろぼろになっちゃったけれどな」

奏楽子弟「でも、立派だったよ。
 この防壁がなければ魔界の民は沢山殺されてたし、
 人間も沢山死んでいたはずだもの。
 この防壁が、最悪の戦を防いでくれたよ。
 こんなに穴だらけになっても、守ってくれた」

土木子弟「面目ない」

奏楽子弟「格好良かったよ!」
土木子弟「あ、うん……。その、ありがとな」 そぉっ

奏楽子弟「あ」
土木子弟「へ?」

奏楽子弟「鳥……だ」

  光の少年兵「え?」 きょろきょろ
  魔族娘「綺麗……」
  竜族兵士「あれは、不死鳥!」

土木子弟「すごいな……!」
奏楽子弟「うん。世界は――すごいところだよ。
 遠くまで行って、不思議なものも。
 綺麗なものも。恐ろしいものも。沢山、見てきた。
 見て来ちゃったよ……」

土木子弟「――お帰り。長い旅から」

奏楽子弟「ただいま。やっぱりここが、落ち着くや。
 土木子弟は、変わらないね。……ありがとう。
 待っていてくれて、ありがとう」

ぎゅっぅ

688: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 02:15:15.81 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 開門都市近郊

王弟元帥「了解した」

参謀軍師「では引き続いて陣ぞなえの報告を申し上げます。
 中軍二万八千は5里後退して設営中。
 食料は現在のところ南部連合から供給される小麦を中心に
 一端の安定状態を保っております。
 周辺からの狩りにて肉類を補充したいとの要望も出ておりますが」

聖王国将官「ですな」

王弟元帥「異境の地だ。何があるか判らん。
 現地の魔族からの買い取りを優先させろ」

参謀軍師「魔族、ですか?」

聖王国将官「出来るのですか? こんな地で」

王弟元帥「開門都市に使者を出して詳しい担当を派遣してもらえ。
 狩りをするにしても、周辺の森はどこの氏族の領地かも判らん。
 この時期不用なトラブルは避けたい」

生き残り傭兵「ああー。いいす、いいす。
 機怪族の狩人やら商人を派遣しますから」

貴族子弟「そうですね」

メイド姉「そうしましょう」 にこっ

参謀軍師「閣下」

王弟元帥「なんだ?」

参謀軍師「なんでこのようなごろつきどもが、
 我が遠征軍の最高会議に出席しているのですか?」

器用な少年「ごろつきだってさ! おれごろつきだって!!」

貴族子弟「ホームレス少年から格上げですね!」

メイド姉「出世ですよ、これは」にこにこ

689: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 02:17:36.39 ID:KvXPKcsP
参謀軍師「ええい、ちゃかすな!」
王弟元帥「堪えよ」

参謀軍師「っく!」

聖王国将官「しかし、魔界に詳しいのは現実ですし。
 得体の知れないコネも持っていますし。
 ……こうして何かと世話はしてくれているわけですし。
 わたしだってこんなのと同席は腹が立ちますが」

生き残り傭兵「俺たちは何でもしないと生き残れないからな」
器用な少年「生き汚いと呼んでくれよ、おっさん!」

貴族子弟「それは褒め言葉じゃないんですよ? 少年」
器用な少年「いたたたっ! 耳っ! ちぎれるっ!」
貴族子弟「事は全てエレガントに。です」

メイド姉「ふふふっ」

参謀軍師「このような者たちの存在は軍の規律に影響を
 与えずにはおきません。悪影響ですっ!
 そもそも講和も成っては居ないこの状況です。
 せめて軍気からは放逐してください。閣下!」

メイド姉「でも、大主教様は行方不明なのでしょう?
 であれば、聖骸をもってきた精霊の使いの娘は
 しばらく王弟閣下のもとにいたほうが、
 都合が良くはありませんか?」

参謀軍師「それは……っ」

メイド姉「それに、軍としては悪影響でも構いません。
 だって遠征軍自体はここでお終いにして頂きたいんですから。
 “巡礼者の群”に取って悪影響でないのなら
 わたし達にとっては好都合。むしろ渡りに船です」

生き残り傭兵「姐さん、ぱねぇな。ほんと」

聖王国将官(たしかに、光の子の中でも
 日に日にこの娘に感化されるものが増えているが……)

貴族子弟「見かけより遙かにタフですよね」

メイド姉「元々メイドですからね。
 朝から晩まで働くのは得意なんです。
 料理は妹に譲りますが掃除や洗濯、
 けが人の世話は得意なんですよ。書類仕事もね」

691: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 02:18:05.80 ID:KvXPKcsP
王弟元帥「時には耐える戦もあるさ」
参謀軍師「閣下……」

王弟元帥「聖王国も、中央の国家群も今回の遠征では
 多くを失った。資金も、資材も、時も、人材もだ。
 勝てない以上、堪え忍ぶしか無かろう」

生き残り傭兵「勝手な言いぐさを。
 南部の国々や魔族が何も失わなかったとでも思っているのか。
 上から目線で気にくわないぜ」

器用な少年「ったくだっ!」

貴族子弟「まぁまぁ」

メイド姉「ええ。王弟閣下は判ってくださいますよ」

王弟元帥「お前達も、いつ我が利用するかも知れぬと
 用心に用心を重ねておくことだな」

メイド姉「利用して頂けるのを待っているんです。
 こちらは利用させて頂いているんですから、心苦しいですよ。
 いつでもご利用くださいね」 にこにこ

ばさっ!

聖王国騎士「閣下! 空に、巨大な鳥がッ!」

王弟元帥「鳥だと?」
参謀軍師「何が起きたのです」

ざわざわ……ざわざわ……

聖王国将官「あれは……」

692: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 02:19:25.59 ID:KvXPKcsP
  斥候兵「鳥だって?」
  光の銃兵「ああ、鳥だ。見ろ! あんなにキラキラして」
  光の槍兵「綺麗だ……」
  カノーネ部隊長「あれは精霊様の使いなのか……」
  カノーネ兵「うっわぁ、こんな物が見えるだなんて」

器用な少年「すっげぇなぁ!! おい!」

貴族子弟「これはなんと麗しい……」

メイド姉「……さま」

王弟元帥「これが魔界の鳥なのか」
参謀軍師「このようなことは初めてですな」

メイド姉「当主、さま? ……勇者、さま?」 ぽろっ

王弟元帥「ん?」

参謀軍師「どうしたのですか?」

器用な少年「お、おい! 姉ちゃん!
 なんでだよっ。
 泣き出すなんて、腹でも痛くしたかっ?
 泣かないでくれよ」

貴族子弟「メイド姉……」

メイド姉「いえ、違います。そうじゃなくて」

ぽろぽろ

王弟元帥「……学士よ」

メイド姉「なんだか、胸がいっぱいで。
 なんででしょうか。急に沢山のことを思い出してしまって」

貴族子弟「……」

メイド姉「懐かしくて切なくて、嬉しいような悲しいような。
 随分遠くへ来てしまったのに、ふるさとに帰ってきたような。
 会いたい人が沢山いて、行きたいところが沢山あるのに……。
 ひとりぼっちなのが誇らしいような……。
 先生。……先生は、お元気ですか?
 当主様、勇者様……。妹……。わたしは、ここにいますよ?」

695: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 02:29:19.30 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 魔界の荒野

副官「そうか! 遠征軍が休戦をっ!」
獣人武将「おお!」
獣人兵「か、勝ったのか!? 俺たちはっ」

遠征軍捕虜「……」
遠征軍士官「肩を落とすな。仕方あるまい」

副官「はい。戦争は終わるんです」
遠征軍捕虜「終わる、のか」

遠征軍士官「俺たちは裏切り者だ」

獣人武将「裏切り? 人間の考えることは小難しくて判らないな」

獣人兵「そうだぞ。力を合わせなければ、魔物に殺されていた。
 助け合ったら、戦争が終わっていただけだ」

副官「その通りです」

獣人武将「俺たちの族長だって、そのくらい許してくれるさ」
獣人兵「銀虎公……。族長の魂に栄光有れ!!」

遠征軍捕虜「やはり、無謀な戦だったんだ」
遠征軍士官「そうだな。こんなところまで来て。
 俺たちは何をしてたんだろう。何を求めていたんだろう」

副官「斥候の報告はっ?」

斥候「はっ! 西方4里に大型の魔物の痕跡はありません!」

獣人武将「移動しますか、司令官殿」

獣人兵「おう!」

696: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 02:32:35.85 ID:KvXPKcsP
遠征軍捕虜「俺たちは、どうすればいい?」
遠征軍士官「……処刑か? せめて捕虜達は」

副官「馬鹿を云わないでください。これ以上血を流しては
 きっと……わたしの大将だって怒りますよ。
 戦争が終わるのならば、生きて帰る努力をしてください」

遠征軍捕虜「生きて……帰る?」
遠征軍士官「帰れるのか、俺たちは……?」

副官「わたしには保証できませんが、
 とりあえず開門都市に向かいましょう。
 停戦と云うことは、おそらく何らかの交渉に入ったはずです」

獣人武将「まずは生き残ること。武勲はその次だ。
 武勲ばかり焦るのは真の武人とは云えぬ。
 大将だってそう言っていた」

獣人兵「命を掛けるのは、武人の誇りと主君を
 守るためだけでよい……なんてなぁ!
 ああ、そうさ。俺たちの大将はそうやって死んじまったが
 そりゃぁ、みごとな最期だったんだぜ?」

遠征軍捕虜「……」
遠征軍士官「すまん、感謝する」

    きらきらきらきら……

副官「え」
獣人武将「あ。あれはっ」

遠征軍捕虜「鳥?」
遠征軍士官「なんて神々しい……」

副官「……」
獣人武将「大将」

遠征軍士官「帰りたいな……」
遠征軍捕虜「……帰って、これのことを話したい」

遠征軍士官「ああ……。妻に、子に。
 この美しい鳥について話したいよ……」

697: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 02:35:46.25 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 大空洞

こぉぉん……こぉぉん……

鬼呼の旅人「もう一息で峠を越えるぞ」
人間の商人「ああ、任せておけ!」

こぉぉん……こぉぉん……

鬼呼の旅人「しかし、売れるのかね、楽器なんて」

人間の商人「これは上物だ。聖都の職人が作った三弦琴だぞ?
 もちろん売れるさ。なんとか売りたいんだ」

鬼呼の旅人「だって戦争をしているって云うじゃないか」

こぉぉん……こぉぉん……

人間の商人「いつまでも続く戦争なんて有るものか。
 戦争をやってたからこそ、音楽の一つも恋しくなる。
 乾けば水が欲しくなるようにさ。
 だからこういうのは切らしちゃダメなんだ。
 文化が無くっちゃ平和になんかなりゃしない。
 そいつがおいらの商人としての……」

鬼呼の旅人「どうした?」

ばぁっさっ! ばぁっさっ! ばぁっさっ!

人間の商人「っ!?」
鬼呼の旅人「な、なななっ!!

人間の商人「黄金の羽ね……っ!」
鬼呼の旅人「なんて立派な鳥なんだっ!」

702: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 02:47:21.49 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 冬の国、冬越し村

小さな村人「ほーぅい! ほぅい!」
中年の村人「寒いねぇ」
鋳掛け職人「まったくだぁよ」

小さな村人「今年の冬は、それでもすこぅし楽かもなや」

中年の村人「そうかもなぁ。年越したらわかんねけんども。
 馬鈴薯一杯とれたから、うちは本当に良かった」

鋳掛け職人「冬籠もりの準備は終わったけぇ?」
小さな村人「ああ、うちも今年はよくがんばっただぁよ」

中年の村人「ベーコンは美味しくできただよぉ。
 カブも沢山あるだ。これで冬の間に、豚っ子が子供を産んで、
 春にはまた森に放してやれるだぁよ」

鋳掛け職人「人が増えたのか、農具の修理の仕事が
 沢山たまっているだ。冬の間に幾つか新しいのを作って
 春になったら売ってみようかと思うんだよ」

小さな村人「そりゃいいねぇ! 本当に良いことだ!」

メイド妹「こんにちはーっ!」 ぶんぶんっ
商人子弟「こんにちは、精が出ますね」
従僕「こんにちはですっ」 ぱたぱた

中年の村人「ああ、これはお屋敷のお嬢さんでないかい」
鋳掛け職人「それに……?」

商人子弟「ああ、わたしはお城勤めの役人なんですよ」
従僕「はいです!」

中年の村人「あんれまぁ! ああ、そうだそうだ!
 お前さんは、あの屋敷で、しばらく住んでらっしゃった
 坊っちゃんでないかい?」

鋳掛け職人「そう言えば、見たことがあるような」

703: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 02:49:55.08 ID:KvXPKcsP
メイド妹「そうだよぉ。今度はね、この村にも
 冬の間のお仕事が作れるか、見に来たんだよ」

商人子弟 にこにこ

中年の村人「冬の間の?」

商人子弟「冬の間、開拓民の皆さんは、農作業が出来ませんよね。
 その間に頼める仕事がないかと思いまして」

鋳掛け職人「俺っちは鋳掛けやなんだけど。
 それは、工房での仕事みたいなものなのかい?」

小さな村人「なんだいね、その仕事というのは?」

メイド妹「うーん。なんだっけ?」

商人子弟「幾つか話はあるので、詳しくは村長さんとも
 相談してから決めさせて頂くことになるかと思うのですが
 羽毛いりの服の縫製や、紡績を考えているんですよ」

従僕「です♪」
中年の村人「紡績ってなんだい?」

メイド妹「織物だよ?」

商人子弟「はい」

中年の村人「ああ! それなら、家の中でも出来るだぁね。
 でもそれは難しくはないんかい?
 俺たちはそんなに難しいことは出来ないんだよ。
 ははは。土よ豚っ子の相手ばかりしてるから」

メイド妹「女の子でも、お年寄りでも出来るようにするんだって」

商人子弟「ええ。詳しいことは温かいところでお話ししますよ」

中年の村人「おお! そういやそうだ。
 村長さんのところに案内するだぁよ。
 おらぁ、スモモの樽を届けるんだった」

鋳掛け職人「ああ、頼んだよぉ。おいらも鍬を届けなきゃ」

705: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 02:54:53.98 ID:KvXPKcsP
メイド妹「ん~♪」
商人子弟「どうしました」

中年の村人「ああ、判るでよ」にこり

メイド妹「良ぃ~匂い♪ パイだぁ」

商人子弟「ほう!」
従僕「はうはう!」

中年の村人「酒場で焼いているんだよ。
 脂ののった鱒をパイに包んでこんがり焼いて、
 輪切りにして出すんだ。美味しいよぉ」

メイド妹「輪切り? うわぁ。知らない料理だ!」

中年の村人「お嬢に習ってから、工夫したって云っていたよ。
 バターのソースを掛けてあるんだよ。
 ちょっと高いけれど、村の連中の一番のご馳走だぁよ」

鋳掛け職人「んだんだ」

メイド妹「食べたいなぁ! 食べたいなぁ~」 きらきら
商人子弟「はははは。判りましたよ、そんな眼で見ないでください」

従僕「ふふふっ。僕も食べるのですっ」

中年の村人「今年の冬も豊作だったから、酒場も繁盛して
 ――え、あ。ああっ!」

鋳掛け職人「なんだってんだいまったく……あ」

 きらきらきらきらきら……

メイド妹「綺麗っ!」
商人子弟「これはっ……」
従僕「おっきな鳥ですっ! すごぉい!!」

メイド妹「すごい、すごい、すごいよぉ!
 ね、見てみて! お姉ちゃんあれす」
商人子弟「――」

メイド妹「……って。えへへ。お姉ちゃんは居ないんだった」
商人子弟「大丈夫。彼女もどこかで見ていますよ」 ぽむん

メイド妹「うんっ。……すごいねぇ、綺麗だねぇ。
 精霊様のお使いみたいだねぇ……。
 なんて云う鳥なんだろう。
 ああ、お姉ちゃんが無事でありますように」

709: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 03:05:53.85 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 赤馬の国、交易市場

きらきらきらきら……

交易商人「なんだ? なんて綺麗なんだっ!」
開拓民「ありゃぁ、すごい!」

遊牧の男「精霊様の御使いなのか……?」
羊飼いの女「精霊様……」

交易商人「飛んでいく。……北のほうに飛んでいくな」
開拓民「雄々しくて、美しくて……すごいものを見ちまった」

遊牧の男「……」

ヒツジ「めぇええええ……」
羊飼いの女「あ。ごめん、ごめん! 寒かったよね」

交易商人「ははははっ! いやぁ、とんでもないものを見たぞ。
 あはははっ! 今日はもう商売はやめだっ! 飲みに行く。
 さぁさ、皆さん寄っといで!
 ここにあるのは元祖冬の国の馬鈴薯だ!!
 なんと一袋が金貨5枚!!
 小麦だったら20枚するこのご時世に金貨5枚!
 儲けは無しの大特価! あんなすごいものを見たんだ。
 そこの兄さんも姉さんも買っていきな。
 それであたしと、酒の一杯でも飲もうじゃないか!」

開拓民「あははは、そりゃいい!」

羊飼いの女「そ、その。えっと。このおチビちゃんとじゃ、
 ダメですか? この子です」

交易商人「ああ、いいよ。それじゃぁ、二袋持ってお行き」
開拓民「太っ腹だね!」

遊牧の男「俺にも一袋くれ」

交易商人「ははは、そうさ。あたしらは験を担ぐんだ。
 あの大きな鳥は、きっと商売の守護精霊に違いないよ!
 さぁさ、よっておゆき! 冬の国の馬鈴薯だよ!
 甘くて美味しい、ほっくほくの馬鈴薯だよ!!
 買ってお行き! 今日は精霊に捧げる大特価だ!!」

710: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 03:14:18.34 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 湖の国、修道会

修道士「清拭を」
修道士補佐「はい。腕を出してくださいね」

貧しい農民「お願ぇします。お願ぇします。
 この娘っ子は身体が弱くて、どうしても病気なんかには
 やりたくないんです……」

農民の娘「あの……」

修道士「ああ。お金ですか? 良いんですよ、寄付ですから。
 無いならないで無理に寄付なんかしなくても」

修道士補佐「安心してください。ここは王立の修道院ですから。
 この種痘は女王の私費で行なわれてるんですよ」

貧しい農民「ありがとうごぜぇます! 精霊様! 女王様!」

農民の娘「ひゃっ」

修道士「冷たいけれど、我慢してくださいね。
 ちょっと痛いですよ。刺しますから。
 でもこれをしておくと、疱瘡にかからなくなるんです」

農民の娘「がまん、する……」

修道士「ちょっとだけですよ」

農民の娘「っ!」 びくんっ

修道士「はい、もう終わりです」

農民の娘「おわり」

修道士補佐「はい。もう平気ですよ」

農民の娘「だいじょうぶだったよ」

修道士「良くできましたね」 にこり

713: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 03:23:35.31 ID:KvXPKcsP
修道士補佐「では、お名前だけ記載しますので、教えてください」

貧しい農民「へぇ、では」
農民の娘「ねー。おとーさん、おとーさん?」

貧しい農民「どした? おらは、修道士さんと話があるだよ」
農民の娘「きらきらしてるよ?」

修道士補佐「あれは……」
貧しい農民「へ?」

きらきらきら……

農民の娘「とり、だよ?」

修道士「あれは、不死鳥では」
修道士補佐「精霊様のっ?」

貧しい農民「なんて綺麗なんだろう」

農民の娘「きれーだねぇ! すごい!」ぴょんっ、ぴょんっ!

修道士「精霊よ」 くたっ
修道士補佐「修道士様」

修道士「祈りましょう」

修道士補佐「は、はいっ」 ぺたっ
貧しい農民「あ、ああ……。こら」
農民の娘「あ、はい!」

修道士「精霊よ。貧しき我らの行く末に、ひとときの平安と
 一日の糧を。我らが克己が力となり、力が優しさとなり、
 優しさが明日の支えとなりますように……」

修道士補佐「感謝と共に祈りを捧げます……」

貧しい農民「捧げます」
農民の娘「ささげます……」

714: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 03:25:58.55 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 聖王国、冬薔薇の庭園

辣腕会計「こちらが今月分の収支報告となっております」

聖国王「ほう! 早くも黒字転換か」
国務大臣「それはそれは!」 ほくほく

辣腕会計「元々仕組みは出来上がっておりましたからね」

聖国王「しかし、これは。これだけの利益は大きいな」
国務大臣「ええ……」
辣腕会計「はい、自負しております」

聖国王「これだけ儲かるとなると、教会も黙っていないであろう」

辣腕会計「そうですか?」

聖国王「これは元来教会が行なっていた税収や金貸しの業務と
 一部被っている事業だ。教会の収益を奪って上げた利益と
 云うことになるのではないか?」

国務大臣「そうですのう……」

辣腕会計「そんな事はありませんよ」

聖国王「とは?」

辣腕会計「この業務を開始してから日が浅いですが、
 王都に訪れる商人の数は前年同月比で+45%となっています。
 わが“同盟”で行われる幾つかの金融審査を求めて
 商人の流入が大きくなっているのです。
 彼らは利にさとい商売人ですから、
 移動を空荷で行う事はありません。
 自然に王都には荷が集まり、新しい商売が始まる。
 人々も集まりますし、街には活気が戻ります。
 現に、この期間中は、教会の利益も増加しています」

聖国王「戦争中なのにか?」

辣腕会計「全ての民が魔界へ行ったわけではありません。
 効率よく工作をするためにも、流動的な労働力が
 多少あった方がよいのですよ」

聖国王「ふむ……」

715: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 03:30:04.28 ID:KvXPKcsP
国務大臣「そうであれば、こんなに素晴らしいことはありませんな」

辣腕会計「今回の提案は、こちらの書状にも書きましたが
 免税特権、および河船税の撤廃についてでして」

聖国王「ふむ」

国務大臣「馬鹿な! そのようなことをすれば
 我が国の国庫は破綻してしまうわ!!」

辣腕会計「それは固定観念による思い込みです。
 この試算書に眼を通してくだされば判るはず。
 いままでどおりの輸出入量であっても、
 荷揚げ税だけで税収はまかなえるのです。
 むしろ、河船税の撤廃すれば大河を用いた交易は活発になり」

国務大臣「それは机上の計算というものであり」
辣腕会計「計算は机上で行なうものです」

  聖国王「やれやれ。かしましいことだ。
   ……しかし、このような改革。
   自分が国元を離れた間にやったと知ればあいつは怒るかな。
   いや、笑うか。あいつなら。
   出来ることを出来ぬと云い、逃げるわたしを誰よりも軽蔑し、
   誰よりも守ってくれたあいつならば……」

国務大臣「そもそも河船税を廃止と云うが
 それには領主会議の内諾が必要であり……え?」

辣腕会計「あ……」

聖国王「なんだというのだ?」

国務大臣「へ、陛下っ! あれをご覧下さいっ!」

聖国王「おおっ!!」

 きらきらきら……。きらきらきら……。

辣腕会計「なんですか、あれは! なんて大きく、美しい!」

聖国王「吉兆か……。あれは、瑞兆であるな?」
国務大臣「御意でございます」

聖国王「美しいな、なんて美しいのだ。
 ……あれはまさにこの世界を守護するものに違い有るまい。
 あれを見よ。ははははっ。聖王国だ、伝統だと云ったところで
 あの鳥の美しさにはとても敵わぬ。ははははっ。
 素晴らしいな。ああ、気分が晴れるようだ。
 誰ぞ! 誰ぞっ! 祝いの酒を持つが良いっ!」

716: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 03:32:38.15 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 大陸の全て

……なんて綺麗なんだろう

……きっと精霊様の御使いよ。お祈りしましょうね。
……うん、ママ。おいのり、する。

……綺麗だぁ。よぉし、もうひとがんばりするべぇ。

……ほーぅい、ほーぅい! 休憩にしよう。あの鳥を見て。

……やめた。こんなところで戦うなんてばからしい。
 なぁ、あんたもやめにしないか?
 俺は故郷で牛を飼って暮らしているのが性に合ってるみたいだ。

……うわぁ! 鳥だ! 奇跡だ! 恩寵だ!
 む、キた! ひらめいた! この直感を曲にしなければ!
 どこだぁ、羊皮紙はどこだぁ!?

……ありがとうございます。今日も馬鈴薯が沢山取れました。

……うわぁ、帰って母ちゃんにも話そう。すげぇ……なぁ……。

……ばあさんや、すごいものがみえるよ。
……いやですねぇ、わたしだって見ていますよぅ。

……ありがとう、お祈りします。

……ありがとう。

718: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 03:40:33.35 ID:KvXPKcsP
――おおぞらをとぶ 世界の果て、青空の彼方

光の精霊「あ……。こんなに。こんなに……。
 ありがとうが、祈りが……。
 くるくると舞って、溢れて、こぼれて……」

勇者「な?」
魔王「うむ」 にこり

光の精霊「はい。……嘘じゃなかった。
 無意味じゃ……、無かった。
 罪だったかも知れないけれど
 間違いだったかも知れないけれど……。
 不必要じゃ、無かった」 ぽろぽろ

勇者「うん」
魔王「そうだ。……出会いだから。恋も、戦も。
 そこで何かは起きてしまうけれど、あなたは最善を尽くした」

光の精霊「はい……っ」

勇者「俺たちもな」
魔王「うん」

光の精霊「ごめんなさい。……最期まで巻き込みました」

勇者「いや、まぁ。織り込み済みだ。こうなっちゃうと思ってたし」

魔王「まぁ、あの塔が無くなれば上空千里だしな。
 死ぬ覚悟は出来てたさ。……勇者と一緒だし問題はない。
 いや、女騎士に悪いか」

光の精霊「でも、それじゃっ!」

勇者「まぁまぁ。済んだことはがたがた言わない」

魔王「そうだぞ。気にしすぎるのはよく無い。
 わたしはそれを勇者と出会ってから学んだのだ。
 料理と気配りは“適当”が一番だ」

光の精霊「……っ」

勇者「それに、ほら!」
魔王「うん、あなたにだって、迎えが来たよ?」

719: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 03:42:05.83 ID:KvXPKcsP
黒髪の少年「――」

光の精霊「え。あ……」

黒髪の少年「――」 にこり

光の精霊「ああっ! そんなの……。そんなのってっ!!」

勇者「あの男の子が、彼なのか?」
魔王「この鳥は、本来彼の持ち物なんだそうだ。伝説ではね」

黒髪の少年「――」こくり
光の精霊「はいっ! ……はいっ!」 ぽろぽろっ

勇者「何を話しているんだろう?」
魔王「なんだって良いではないか。
 わたし達が世話を焼かなくたって。
 あの顔を見れば、嬉しい話だってすぐわかるだろう?」

勇者「そりゃそうか」
魔王「うん」

黒髪の少年「――?」

光の精霊「ええ。……ずっとずっと謝りたかったです。
 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
 何千回謝っても赦されないかも知れないけれど」

黒髪の少年「――」 ぽくっ!
光の精霊「ひぇっ!?」

勇者「あ、殴った」
魔王「容赦ないところも似てるな」

勇者「誰に?」
魔王「無自覚だ」


720: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 03:44:07.41 ID:KvXPKcsP
黒髪の少年「――」

光の精霊「はいっ! お供します。
 いえ、どこまでだって!
 この世界の果てにだって。宇宙の彼方にだって。
 ええ。はい……。
 この世界は大好きだけど、愛しいけれど。
 哀しくて寂しくて、別れがたいけれど。
 でも、ちょっとだけ……。
 それは、きっと……少しだけですから」

黒髪の少年「――」

光の精霊「ううん。違うんです。みんな優しかったですから。
 きっと、いいえ。絶対に。
 これは幸せな終わりなんです」

勇者「……」
魔王「……」 ぎゅっ

黒髪の少年「――」

光の精霊「最善じゃなくても良いんです。
 最善なんかじゃなくても幸せなんだって。
 失われたものは還ってこないけれど
 犯した罪は消えないけれど
 でもそれは無駄じゃなかったって。
 後悔を肯定する訳じゃないけれど
 赦すべき時が来たんだって。
 そう、教えて貰いました。
 彼らが歩き出すのなら、わたしも立ち止まってちゃいけないって。
 “明日”が好きならば、歩かなきゃいけないって」

黒髪の少年「――」ぶんぶんっ

勇者「おうっ! なんだか判らないけどしっかりやれ!!」
魔王「何を言ってるのか判るのか?」

勇者「いや、なんとなく。妙に親近感を感じるぞ、あいつに」

722: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 03:46:29.28 ID:KvXPKcsP
さらさらさらさら……

勇者「この藍色の光は?」
魔王「おそらく、お別れなんだろう」

黒髪の少年「――」

光の精霊「勇者、魔王。……あなたたちに、無限の感謝を」

勇者「気にするな。俺は頼まれたことを、やっただけ。
 でもさ。俺は……。
 俺は、精霊の願いをかなえられたのかな。
 世界は、救われたか? いや、精霊は、救われたか?」

光の精霊「はい。勇者よ。
 あなたはわたしの願い以上をかなえてくれました」

勇者「良かった」ほっ

魔王「我らは祖先の恩を返すことが出来たのか?
 あの災厄の時、なんの罪もない一人の少女を生け贄にして
 自分たちの命をあがなった欲望の民の恩を」

光の精霊「最初から借りなどなかったのです。
 ですが、はい。魔王よ。
 あなたの言葉を借りるのならば、この上なく。
 わたしは全てを返して頂きました」

魔王「その言葉は嬉しい。自分でも意外なほどにだ」にこり

勇者「じゃぁ、貸し借りは、無しだな」
魔王「この世界はきっとやっていける」

黒髪の少年「――」
光の精霊「はい。……ええ。
 ……名残は尽きませんが、わたし達は行きます」

勇者「うん」



724: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 03:48:10.44 ID:KvXPKcsP
――にょほほほほほ。勇者、勇者もお元気で!!
 おっぱいの道は、まだまだけわしーのですぞ!

勇者「え? えっ!?」

――なぁ、あれはよい戦だったなぁ! あっはっはっは。
 我が胸の誇りは輝きながら星になって魔王殿を見守ろう!

魔王「え!? ああっ。そんな」じわぁっ

黒髪の少年「――」
光の精霊「さようなら。勇者、魔王。ありがとう」

勇者「うん……。うんっ!! うんっ!!」
魔王「お別れだ。……ありがとうっ」

黒髪の少年「――」
光の精霊「はい……。ずっと……。
 ずっと一緒……です……」

 きらきらきら……
   きらきらきら……

勇者「……」ごしっ
魔王「……」

 きら……きら……

勇者「……行っちゃったな」
魔王「ああ。辛かったけれど……楽しかったな」

勇者「だな。……ここって、どれくらい持つのかな」
魔王「じきに崩壊するだろう。疑似空間か、結界だろうし」

勇者「そか」
魔王「勇者。あの……」

勇者「?」
魔王「そのぅ、お願いが……あるのだけど」

ピシッ。
……ジャキン。

魔王「最期に……」

726: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 03:56:23.94 ID:KvXPKcsP
――それから

冬寂王――南部連合会議の初代議長に。早く妃を!
 と云う声が耳に痛いらしいが未だに独身。
 英断の王の誉れ高く、南部を繁栄に導いている。

聖国王――南部連合と正式に国交を樹立した初めての
 中央諸国の王として、遅咲きの執政を開始する。
 中央集権国家として保守に属しながらもゆっくりとした
 改革を進める。

王弟元帥――遠征軍立案の戦争犯罪者として一時拘留されるも
 結果としては無罪となる。その後蒼魔族の領地にて戦後復興の
 ために辣腕を振るい、交易路建設や鉱山業の発展に尽力する。
 戦役の責任者として厳しい批判も多いが、身近にせっした
 領民にも部下にも大きな信頼を得ている。

火竜大公――初代大氏族会議の議長として長い間その豪腕を
 振るうが、開門都市戦役の2年後、病にて床につき、翌年死亡。
 大勢に見守られた大往生を遂げる。晩年は鬼呼の姫巫女と共に
 教育のための学舎を多く作り、人間界との関係正常化に寄与する。

青年商人――およそ一ヶ月の間魔王として復興のために昼夜を
 問わぬ激務をこなすが、その後自治への道をつけると
 性に合わないと言い置いて商人へと戻る。魔王としての激務の
 代価として一人の魔界氏族の姫を連れていったとのことだが
 商業的守秘義務により詳細は知れない。

東の砦将――その後、開門都市にて魔界大氏族、衛門族の長として
 自治委員会を切り盛りして政治家としての非凡な才覚を見せる。
 副官と共に行なった開放政策は、開門都市を大きく発展させた。
 いち早く活版印刷を地下世界へ運び入れるなどその業績は
 高い評価を受けている。

メイド姉――開門都市南部の荒れ地を開拓し、村を作る。
 その後村は一年もたたずにふくれあがり、幾つかの私塾や
 学院を中心とした学究街に。
 人間も魔族も受け入れる教育、研究施設は王族や身分有る
 子弟達の武者修行や出会いの場として留学先の筆頭候補になる。

727: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 03:57:23.95 ID:KvXPKcsP
商人子弟、軍人子弟、貴族子弟――それぞれに国に尽くして
 活躍をする日々を送る。最近では誰が最初に結婚するかについて
 チキンレースの様相を呈してきた(妖精侍女と商人子弟という
 観測が下馬評である)。三人の協力で出来た南部を貫く石造りの
 街道は、なぜか“学士の道”と呼ばれている。

土木子弟、奏楽子弟――皆の予想を裏切り、結婚はしなかった模様。
 しかしいつでも一緒に暮らし、どう見ても出来ている。
 周囲の追求は笑ってかわしているが幸せそう。商会の依頼で魔界や
 人間界のあちこちに橋を架ける事業に着手している。
 奏楽子弟の作った曲は各地の吟遊詩人に歌われ、開門都市の戦いを
 繰り返させない強力な抑止力となった。

メイド妹――なんと冬の宮殿にて宮廷料理長に就任。
 しかし生来の食いしん坊が顔を出すと、魔界の果てでも
 聖王国でも食べ歩きの旅に出てしまうので、いままでの料理長
 (いまでは副料理長)を泣かせている。将来は王妃に?
 なんていう予想もあるが本人は至って暢気な様子。

メイド長――戦いが終わった後、冬越し村に戻り、
 屋敷を掃除して静かに暮らす。たまの来訪者を迎える以外
 何もせず、何も語らず。何も明かそうとはしない。
 屋敷はいつでも清潔で彼女の仕事は完璧だが、
 彼女を召し抱えようとするどのような貴族や王族も
 彼女を得るには至らない。

執事――開門都市戦役後、勇敢な従軍司祭の証言により
 大きく損傷した遺体が発見される。
 最期まで微塵もひるまなかった様子がうかがえ、
 冬寂王の希望により、その亡骸は冬の国の王宮庭園に葬られる。

女魔法使い――行方不明。しかし、ごきげん殺人事件シリーズは
 未完ではなく、続刊である。
 一説によると原稿はすでに完成しており
 挿絵作者の都合で遅れているとか、
 活版商人の都合で遅れているとか様々に云われている。
 もちろん、あんな狂った作品を好む一部の好事家には、だが。

女騎士――行方不明。

魔王――行方不明。

勇者――行方不明。

731: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 04:11:35.06 ID:KvXPKcsP
――えぴろーぐ

そよそよそよ……。そよそよそよ……。

魔王「って」

勇者「おい。なんだここはっ!?」
女騎士「何だここはとは、そんなのわたしが聞きたいぞっ!?」

勇者「どうなったんだよ、魔王っ!」
魔王「何でわたしに聞くのだっ!?」

女騎士「わたしより頭が良いだろうっ」

魔王「なぜそこで胸を張るっ?」
女騎士「張ってないとただでさえ負けてるのに、見栄えが悪い」

勇者「いや、負けても良いと思うんだけど……」

魔王「ふむ。土も、風も本物だ。
 ――どうやら、現実的な世界のようだな」

勇者「女騎士はどうしてたんだ? 身体は大丈夫なのかっ!?」
魔王「そういえばそうだ。なぜここに?」

女騎士「いや。わたしにも判らない。
 ……大きな鳥にさらわれたと思ったら気が遠くなって。
 気が付いたらここにいたんだ」

勇者「そっか……。まぁ、積もる話は後にして。
 ここはどこなんだ? どういう場所なんだ。草原みたいだけど」

魔王「太陽からして地上界であることは間違いないが」

女騎士「見覚えのない場所だな……」

732: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 04:13:20.31 ID:KvXPKcsP
勇者「まぁいいや。転移呪文で帰ればさ。
 うぁ!? 魔力不足でつかえないっ!」

魔王「む。……それじゃわたし。
 あ、あれ? こっちもだめだぞ。なんでなのだっ」

女騎士「どうもわたしも、戦闘能力が下がったような感じだな」

勇者「……後遺症かな」
魔王「バックアップが大量発生したから、
 世界の容量的な問題かも知れないな……」

女騎士「話が見えないぞ」

勇者「まぁ当面の問題は解決したってことさ」
魔王「うん。女騎士、世話を掛けた」

女騎士「いや。いいんだ……。
 わたしは、自分の大事なものを守れただけで、満足だ」

魔王「では、勇者の残りの人生はわたしが責任を持って」
女騎士「ちょっと待て。それは話が別だ」

勇者「あぅあぅ」

魔王「……ふむ。草からして、どうも冬の国があったのとは
 別の大陸ではないかな。植生がまったく違う」

女騎士「大陸?」

魔王「ああ。別の陸地だよ。理論的には存在したはずだろうが
 確認するには至らなかった。
 転移で飛ばされたのか
 不死鳥の背から降ろされたのかは判らないが。
 どうやらわたし達は生きているようだ」

734: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 04:15:21.46 ID:KvXPKcsP
女騎士「そう、か……。よかった」ぎゅっ

勇者「うぉ!」
魔王「ゆ、勇者に抱きつくなっ!」

女騎士「抱きしめるさっ! 魔王も抱きしめてやるっ」ぎゅぅっ!

勇者「うわっ!」 魔王「うわぁっ!」 ずでんっ!

女騎士「生きてるんだ! 生きてるんだぞっ!
 それだけですごいじゃないかっ!
 ここがどこだって構うもんかっ! だって生きてるんだっ!」

勇者「あははははっ! 全くだぜっ!」
魔王「まったく、子供のようにはしゃいでっ」

女騎士「魔王だってにこにこしているじゃないか」

魔王「それは、その……嬉しくないはずがない」
女騎士「ふふぅん。勇者を独り占めできると思ってたのか?」

魔王「それは違うぞ。そういう抜け駆けはしないのだ。
 それに、その……。もし女騎士がいなかったら、
 きっと罪悪感で勇者とくっつけなくなってしまう……」

女騎士「ふふふっ。そう言うことにしておいてやる。
 はっはっっはっ! なんだか嬉しいな!
 嬉しくて、楽しくて……弾けそうだ。
 子供の頃の祭日の朝みたいにっ」

勇者「ああ。良い風と、日差しだ……」

魔王「終わったからな。……やっぱり、世界は綺麗だ」

737: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2009/11/22(日) 04:18:54.71 ID:KvXPKcsP
女騎士「なぁ、二人とも。実はさ……」

勇者「ん?」
魔王「なんだ?」

女騎士 くぅぅ。きゅるる……

勇者「ぷくーっ」
魔王「あはははははっ」

女騎士「仕方ないではないかっ。緊張してたし、
 わたしはずっと下の方で戦っていたんだぞっ?」

勇者「悪い悪い。なんかあったっけ?」
魔王「いや、荷物は手持ち以外何にもないな」

女騎士「困ったな」

勇者「ま、いいさ」
女騎士「へ?」

勇者「なぁ、お二人さん」
魔王「?」

勇者「あの丘の向こうに、何があるか知りたくはないか?
 ――もしかしたら森があるかも知れない。
 でなければ小川なんかあったりするかも知れないし、
 動物が居るかも。
 人がいたりするかも知れないし、街があったりするかもだぜ?」

魔王「……ああ。そうだ。それは、まだ見ていないな」 ぱぁっ
女騎士「うん、行こう。一緒に!」 にこっ

勇者「何があるかな?」

女騎士「そうだなぁ……」

魔王「なんだって良いんだ。
 一緒に行ければ、どんなことでも乗り越えられるさ。
 それに何が起きたって幸せだけは約束できる。
 丘の向こうには、きっと“明日”があるんだから」

//The over side of that hill.
//End of log.
//Automatic description macro "Marmalade" is over.














まおゆう魔王勇者 エピソード0 砂丘の国の弓使い
執事(老弓兵)の秘められた悲しい過去が今、明かされる! 
先代の女勇者パーティの一員だった執事が、
なぜもう一度、若き勇者とともに戦おうとしたのか?





まおゆう魔王勇者 エピソード1 楡の国の女魔法使い
女魔法使い「ペースト状のひき肉になって、勇者1型」
勇者「断る!!」
このやりとりから、女魔法使いはいかにして伝説の勇者パーティーの一員となったのか?
魔王と勇者が出会う前、まだ勇者が“正義”の味方だった頃。
勇者と女魔法使いの出会いを描いた完全新作エピソード!!





まおゆう魔王勇者 エピソード2 花の国の女騎士
絶好調の「まおゆう魔王勇者」書き下ろしエピソード第3弾! 
今、明かされる女騎士の過去!!
勇者との出会いが彼女を変えた??。




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4亀の吉田Pインタビューで話題に上がったゲーミングデバイス
吉田Pやスタッフも使ってるらしい